挿話① ヴァンパイアの常識
時系列が前後しているためと、今後の展開の蛇足となるため挿話としました。
話自体は、カダベルがギアナード貴族と出会う直前と直後になります。
俺は朝っぱらから、とんでもないものを見せつけられる。
エギールとルクレイトが、こともあろうかキスをしていたのだ。
「ん…ぅ」「は…ぁ」
「いやいやいや! おかしいでしょ!」
初めて俺に気づいたように、ふたりは振り返る。
なんか頬が紅潮して、唾液で唇を湿らせてるんだけど…しかも糸引いてんですけど!
朝から見るもんじゃないでしょ!
「人の部屋の前でなにしてんの! リア充自慢ですか!?」
パッとした見た目、ルフェルニによく似た美男美女だ。一卵性双生児と言われても信じてしまう。
悔しいが芸術的でもある。所謂、シンメトリーってやつだ。
それが抱き合ってキスだなんて、腐女子萌の本でしか見たことねぇよ!
童貞100年越え男子には敷居が高すぎるよ!
「なにがですか?」
「なにがじゃないよ! だって、キスしてんじゃん!」
「はあ? 朝の挨拶でキスぐらいしますが…」
「は? いやいや、だって今のディープキスだったじゃん!」
舌と舌が絡まってた!
間違いない!
やったことはないが、洋画で見たことある!
「まさか発情期?」
「いいえ。ただの挨拶です」
「ええ。ヴァンパイアなら普通です」
「普通…? 普通だって!?」
俺が驚いていると、ちょうどメイドたちが頭を下げて横を過ぎ去って行った。
聞こえない距離に行ったと思ったのか、メイドたちの会話が聞こえてくる。
だが、俺には【集音】があるから丸聞こえなのだ(なんで使ったかといえば、なんとなくだ!)。
「ねぇ、今日は何色のパンティ?」
「白だよー」
「……ウソだろ」
「なにがでしょうか?」
「いや、朝っぱらから…」
なんでコイツらキスして、パンティの話してたりするんだ…平気で……
「ヒューマンの文化では…」
ルクレイトが首を傾げてみせる。
「ない。そんなことはしない」
「カダベル殿の種族は…いまはミイラ族…アンデッド族? …でしょうか? 他に同種の方は?」
「え? 俺以外のミイラなんて…あー、違う。違うぞ。種族の文化がどうこう言うつもりはない。だがな、俺個人的に…」
郷に入っては郷に従え…その言葉が俺の頭を過る。
「…ご不快ならば止めますが、これは挨拶です。ですから、それが不敬にならないのであればカダベル殿にも」
エギールとルクレイトが、俺に向かって一歩近づく。
「え? まさか…」
ふたりとも目をつむる。
え? これって……
キスしてもいいってこと?
トクン…
って、ときめくかよ! 心臓動いてねぇし!
やっぱり、おかしいだろ!
「エギール! ルクレイト!」
ルフェルニが血相を変えて走って来る。
「若…」
「やめて! カダベル殿に、ヴァンパイアのやり方でご挨拶しないでいいから!」
「…しかし」
「私もしたことないから! カダベル殿と!」
エギールとルクレイトが驚いたように眼を見開き、俺の顔をジロジロと見やる。
「…そんなことが」
「…ありえるのですか」
──
「…朝から失礼しました」
「いや、大丈夫だよ」
本当は全然大丈夫じゃないけれどね。
しかし、ヴァンパイアは変わっている。
そこら辺で当たり前のようにハグしてキスしてるし、中には胸元に手を差し入れているヤツまでいる。しかも城の中庭、公衆の面前でだ。
「ルフェルニも…」
「はい?」
「挨拶でキスを?」
ルフェルニはボンと爆発でもしたかのように真っ赤になる。
「…い、いいえ。あれは本当に親しい者としかやりません。エギールとルクレイトはそこら辺が緩いと言いますか…なんと言いますか…」
「そ、そうだよな…」
ルフェルニは常識人だ。もしあれが普通なら、サーフィン村でやっていたろう。
ゴライやゾドルにキスするルフェルニ…イヤだ。そんな地獄は見たくない。
もしそんな事案が生じるなら、俺の手でゴライとゾドルを始末するしかなくなる。
「し、しかし、その…逆に言えば、親しくなった人としないのは…おかしいのであって。それをエギールとルクレイトは驚いていたのであるからして…」
え?
