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屍従王  作者: シギ
第二章 ギアナードの魔女編
34/113

033 死者と生者の交渉(2)

 死者の前で給仕を受ける3人。


 どんな気分なんだろうか。墓の前でお供え物を食ってるような、罰当たりな気分になるんだろうか。


 イグニストがワインを順番に注いでいく。こういう仕事もちゃんとするんだな。相変わらず態度は偉そうだけど。


 俺んとこは注がなくていいよ。


 しかもウインクしてくんな。キモイわ。


「ごめんね。みんな」


 ルフェルニが両手を合わせて謝罪する。


 年齢差はかなりあるようだが、立場が対等な者の相手だとフレンドリーになるのか。


 タメ口のルフェルニは貴重だ。できれば俺にもそう話しかけて欲しい。


 …いや、この3人は特別なんだとかルフェルニが言ってたな。


 幼馴染か。ちょっと羨ましい。俺、そういうの…いたけど、イジメられていた記憶しかない。


 “女の子の幼馴染うらやまー”なんて、創作の中の話だけだ。


「…正直に言って、まだ混乱している」


「だろうな。それが狙いだからな」


 俺が言うと、忌々しそうにミューンは鼻…平たくてよく解らないんだが、鼻の辺りにシワを寄せた。


「…リッチーにかどかわされたか。ディカッターよ」


「だからリッチーじゃねぇって。それにそうやって疑うから、あんな演技してみせたんだよ」


「…どういう意味? 僕はまだアレが本心かもって疑っているよ」


「“いやーん♡ ミイラですけど、仲良くして下さぁい…ルフェルニの紹介なんデス…あ、デスは死とかけたジョークよん♪”…そう言って、お前たちは俺を信じて普通に話したか?」


 3人は何とも言えなさそうに顔を見合わせる。


「俺がさっき話したのは、俺を見たお前たちが想定するであろう“最悪の未来”そのものだ」


 ルフェルニが「最高の未来です」とか言ったが、余計なことは言うな。俺が本当に騙してるみたいに聞こえるだろうが。


「ああ、まさに最悪だ。死者が動いて、こうして話してるなどと悪夢以外の何でもない」


「そのまま返そう。俺もトカゲやウサギやネズミと面と向かって話すなんて悪夢だ」


「種族差別? ギアナードじゃ流行らないわ」


 今まで大人しかったイスカがムッとした顔をしている。


 ふーん。種族についてとやかく言うのはやっぱりNGなんだな。


「種族間の垣根が低いのは知っている。だが、お前たちこそ死者というだけで俺を忌避するじゃないか」


「…詭弁だ。生者と死者では根本的に異なる」


「なら殺し合うか?」


「…それは極論だ」


 戦闘では俺には勝てない…そういうミューンの葛藤が感じられる。


 ふふふ。よし、そう思わせてるだけでも俺の方が圧倒的に有利だ。


「儂らを混乱させて何とする。生者が狼狽えとる様を愉しんでおるんではあるまいな?」


「…おいおい。そんな趣味はない。

 はぁ。この感じだと、お前たちは妥協点を見出す気もなさそうじゃないか」


 「死者になんの妥協を…」とミューンは口走ってやめる。


 そうだ。妥協するのは俺の方じゃないからだ。


 苦境に立たされているお前たちに、俺が手を差し伸ばしてやってるんだからな。


「相容れないなら排斥する他ないのか? 交渉の余地があるとこちらは言ってるんだがね。死者が話し合いを提示しているのに、生者はそれを拒むのか?」


 まったく奇妙な話だ。きっと感情的には納得できないだろう。


 死者に呼び出され、脅かされ、なおかつ今は交渉を持ちかけられているのだから。


 まあ、でも、こうやって席に座って話を聞いてる時点で、もう俺の目論見は半分成功したと言っていいんだけどね。


「…ルフェルニ。お主はどういう立場だ?」


「私が屍従王をお招きしました」


「ルフェルニ。招いたって…」


「正気なの?」


「はい。カダベル殿は魔女の部下…それもプロトだけでなく、ニルヴァ魔法兵団も撃退しています」


 お。なんか驚いた顔してる。ここは得意がっといた方がいいのかな?


