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屍従王  作者: シギ
第二章 ギアナードの魔女編
27/113

026 クルシァンの聖騎士団

 陽光を反射し、すべてが白銀に輝く。


 特徴的なバイザー。湾曲したシャッターのような構造になっており、確か状況に合わせて自由に上げ下げができるようになっている。


 そして脱着可能な肩当て。マントを羽織るためだけでなく、首部分を大きくガードできるように金属を薄く重ねて造られており、機能と見栄えを兼ね備えていた。


 額、胸、そして恐らく背中側にも…源神オーヴァスと呼ばれる女神が、両手を胸の前で合わせ、脚を交差させているシンボルが描かれている。


 その手に持つ長剣も不思議な形をしていた。これは女神の身体を模しているそうで、刃波や柄の形が、確かに女性が伸びをしている姿のようにも見えなくもない。


 ああ。そうだ。こんな事細かに説明できるのは、“元カダベルの記憶”にまったく同じ姿の物があったからだ。


 そりゃさ、自分が住んでいた国の騎士なんだから知っていなきゃおかしい。


「…聖騎士セイント


 ルフェルニが俺より先に答えを言ってくれた。


 そう。聖路中央クルシァン正統教示国が擁する6国の中で、もっとも精錬された最強の騎士だ。 


「なぜ聖騎士がギアナードに…? ドリアンを倒したということは…助けてくれたのでしょうか?」


 うーん。そりゃ、ちょっと甘いんじゃないかなぁ。


 雰囲気的に、そんな感じには見えないんだけれど。


「…ようやく見つけたぞ。カダベル・ソリテール」


「は?」「え?」


 俺とルフェルニが、同時に疑問の声を上げる。


「…お知り合いなのですか?」


「い、いや…知らない」


 え? 誰だ? 俺の名前を知っているだなんて…?


 聖騎士に知り合いなんて…いや、生前のカダベルだったらいないこともないけど、年齢的にもう引退しているバーサンのはずだ。


 でも、眼の前にいる男…声色からして、そこそこ若い男と判断したんだが、どう見てもバリバリのエネルギッシュな現役っぽい。


 …もしかして、祖父母が元聖騎士とかで、カダベルの存在を聞いていたとか?


 そこまで考えて、俺はなんて見当違いの推察をしたのだろうとようやく気づく。


 そうだ。今の俺は、仮面をつけている。カダベル・ソリテールを特徴付けるものなんて、愛用の杖ぐらいしかないじゃないか。


 しかもこの杖だって、実はオーダーメイドの物とかではなくて、そこらで店売りされている普及品だったりする。宝玉も装飾もないし、先端が捻れているのがちょっとオシャレ…そんな程度の安物なのだ。


 つまり、今の俺をカダベル・ソリテールと断定できる要素なんてひとつもない。


「……絶対に味方じゃない」


「え?」


 俺が低く言うと、慌ててルフェルニが構え直す。

 

 ああ、そしてなんでもっと早く気づかなかったんだ!


 街道の方で、馬の足音が多数響いていることに今になって気付くなんて!!


「馬車が狙いだ! 守るぞ!!」


「そうはさせんッ!!」


 やっぱりそうだよな!


 聖騎士が俺たちに合わせて動き出す!

 律儀に剣を前面に一度立て、左に、右に…そして再び正面に戻す。

 これが聖騎士の儀礼動作だ。修道士たちが指を合わせるのと同じ意味を持つらしい。


「お任せ下さい!!」


 さすがルフェルニが速い! 身を低くし、一気に加速して、聖騎士を向かい打つ!


 よし。ここはルフェルニに頼んで、俺は場所の方へ向かおう。

 なんとしてでも、ロイホとエイクに注意を促さねばならない。


 繁みの隙間から見やると、馬車の横にもう馬に乗った騎士たちが近づいているのが見えた。


(ロリー!!)


 そのまま一直線に向かおうとした俺の眼の前に、白銀が煌めいて迫る!!