そうなると、俺だったらゴライやメガボンとチューするの?
誰に得があるの?
どこに需要があるの?
ミイラとゾンビとスケルトン(しかも全員オス)の薄い本なんて、ロリーでも買わねぇよ。
…ロリーか。いや、あの娘だったらわからんか。
だが、彼女は病気だ。乾物依存症候群だ。
ナッシュという特効薬を処方しているんだが、まったくもって改善される様子がない。
「…カダベル殿?」
「…いや、少し考え事をしてただけだよ」
「……ロリーシェさんのことですか?」
「ん? おー、よくわかったな」
「……」
? なんで頬を少し膨らませてるんだ?
「しかし、この城はミイラが素顔で歩いてて平気なんだな。驚きだよ」
そう。あのみっともない、ありあわせの端材で作った仮面はつけなくて済んでいる。俺がミイラであることを、城の使用人たち全員が把握しているからだ。
俺が戯けて手をヒラヒラさせると、向かいの渡り廊下を歩いていたメイドたちがクスクスと笑った。
「サーフィン村でも馴れて貰うのにかなりかかったのにな」
「…我々は色々な種族と交われる性質を持っています。恐怖心よりも、新しき客人への好奇心の方が強いです」
「そっか。お化け屋敷というより、見世物小屋って感じなのかな」
「あ、いえ! すみません。そういう意味では…」
「いや、気にしたわけじゃない。怖がられる方に馴れてしまったから、なかなか新鮮な感じがしてるってことだよ」
「そうですか…」
「ああ。別に俺のアンデッド状態は、何かしらの種族とかじゃないし…。手下も俺とはちょっと異なる死体だしな」
分類学者などから見たら、俺とゴライとメガボンはどんな種族になるんだろうか気になる。
「俺はむしろプロトとかの方に近いね。…まあ、忌避されても仕方がないと思っている」
「忌避などしてません!」
「ルフェルニはそうだろう。わかってるよ。ありがとう」
「……違います。カダベル殿」
「ん?」
「なんだか…私の気のせいでしょうか。カダベル殿は…わざと私たちと距離を置いておられる気がしてならないんです」
「うーん? そりゃ死者…だからなぁ」
「そんなに重要なのことなのですか?」
ルフェルニは俺の手に触れて、両手で覆うようにして握る。
「あなたはこうして動いて、喋っていらっしゃいます…あなたと私の違いは、ただ血が通っているか、いないかだけじゃないですか」
「……血は温もりだよ」
「え?」
「俺も、俺の部下も温もりはない。…今は理性があるから制御していられる。しかし、タガが外れてしまえば、普通に化け物にもなりうる」
「…そんなこと」
「あるんだよ。生者は命という縛りがある。だが、俺にはそれがない」
ルフェルニは真剣な顔で聞いている。
彼女は頭がいいからな。きっと俺の言っていることの意味を完璧に近い形で理解しているんだろう。
サーフィン村の人々とは違うかも……
「つまり、縛りがない存在…条理に反した存在。いつか、“生者の真似事”ができなくなる時が来る」
きっと、この娘には本音を話しても大丈夫だ……
「……俺はね。それが怖いんだ」
俺の正直な気持ちを聞いて、ルフェルニは絶句した様だった。
彼女は何か言わんとしたが、唇を噛みしめて押し黙る。
「…はは。ロリーにも、この話はしたことがないよ。ルフェルニだけだ」
ロリーに話したら泣いて大騒ぎしそうだ。ずっと側にいて離れないなんて言われたら、さすがに困る。
「そうなんですか?」
「ああ。君は理性的だからな。わかってもらえ…」
「わかりません!」
え? なんで?
「こうやって手を握ってたら、私の体温が伝わって少しは温かくなるはずですから!」
「そんな…バカな…」
なんだ? ルフェルニがなんでロリーみたいなことを言うんだ?