 ニルヴァ魔法兵団ってやっぱ有名なんだな。カダベルはなんで知らなかったんだろ?

 口コミ仕入れられないのはヒッキーの悪いところだよな。ネットもないわけだし。まさに情弱じゃん。


「カダベル殿は魔女を倒すのに必要な方です。…みんなにも、それを理解してもらいたい」


 なんとも優等生な解答だが、それで彼らは納得はさせられないだろうな。

 

「…死者との交渉などには、とても応じ…」


「待って。ミューン。話を聞くだけなら、今やり取りしてる時点ですでに同じ事よ」


 そうだ。イスカ。君の考えは正しい。


 俺の考えた通り、彼女が一番最初に俺のことを“単なる死者じゃない”と考えるに至ったな。


「でも、交渉は決裂する可能性が高いわ。…その場合は?」


「殺す」


 俺が低い声で言うと、イスカの喉が動く。


「…と言いたいところだが、俺が倒したいのは魔女だけだ。俺の邪魔さえしなければいい。だが、もし障害になるのであれば…」


「ええ、ええ! 充分にわかったわ…」


 ま、決裂したら、魔女を倒す間まではコイツらは幽閉だな。

 魔女側につかなかったとしても、王国に従うなら同じだしね。 


 王国の兵力を当てにしてるかは知らんが……まあそこは念の為だ。


 魔女が国王にお願いとやらをして、全面戦争になるのだけは避けたい。


「屍従王は魔女に造られ、魔女を恨んでいて、魔女を倒したい」


 シャムシュが1本指を立てて言う。


 なんか茶色くてプニプニしてて、ポークビッツみたい。うまそう。


「…なに見てるの?」


「見てないよ。目玉ないからわからんだろ」


「…視線を感じたんだけど」


「気のせいだろ」


「コホン! で、ルフェルニは、コレを…失礼。彼が魔女の部下を倒したのを知って、屍従王をこの領地に招き入れた…この解釈で合ってる?」


 ルフェルニが「うん」と頷く。


「【真偽】を使うかい?」


「いや、儂は使えん。お主が使うなら余計に疑わしくなる」


「…そうだな」


 魔女に造られたってのは大嘘だが、別に訂正しとく必要はない。倒す動機が曖昧になると怪しく見えるしな。


「それで死者よ。お主は儂らに何をしろと? まさか共に戦えとでも言うつもりか?」


「そうして貰えると嬉しいが、なぁに軍を派遣してくれるだけでもいい」


 渋面がますます渋くなる。少しは隠す努力しろよ…。


 なるほど。大手を振っては魔女とは戦えないってことか。


「そちらの軍勢はどれだけいるの?」


「それなりにかな」


「…まさか全部が死者なのかしら?」


「当然だろ。屍を従えてるんだから」


「“王”と言ったな? 本拠地はどこだ? そこには生者はおらんのか?」


「答える必要があるのか?」


「話にならん!」


「ミューン。落ち着いて。手の内を晒したくないのはお互い様だよ」


「その通りだ。ひとつ間違いないのは、今の俺の手持ちだけでは魔女は倒せないということだ」


「…仮に儂らが協力すれば倒せると?」


「確実に倒せる」


 この3人は魔女を煙たがってはいる。国の腐敗の原因が、そこにあることを理解しているからだ。


 それなのに煮えきらないのは、先のビジョンが見えてないからだ。


 だから…


「俺から見ても、この国は徐々に死につつある。魔女は真綿で首をしめるように、お前たちを追い詰めていっている…違うか?」


 誰も否定しないのは、その実感は薄々はあるからだろう。


「5年ほど前から現れた魔物…プロトなどいい例だろう? お前たちの知らないところで、魔女は国民に犠牲を強いているのだ」


 この3人は魔女に気づかれぬよう、何とか王国に働きかけた事があったらしい。


 失敗に終わったとのことだが、魔女を何とかしたいという気持ちはあるのだろう。


 だからこそ、今回、この貴族たちを呼んだんだ。俺の味方になると信じてね。


「魔女の狙いまでは解らないが…」


「お主が、魔女以上の脅威にならないとどうして証明できる?」

 