「うおッ!?」


 転げるようにしてなんとか避けたが、カツン! と、どうやら仮面の端に当たったようで破片が飛ぶ。


「ルフェルニ! 敵をちゃんと抑えてく…!?」


「も、申し訳…ツゥ!?」


 起き上がった俺は驚く。


 あのルフェルニが防戦を強いられている? どうやら言葉を話す余裕もないようだ。


「邪魔をするな! ヴァンパイア!!」


「ウッ! クゥッ!」


 突き入れようとしたルフェルニのレイピアを、手甲で弾いて、そのまま腕を差し入れて投げ飛ばす!


「うあッ!!」


「ルフェルニ!!」


 ろくに受け身を取ることもできず、地面にしたたかに身を打ち付けてルフェルニは動かなくなる。


 遠くから叫び声が聞こえた。


 雄叫び、悲鳴…どっちとも取れないそれに、俺が視線だけ向けると、馬車の横でロイホかエイクのどちらかが倒れるのが見えた。


 絶体絶命……そんな単語が頭を過ぎる。


「…なんだ、お前らは。人違いだったらどうするんだ」


「ありえん話だ。もし仮にそうだとしたら、ここで腹を斬って侘びてやるぞ。カダベル・ソリテール」


 ルフェルニに止めを刺さない?


 なら、殺すつもりはないのか?


 いや、違う。俺に向けられているのは明確な殺意だ。


 つまり、俺以外は目的じゃないからということか…?


 それならロリーたちが最悪殺される可能性は低い。

 そもそも彼女は修道士見習いだしな。聖騎士が危害を加えるはずはない…と思う。


 だが…


「どんな理由があるにせよだ…」


「なに?」


「俺は、女の子を投げ飛ばして平気な顔しているヤツってのはキライなんだよ!!」


 正直、ルフェルニを男の子や女の子として扱っていいのかはよくわからん。

 けれど、見た目がそうだから、女の子として扱ってもいいだろ。たぶん!


「そうか! それは奇遇だな! 俺もお前が大嫌いだ!!」


 聖騎士が剣を構えて突進してくる!


 いやー、どこの誰かも知らない相手にここまで恨まれるだなんて!


 道貞関係ないぞ! カダベル、お前はなにをやったんだ!?


「チッ! 【軽化】、【浮揚】!」


 その鎧にかけて、紫鬼と同じように転ばしてやる!


 怒りで頭に血が上ってんなら、コレに急には対処できねぇだろ!


「【対魔法】!」


「はぁ!?」


 ランク3?


 え? まさか低ランク魔法を無効化したのか!?


 ああ、そうか。聖騎士って対魔法の手段を幾つか覚えてるんだっけか!


 確か万能ではないはずだけれど厄介だわ!!


「【発打・倍】! チッ! こんなんじゃ止まらねぇか!!」


 直接ダメージを与える魔法は一瞬すぎて【対魔法】じゃ無効化できないみたいだが、かといって俺の手持ちの魔法じゃ、あの鎧に傷をつける事すらできない。


 かといって、相手が素早すぎて【接合】も使えない!


 なんだよ! こんなとこで聖騎士と戦うだなんて想定してねぇよ!!


「クノヤロウ!!」


 懐に入り込まれる直前、俺はいつも練習していた杖のフルスイングをかます!!


「チッ! 魔法士の一撃の割に速い!」


 クソォ! 当たらなかった!


 あー、やっぱり付け焼き刃じゃダメだぁ!!


「【軽化】【浮揚】…【牽引】!」


 俺は手近にあった木を使って、大きくジャンプする!


 攻撃を避けた聖騎士も驚いたようで、一瞬だけ立ち止まる。


 こんな魔法の使い方をする魔法士は、テメェら聖学校の教科書には出てこなかっただろ!


「【破響】!」


 パァン!


 と、ヤツの後ろで破裂音を響かせてやった!


 俺が使ったのは、凄い音を立てるだけの使用する場面がよくわからない魔法だ。

 熊避けとか、または水面で使用して魚を気絶させるのに使うが、ぶっちゃけ他の魔法で代用が効くので、覚える必要があるのかと思う代物だ。


 だが、習得者が少ないということは、あまり知られていない魔法ということ!


 聖騎士が驚いて振り返ったのが何よりの証拠だ!


「うおらぁッ!」


 遠心力をフル活用し、【倍加】で質量を増した俺の体重+杖の勢いで、思いっきり頭をブッ叩く!