「本当はきっと、ロリーシェさんがこうしたい…そう思っているに違いありません。
私では代わりにはなりませんが、せめて…彼女の想いだけでも…」
ああ。ロリーが俺の側にいない…からか。
ルフェルニがサーフィン村に滞在している間、ロリーとふたりでどんな話をしていたかまでは知らない。
けれど、俺の知らないところで、何か色々と話はしているのだろう。
その中に、“俺についての話”も当然あった…だろうな。
ロリーはやたらルフェルニのことを気遣っていた。色々と“俺の性格”についても話しているはずだ。
そういや、ルフェルニの年齢が近いというようなことをロリーが言ってたな。
きっと、彼女らには共感する何かがあったんだろう。
「ロリーは大丈夫だよ。ルフェルニ」
「……」
何がどう大丈夫なのかは説明できない。
でも、俺は彼女の無事を信じている。
これは確かに“理性的な部分”ではない。
「そうだな。ルフェルニが俺の左手を、ロリーが俺の右手を…それぞれ温めてくれるなら、俺は俺のままでいられるだろう」
そうだ。彼女たちがいる限り…俺は化け物にはならない。
「……カダベル殿。すみません」
「何がだ?」
「……カダベル殿がロリーさんのこと考えていると言われた時、一瞬だけ少し嫌な気分になりました。カダベル殿が心配されるのは当然のことなのに。私は…最低です」
「ん? そうか?」
嫌な気分? なぜだ?
急に何の話だろう?
「まあ、気にしなくていいんじゃないか? ロリーなんかは自分の感情に正直だぞ」
自分の欲望に忠実とも言えるかもだが…。
「それがカダベル殿に愛される条件なのでしょうか?」
「愛される? …うーん。遠回しに言われるよりはわかりやすくていいんじゃないか、な?」
「わかりました!」
「…なにが?」
「これからはもっと積極的に自分の感情に正直にぶつかっていきたいと思います!」
「そ、そう?」
なんでこんなにやる気になってんだ?
「で、で、ですから、まずは…き、き、キスを…その、あの…」
「キス? なんで? ヴァンパイアの挨拶はやらんぞ。ミイラにはそういうのないから…」
「え…」
そうだな。ヴァンパイアたちが何をやろうと勝手だけれど、よく考えたら俺がそれに従う必要もないわけだ。
断り文句に「自分、ミイラっすから」はなかなか良いじゃないか。相手に対しても失礼じゃないはずだ。
「? なんでそんなに落ち込んでるの?」
「……いえ、別に」
──
最近ずっと、朝昼はイグニストと杖術の稽古。
夕方からはロリーを捜すためにあっちこっちに手紙を送る。
そして、夜になるとルフェルニたちが必死にかき集めてくれた情報に眼を通す。
「魔女がどこを決戦場所に選ぶか…ロリーがどこにいるか」
俺はギアナードの地図と睨めっこしつつ、すでに調べた箇所や、該当しない箇所にバッテンを書き込んでいく。
「……となると、やはりここしかないんだよな。そして、聖騎士と魔女が手を結んだ場合のシュミレーションもやっておくべきだ」
聖騎士と魔女は敵対している…と、俺は勝手にそう思っている。
魔法を毛嫌いしている聖騎士たちなら当然だろうと、普通の人間もきっとそう思うことだろう。
しかし、行き場を失った聖騎士たちはどうするだろうか?
