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屍従王  作者: シギ
第二章 ギアナードの魔女編
35/113

034 死の軍団、生産開始

「バカー! なんで、わかんねぇんだ! この石頭!!」


「バカはお主だ! どうしてそうなる!? この脳味噌からっぽ野郎が!」


「なんだクノヤロウ! 死んでるから脳味噌は機能してねぇよ! だからどうしたってんだ! この差別主義者が!」


「儂は種族差には寛容な方だ! お? なに拳握ってやがるんじゃ!! やるってのか! 面白い! かかってこいじゃぁ!」


「あーん! ミイラ・ナックルなめんな! 骨が直に当たってイテェかんなぁ!! 覚悟しやがれ!」


 書斎で37回目の取っ組み合いが始まる!


 言葉で言ってわかんないヤツにはグーだ!!


「おふたりともその辺で…ちょっと熱が入りすぎですよ」


 紅茶セットの一式を持って来たルフェルニが言う。

 主人が給仕をさせるのはどうかと思うが、それがヴァンパイにとって、最高の客人に対する最大級のもてなしとなるらしい。


「……むぅ、そうさのぉ。はー。ひと休みしよう。休戦じゃ」


「そうだな…。ついムキになってしまった」


 席に戻り、ルフェルニが紅茶の準備をするのをふたりしてぼんやりと見やる。


 邪魔になるからか、ルフェルニの長い髪はポニーテールのように後ろでまとめられていた。


 いま気付いたけれど、なんかルフェルニって後ろで髪を束ねていると色っぽさがあるんだな。


 お茶を入れる手付きもなれているし、手際もいい。


 なんだろう、これ…どっかで見たぞ。


 あ。そうだ。新妻ってヤツじゃないかしら?


 背が低いからあんまり真正面から見ることがなかったんで、こうやって座って、下からのアングルから見るとまた違った印象になる。


 うん。悪くない。いいねぇ。


「ルフェルニは、将来良いお嫁さんになるんだろうなー」


「エッ!? あ!」


 俺が何気なく言った台詞で、ルフェルニが驚いてカップを取り落とした。

 幸いソーサーの上に少し当たっただけで割れることはなかった。


「お主…そんな軟派な性格だったか?」 


「別にいいじゃん。褒め言葉なんだし」


「軽口は己の首を締めることになるぞ」


 照れて顔を紅くしているルフェルニ。

 