 ルフェルニが何を言おうとしたが、それを俺は片手を上げて制する。


 俺が善であることは証明できない。だからこそ話をわかりやすくする必要があった。


 誠心誠意なんてもんは、生者同士だからこそ通用するもんだ。


「俺が脅威だと思うなら、魔女を倒した後で俺を滅ぼせばいいだろう」


 3人とも驚いた顔をする。ルフェルニはひどく不服そうだ。


「お主、何を言っておる?」


「そのままだ。魔女と戦って疲弊した俺を討ち取れば、もはや敵はいなくなるだろう」


「何のメリットがあるっていうのよ? そっちにとって…」


「メリット? 生者らしい発想だな。俺は死んでるんだぞ。何も望むものはない。魔女に対する恨みを晴らせればそれでいい」


 疑いの視線が弱くなる。俺に対する考えを改め始めたんだろう。


「い、いや、待って。そうだ。スーパーアンデッドとか言ってた。ルフェルニが子供を…それが置土産とかなんだろ!? お前が滅びた後のさ!」


「スーパーアンデッド?」


「お前が言ったんだろ!」


「そんなの生まれるわきゃないだろ。常識で考えろ。常識で。アレは冗談だ」


「…非常識な存在に言われたくない」


 シャムシュよ。泣きそうだな。泣くがいい。お前のそのしらじらしい演技は通用せんからな。


「俺の子供…そんな物が簡単に作れるんだったら、交渉する以前の話だ。女以外はとっくに皆殺しにしている。女だけ残して、スーパーアンデッドとやらをポンポン産んでもらうよ」


