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屍従王  作者: シギ
第二章 ギアナードの魔女編
32/113

031 魔女ジュエル・ルディ

「こりゃ、やる気が出ねぇなぁ〜」


 見晴らしの良い城壁の上に立ち、大隊長の前で大きくボヤいてしまった。


 というのも…


 はーーーー。


 頭が悪い。悪すぎる。


 敵の総数は20体。


 【集音】や、コウモリ(ヌイグルミ)どもの偵察で伏兵はなし。


 援軍の可能性は……ああ、考えるのも馬鹿らしい。


 それを東西南北に5体ずつに分けて配置。


 赤鬼2体・緑鬼2体・紫鬼1体の編成…そして例の如く、ご丁寧に綺麗な一列横隊だ。地形効果などまったく念頭に置いてない。


 あー、もう。これ、やる気があるのか? 


 寒村の武装してない農民が相手じゃないんだぞ?


 まず、そもそもこの規模の城塞都市を陥落させるのに絶対数が足りていない。

 少なくとも50体…いや、100体いても厳しいくらいだろう。


 それだけ数というのは力なのだ。小さな戦術など覆してしまうパワーをもたらすのが数の暴力なのだ。

 

 それで、だ。数が揃えられねば、寡兵による戦術が必要になる。


 囮誘導で引き出して叩くとか、下水道から侵入させて内部から引っ掻き回すとか、特攻しかできない赤鬼を盾に正面突破させ、本命の緑鬼と紫鬼を街に流し込むとか…上手くいくかはともかくとして、戦略・戦術論に疎い俺ですらそれくらいは思い付く。


「しかし、マクセラルを使わない理由はなんだ? 前線指揮を執らせるだけなら…いや、使えない理由があるのか?」


 怪我が酷くて死んじゃった?


 いやいや、魔女は回復魔法使えるんだよな。たぶん。


 まさかな。貴重な戦力を処分してはいないと思うけど…。


 あー、役に立たないから元の国に返したとか?