 ミューンはなぜか目を細めて、俺とルフェルニを交互に見やる。


「あ、あの…。お待たせしました。どうぞ」


 俺たちは紅茶のカップをソーサーごと受け取る。


 レモンティーか。嗅覚が薄れていてもなんとなくわかる。

 しかも俺のはちゃんと砂糖が入れて甘くしてくれてある。ルフェルニの気づかいは完璧だ。


 飲めないんで口に含むだけだが、匂いの強いものはそれだけでも充分だ。

 微妙な味の差とかは判別できないしな。うちでよく飲んでいたコーヒーもどきも、人間の味覚だったら苦すぎて飲めなかっただろう。あれも雰囲気を楽しんでいるだけだ。


「それで…いったい先程から何をされているんですか?」


 ルフェルニは、机の上に転がった部品などを見やって不思議そうにしている。


「ああ。これはね、魔力測定機を作れないかと思ってね」


「魔力測定機?」


「うむ。個々人の魔力の量というのは感覚によるものが大きいからな。それを誰にでもわかるように、数値化できないかと試行錯誤しとるんじゃ」


「それは凄いことですね!」


 ルフェルニの仕草も本当に女の子にしか見えない。口元半分をトレーで隠すって、男がやっても気持ち悪いだけだが、彼女がやると普通に可愛いく見える。


「それがあれば、相手が魔法士かどうかも…」


「ふふん。それだけじゃないわい」


「ああ。たぶん、魔法の習得ランクや、覚えられる数の制限…それには魔力が関係してるだろうからな。数値化できれば、もっと沢山のことがわかるようになる」


「まったく大したヤツじゃよ。そんなこと思いつくなんてな。【魔力検知】なる魔法もあるだろうに」


「あれは不完全だとは思わないか? 使った魔法のランクと、おおよその規模しか判別がつかない。これもまた感覚的すぎて正確とは言えんしな」


 ルフェルニが眼を白黒させる。魔法に詳しくなきゃ、何を話しているかチンカンプンのはずだ。


「カダベル殿のお考えなんですか? やはり凄いですね。改めて、そう思います」


「いや、ミューンが魔蓄石に詳しくなきゃ思いつかなかったよ」


 そうだ。魔力測定機なんてアイディアはあっても、それを実現する方法なんて、とても俺ひとりじゃ思いつかない。


 ミューンもまた風変わりな魔法士で、普通の魔法士が興味を持たないであろう魔蓄石についてかなり研究を進めていたのだ。

 詳しく知りたいと思っていた魔蓄石について、彼から色々と教われたのは僥倖だったと言える。


 そこから、「あれ? これ上手く応用すれば作れるんじゃね?」と思い当たって話したところ、急に話が進みだしたというわけである。


「うん。凄いのはミューンだ。いや、さすが“イスピオン”を名乗るだけはあるよな!」


「おい。それはやめてくれって言ったじゃろ。ありゃ若気の至りじゃったんじゃって…お主も知っておるだろうに」


「そういえば、そのイスピオンというのはなんなのですか?」


「フフ。知りたいか?」


 俺が茶化すように言うと、ミューンはフンとそっぽを向く。


「ミューンが本を出す時に使っていたペンネームだが、その由来が“マグダネル・イスピオニー”から取ったんだよな?

 確か、イスピオンだと完了形か何かになるのか?」


「意味は特に無いわい。当時は賢者や高名な魔法士の姓をモジって使うのが流行ったんじゃ…」


「そのマグダネル…って人は有名な方なんですか?」


「おお、ルフェルニ。いくら魔法に興味がないとは言っても、神話くらいは少し読んだ方がいいぞ」


「神話…?」


「うむ。マグダネル・イスピオニーは、“平定の大魔法師”こと“ワーゲスト”の本名だ」


 さすがにワーゲストの名前は聞いたことあるのか、ルフェルニは大きく頷く。


「大魔法師ワーゲスト…この世のすべての魔法を使いこなし、この世界の6国の争いに終止符を打った伝説の魔法士…賢者ワイズマンとも呼ばれている人ですね」


「…まあ、実在の人物ではないわい」


 ミューンは鼻白んで手を横にふる。


「その実在しない人物の名前からペンネームをとったのか? よりによってワーゲストからとはねぇ」


 からかって言うと、ミューンは杖で思いっきり地面をドンと突いた。


「…もう協力せんぞ」


「すまんすまん。冗談が過ぎたな」


 魔法研究者や魔法士の中では、ワーゲストの話や賢者ワイズマンの話をするのは一種のタブーみたいになっていた。

 神話の内容があまりに荒唐無稽すぎて、彼らの存在を論拠にして魔法について話すと「コイツ、頭大丈夫か?」なんて風に見られるからだ。


 本を書いた当時のミューンは、それこそ強い野心を持っていて、自分は神話のワーゲスト並の知識がある…そんな思いでペンネームをつけたんだろうが、後になって恥ずかしくなったパターンだ。


 まあ、カダベルが手紙で散々揶揄したからな。それについてはカダベルもかなり悪い。


 『あれー? イスピオンってワーゲストの本名からとったんですよね? それなのにこんな基本的な魔法知識もないんですかぁ? ずいぶんと名前負けしてますねぇ〜』…的なことをノリノリで書いていた記憶がある。