 俺がイスカを見やると、その意味を察した彼女はブルルッと震えた。

 自分がミイラの赤子を抱っこしてる姿でも思い浮かべたんだろう。


「……お主が負けたら、儂らはとばっちりを受けることになる。魔女は儂らを許さんはずだ」


「そんなリスクは当然だろう。代償もなしに何かを手に入れられるとでも思うのか」


「…代償が大きすぎよ。現状、魔女は私たちの領地には手を出して来てはいないわ。表立って敵対するのは得策とは思えない」


「時間の問題だ。魔女はプロトを造り出せる。それに改良を続けているようだ」


「なんだと? チェリーだけじゃないのか?」


「チェリーは知ってるのか?」


「ええ。カダベル殿。有力な貴族たちには、どんな魔物がどこに出てくるのか、簡潔な内容と説明みたいなものが書簡で送られてきていまして…」


 ルフェルニが言いにくそうに答える。


 そうか。“この魔物がこれから〇〇地区で暴れるけど知らん顔しといてねー”という警告が領主にはあるのか。


 はぁ。襲われていたサーフィン村に、誰も助けに来ないわけだな。


「……自分の領地が侵されなければどうでもいいということか」


「お主に何がわかる!」


「何もわからんね。上に立つ者が臆病風に吹かれた腰抜けばかりで、この国の民草はひどく哀れだということだけしかわからん」


 3人の眼に明らかな怒りが宿る。


 ルフェルニの話から、魔女が国王だけでなく、各領主の頭をも押さえつけているのだと知った。


 中途半端に逆らっても、魔女には絶対に勝てないし、むしろ手痛い苛烈な報復が待っているだろう。


 こういうのは感情だけでどうこうできる問題じゃない。勝てる算段もなしに戦をする領主がいたら、無能や無謀を通り越した最悪だとしか言いようがないだろう。


 そんな中、俺がわざとこんなことを言ったのは、こいつらが本当に魔女と戦う気があるかを知りたかったからだ。


 まあ、及第点かな。


 偉そうに言わせてもらえればね。


 でも仕方ない。魔女とは戦えない…そう長年刷り込まれているせいで、思考停止してしまっているんだ。


 俺が彼らの立場なら、すでに『おや、このアンデッド使えんじゃね?』くらいに思うはずなんだけどね。


 むしろ、『よっしゃあ! このアンデッドに全責任をおっかぶせてやんぜ!』くらいに思ってくれなきゃ、上に立つ者としては物足んないかなー。


 うーん。じゃ、次の手。そろそろ旨いエサを見せてやりますか……


「…はあ。お前たちに累が及ばなければ良いということか?」


 俺は仕方ないという感じに、大げさに首を横に振ってみせる。


「……なんだと?」


「なら、お前らも軍隊はいらん。腑抜けた軍隊などどうせ役にも立たんしな」


「は? …なんだよそれ」


「軍隊もなしに、どう戦うの? やっぱり政治的に…」


「死者と魔女が戦うんだぞ? 仲良く向かい合って討論するとでも思うのか? 戦争に決まっているだろう。力と力のぶつかり合いだ」


「……では、儂らに何を求める?」


 はー。長い。ここまで前振りが長い。


 でも最初に大きな要求をして、妥協点を下げていくのは交渉の基本だ。 

 俺、元セールスマンじゃないんだけどね。プレゼン知識あったらもっと上手くやれたかも知れない。


「…この国には死刑制度があるな。重罪人は死罪となる場合もある。それは領地によって異なるのか?」


「? …いや、等しく国法に則って厳粛に裁かれる。

 領主の嘆願でもあれば変わるかも知れんが…例外はまずない」


「そうか。それならお前たちにの領地には、少なからず死罪になった者たちの亡骸があるな? それは墓の中か?」


 3人は不思議そうに顔を見合わせる。


「…死刑になったの屍体も、まさか国が引き取るのか?」


「いいえ、そんなことしないわ。社会的な大犯罪の場合だと、王都裁判所から執行官が引き立てに来る場合もあるけれど…」


「大体、大きな都市には執行官代理がいるからね。だいたいの犯罪者はその都市で処理される。近隣の村々の罪人も含めてね」


「…それに犯罪者に墓は作らん。基本的に墓場の隅に山積みして晒されとる。たまに【除臭】したり土を被せる程度だ」


 うん。ルフェルニに聞いた通りだな。


 もしかしたら領地によって違ってたら面倒だなぁと思ったから聞いただけのことだ。


「よし。それは良い。…なら俺からの要求だ。その犯罪者の死骸を全部よこせ」


 はは。やっぱり理解が及ばないって顔してるな。


 死者が屍体を求めてるんだから、何をするかは想像できそうなものなのに。


「…その屍体を使い、俺が死の兵団を作る」


「な!? ふ、ふざけるな!!」


「ふざけてなどいない。各都市、月に平均5人のほどの死刑が行われているとしたら…」


 月に5人…多いように感じるが、この世界は簡単に死刑にしてしまうからこんなもんだろ。


 野党とかは捕まったら即処刑だし、徒党を組んでいたらもっと人数も増える。ちょっとした盗みだけでも再犯だとしたら処刑だ。


 日本の法制度とは違う。情状酌量とか、犯罪者を生かしとくなんて甘い考えはない。


「えー、年にして約60体…10年だと約600体か。

 そして3都市分だと…約1800体。かなり大雑把な数字だがね。一個旅団ほどになるだろうかな」


 もしかしたら10年以上前の死骸も使えるかも知れない…そうすると、もう少し数が増えるな。


 兵が1800だと少なく聞こえるかもだが、このギアナードで、この数を単独で食い止められる都市はないだろう。


 王都でも専業騎士は5000人程度しかいないらしい。

 大軍隊を常備するような金はないはずだし、そもそも戦争が起きた試しがないんだから維持するのは無駄だと考える……貧乏国家の悲しいところだよな。


 臨時徴兵は…追い詰められたらやるだろうが、こっちは短期決戦のつもりだしな。それは考えとかなくてもいいでしょ。


「敵になるかも知れぬ相手に、そんな要望など呑めるか! 許せるものか!!」


 まあ、普通の反応だわな。


「俺の軍隊は、魔女との戦いで壊滅する」


「…なんだと?」 


「魔女、プロトども…それにもし王国騎士団が協力するとしたら、俺の兵は間違いなく壊滅する…そう言ってるんだ」


「騎士団が…まさか。魔物と共闘など…」


「こちらが指揮しているのは死者だぞ。死者が敵とすれば、魔物は心強い味方にはならないか?