もし俺が聖騎士だったら、敵の敵は味方と考えて手を打つハズだ。
崖から落ちた屍従王がまだ動いている…聖騎士たちはそろそろそれに気づき始めている頃合いだ。
だとしたら、屍従王を野放しにしてはおけない。最初に潰せる敵から潰していくのは基本中の基本である。
そういう意味で、魔女と聖騎士は利害が一致する可能性があった。屍従王を倒すために一時休戦しようというヤツだ。
清廉潔白な聖騎士団そのものは、それを受け入れないかも知れない。
けれども聖教会の上層部ってのは、胸糞悪くなるくらいに狡猾だ(カダベルの貴族としての経験からしても)。魔女を一時的にでも抱き込め…そう言う可能性は高い。
そして、そもそもだ。屍従王のことを聖騎士たちが最初にどうやって知ったのかが重要なポイントだ。
ルフェルニは俺のことを色々と調べていたようだが、屍従王と内密にコンタクトを取ろうとしていたことからしても、“サーフィン村にアンデッドがいる”などという情報を他に流すような間抜けなことはしていない。
聖騎士たちは屍従王の存在を確認して、マスカットとドリアンの襲撃のタイミングに被せるように襲ってきた…ということは、考えられることはひとつだ。
「…魔女しかいないんだよな。俺の存在を最初にクルシァンに伝えたのはさ」
情報を流した理由は不明だ。
だが、クルシァンのどこかと魔女が何かしらの形で繋がっているのは間違いない。
しかし、ジュエルと対話して感じたのは、クルシァンからの情報は彼女には入ってきていないということだ。
なぜなら、聖騎士は俺のことを“屍従王”と迷わずに呼んだ。だが、ジュエルは俺を“屍を従える王”と呼んだからだ。
後者の方は俺がマクセラルに流した名だ。省略した呼び名の方は、後から…そう、ルフェルニたちが、クルシァンで聞き込みをする時に“便宜上”で使っていたものだ。
聖騎士たちはきっと、ルフェルニが使っていた省略名、そして魔女からの情報…この2つをもってして、アンデッドとしての俺の実在を確信するに至ったに違いない。
ルフェルニの情報だけだと単なる噂に過ぎないし、これだけで聖騎士がわざわざ動くとはどうしても考えにくい。
現在、聖教会は、“屍従王”、“カダベル・ソリテール”、“屍を従える王”…これらがすべて同一の存在であると認識しているはずだ。
「……聖教会、聖騎士も、魔女を敵視しながら利用できる限り利用してやるって腹積もりか。嫌いじゃねぇ。嫌いじゃねぇよ、その考え方」
俺は王城にグリグリと丸をつける。
「聖騎士どもにとって、ロリーは俺に対する最大の切り札になる。だが、魔女は彼女を重要視しないだろう。
正式訪問として国賓となる? …国王次第だな。魔女と仲良くするよりは国王だ。体裁を気にするアイツらならそうするだろう」
あとはクルシァンのスパイみたいなギアナード貴族がいないのか、徹底的に洗う必要があるな。
ただ秘密裏に聖騎士を他国に送り込むようなやり方をしているくらいだから、ギアナードにそこまでちゃんとした網を張ってるとも思えないな。
そこまでする旨味のある国でもないし、情報だけなら聖神殿を通して得ようと思えば幾らでも得られる。
「情報戦じゃ、俺が上手だ。外堀は埋まりつつあるぞ。…さあ、だいぶ追い詰めた。どうするかね? 聖騎士諸君は」
俺の予想が正しければ、現在、聖騎士たちはクルシァンには帰還できない状態になっているはすだ。
もし魔女に助けを求めないのだとしたら、聖騎士たちはロリーを始末することもできず、解放するしかなくなる。
もし解放したら、コウモリを各地に放っているルフェルニがすぐに気づく。
もしヤツらが魔女と共闘するのだとしたら…その最終的な仕上げは、魔女と王国と聖騎士に、“ロリーを貴重な人質”と思わせること。それが彼女を守ることにも繋がる。
「よしよし。だいぶ方向性ができてきたな」
俺は作戦内容をメモ紙に【筆記】すると、画鋲でボードに貼り付ける。
壁一面に作戦だらけだ。取捨選択し、常に新しい情報が入り次第に替えていく。
もっとも確実な選択のみ残し、あらゆる状況を想定しての手段を思いつく限り増やしていく。
この地道な努力が、きっと最終的な俺の勝利にと繋がるはずだ。
「あとはルフェルニが懇意にしている貴族と交渉を…」
コンコンと扉がノックされる。
「ルフェルニか?」
「…いえ、ルクレイトでございます」
何の用事だろう?