 カダベルは魔法の事になると子供っぽいよなー。


「それで、その魔力測定機というのは、あとどれぐらいでできそうなのですか?」


 俺とミューンは紅茶を口に含みつつ視線を合わせる。


「…まあ、理論上はもう可能なんじゃが。視認化させる“デジタル表示”ってのが儂にはよくわからんでな」


 そりゃそうだよな。俺は時計や電卓の例を出して、ああいう風に数字が見えるといいなぁーなんてことをミューンに伝えたんだが、いまいちよく理解してもらえなかったのだ。


「ディスプレイについては後でいい。【筆記】や【描写】でなんとかなるだろ。

 問題はどうやって検出した魔力をデータとして格納するかだ」


「む? データというのは魔力痕のことでいいのか? それなら魔蓄石に刻まれとるぞ」


「なに? 砕けた魔蓄石にもか?」


「割れ方に一定のパターンがある。魔法ランク…いや、魔法の種類によって違った刻みになっておる」


「銃痕みたいだな。それなら【解析】をかければフィードバックできるのか?」


「うむ? だが、魔蓄石に【解析】をかけても、ランクの特定どころか魔法の種類もわかるまい」


「フフン。そこは解決策があるぞ。そうか、魔法を失った魔蓄石にも使い道があるな。それは盲点だった」


 いいぞー。なんか痒いところに手が届く気分だ。俺はいま気付いたことを【筆記】する。


 道貞の妄想的発想、カダベルの魔法知識、そしてミューンの魔蓄石の知識…これらが融合していくのを肌で感じる。


「あの、それでは私は失礼を…」


 ルフェルニがちょっと寂しそうに立ち上がった。


 申し訳ないという気持ちもありながら、俺はミューンとの議論を止めることができなかったのだった……。




──




 ディカッター城の裏、周囲を森林に隠された場所に何台もの馬車が出入りする。


 それも表通りを使っては目立つため、わざわざ迂回させ、狭い獣道のような所を通してのことだ。


 馬車から次々と降ろされ、シートの上に白骨死体が並べられていく。それはさながら事故現場のようだ。


 バラバラのものは【抽出】で骨を振り分け、足りないパーツは木材を適当に切り出したものを無造作に置く。


 俺が予想してたより遥かに多い。2000体を突破しそうな勢いだが、手袋にマスクをした作業員たちは黙々と作業を続けていく。


 最初は抵抗があったろうが、人間とは不思議と馴れる生き物だ。

 明らかな疑問を顔に浮かべてた者たちが、今では「これは仕事だから」って割り切った顔をしている。


 ああ、きっとブラック企業ってこうやって作られていくんだろうなぁと実感する。


 そのブラック企業の社長は、他でもない俺なんだけどね。



「カダベル殿。例の品が揃いました」


 ルフェルニの後ろには、一抱えある木箱を持ったメイドたちが集まっていた。

 その中には、ガラクタにしか見えない石クズがこんもりと積まれている。


「ありがとう。かなりの出費だったろう? 後でゾドルに払わせるから」


 俺は金を持っていない。サーフィン村の村長が払う事を約束する。


「いえ、こんなゴミでよければタダで構わないと。むしろ感謝される位で…」


「そうだったのか。いらんなら、そこら辺に棄てているものかと思ったがな。回収義務でもあるのか?」


「精製過程の使えない魔蓄石の処理には、どこの魔法道具屋も困っておるわい。どこに棄ててもかさばるしな。かといって、山などに持って行くにも手間がかかる」


 ミューンがそう説明してくれた。


 まあ、確かにそうか。ゴミ回収業者なんてこの世界にはいないだろうしな。 


 そしてこれらのゴミは、使い終わったか、魔法を込めようとして失敗した魔蓄石の欠片だ。


 魔法を込める段階で砕けてしまうことはよくあるらしく、だから魔法が籠もってない魔蓄石はかなり格安で売られている。こんな不安定なところも魔法士に人気がない理由だ。


 それでも廃れないのは、魔法さえ込められればタダ同然の石ころでも金になるからだろう。

 魔法士が自分の使えない魔法を欲しがるのは当然だし、多少の需要はあるのだ。


 だが、そんなゴミの山ではあるが、今の俺には宝の山に見える。黄金の塊のようにキラキラと輝いている。