 うーん? わからん。


「カダベル殿。都市部への防衛配備は完了しました」


「なるほど」


「街の者たちにも、決して家の中から出ないように指示を出しております」


「当然だよね」


「…恐らく、弩か投石機による遠距離攻撃でカタがつくとは思いますが…」


「あー。無駄なことはしなくていいよ。どうせ“外から攻撃する気はない”だろうし」


「は?」


「それにしても見え見えなんだよなー。魔物並べて、ほら怖いだろ〜みたいな演出でもしたいのかねぇ」


 俺は【望遠】を使い、赤鬼の間抜けな姿を見やる。


「あ。あと堀の中を汚すことになるから、掃除大変だと思うけど…先に謝っておくわ。ゴメンねぇー」


「は、はぁ…?」


「さ、しゃあない。行ってきますか」


「え!? ど、どちらに!?」


「そりゃ、アイツらをお掃除にでしょ」


「え、ええッ?」




──




 俺は城門前の跳ね橋の方へ、ノコノコと出て行く。


「転移で簡単に送り込めんなら、赤鬼たちを遠方から走らせる意味がわからんしね。

 マクセラルは“回収”しただけだから…色々と癖の強い魔法と見て間違いないだろ」


 俺は誰に話しかけるでもなく、跳ね橋の前で、左右に行ったり来たりしながらそんなことを呟く。


 そうだ。俺がここにいるアピールだ。


「んー、ここだな。俺ならここを選ぶなぁ」


 城内にあの巨体を転移させるには精密なコントロールが必要となるだろうし、ましてや5体まるまる移動させるとなれば場所はかなり限られてくる。


 となれば、この跳ね橋の前か…中庭ぐらいしかない。


 そして一番に送り込みたいであろう中庭は、“空からは見えにくい場所”になる。


「ハズレてたら…ま、後でルフェルニに謝ろう」


 まあ、1匹ずつなら城の中に送り込めるかもだが、そんな面倒なことするタイプじゃないと思う。


 結構…いや、だいぶ雑な性格のはずだ。


 街に送って走らせる真似を…いや、目的は俺だろうからな。


 “視てる”んなら、俺が移動したのには気付いたろう。


 こうやって独りで来て、目立つとこに立ってやってんだし。


 俺の両隣には、落石攻撃用の木石や、鉄塊を【接合】で固めた大岩が2個ある。


 時間的はあまりなかったし、これしか用意できなかったが、まあ…【倍加】をかければ使えるだろう。


 ルフェルニたちは何度も一緒に戦うと言ったが、ハッキリ言って必要ない。

 むしろ中で守ってくれた方が、下手にバラバラに行動されるより制し易い。


 邪魔になるからと伝えたら、「危ないと見たらすぐに出ます!」と言って、渋々ながら引き下がったけれど…


 ま、客人を独りで戦わせるわけにはいかないって気持ちもわかるんだけどね。


 うーん。正直なところ、説明するのが億劫だったんだよなぁ。



「転移魔法…きっと、その魔法には、いくつかの制約があるはずだ」


 【集音】で魔力が動いたのが感じられる。


 まあ、頃合いだな。そろそろ動くだろう。


「…まず1つ。“単体でしか移動させられない”もしくは“隣接してる数体…それも一度には5体まで”という縛りがある」


 俺の目の前に、5体の赤鬼たちが突如として出現する。


「ああ、良かった。やっぱり馬鹿だった」


 ずっと【集音】で確認してたから、タイミングもばっちりだ。


 俺を敵と認識して動き出す前に、地面に拡げてあった網状ロープの端を束ねて引っ張り、堀の端にあった大岩と【接合】させる。


「【掘削】」


 ちょうど大岩の下の土を抉ってやると、ゴロンとバランスを崩して堀の下へと落ち込む。


 当然、網状ロープもそれに引っ張られ、赤鬼たちは脚を絡め取られて、そのまま引きずられて堀の下にと落ちていった。


「さようなら〜」


 ああ、お前らに足元を見る能力があったらな…。


 構造的に下を向けないもんな。


 目玉だって、口ん中の奥にあるんだから。自分の左右すらも視えてないハズだ。


「…で、2つ目。“対象者と移動先の位置は予め設定しておく必要がある“」


 俺はゆっくり前に歩いていくと、横に手を伸ばして【発打・倍】を放つ。


 想像していた通り、さっきとまったく同じ位置に出現した5体。


 その一番端にいたヤツが、俺の魔法による衝撃を受け、バランスを崩して将棋倒しのようになる。


 移動した瞬間に、不意打ちを喰らえば、図体がデカくてもこんなもんだよな。


「はい。ご苦労さん。【接合】」


 俺はひっくり返った5体を順繰りにくっつけていき、最後にもう1つの大岩に括り付けたロープに【接合】する。


 そして先程と同じようにして、堀の下へ落とす。


「こんな風に工夫すれば、城壁から落とす以外にも岩は使い道があるわけさ。魔法士限定な手段かもだけどね。

 さーて、あと2組ですよー」


 これで即席に作った罠も終わりだ。


 そろそろ直接来るかなぁと思ったけれど…ま、“移動先をわざわざ設定した”んだから勿体ないよな。とりあえず使うよな。


「さっきと同じだと芸がないしなぁ〜。ま、かと言ってもできることは限られてんだけどさ」


 転移位置をズラす感じはないな。何か魔法が使われた気配はない。


 これは確実じゃないが、たぶん転移対象の側に術者がいないと、転移先を簡単には変えられないんじゃないかな?


「【掘削】…、【流水】、【油変】…と」


 俺は【掘削】を石畳の上で数回ほど使い(障害物があっても、その下が“土”で対象範囲距離なら掘れる)、その中に【流水】を無造作に流し入れ、【油変】でそれを油にと変える。


 ちなみに石畳はそのまま落ち込んで下に残っているので、水や油を保持するにはちょうどいい。


 そしてさほど待つことなく、馬鹿のひとつ覚えの5体が出現し、俺の作った穴にそのまま落ちる。


「ううーん! こんなに上手くいっていーのかしら? 達成感がまったくなーい!