時計を見やるともう深夜だ。ずいぶんと長いこと思案していたらしい。
俺は飲食を必要としないから、夜食を持ってきたなんてことはないだろうし…
「わかった。いま開けるよ。待って」
作戦ボードを隠すようにシーツをかける。
別にルフェルニの部下なら見られても問題はないが念の為だ。
「…いったい、こんな夜更けにどうしたって。おあッ!?」
俺は扉を開いて、ギョッとする。
そりゃバスタオル1枚だけの女の子がいたら驚くのは当たり前だろ!
「それでは」「失礼します」
「えっ? ルクレイトだけじゃないのか!? エギールも!? ちょ、ちょっと!」
エギールもバスタオル1枚なんですけど!
いや、なんか身体に触れるわけにもいかず、少し退いた隙に中に入ってきてしまった!
そして、ふたりともいつものように片膝をつく。
バスタオル1枚で!
特にルクレイト! もろに谷間が見えちゃっているから!
「えっと、入浴の催促かなにか? …いや、俺はミイラだから入れんのよ」
臭くて不潔だと思われたかしら?
ちゃんと身体は濡れタオルで拭って、【乾燥】かつ【除臭】もしているから臭くも汚くもないはずだ。
それにしたって風呂には入れん。
あの湿気がよくないのと、体内に水が残ったら、その水が腐る可能性があるからだ。
細かい溝や、節々に入った水を乾かすのも大変だし。
「いえ、違います」
「夜伽に参りました」
「夜伽…」
俺はしばらく言葉の意味を考える。
夜伽って…確か、男子が女子の部屋に夜中に来てチョメチョメするヤツ?
「いやいやいや! おかしい! おかしいぞ!」
「いえ、おかしくはございません。ディカッター城では、お客人への最高級のもてなしとなります」
「むしろ、初夜にご挨拶できなかったことを恥入る次第で…」
「いや、他の貴族は知らんよ! でも俺はミイラだぞ!」
ルクレイトもエギールもキョトンとした顔をしている。
え? なに?
なんで俺が間違ってる感じになってるのコレ?
「ミイラだと…何か不都合でも?」
「男形か女形の好みの問題でしょうか? 私かルクレイトのどちらかでも大丈夫です。できましたら双方、お相手していただけると嬉しいのですが…。それとも別の者を寄越した方が?」
「いや、違うって! ふたりに問題があるわけじゃない!」
「では…」「よろしくお願いしま…」
ふたりがバスローブを脱ごうとしたのを、俺は【牽引】で引っ張って止める。
ルクレイトの胸が大きく揺れたのなんか見てない! 見えてない!
「……それってどんな種族を相手にもやってんの?」
「ええ。その通りです。それがヴァンパイアの礼儀作法ですから」
「ただし昼間は節度を保ちます。…発情期でない限りは。昼間に夜伽の話などすることは、低俗と思われますから」
え? キスとか胸触るのは低俗じゃねぇの?
「…なんか、そういう問題じゃない気が」
本当にカルチャーショックってやつだわ。
しかし据え膳なんちゃらだ…。
目の前に裸になって色々していいよーって女の子(男の子もいるが、そもそも両性だ)がいて、何もしないなんて……
いやいや、道貞だったら確実に落ちていたけど、今の俺はカダベル・ソリテールだ。
「でも、中には嫌がる人もいるでしょ?」
「…そうですね。ラモウット卿などはお怒りになられますね」
「しかしポッティ卿のように、メイド全員を相手にされる方も…」
ポッティ…。ふーん。名前からしてイヤらしい感じだな。
ないとは思うが、もし会う機会があったらたっぷり嫌がらせしてやろう。
「あのね、言いづらいけどね。俺は“アレ”ないのよ。ないってより、朽ちた? もげた? そこら辺はよく判らんけど、そもそも生前からも超高齢者で役に立たなかったの」
ああ。この美形ふたりを前に俺は何を語っているのか…
しかも彼らが真剣な表情で聞いてるのが何よりも辛い。
なんの罰ゲームなんだ、これ。
「それが何か問題になりますか?」
「カダベル殿は真の享楽というものをご存知ないご様子…」
