003 殺人パフォーマンス
ゴライの遺骸を前にする。
祖父母の火葬前の死体は見たことがあったが、それとは違う。殺された人の死体を見るとやっぱ怖いよな。
ゴライは白眼を剥いてピクリとも動かない。その背中には血溜まりができおり、チョロチョロとドス黒い血が用水路の方へと流れていた。
初めて嗅ぐが、血生臭いとはこういうことを言うんだろう。腹部を刺されたことで、腸の中の物と血が混じり合った独特の臭いが吐き気を催す。
老いたせいか嗅覚が鈍くなっていて良かった。この身体になって初めて感謝する。
きっと鼻が敏感であろうローリシェやジョシュアにはたまらないことだろう。
しかし、見れば見るほど酷い。頭は確実に割れているし、シャツは真っ赤に染まっている。
法医学の知識はない俺にはどれが致命傷となったのかまではわからない。ショック性の失血死…だったかな? 刑事ドラマなどではよく耳にするが。
もしかしたら…生きている可能性もあるが…いずれにせよ、この世界の医療じゃ助からないだろうな。
さて、どうするか。正直、あまり深く考えられてはいない。
心臓はバッコンバッコンいっている。使える魔法をいくつかピックアップしたはいいが、上手く行くかどうかもわからないことをやろうとしているのだから当然だ。
頭の片隅で今なら引き返せるぞーと、弱い道貞の心が騒いでいる。
だがこんな時にこそ冷静さだ。落ち着きが大事だ。
今の俺はカダベル・ソリテールだ。
…なんかあったら、このジジイが全部悪い。
魔法で生き返らせる…そんなことができれば最高だろう。
頭の傷と腹の傷を治してやって、憲兵が来たら「なんでもないッスよー。俺、死んでねぇスよ!」とゴライに言わせ、親子も無事に無罪放免……なんて小説や漫画の中の話だろう。
あいにくと、俺がいま使える100個の魔法の中で人を蘇生させるようなものはない。逆に生活魔法にそんなものがあったら驚きだ。
また親子を脱出させたり、民集の目を眩ませたるか、幻惑させたりなんて都合のよい魔法もない。
さて、では、そんな使えないランク1の魔法だけでどうすればいいかと言えば…
昔、道貞が読んだ自己啓発本に“問題は細分化して考えるべし”とあったはずだ。
うん。それなら、やっぱり、まず何よりも、“ゴライを立たせる”ことだよな。
「…上手くいってくれよ」
俺は周りに聞こえぬよう小さな声で、見たことも会ったこともない神に初めて祈った。
「…【糸操】」
魔法が発動する。見えない糸がゴライの手足に絡みついたのを感覚で理解する。
【糸操】は本来は人形を操るものだ。自分の手足のように扱えるようになる使い勝手のよい魔法に思えるが、アクション映画のような使い方はできない。これは戦闘などにはまったく使えないのだ。というのは、激しい動きをすると簡単に糸が切れてしまうからだ。
あくまで人形劇や手品をする時に使う魔法だ。俺が読んだ知識(正確にはカダベル本人だが)ではそうなっていた。
しかし、対象が“人形じゃないと駄目なのか?”と俺は疑問に思っていたのだ。
試しに糸を人形でない無機物に飛ばしてみたところ、【牽引】のような使い方ができたことがあった。その物の形によって成否が決まるらしい。
だが、生物に対しては…例えば虫のようなものに飛ばしても、“自律移動する者が相手だと糸がすぐに切れてしまった”。つまり、動物には使えないわけだ。
そうであれば自律移動しない者…死体などであればどうか? もしかしたら動かせるんじゃないかと思い立ったのだ。
もちろん、ぶっつけ本番だ。失敗する可能性の方が高い。
失敗したら…まあ、そこは俺も親子も運がなかったということなんだろう。諦めてもらう他ない。
俺は慎重に【糸操】を引っ張る。キリリという糸が引っ張られる音が幻聴される。
人形とは違い、大柄なゴライを持ち上げていく感覚があった。しかし、ゴライの体重そのものを感じているわけではない。重いという感覚があるだけだ。
しかし、この魔法というものは原理がまったく不明だ。発生機序も効果範囲も曖昧なところがある。