 …おっと。穴がちょっと小さかったか。お前はちとデカすぎんだよ」


 はみ出して暴れている紫鬼を【倍加】したキックで蹴り飛ばして入れる。


「ほい。【火種】」


 もう説明するまでもないだろう。憐れな5体は油漬けにされて、奇怪な叫び声を上げて丸焼けになった。


 コイツらの半分くらいしか深さがないから、飛び出してくることがないよう、ちゃんと【接合】もしといた上でだ。

 いくら緑鬼が高低差に強くて、紫鬼に腕が生えてようとも、5体分の体重を抱えて這い上がれるはずもない。


「…で、まだ送ってくるぅ? 外から走らせて来た方がまだ堅実じゃない?」


 俺はあえて大きな声でそう言う。


「どのみち、同じように火ダルマだよ。それじゃ面白くないから、爆破でもしてみせようかね? さて、どうする?」


 俺は上を見やりながらそう続けた。


 うーん、何の反応もない。


「…で、最後の条件。こういう転移させる魔法ってさ、タイミングとか絶対に難しいハズなんだわ。

 となるとさ、“転移前もしくは転移後の場所に必ず術者がいる”んじゃないかと俺は思うんだよねぇ」


 これでハズレてたらかなり俺は痛いヤツだ。


「姿を見せなよ。魔女さん」


 やっぱり何の反応もない。間違えたか?


 そう思った次の瞬間、上空が歪む。


 そして、ひとりの少女が姿を現した。


 ぱっつん前髪、寝癖のように左右に外ハネした髪が風に揺れている。


 そんな頭にちょこんと乗ったトンガリ帽子も、着ているエプロンドレスも、甘ったるいピンク色で統一されていた。


 そして渦巻のような奇妙な瞳が、無邪気な悪意に満ちている。


 不思議の世界から、そのまま現れたような、そんな浮世離れした姿だ。


 そして細い腕に引っ掛けたバスケットから、ロリポップを取って口にくわえる。


「……へー。やるじゃん。アタシに気付くなんてね」


 魔女…俺のイメージしていたクソババアとは違う。生意気なクソガキという感じだな。まさにローティーンエイジャーだ。


「はじめまして。魔女ジュエル…でいいのかな?」


「ええ。アタシ、ジュエル・ルディ。ああ、覚える必要はないわよ。屍を従える王カダベル・ソリテール」


 そうだよなぁ。俺は“格下”だもんなぁ。


「すばらしい観察力と言いたいけれど、訂正して置くわ。術者が側にいなくても使えるし、【遠隔空間転移】の転移先は自由に上書きできるの。面倒くさかったから今回はしなかっただけよ」


 情報ありがとうございまーす。


 【遠隔空間転移】っていうのね、その高ランクの魔法。


 遠隔…ってことは、対象者と位置情報さえ指定できれば、術者本人がいなくても転移させられるって意味かね。 


 それに転移先の上書きか…そりゃ出来るだろうよ。移動先完全固定なら、上級魔法なのにクソ魔法じゃん。


「おたくのマクセラルくんを転移させたのもその魔法かい?」


「ええ。そうよ。アタシがやったわ」


 お。得意そうだな。これは聞けばもっと教えてくれるかな?