 まあ、王や戦う兵士たちが受け入れられるかまでは知らんがね」


 魔女がプロトだけを使って戦う…そんな希望を持つのはよした方がいいよな。


 マクセラル並に指揮が執れる人物がいなければ、プロトをいくら集めても俺は倒せないと痛感したはずだ。

 なら、よほどの大馬鹿じゃない限りは、頭の回る人物を付けて指揮を執らせる。 


 魔女自身がという可能性もなくはないが、あのジュエルとかいうヤツはマクセラルより戦術を知らない。


 マクセラルは…まあ、“使える状態”なら再度使っているだろう。それが出てこないということは、やっぱり処分した可能性が濃厚だ。


 温存しているのは…ないな。あの魔女に限ってはない。もし温存しているのだったら、プロトをあんなに無駄に使った意味がわからん。


 あれ? まだ悩んでるのか。本当にコイツらも頭悪いよなぁー。


「まだわからんか? これで俺が魔女に勝てても、疲弊してボロボロの状態だ。そこをお前たちが潰すのは簡単だろうと言っているんだぞ」


 シャムシュが頷く。


「しかも、お前たちの安全は保証されている。さすがに犯罪者の死骸をどこから持って来たかなんて、魔女にも判別できないだろ。

 もし追求されたとしても、俺が勝手に持ち出したことにすればいい」


 イスカがややあってから頷く。


「…そして俺が敗けた場合でも、魔女にそれなりの損害を与えられる。その時こそが、国家を取り戻すチャンスではないのか」


 3人の顔に初めて明るいものが生じた。


 そうだよ。俺はずっと捨て石になってやろうって言ってんだ。理解しろよ。ったく。


「死者が、死すべき者を葬り去るというのだ。これ以上、生者にとって旨い話はあるまい?」


 さあ、俺は言うべきことを全部言い終えた。


 後は野となれ山となれ…


「……やはり信用できん」


「なんで!?」


 あー、コイツ、本当に馬鹿なのか!?


「なんの損になる話もないんだぞ?」


「だからこそだ。何も益にならん話を、死者が儂たちに語る…その違和感は拭えん」


 こ、この頭デッカチが…!


 それって単なる感情じゃん!


 理性で考えろよ! 理性で!


「これをルフェルニが語ったのならば話は別だったがな…」


 ん?


 ああ、そうか…。

 

 失敗した。失敗したよ。


 そう考えるかよ、ミューン。


 お前はもっと理知的かと思ってたぞ。見誤ったわー。


 ……実はそれも考えついてはいたんだよね。


 ルフェルニが「いい話があるんだよ。実はね、屍従王ってのを見つけてね。それを利用してやろうってのさ、ウッシッシ」なんてことを言わす案も考えたんだが、回りくどくなるし、やたら時間かかりそうだったから却下したんだった。