ふたりの眼の色が危険なものに変わる。
そうだ。これがヴァンパイアの特徴だ。
いや、本性と言ってもいいかも知れない。
他種族と交わり子孫を残す…昼間のは本当に“ただの挨拶”だったのだと思い知らされる。
ふたりは滑らかな自然な動作で、俺の両手を取る。そこに違和感を覚えさせないのはさすがだ。
俺の感覚器官は人間のそれとは違うが、もし今も働いていたとしたら、ふたりの放つフェロモンのような物によって虜にされていたのだろう。
コイツら、ヴァンパイアってより、サキュバスとかインキュバスなんじゃないだろうか。そっちの方がしっくりくる。
俺はふたりに誘われ、ゆっくりベッドの方へと──
「【破響】」
俺は魔法を使う。膨らませた風船を割ったような音が俺の頭上から響いた。
うーん、狭い部屋で使うと響くなー。
ルクレイトとエギールは憑き物でも落ちたかのように眼を丸くしていた。
「……お前たちの文化や習慣について、とやかく言うつもりはないんだがね」
そうだ。俺がそんなことを言う資格はまったくない。
「…だが、相手のことも知って、尊重することも必要だと思うよ」
ドタドタと何かが廊下を走ってくる音がして、俺の部屋の扉が勢いよく開かれる。
「カダベル殿! す、すみません!」
今にも泣きそうなルフェルニが、平謝りしてくる。
「お前たちぃ!!」
「若…」
あ。なんか寝間着だ。ナイトキャップ姿も可愛いな。さすがルフェルニだ。…いや、なにが“さすが”なのかまでは説明できないけど。
「言ったろ! ヒューマンは“初めて”を何よりも大事にするんだって!」
「え、ええ。しかし、カダベル殿はミイラであって…」
「ミイラであっても、元はヒューマンなんだから! そうに決まってるじゃないか!」
そうだな。ルフェルニにぐらい、部下たちも他種族の勉強をした方が良さそうだな。
「でも、なんでまた今日に限って…」
「それは…」
「若が“もっと積極的にカダベル殿にアピールする”…と、仰られたので」
「……違う。それ、そういう意味じゃない」
ルフェルニは自分の顔を両手で覆う。穴があったら入りたい気分なんだろう。
スパァン!
ルフェルニが入ってきたよりも勢いよく、それこそ扉がフッ飛んでいくんじゃないかというぐらいで開け放たれる!
「ムッシュッ! 昼間は剣で汗をかき、夜はベッドで共に汗をかこうじゃないか! フフン!」
ヒゲがポージングして、上腕二頭筋とシックスパックを見せつけつつ立っていた。
もちろん言うまでもなく全裸だ。
「おや? ルフェ様。エギールにルクレイトまで。
…そうであるか! なら、皆でまとめて汗をかこうではないかね!!」
「お前は少し空気読めよ! ヒゲが!!」
俺の【発打・倍】がヒゲの股間に炸裂した!
──
シャムシュ・ポッティは、ウォールミラーを見て蝶ネクタイを直す。
毛並みもヒゲも完璧だ。今日も愛くるしい小動物そのもので、思わず抱きしめたくなること間違いなしだ。
パタパタと羽音がして、コウモリがやって来る。
「ミュー」
「やあ、ミミ。遊びに来たよ〜」
モッドとコウモリは会話できない。ミミが何か言っても、彼には仕草で反応を見るしかない。
「さあ、今日もメイドたちと遊ぼうよ」
「ミュー」
シャムシュはミミの手を掴む。
何か拒否反応に近いものを感じたが、彼は気づかない振りをした。
(僕とミミが組めば可愛さは倍増! つまり女の子たちのウケがいい!)
表向き、ミミの友達としてシャムシュはディカッター城に出入りしている。少なくともルフェルニはそう思っているはずだ。
「いいかい。ミミ。僕に合わせて鳴くんだよ。可愛くね!」
「ミュー」
「その困ったような顔はダメだかんね! 僕たち友達だろぉ〜?」
「ミュー…」
シャムシュは実のところミミを友達だなんて思ったことなどない。
“コレ”は自分を際立たせるための“アクセサリー”として必要だったのである。
(あの屍従王のせいで最近イライラし通しだったから、今夜全部発散させてやる!