「もしかして設置さえできれば、転移は自由自在なのかな?」


「? 違うわよ。遠く離れたところからだと、アタシの魔力を帯びた物を追跡トレースする必要があるわ」


 なるほどね。マクセラルを回収した時に魔女の気配がなかった理由がそれか。


 魔法アイテム…位置情報発信ビーコンが必要なことからも、そこまで便利な魔法でもなさそうだ。


 やっぱり高ランクだから万能ってなわけでもないわけね。


 俺の予想通りで良かった。見えない位置にいきなり送り込める魔法とかだったら対処のしようがなかったわ。これで本当に安心できる。


 ま、そんなことできんならサーフィン村を攻撃する際にも、村ん中に直接送り込めばいいだけだったもんな。できないからやらなかっただけだ。


 そして姿を消せるみたいだが、魔法の発動する瞬間は【集音】で気付く。


 そうなんだよ。今回、赤鬼ども以外にも気配があったんだよね。


「コイツらの転移先を変えられたら、俺も対処に苦労したが…ありがとうと言うべきかな」


「フン。言ったでしょ。上書きするのが面倒だったって話よ」


 それは嘘だな。どうやら、術者が対象者の側にいなきゃ、転移先の書き換えはできないって条件は俺の読みで間違いなさそうだ。


「それにキミがそんな低ランクの魔法で一所懸命にやってるのおかしかったからさぁ!」


 ジュエルは口元を抑えてプッと吹き出す。


「キミにわざわざ合わせてあげたのよ! キャハハ!!」


 意地っ張りの負けず嫌い、自意識過剰…


 あー、まったくもってガキだな。


「でも、おーしまい。キミ、一発で消し飛ぶから」


「だろうな。魔女に勝てるわけがない。そういう仕組みだ」


「仕組みだって?」


「そう最初から勝てない」


 さー、反応しろ!


 対話に乗れ! 対話に乗ってこい!


「……なんかシラけるなぁ。キミ、死ぬのが怖くないわけ?」


 よっし! 会話のつかみはオッケー!


「もう死んでるからな」


 俺が仮面を外して、目玉のない顔を見せると、ジュエルは露骨に嫌そうな顔を浮かべた。


「……そいえばキミ。どうやって生き返ったの? どうやって動いているの?」


 なるほど。魔女ですら、俺の今の状態は理解不能なモノだということか…。


 なら、魔法で死者を甦らせることはできないと考えていいのかもな。


「蘇生魔法…でも、そんなミイラにはならないハズだし」


 って、蘇生魔法あるんかーい! 

 

 …訂正しよう。アンデッドを作る魔法はないんだな。

 

「…んー、でも別にもういっかなぁ〜」


「そうか。なら楽にしてくれ。…つまり俺に勝って、勝負に負けたってことだな。俺は満足したよ」


 ジュエルの眉がピクッと動く…いや、“眉があった場所”か。

 ちょっと手入れしすぎだな。抜きすぎて眉ほとんどないじゃん。


「勝負に負けた? アタシが?」


「そうだろ? そっちの目的もルールも知らんが、そこの魔物を使って、この国で何かしなきゃならなかったんじゃないのか?」


 俺は未だ燃え続けている赤鬼たちを指差す。


「コイツらと、手駒のニルヴァなんちゃらまで俺に全部潰されたわけだ。

 あの、“ドリマン”って言ったっけ? 切り札だったぽいボスまでも、だ」


「……ドリアンだよ!」


 ふふ、そうか。あれは自信作、か。


「そして、仕方なしに魔女サンが出張って俺を殺す…結果はジュエル様の勝ち。でも、ゲームでは負け。そういうことだ」


 俺は乾燥しきった舌をペロンと出して見せる。


「…ッざけんなよ! アタシは負けてなんかいない!!」


 おおー、こんな安い挑発に乗ってくれた!


 いいぞ。


 プライド高いだろ?


 魔法に自信があるだろ?


 それだったら、俺を強い魔法で簡単にブッ倒してもつまらないよなぁ〜。


「なら、その魔物…プロトだっけ? それを使って戦えよ。ご自慢の魔物で勝たなきゃ、お前の気持ちは満足しないんじゃないか?」


「……キミに何の得があるっての?」


「俺の実力を、魔女ジュエルに見てもらえる」


「はぁ?」


 理解できてないな。それでいい。考えろ。考えて間違った方向へズレて行ってしまえ。


 本当ならば、お前の正解は、ここで俺を確実に殺すことだ。


 そうしなければ、お前が姿を見せた意味もない。


 わかってないだろ、そこんとこをさ。


「……どういうことよ?」


 思考を放棄した!