少なくとも物理法則は無視している。世界そのものが違うから、はたして地球と全く同じ法則が適用されるかはわからないのだが、空中に投げたリンゴが地面に落ちることから引力や重力はあることくらいは俺にもわかった。
この【糸操】は指に見えない糸の感覚はあるが、それが決して五指の真っ直ぐ延長線にあるわけではない。
むしろ上から吊るして、中指が頭、親指は左手、右手は小指に繋がりがあるという感覚が生じている。それはまるでマリオネット師が人形劇の舞台で上から人形を操るのと同じだ。この魔法はその仕組みを意図した機能を有するのだろう。
しかしながら、こんな疑問を抱くのは俺のように“魔法を知らない者”だけのようだ。
前の世界では、例えばテレビのリモコンでスイッチをオンオフしたりチャンネルを変えられるのは当たり前のことで何の疑問も抱かない。リモコンで操作できるのはわかっていても、それがどういう仕組みで動くのかきちんと説明できる人間は少ないだろう。それと似ている気がした。
そして、この【糸操】を知ってる者、見ている者がいても、それは“人形を操る魔法”と思い込んでるはずだと思ったわけである。
人々が徐々にざわめきだす。そしてゴライが起き上がったことで、悲鳴にも似た叫び声が上がった。
起き上がらせること自体はできると思っていた。この魔法の条件は“動かない人型”であることだ。どこまでそれが適用されるのか…例えば寝ている人間を動かせるのか…については不明だが、少なくとも意志のない死体は“物”と判断されるようだ。
チラリと振り返ると、シデランもローリシェもあんぐりと口を開いて驚いていた。
(馬鹿が! さっき説明したろ! 何やってんだよ!)
強い怒りを覚えるが、その感情はすぐに消える。
こんな異様な状況を見せられて即座に行動できる者などまずいないだろう。
「…今だ。さっさと行け」
そう声をかけると、ようやく我に返ったシデランがロリーシェたちの手を握って立ち上がる。
真っ赤に血塗られた手によって、無垢な子供たちの手までが汚れる事になる。それを見てなんだか物悲しい気持ちになった。
「あ、おい。逃げるぞ!」
ゴライに気を取られていた人々の中でも、シデラン親子が走り出したのに気づいた者が何人かいた。
くだらない正義感だ。だが、相手が人殺しの犯罪者だからこそ、許してはならないという気持ちもわかる。
この世界の司法制度は大したことがない。情状酌量を踏まえた公正な裁判がなされればいいが、大抵の場合は情けをかけられたとしても減刑、拷問付きの懲役刑だ。裁判官の気分次第で処刑も充分あり得る話だ。
そうやって父親を失えば、子供たちが生き残る可能性は大幅減る。ましてや犯罪者の子供は犯罪者扱いだ。
そんな子供が、もし成長できたとしても、どうなるかだなんて…考えるまでもなくわかるだろうに。
「おい! 捕まえ…」
「マ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!!」
よし。ナイスだ。ゴライ。見直したぞ。…と言っても、俺の仕業なんだが。
ゴライが地鳴りのような絶叫を上げたことで、親子を捕まえようとした人々までもすくみあがる。
やったことと言えば簡単だ。
【空圧】と呼ばれる圧縮した空気を生じさせる魔法だ。この世界ではこれを掃除機代わりに使い部屋のホコリを吹き払う。
俺はそれをゴライの肺に発生させた。普通の生物相手には難しいが、包丁で刺された部分に胸郭があったのでそこから注入したのだ。
これは大道芸人が風船を膨らませるのにこの魔法を使っているのを見て思いついたことだ。
圧縮された空気は肺から気道に通り、声帯から今のような叫び声を出させたのである。
しかし、これには問題があって…
「マ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!! …ブボボオッボッボッ!!」
ジョバババ!! ビチャビチャ!!