 こっちが正解かよー。


 俺が話せばいいやってわけでもなかったのか。


「……なら、勝手に死者を集めるぞ」


「それはできないのだろう? だから儂たちに話したのだろうからな」


 ぐっ…。


 そうだよ。お前たちの領地に潜入して、いちいち死者を甦らせるなんてやってたら、時間がいくらあっても足りない。


 だから、領主の許可と、かつ協力が必要だったんだよー。


「さあ、どうする? 邪魔するのであれば殺すと言っておったな。ならば、そうするがいい」


「ミューン! なに言ってんの!」


「ちょっと待ってよ!」


 マズイ、マズイ、マズイ、マズイ…


「この国を取り戻すのに死者の力を借りねばならんのか? そんな道を選ぶくらいならば、儂は喜んで死を受け入れるわい」


 あー、やめろー、やめろー。


「死者の力を借りて得た国など、もはや滅んだも同然じゃ!! 馬鹿にするでないわ!! アンデッド!!」


 イスカ、シャムシュがハッとする。


 そうだ。彼らは死者が魅せようとしていた悪夢から目覚めたんだ…


「待って! 待って下さい! ミューン!」


「ああ、そうじゃ。ディカッター伯爵! 儂らは、お主を軽蔑するぞ! このようなやり方! そして、このような死者と出会わせた侮辱! これは心底、堪え難いものだ!」


「…ああ。そうだね。ミューンの言う通りだ。ルフェルニ。僕たちの友情もここまでだよ」


「…シャムシュ。私は…」


「ヴァンパイアは誇り高い一族だと思ってたわ。残念ね」


「イスカ。違うんだ…聞いて…」


 3人から冷たく見下され、それでもルフェルニは食い下がる。


「信じて下さい。カダベル様は…とても優秀な魔法士で…」


 ああ。もう無駄だよ。ルフェルニ。何を言っても、もう3人の協力は得られない。


 君たちの友情を破壊してしまったのは俺だ。

 

 ああ、罪悪感を覚える。


 こんなことさせてしまったのは俺だからな…


 ごめんよ。謝って済む問題じゃないが。


「優秀な魔法士だと? フン。ヴァンパイアは魔法に疎いからな。儂という知己がいて、よりによって、このような化け物を信用するとは…」


 もう。ルフェルニは悪くないよー。


 悪いのはこのミイラなんだよー。


「…俺は魔法士なんかじゃない。ただの魔法研究者だ」


「魔法研究者?」


 ええ。そうですよ。ランク1の魔法しか使えないね。


 だから、お前がいま俺を消そうと思えば簡単にできるんだ…。


「カダベル・ソリテール…? 魔法研究者…?」


「? そうだよ。だから、全然リッチじゃないんだ。しがない研究者だから、それも金にはならなかった道楽だしな…」


「“変人”カダベル?」


 は? なにコイツ。いきなり失礼じゃね?


 ってか、なんでミューンは俺の顔をしげしげと見てんの?


 実は生きているかもしれないとでも思ってんの? 


 ないから。目玉もないから。命もないから。死んでるから。そんなの見りゃ解るでしょ。


「……【発打】の特性について」


「え?」


「何も対象物体がない場合は、魔法は発動することがない」


 ?


 なんだ?


 何をいきなり言い出したんだ…?


「…物体Aと物体Bが縦列に並んで置かれている時、物体Aを対象にした【発打】は、物体Aがその場から無くなった場合には、自動的に物体Bへと対象を変えて発現する」


 他のふたりも、ルフェルニもキョトンとしている。


「……違う。【発打】の対象条件の選定は、発動前に行われる」


 ん? 俺がいま言った?


 ああ、なんか言わなきゃいけない気がして…


「発動後は、対象物が仮に移動したとしても、放った手から直線延長上に効果が生じる。これは物体Bへ対象を切り替えたからではない」


「ふむ」


 ミューンが腕を組んで唸る。


「証拠に物体Aとの間に障害物があった場合、物体Aの位置は変わらないにもかかわらず、その障害物そのものに【発打】の発現が見られた。

 様々な検証を行ったが、発動後にターゲットが自動的に切り変わるような複雑な仕組みは確認できない」


 俺、なんでこんなことを…


「やはりそうか!」


 机から乗り出し、フードを外してミューンが鼻の穴を大きくする。


「その口調、まさに送ってきた文章そのまんまだわい! 変人カダベル・ソリテール! お主が、あのカダベルだったのか!」


「…ミューン? お前はいったい…」


「儂じゃよ。儂。『魔法理論序論』の著者“イスピオン”じゃ」


「え? イスピオン!?」 


 俺の奥底に眠る、カダベルの埃をかぶっていた記憶が呼び覚まされる。


「嘘だろ!? あの“皮肉屋”イスピオンか!? マジかよ!?」


 巷に魔法解説書なる手引書があるのだが、カダベルはそれを手当たり次第に買い漁り、そして少しでも疑問に思ったり間違っていると思ったら、手紙を書いて著者に送りつけていた。