 いいねー。いい反応だよ。


「勝負に勝ったら、俺をお前の配下にしてほしいってことだよ」


「…はぁぁ? それってつまり命乞いじゃないの?」


「違うな。奴隷にされるのはゴメンだからね」


 ジュエルの眼が初めて俺を捉える。


 そう今までゴミか何かを見ているような感じったんだよね。


 いま、ようやく魔女は“俺”と話す。


「キミみたいに弱っちいのを…」


「だからだ。これで俺の強さを示せば、優位性を示せば…そちらの考えも変わるのでは? ただ殺すだけじゃもったいない…とな」


「……ふーん。で、負けたらどうするの? その確率100%だけど」


 そんなの聞く必要があるか?


 やっぱり頭が悪いんだな。


「そりゃ俺を殺すなり、奴隷にするなり、君の好きにするがいい」


「……よくわかんないな。殺すのは同じじゃん。なんかゴチャゴチャとさ」


 その通りだ。そうやってイライラしてくれるとありがたい。


「…ここで決めない? うん。それがいいよ」


「それとだ。お前が勝てば、死者を甦らせる方法を教えてやろう」


 ジュエルの眼が大きく開く。


「キミだけじゃ…ない? 増やせるってこと?」


 メガボンはともかくとして、赤鬼を殺しまくったゴライの存在も知らないか…アホだな。

 情報収集しなさすぎってレベルじゃねぇーぞ。


「望むなら死者の軍勢を手に入れられるぞ。…死者は従順だ。裏切らない。マクセラルくんよりも、よっぽど役に立つ」


「…………ちょっと考えさせて」


 そうか。これで2つのことがハッキリしたな。


 1つめは、魔女は何か手下を欲しているだろうということ。そしてプロトやニルヴァ魔法兵団では満足していない。ましてや参謀に値するものがいない状態にある。

 だからこそ、今回、魔女自身が姿を現せなければならない羽目になったわけだ。


 2つめは、この魔女はニルヴァ魔法兵団を完全に掌握してはいないんじゃないかということ。その規模はいまいちわからないが、少なくとも反乱する危険性のある部下を抱えているのが濃厚そうだ。

 もしかしたら、単に使える人材がいないだけかも知れないがね。


 ただマクセラルには強いエリート意識のようなものを感じられた。それが…この魔女に素直に従うかね?

 力に怯えて表向き恭順していて、腹ん中では舌出していた…そんな面従腹背がいいところだろう。


 …ん? あれ? この魔女の様子だと、怒りに任せてマクセラルを本当に処分しちゃったりしてるのか? 

    

「……ま、いっか。わかった。でも、手持ちのプロト全部使っちゃったんだよねぇ」


「えーと、ニルヴァ魔法兵団は?」


「もうないよ。元々、アタシのじゃないし」


 はあ。マクセラルは死んじゃった可能性が大だな。


「他に駒は?」


「アタシの? ないよ」


 ああ、本当に馬鹿な子だ。


 …ダメだ。笑ったら消し飛ばされる。


 でも、だんだん、俺は君のことが好きになってきたよ。ジュエル・ルディ。


「プロトはまた造れるのか?」


「うん。でも“宿木石ヤドリギイシ”をまた集めなきゃいけないし、それが育つまでに時間かかるよ?

 特にキミがブッ殺してくれたドリアンとか改良しまくって、造るのホント大変だったんだから!」


 俺がブッ殺したわけじゃないんだが…まあ、いいか。


 それも把握してないということは、その時も現場には来てなかったんだろ。


 そして聖騎士のこともやっぱり把握してない…のか?