「ウワアアアッ!!」「キャアアア!」
そう。圧縮された空気が、胸郭や口の中に溜まっていた大量の血を吐き出させてしまうのだ。
血を吹き出す噴水となった人間が絶叫している様は地獄絵図以外の何ものでもないだろう。
しかし周囲の注意を集めることには成功したようで、親子を捕まえようとした者もあんぐりと口を開いて恐怖に慄いていた。
「こ、これは…何事だ!」
鉄兜と胸当て、槍で武装した憲兵たちが小走りにやって来る。
ようやくのご登場だが、やはり人間噴水を見て圧倒されていた。
「貴様か! この男に貴様が何かしたというのか!?」
側にいた俺に槍を突きつけて聞いてくる。
「何かを? はて、何かとは? 俺が何をしたと仰るので?」
すっとぼけて尋ね返すと、憲兵は訝しそうにゴライを見やった。
しかし魔法を使ったであろうことはわかっても、それが何であるかを特定するのは難しい。この世界には魔法学校もあるが、そこで教えるのも魔法書に書かれた通りの決まりきったものだ。そこに死体を立たせて噴水にする魔法なんてあるはずもない。
「とにかく! 事情聴取する。ついて来い」
「事情聴取? どんな理由でですかな?」
「…この男が殺されたという通報を受けた」
子供に暴力を振るってる男がいる…じゃないのか。
「この男…ゴライがですか? 殺された? はて。奇妙なことを仰る。こうやって立っているではありませんか」
「いや、しかし…これは無事であるようには…」
「なあ、ゴライ。お前は死んでいるのか?」
「マ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!!」
白眼を剥いて絶叫するゴライ。俺も自分が操作しているのでなければ、きっと憲兵たちのような恐怖に強張った顔をしたのだろう。
「どうやら生きているようですね。死人扱いされてかなり怒っていますな」
「そんな馬鹿な! ならば、この男の傷は何か!? …誰かに危害を加えられた証拠ではないか!!」
憲兵は、ゴライの割れた頭と腹の血を槍先で示す。
「ああー、これは演出ですよ」
「演出? 何を言って…」
「我々のパフォーマンスってことです」
「パフォーマンス?」
この街にはストリート・パフォーマンスなんてないだろうが、たぶん王都の方では珍しくないはずだ。憲兵もそれくらいは知っているだろう。
「…これが演技だと?」
「これだけ人々が集まったので、ついやり過ぎてしまいました。お騒がせしてまことに申し訳ない。…なあ、ゴライ」
「マ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!!」
ゴライの頭を上下に振らせる。それだけで血が飛び散り、割れた頭から…多分、脳味噌まで飛び散って周囲を汚した。
あれ? そういや、俺はさっきから【糸操】と【空圧】を同時に使ってるけれど…魔法って同時には使えなかったんじゃなかったっけ?
まあ、使えてるんだからこの際いいか…。【糸操】を止めると倒れてしまうしな。
「マ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!!」
憲兵たちは腰を抜かしそうな感じに後退る。民集たちも青ざめた顔で遠巻きにしていた。
「我ながらよく出来た“血糊”だ。生臭さも本物のようでしょう?
…これが演技と信じられないならば、側でよく見て見ますかね? なんなら、触って調べて頂いても結構ですよ」
「…いや」
憲兵は首を横に振る。
完全に死んで動かないならともかく、いま明らかに死人が動いているわけだ。それが仮に作り物だとしても、不気味すぎて近づきたくはないだろう。
ましてやこんな風に尋常じゃないほど絶叫しているわけで、近づいた瞬間に襲いかかって来そうだしさ。そりゃ怖いよなー。
「騒ぎを起こしてしまったこと、改めて謝罪しましょう」
「…あ、ああ。とりあえず、叫ぶのを止めさせてくれ」
俺は言われた通りに、ゴライを止める。俺が動かしてるんだが、わざと片手を上げて合図するフリをしてみせた。
「聴取を…」
「この状態で連行しますか?」
「…ぬう」
憲兵は渋面だ。この血が飛び散った状態で兵舎などには連れて行きたくはないだろう。
「もし何かの罪で罰せられるのでしたら、後ほど改めて顔を出しますよ」
この世界には騒乱罪ってものはなかったと思うが…カダベルは法律には興味がなかったんで正確じゃない。
「……この男と争ったという、この酒場の店主はどこに行った?」
やっぱり、そこは聞いてくるよな。