「さて。カダベルよ。そろそろ何をするのか教えてもらおうか」


「死者の甦らせる…と言いたいところだが、さすがにここにいるのを全部甦らせるのはしんどい」


 頷いたのはミューンだけだ。


「…そこで【糸操】を使う」


「なんだと? 人形を操るつまらん子供騙しの魔法じゃないか」


「普通の“つまらん魔法士”はそう考えるよね」


 俺が笑って言うと、それが癪に触ったのかミューンは真剣に考える素振りを見せる。


「……そうか! 死体を人形に見立ててか!」


「さすがだな。ミューン。実際に試して使えた」


「まったく。そんなこと考えつくのは、お主くらいなものだわい」


「褒め言葉として受け取っとくよ」


「しかし、問題点もあるぞ。【糸操】では複数体を操れまい。ましてや数千体となると…」


「…ちょっと。専門的な話は止めてよ」


「うん。わかりやすく頼むよ。その【糸操】って魔法自体、僕たち知らないんだし」


 胡散臭そうな眼でイスカとシャムシュが見てくる。


「…まあ、見てもらった方が早い。魔蓄石の欠片を俺の前に置いてくれ」


 メイドたちが、俺の前に箱を次々へと置いていく。

 意外と重そうだが、実際、身体能力の高いヴァンパイアにはそうでもないんだろう。


 それより屈む度に、彼女達の胸が大きく揺れるので目のやり場に困る。


「…ご要望とあれば脱ぎましょうか?」


「…え? い、いや、別に君たちを見ていたわけでは断じてない!」


 ミューンとイスカの目が冷たい。シャムシュの野郎は鼻の下を伸ばしている。


「い、いいか! 始めるぞ!」

 

 俺は大きな石の欠片を2つ取ると、適当に合わせくっつける。


「…【接合・倍】」


 ミューンが唇…いや、唇はないから、口を突き出すようにした。


 俺は適当な大きさになるまで【接合・倍】させていく。


「まさかそんなことで…」


「いや、これじゃ足りない。【調整】…と。これで違う破片同士でも、1個の魔蓄石として再生されたことになる」


 魔蓄石が魔法を使い終わった後に砕けるのは、魔力の媒体となる要素が無くなったからせいだと思い込んでいたが、そうではなく、ただ単に“魔力放出の衝撃”によるものだった。


 というのも、試しに空の魔蓄石に【調整】をかけてから他の魔法を込めてみたところ、100%の確率で魔法が混入でき、その上、魔力を抑えた魔法だと、今まで1回の使用で壊れてたのが、3回か4回使っても砕けないことを発見したからだ。


 そう。この世界は、魔力の調節という概念が欠けている。それは無意識のうちに、魔法の出力を最大にしてしまっているからだ。


 例えば、野球のバットを握る時と、タマゴを握る時の握力は違うだろう。それにはいちいち、「これはタマゴだから握力はセーブしよう」なんて考えないはずだ。普通ならば無意識にそれが行なえている。


 しかし、それがこの世界の魔法となると、なぜか“常に全力で握る状態”になってしまっている。それがバットなら問題ないが、タマゴならグチャグチャになってしまうというわけだ。


 そして、この“魔法コントロール感覚”と呼ぶべきものが優れているかどうかが、魔法習得の鍵になるのではないかと俺はいま考えていた。


 【牽引】は俺の得意な魔法だが、ミューンも使える。だが、その程度の差は大きい。

 俺はコップや皿を割らずにゆっくり引き寄せることもできるが、ミューンはそこまでできない。一気に引き寄せてしまい叩き割ってしまうのだ。


 カダベルはこれを魔力差や、経験の差だと推論していたが、道貞的には単なるセンスの問題なんじゃないかと思ったのだ。


 俺は【牽引】のイメージを対象に合わせて太いロープにしてみたり、細い糸にしてみたり、それで引っ張るような感じで調整している。

 しかし、ミューンにとって【牽引】はただ物体を引っ張るだけ…そんなイメージでしかないのだ。


 要は“その魔法に対する特性をどこまで理解できるか”…それが、効果に決定的な影響を与えているんではないだろうか。

 

「カダベル殿?」


「ん? ああ、ごめん。ルフェルニ。少し考え事をしていた」


「……お主、いま儂のことを馬鹿にしておったろ」


「そんなことはないよ、イスピオンくん」


「ぬぬぅ! その名で呼ぶなと言うに!