 繰り返すが、情報収集しなさすぎってレベルじゃねぇーぞ。


 しかし、あの水晶は宿木石というのか。集めるということはどこかで採集できるということかね。


 育つ…つまり、石にプログラミングを施して、魔物の身体を造るような過程が必要ってとこかな。


「どれぐらいかかる?」


「…1ヶ月…ちょっとかな」


「ふむ。なら1ヶ月半でどうだ? ちょうどいい。俺も軍勢を揃えるのにそれぐらいかかる」


 嘘だ。嘘だが、そう思わせておいて損はない。


「…軍勢? それにはルフェルニもいるの?」


「ん? ルフェルニ? どうして彼の名前がでてくる?」


「ヴァンパイアのルフェルニもキミに協力する感じ? 軍勢の中に入っているわけ?」


「さてな? 彼にはこの話はしていない。これは俺の独断だ。だから、いま俺ひとりだけがお前と対峙している」


 そう。ルフェルニたちのことをどう思っているかいまいちわからなかったから、一緒に戦わなかったんだよ。


 裏切り者と思っていなきゃ、俺だけを殺して終わり…そんな可能性もあったし、ヴァンパイアたちには「屍従王に脅されて仕方なく!」って言わせれば魔女も納得するかも知れない。

 ルフェルニは受け入れられないだろうから、その説得が億劫だったというわけだ。その辺は、いざとなればイグニストがなんとかするだろう。


「ルフェは見た目がいいからね。キミと一緒には殺したくないかな」


 え? なんだ。そんな理由なのか…。


 ん? 呪詛をかけたのも…ひょっとして。


 マジか!? もっと政治的な理由じゃなかったのかよ!?


「…なら、ルフェルニには後方にいてもらおう」


「うん。そうして。キミを殺す時に面倒だし」


 なんだか色々と雑だなぁ。


「なあ、お前はこの国を影で操っているんじゃないのか?」


「操る? なんで?」


「…いや、俺が聞いているんだが」


「? みんな喜んで協力してくれるよ。王様もね。だから、お願いしただけ」


「お願い?」


「キミぐらいじゃない? アタシに逆らったのはさ」


 そうか。大きな勘違いをしていた。


 コイツ、ただ馬鹿なんじゃない。


 何もやってないんだ。やっているつもりもないんだ。


 そして、無能な王。子供みたいに力を振りかざす魔女。用心深く先読みができるルフェルニ。


 ああ、とっても…とっても悪い組み合わせだ。


 何もやっていない魔女が、策謀に長けているだなんて…そう見誤っただけなのか。


 実にバカバカしい…


「…ペンペンだ」


「? ペンペン?」


「ああ。俺が勝って手下になる前に、お前のおしりをペンペンする! このミイラ・ハンドでな!」


 ジュエルの口からロリポップがポロリと落ちる。


「…ば、バカにするなぁ! このミイラ野郎!!」


 俺に尻を叩かれるところを想像したのか、顔を紅くして自分の尻を押さえて怒りだす。


「悔しいか! 悔しいなら俺に勝て!! 頭を使って、自分が優秀だと示してみせろ!!」


「こ、殺スゥ!! やっぱりここで殺してやるぅ!!」


「【大火球】!!!」


 俺は腰ベルトに隠してあった鉄杖を取り出し、とっさに巨大な火球を放つ!!!