今日はローション風呂だな! グェッフェフェ! ヌルヌルのグチョグチョの☓☓☓に鼻先つっこんで☓☓☓の☓☓☓にしてやるぜェ。ウッヒョオー!)
シャムシュは妄想の中ですでに天国に居た。
ヴァンパイアはどんな行為も基本的に嫌がらない。
シャムシュの手腕をもってすれば、例え発情期でなかったとしても、大興奮状態に持っていくことは簡単だ。
「さあ、今日は何人と遊ぼうかなぁ〜♪ おやおや、さっそく!」
向かいからメイドがやってくるのが見えた。
まずはご挨拶だ。うっかりスカートの中に入ってしまって「真っ暗で怖いよ〜」という十八番を見せてやるとシャムシュは拳を握る。
「あっと、つまづいちゃったぁ〜」
歩いてる最中に、ミミを掴んだまま、わざとらしく投身する!
このままヘッドスライディングしながらメイドのスカートの中に入り込むつもりだ。
パシッ!
「…パシ?」
「お怪我はございませんか?」
両脇の下に手を添えられ、ヒョイと軽く持ち上げられる。
目の前のメイドはニッコリと笑い、シャムシュをその場に立たせてくれた。
(え? パンティは? 僕、白の三角地帯まだ見てないよ?)
シャムシュがスカートに伸ばそうとした手を、メイドはやんわりと掴む。
「な、なんで?」
スカートをめくろうとした者が言うにはおかしな台詞だったが、普段のメイドだったらパンティの中に手を突っ込んでも笑ってくれるのが常だからこそ、シャムシュはそう尋ねたのだった。
「他種族の文化を尊重した応対をするようにと…そう命じられておりますので」
「な、なによそれ? 誰がそんな…」
ルフェルニに以外にそんなことを命じられる者はいない…シャムシュはそうわかっていながらも混乱する。
「お触りは?」
「お断りしております」
「ブラやパンティを見たりするのも?」
「ご遠慮願います」
「一緒にお風呂に入るのは?」
「致しかねます」
「夜に添い寝してくれるのも」
「ダメです」
シャムシュの顔が愕然としたものに変わる。
「じゃあ! なんの愉しみがあるってんだよォォォォッ!!」
「ミュイーッ?!」
ミミを振り回し、シャムシュは泣き叫ぶ。
…いや待て。自分にはまだ可愛いという武器があるじゃないか。そうシャムシュは思い出す。
「…夜、誰か一緒にいてくれないと寝られないよぉ〜」
潤んだ眼をキラキラさせ、幼い子がやるように、小さな手で涙をゴシゴシと拭く真似をする。これだけでヴァンパイアの母性本能はくすぐられるハズだ。
「ご安心下さい。ポッティ様と夜を過ごしたいという方がおひとり…」
「え? ホント!?」
なんだたったひとりかよ…とはおくびにも出さない。この際、贅沢は言っていられないのだ。
「あっらー♡ カ・ワ・イ・イー♡」
後ろから声をかけられ、ポッティが振り向い瞬間に抱き上げられる。
「ギャアアアッ!!」「ミィーーッ!!」
ミイラフェイスを目の前にし、シャムシュは絶叫し、ミミは猛スピードで逃げて行った。
「…シャムシュよ! 添い寝がないと寝られないそうだな!」
「いや、そ、それは…」
「安心しろ! この城にいる間は毎日、俺が添い寝してやるからな♡」
「エッ?! い、イヤだー!! 絶対にイヤだー!!!」
「そう恥ずかしがるな。ルフェルニに聞いてみろ。死ぬほどゆっくり眠れると好評だぞ。ハッハッハ!」
シャムシュを抱えたまま去って行くカダベルを、メイドは深々と頭を下げて見送ったのだった……。
少し離れたところで、廊下の陰からその光景をルクレイトとエギールが見ていた。
「カダベル殿は…」
「獣人系が好みだと…」
「「そういうわけだったのですね」」
ルフェルニの願い虚しく、結局のところ、ふたりは相変わらず大きな誤解をしたままなのであった……。