 そして、その中のひとりにイスピオンという魔法士がいたことを今思い出したのだ。


「よもや、こんなところで出会うとは…。

 今でもよう覚えている。変人カダベル。お前のしつこさ、ねちっこさ、まー、重箱の隅を突くが如き魔法への執念! お主のお陰でヒューマンが苦手になったんじゃからな!」


「何を言う。1を言えば100で返してきたのはお前だったろう!」


 そうだ。手紙を送って、このイスピオンだけが、唯一、毎回のように長文で反論を送り返してきたのだ。


「俺のが正しかったのに、嫌味ったらしい皮肉を添えてくれたな。今でも腹立たしいぞ。『そこまで理論を突き詰められたのだから、ランク1以上の魔法が使えてもいいものだろう』って言葉!」


 もちろん俺の道貞の記憶じゃない。


 だが、その時のカダベルの記憶から、悔しさや憤りが感じ取れる。


 実は今まで一度もイスピオンに会ったことはない。

 だが、その濃厚な手紙のやり取りから、親しいケンカ友達に会ったような不思議な感覚を覚えた。


 ああ、きっとイスピオン…いや、ミューンも同じ気持ちなのだろう。


 いわゆる趣味の文通仲間…ペンフレンドみたいな感じだ。


「…まさかリザードマンだったとはな」


「フン。悪いか? お主こそ…しばらく音沙汰がないと思ったら、まさか死者になっているとは思わなんだよ!」


 ミューンが吹き出して笑う。ここにきて、初めて見る彼の笑顔だった。


「まさか死者となったのも、魔法の効果なのか?」


「うん? ああ、まあ…そうだな。話せば長くなるぞ」


「そうか。興味あるのぅ。お主とのやり取りはいつも知識欲を刺激された。当時は腹も立ったが、魔法についてあそこまで本気で話せる相手はおらなんだ」


「俺も同じだよ。手紙を送れなくなって申し訳ない。イスピオン。…俺もかなりの齢だったからな」


「その名で呼ばんでくれ。いや、そうだのぅ。ヒューマンは寿命が短いことを忘れておったわい。気にするな。しかし、カダベル。もしよければ…」


「ああ。あの手紙の延長戦といこうか!」


 俺とミューンは拳を軽く打ち付け合う。


「…あ、あのー。さっきから、僕たちついていけてないんですけど」


 シャムシュが手を上げて気まずそうに言う。他のふたりもまったく同じ顔をしていた。


 俺も懐かしさのあまり、普通に彼らの存在を忘れてしまっていたな。


「あー、ああ。実は知り合いだったんじゃ。どこかで聞いた名前だとは思っておったんだがな」


「で、でも、アンデッドじゃないの…」


「ウム。だが、アンデッドでもカダベル・ソリテールは信用できる男じゃ。それは儂が保証する」


「ミューン。さっきと言ってることが…。保証って言ったって…何がどうして? 急に心変わりしすぎよ」


「このカダベルという男はな、地位も財産も全部を棄てて、魔法研究に明け暮れた魔法馬鹿なんじゃ!」


「誰が魔法馬鹿だよ。まったく。そっちも似たようなもんじゃないか」


「ハッ! お主ほどじゃないわい。

 …ま、だからこそわかる。リッチーなどより貪欲だわい。大方、魔法のためにミイラになったんじゃろうて。あのカダベルならばそうなってもおかしくはないわ。むしろ寿命で潔く死ぬような男ではない」


 褒められているのか貶されているのかイマイチわからんなぁ。


「そ、そんな…。それじゃ今までのやり取りはなんだったの……」


 シャムシュ。お前のことはあんまり好きじゃないが、その気持ちはよーくわかるぞ。


「さて、早速だがカダベル。さっきの【発打】の件じゃが、儂は納得しておらん。

 ランク1の魔法が単純な仕組みだと言うのであれば、そのそも対象を選択するなんて手間を設定した賢者の意図はなんじゃ? そこをきっちり説明してもらうぞ!」


「あれで納得できなかったのか? このクソ石頭め! おう! ぐうの根もでないほど俺の研究成果を叩き込んでやる!」


「望むところじゃ! 書斎を借りるぞ! ルフェルニ!」


「ど、どうぞ…」


 俺とミューンは、あーでもないこーでもないと言いながら部屋を出て行く。



「…ルフェルニ」


「…はい」


「いずれにせよ…だわ」


「恨むことには変わりないからね」


「……はい。わかっています」

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