「!? 【土塊起壁盾】!」


 フム。やはりシールドは持ってたか。地面の土が起き上がり、俺とジュエルの間に割って入り、【大火球】を防ぐ。


 ジュエルは眼を見開いて信じられないという顔をしたまま、さらに浮かび上がって距離を取る。


「ランク3の魔法? なんでキミが…そうか。やっぱり力を偽ってたんだな!」


 そうだよな。認識を改めるよな。


「安心してくれ。今のが俺の最大魔法だ」


「そんなの信じられるものか!」


「ならどうする? ここで殺すか?」


「…あ、ああ。当然だろ」


「そうか。俺より遥かに強い魔法を使える魔女サマがランク3の魔法にビビるなんてな」


 ああ、まさに(何を企んでいる?)って顔だな。


 生意気なヤツには、生意気に対応してやる。


 自分が人にしていることを見て学べ。


 人の振り見て我が振り直せ、ってね。


「来ないのか? どうした?」


「……ふん! いいよ。キミは、キミが提案した方法でこっぴどく痛めつけてやるんだから!」


 これは慎重になったわけじゃないな。気概を削がれて逃げ腰になっただけだ。

 この魔女は戦闘に特化しているというわけでもないのかな。


「せいぜい1ヶ月半、首を…えーと、締めて待ってろ!」

 

「“洗って”だろ? …まあ、愉しみにしておくよ」


「ウルサイ! じゃあな! ミイラ野郎!」


 へー。飛翔魔法ってあんなに速く飛んで行けるのか。ちょっと脅威だな。



「カダベル殿!」


「ん? ああ、ルフェルニか。ちゃんと言われた通り我慢して待ってたか。偉いぞ」


「い、いや、そんなことではなく…ま、魔女ジュエルを怒らせてしまって!」


「ま、どっちみち相手がその気なら、俺は跡形も無くなってたからさ。それなら賭けてみてもいいだろ」


「しかし、負けた場合も当然ですが、こちらが勝ったら手下になるっていうのは…」 


「そこら辺はどうでもいいんだよ。どうせ向こうが負けたら、俺を手下にするなんて状況にはならん」


「なぜそんなことが言えるのですか?」


「魔女は自分が負けるなんて思っていないからだ。少しでもその可能性を考えられるなら、なにかしら俺に条件を出してきたハズだ」


 ルフェルニは半信半疑そうだが、魔女を過大評価しすぎな気がするな。魔女は俺の話をちゃんと理解できてなかったぞ。


「…それにしても、この君がプレゼントしてくれた杖は役に立ったよ」


 俺は魔法杖を振る。蓄えていた魔法が失われて、嵌め込まれていた魔蓄石まちくせきがパキッと割れてその場に落ちた。


 これは換装式になっていて、新しい魔蓄石を装着すればまた魔法が使える。

 1回ぽっきりという条件付きだが、自分が使えない高ランクの魔法も使えるなんて、そんな魔法のような便利アイテムだ。

 ただランク3以上の魔法を込められた魔蓄石は存在しないのと、この杖を使うにはある程度は魔法の知識を必要とする。

 だから、魔法を使わないヴァンパイアの多いこの国では必要とされないわけだ。

 

 あと致命的な欠点があって、備えられた魔蓄石に何の魔法が込められているか調べる術がない。

 【解析】を使えばいいと思われるが、そこは『魔法の込められた鉱石』ぐらいの情報しか出てこないのだ。


 ただーし! 俺の場合は【倍加】させたパワーアップ【解析】で中身を知ることができる!


 で、ルフェルニがくれたこの杖の中身が運が良いことに【大火球】だったわけだ。


 これが【照光】や【牽引】とかだったら泣ける。


 なんか当たり外れの激しいガチャみたいだな。


 そんなわけもあって、実は魔法士からも人気がない。

 自分で魔法を込めるならいいが、わざわざ市販の物を買うなんてコレクターくらいだろう。

 なにせ売られてる物には『○○の魔法が込められている』なんて書かれていても、それが真っ赤な嘘である可能性もあるわけだからな。


「しかし、1ヶ月半後に…」


「なあに。充分な準備期間をもらったと思えばいいさ。その間に聖騎士も捜したいしな」


「……勝てるのですか?」


「勝てるのか? じゃない。勝つんだ。

 なぁに、何とかなるさ。期待してくれたまえよ。ムッシュ…。なーんちってね」


「……」


 それからしばらく、ルフェルニはずっと怪しむ様に俺を見ていたのだった……。

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