 …しかし、なぜ【調整】を?」


「【調整】は範囲はごく限定的だが、“本来ある機能を戻す”効果もある」


「機能を戻す、じゃと?」


「今のでバラバラだった魔蓄石に込められていた魔法をリセットしたんだ。

 なおかつ、別々の魔蓄石が同一の物として機能するようにする目的もある」


 【調整】の面白い点は、途中過程をすっ飛ばして術者の想定した結果を導き出せることにある。


 例えば、立て付けの悪い扉にスムーズに動くよう【調整】を施すと、大工職人のような専門知識や技術を持ってなくとも直せる。

 これは物体が元々スムーズに動いていた状況に戻しているのか、はたまた術者のイメージする形に自動的に調整を行っている結果なのか、いまいち正確にはわかっていない。


 だが、ゴライに施した時の結果や、この魔蓄蓄石の結果を見る限り、その状況や場合によって最適な動きをするのだろう。そういう意味でアバウトでも使える便利な魔法だ。


 ただしやはり範囲は限定的で、あまりに不明瞭すぎる場合は機能しないことも多い。

 ちなみに【調整】に【倍加】を合わせても何事も起きない。扉がよりスムーズに動くということもないのだ。


「それで、機能を取り戻した魔蓄石に【糸操】と【連動】…それぞれ込める」


 魔蓄石はサイズによって、魔力の込められる量が決まる。

 魔力測定機があればもっと正確にできるようになるんだろうが、まだ完成まで時間がかかる。

 それでも俺の感覚でやっても問題はないだろう。【調整】もあることだし。


「そしてだ。この魔法が籠もった2つの石を【接合】させる…と。これで【糸操】と【連動】の効果を併せ持つ魔蓄石の完成だ」


「こ、こんなことが…信じられん。こんな方法があるのか?」


「そんなに凄いことかしら?」


「当たり前だ! 魔蓄石を再利用したことも驚きだが、1つの石を接合させて2つの魔法とするなんて見たことも聞いたこともないわい!」


 そうなんだよね。ミューンだけが驚いてくれているんだけど、他の皆は何が凄いことなのかよくわかってないんだよな。


「…で、【接合】と【倍加】が使える人たちは、この石片くらいにまとめるのを手伝って欲しいかな。そうしたら後は俺がやるから」


「ん? まさか、その作業を1000回以上も繰り返すつもりか?」


「まさか。1つできたらあとは簡単よ」


 俺は新たに【接合】させたばかりの適当な魔蓄石を掴む。


 反対側の手には【糸操】と【連動】が籠もった石を持ったままだ。


 2つの大きさは微妙に違う。魔法の入ってない石の方が若干大きい。


「それでは【複製】」


 左右に持っていた石が同等の大きさに変わる。これは【複製】の効果だ。


 同じ物をもう1つ作れる素晴らしい魔法に思えるが、実際には全く同じ材質の材料が必要になる。

 石を元手に金の像に変えるなどはできない。錬金術とは違うのだ。


 それに加え、時計などの細かい部品からなる物や絵画なども複製することができない。

 つまり戦闘で俺そっくりのコピー人形を作って、【糸操】で操るみたいなロマンあふれる使い方はできないのだ。


「これで…上手くいくはず。【連動・倍】、【複製】」


「お、おお!? な、何をした!?」


「【倍加】した【連動】で関連付けて、石同士の魔法痕を写した。それから【複製】をもう一度使うと中身も写せる」


「なんだと? 最初の【複製】は?」


「あれは外側を揃えただけ。大きさを揃えないと上手くいかないんだよね。

 …あと、【連動】による魔法痕だけだと、魔力が宿らんらしい。まあ、これは【調整】でももしかしたら代用できるかもね」


 ミューンはあんぐりと口を開く。


「そ、そのようなことどうやって知った?」


「んー? なんとなく出来るのかなぁと思って」


「そんなことで…」


「ちなみに【連動】って便利な魔法だよ。いま【連動】で2つの魔蓄石ができたろ? これらの間に挟んで、もう1個の空の魔蓄石を置いて【連動】させるとどうなると思う?」


「どうなる…のだ?」


「【連動】って連鎖効果もあるらしくてね。それによる相乗効果なのか、完璧に同じ物ができる。しかも、今度は【複製】や【調整】を使わずに魔力が宿るオマケ付きでね。

 数が増えるともっと容易になっていくよ。…まるでコピペみたいにね」


「コピペ?」


「まあ、そういうのがあるんだよ」


 【連動】はいまいち理解しにくい魔法だ。