「さて? 我々に協力しては貰いましたが…その場限りの即興だったのでね。どこの誰かも存じませんな。金を渡して、はい、さようなら…ってなところです」
まるでこちらが用意した小道具だとばかりに、俺は落ちていた包丁をつまみあげる。
「立ち去っただと? ここの酒場の主人だろう?」
「…こんな場末の酒場を経営するより、よっぽど良い金だったんでしょうな。それくらいの額を渡しましたから」
俺はおどけたように言う。
シデランにこっそり鍵を渡した。あれが金貨であったのではないか…憲兵たちが聞き込みをすれば、ひとりくらいはきっと邪推したそんな話をしてくれるだろう。
「……貴様はこんな馬鹿騒ぎを起こすために、金を払ったというのか?」
「ハハ。人を驚かすのが、このつまらん老人のささやかな愉しみでしてね」
「愉しみだと…道楽のつもりか。傍迷惑な」
憲兵は俺を鋭く睨みつける。
そりゃ当然のことながら疑ってはいるだろう。だが、確たる証拠がない状況だ。
今の憲兵たちにはゴライが生きているかどうかはともかく、少なくとも死体であると決めることができない。
その上、俺がこれがパフォーマンスだと説明したことで、それ以上の追求はできないはずだ。現に動いてるし。
そして、今の俺は騒ぎを引き起こした変わり者の老人に過ぎない。
シデラン・クシエを俺が庇ったところで、そこに何かしらの利が生じたようにはどうしても見えない。
何せ今あったばかりだ。どこをどう調査しようが、俺とシデランの繋がりなど見つけられるはずもない。
憲兵が何やらこそこそと話し合っているが、俺はともかくゴライが気になって仕方ない様子だな。
「……あのー、もうそろそろ行ってよろしいですか?」
「ダメだ。待て。貴様だけでも連れ…」
「コイツにも報酬を払う約束をしているんですよ。それに洗ってやりたいんですがね」
「なに?」
「血糊をです。はやく洗わないと落ちないんです」
俺は杖で飛び散った血を突いてみせる。
「もしまだなにかあるなら、少し急いで頂きたい。でないと、また騒いで…今度は暴れだすと思いますよ」
憲兵が心底嫌そうな顔でゴライを睨む。そうだ。面倒事は嫌だろうよ。
「……最後に確認させろ。本当にその男は生きているんだな」
声色から確認ではないのだと知る。それは念を押すような言い方に思われた。
「…もし次に会った時、コイツが動いていなかったら貴様を連行する。いいな?」
「……いいですとも」
憲兵は紙と羽根ペンを取り出す。そしてここに氏名と住所を書けと示した。
「魔法士か?」
「研究者ですよ」
「…どっちでもいい。【筆記】は使うな」
「はいはい」
震える手で書く。この世界の文字はカダベルは当然扱えたが、俺になって書くのは初めてだったからだ。
しかし、平仮名を書くときに「あら? “あ”ってどんな形だっけ?」などと思わぬ様に、自然と手が動いて象形文字のような物を一瞬にして書き終える。
「…【真偽】」
憲兵が魔法を使う。
これもランク1だ。【真偽】は書面が本物のかを判断する時に使うものだ。正確なら青く、不正確なら赤く光る。言わば嘘発見器のようなものだ。
こう聞くと様々なことに応用が利きそうだが、判別の精度は70%前後とさほど高くないし、また書かれてからの時間経過によって誤差が大きくなる。
つまり古い書物の真贋には全くといっていいほど使えない。出版して1ヶ月しか経っていない書物ですら30%を切ってしまう。加えて、書いた当人が“嘘偽りを書いた”という認識がないと反応しない。使い勝手が悪いイマイチな魔法だ。
であるからして、こういった取り調べの時に使われるか、その場の小切手や商品取引の際に使われるのが一般的なのだ。
当然というべきか、この魔法の存在を知っていた俺は嘘偽りを書かなかった。
実のところ精度を下げる主たる理由が、筆記者自身の心境に影響を受けてのことだと、カダベルは長年の魔法研究で解き明かしていたからだ。
書いたことが真実だとしても、後ろめたい気持ちがあればそれに反応して赤くなる…これが30%の誤差の本当の正体だ。
月日が影響しているのも、書き手の心情が薄れるからだろう。昔に書いたメモ書きがでてきて、「こんなもの自分が書いたのか?」と思うことがあるように、自分が書いた内容でも正確に覚えている人間などまずいない。
メモ書きでそうなら、書物のように長大ならばなおさらだ。一行でも間違いがあれば、その時点で赤くなる可能性がある。
そして、これは【真偽】の魔法書には書いてないことだ。だから憲兵はまず知らないだろうと思っていい。
そして、俺の書いた文字は当然のように青く光る。