 例えばレバーと井戸に【連動】を使うと、物理的な繋がりがなくとも、レバーを引くと井戸の中の滑車が回って水を組み上げる…そんな動作ができたりする。

 関連付けたり、紐付けしたりする魔法なんだろうが、これも非常に限定的にしか使えない。使い勝手の悪いスイッチみたいだ。


 ただ上手くやれば、複数のタスク管理に使えそうだ。俺みたいに頭が悪い人間にはなかなか使いこなせないと思うがね。

 それでも【複製】や【倍加】とは相性が良いような気だけはする。


 いまいち【倍加】によって何が変化しているのかわかってないが、連鎖効果や相乗効果があるのが今回の件でわかったというわけだ。


「同じ魔蓄石が何個も作れるのは理解した。…それで、コレをどうするんだ?」


「まあ、これを屍体に装着するんですよ。まあ、試しに10体くらいにくっつけてみようかね」


 俺はさっきの魔蓄石を10個作る。そして適当に選んだ白骨死体の額に【接合】させた。


 本当はメガボンぐらいのクオリティが欲しいが、あの水晶…宿木石はそう簡単に手に入らない。

 魔蓄石でも代用はできるかもだが、各関節に付けるだなんて余裕はない。


「これで俺が何をしたいかわかるよ。…【糸操・倍】」


 俺は10体のうち、1体を操って動かす。


 【糸操】の【倍加】効果は、より細かな操作が可能になること、後は操る見えない糸も簡単には切れなくなる。【糸操】だけだと、激しい動きはさせられないからね。

 それと関節同士が繋がっていなかったとしても、位置関係から“1つの人形”と見做すようになる。

 もしかしたら、解釈の範囲も拡大するのかも知れない。

 【解析】などがパワーアップすることからも有り得る話だ。


 そして、俺の【糸操】に、魔蓄石に込められた【連動】が動き出す。そして関連付けられた【糸操】が発動する。

 1体の屍体から次々と【連動】して、【糸操】によるネットワークが形成されていく。 

 俺がイメージしているのは、複数の人形の手足を細長い棒で括りつけて、一挙に操る“分身人形ダンス”だ。


 次々と10体の白骨が動き出すのに、恐怖と悲鳴の声が上がる。「悪夢だ!」と誰かが叫んだ。


「はい、右手上げて!」

  

 俺が指示を出すと、一糸乱れぬ動作で10体が右手を上げる。


「左手上げて、右手下げて、右手上げて、左手下げないで、右手…下げない!」


 素晴らしい。


 完璧だ。


 誰も惑わされなかった。


 …当たり前だが。


「はい。頭回転!」


 10体の頭が一斉に横回転し出す!


 人体の物理的可動制限など、魔法の前では無意味なのだ! 


「…どう? 理解してもらえた?」


 あれ? なんか皆固まって動かない。


 死者がこんなに活発に動いてるのに、生者が微動だにしないってどうなのよ。


「…儂は取り返しのつかないことに加担してしまったのやも知れぬ」


「なんだよ。あんまり悩むとハゲるぞ。…って毛はないのか」


「…お主も似たようなもんじゃろ」


「あるわ! 抜けそうなだけで!」


 俺とミューンのやり取りにも、誰も何の反応も示さない。


「なんだよ! ほらー! ここ! みんな! ここは笑いどころで…」


「…はは」


 ダメだ。半笑いになっている。


「あの、カダベル殿…気付いたことがあるのですが」


「なんだい? ルフェルニ。なんでも言ってくれていいよ!」


「……もしかしたら、屍体を集めずとも、人形を用意することでも操るのは可能だったのでは?」


「……あ」


「それに【複製】の魔法があるのであれば、量産も簡単に可能…だったのでは?」


「……」


 そうだ。まったくルフェルニの言う通りだ。


 ついゴライやメガボンの成功例があったからこそ屍体を集めさせてしまったけれど、よく考えたらマネキンみたいなものでも充分に同じことができるじゃないか。


 そういや、学校の骨格模型も本物じゃなかったわ。


「あー、まあ、ほら、俺、屍従王だから。やっぱり本物使ってこそ…じゃない」


 うーん。ルフェルニ以外の領主たちの眼が冷たい。


「で、でも、俺も死者だから! 死者への冒涜にはならないだもーん!」


 同意させるかのように、俺はスケルトンたちの顎をカクカクと笑わせた。


「…天才なのか、そうでないのか本当にわからん男だ。お主は」


 俺は10体のスケルトンと一緒に笑う。


 ああ、そうだよ。笑って誤魔化すことしかできなかったんだよー。

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