「カダベル・ソリテール…か。この近所に住んでいるのだな。覚えておく」
(もしゴライが死体か否かを問えば一発で見抜かれていたな…)
憲兵がもし頭が回る人間ならヤバかった。
しかし、この【真偽】は中途半端な精度のせいで、半信半疑の物に関しては使用しないことが多いのだ。イエスかノーかの単純な二択だと、70%の精度のせいで決め手に欠けて余計に判断に迷うことに繋がるからだ。
だから相手が真実を語っていることを“確証する追認”としての使い方しか浸透していない。青が出れば安心…そんな気休めにしかならず、【真偽】があるからこそ相手は嘘をつかないだろうという前提に成り立っている。
商人の取引などはまさに信頼を証するためのものだ。だから仮に赤が出ても「今回のは誤作動だろうが、念の為…」と契約を結ぶ時期を見送るという使い方もできるわけだ。
「……もう行っていい。こんな騒ぎは二度と起こすな。今日のところは見逃すが、次はないからな」
「わかりました。では」
「…おい。ちょっと待て」
歩き出そうとした俺を呼び止める。
安堵して足早にこの場を立ち去ろうとしていた俺は思わず喉をコクリと動かしてしまった。
「…ひとつ肝心なことを聞くのを忘れていた」
「なんでしょう?」
「カダベル・ソリテール。貴様とこの男は一体どういう関係なんだ?」
そうだ。普通ならその点も疑問に思うはずだよね。
「先程言いましたように、自分は魔法研究者でして…」
そう言えば真っ先に聞かれるはずの職業を聞かれてなかったと思い出す。
だが、こんなヨボヨボの老人なのだ。とっくの昔に隠居した無職と思うのが普通か。
「…彼はその助手なんですよ」
「マ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!!」
うん。即席についた嘘だ。
これも【真偽】を使えば見抜かれてしまう。真っ赤に出ることだろうな。
憲兵は何も答えず、俺とゴライを交互に見やる。そして首を横に振って、さっさと行けとジェスチャーした。
「…では。さあ、ゴライ。行くぞ」
「マ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!!」
──
裏路地に入り、俺はズルズルと壁に持たれ掛かって座り込む。
「…心臓が止まるかと思ったぜ。ちきしょう」
路地の入口を塞ぐように立つ血塗れのゴライを憎々しげに見やる。
「人様に迷惑をかけるなと教わらなかったのかよ? 死んでからも迷惑をかけるだなんて…」
ふとこのゴライにも家族はいるのかと考えたが、いまさらそんなことを考えて何ができるわけでもない。
この男については、ゴライという名前とチンピラであることしか知らないのだ。
できれば独り身であって、こんな男でも死んだら泣くような年老いた母親とか、乳飲み子とかはいないでもらいたいが…。
まあ、そこは後で調べるしかないだろう。それはこんな死体を連れてきた俺の責任だ。
「…さて、これからどうするかな。ここに放置…するわけにはいかんよなぁ。あの親子がせめて国境を抜けるまではゴライには“生きてて”もらわなきゃならんしなぁ」
正直、家には連れ帰りたくはない。
うちは葬儀場じゃないし、今だに血がドボドボと流れて地面を汚してるし。
掃除は…魔法を使えばどうとでもなるが、それでも汚れないにこしたことはない。
だとしたら街の外に…いや、駄目だな。
狼のような獣が、血の臭いに誘われて食べに集まるだろう。
さすがに骨だけになったのを立たせて生きてますとは俺でも言えん。
それに憲兵が後日、うちにやってくる可能性も充分にある。その時にゴライの行方がわからなかったら面倒な話になりかねない。
俺だけが逮捕されて済むならいいが、シデランやローリシェたちに追っ手が差し向けられたら俺の努力がまったくの無駄になる。
きっと憲兵たちはシデラン・クシエについて他の者たちから聞き取りを行っているはずだ。
行方をどこまで探すかは不明だが、その先までは助けてやることもできない。
「人殺しを容認した…そうなるのかな。殺人幇助だな。それとも死体損壊遺棄罪か? …どのみち俺も犯罪者の仲間入りだな」
自嘲しつつヨロヨロと立ち上がる。
ローリシェの顔を思い出し、あのような天使のような子を助けた…いや、助けようととしたのだと思う。だから俺の行為には意味があったのだと、自分自身を無理やりにでも納得させる。
はあ。やっぱりこうなると他に選択はないよな。
「…さて、ゴライ。望まぬ客人ではあるが、我がソリテール家へとご招待しよう。ベッドまでは提供しかねるがね」