「グアアッ!」


 少しは効いたようだが、気絶まではさせられんか!


 反撃される前に、【牽引】で離脱する。


「ぐッ! 卑怯者め! インプのように飛び回りやがって! それでも魔法士か! 魔法士なら魔法で来い!」


「うるせー! これが俺の魔法だ!」


 【対魔法】もってんなら、きっと【耐魔法】も持ってんだろ。


 どのみちランク3以下の魔法は効力が薄いはずだ。


 【耐魔法】なら【大火球】の直撃受けても軽い火傷で済むし、ましてやあの白銀の鎧を強化できる【守護光】とかまで使えるならノーダメだろ。


 …あれ? これって発動継続時間を見越して、同時に使えたりするのか?

 効果時間には差異があるはずだが、体と鎧で対象が違うから別々にもかけられるよな…恐らくは。

 俺には使えない魔法だったんで、実験したことないから詳しいことはわからねぇや。

 ランク3って中二病をくすぐる魔法が多い割に、制限が多くて限定的な効果のモノが多いんだよな〜。


「おらあッ!」


「ヤロウ!」


 俺はアクロバティックな動きで翻弄しつつ、ヒットアンドアウェイで少しずつダメージを与えていく。


 剣を持っている敵は垂直攻撃に弱い! …たぶん!


 勝手なイメージかもだが、近接武器を使った攻防訓練はあるだろうが、頭上から長い棒でブッ叩かれるのを回避させるような訓練とかまではないと思う! 見たことも聞いたこともないし! 

 よし。無事に帰れたら、ゴライとメガボンにはこの訓練を徹底的にさせよう!


「ほりゃあッ! さっさと倒れんかー!」


「調子に乗りやがって!」


 とても魔法使いの戦いとは思えない。こんなに杖でブン殴りまくる魔法士も珍しいだろう。


 俺がモンスターだとしたら、“ブッたたきミイラ”とか名前つけられんだろうな。

 4体同時出現で、対魔法防御で固めたパーティをボッコボコにボコる所見殺し、とか。

 コントローラ投げ出したプレイヤーが「クソゲーやん」と言っているのが思い浮かぶ。


 ってか、リアル戦闘中だ!


「そりゃ…おあっとぉッ!!」


 いかん! 気づいたら剣が顔のとこにまで迫ってた!


 今のはだいぶ危なかった!


「テメー! タイミング合わせてきやがったな!」


「攻撃がワンパターンなんだよ!」


 聖騎士がパチンと顎の留金を外し、バイザーを半分上げる。


 熱気が籠もって熱いんだよな、わかるわ。


 俺も仮面が…いや、ミイラだから息上がんないんだった。それどころか息すらしてなかったわ!


 ん? 鼻から下が見えたけど、ヒゲが一本も生えてない? それどころか白肌モチモチの、薄桜色の唇プルルンやん!


「なんだ! お前、ガキかよ!」


「なにッ!」


 うあー。ショックだわー。


 こんなに強いから、てっきり熟練のメンズで、語尾に「ござる」をつけてそうなタイプだと思ってたのに!


 まさかの十代かよ! 若すぎるだろ!


「こちとら100歳越えだぞ! 敬老精神もって接しろよ!」


「…は?!」


 相手は敵だ。そんな相手には敬意なんて一切払わん。


「あーあ」


「な、なんだその残念そうな声はッ!」


 相手が熟練剣士とかだったら、仮に敗けたとしてもさ、「聖騎士ダンボーサーよ。貴殿の長年培ってきた卓越した剣技が、このカダベル・ソリテールをも上回っていたということか…見事だ。ガクッ」なんて、そんな潔い最期を迎えられたじゃーん。


「信じられなーい。“ダンボーサー”よ」


「“ダンボーサー”? 誰だ!? 俺はそんな変な名じゃない! さっきから戯けたことを!」


「あらそうなの? なら、本当の名前おせーてよ」


「…! そうか。話をするのが目的か」


「あれれ? 気付いたか〜」


「相変わらずのクソ野郎だ! 仲間が倒されたってのにふざけやがって!」


 うん。ルフェルニが倒れてるのを見ると確かにムカムカしてくる。


 さっきはカッとしたけれど、今は冷静になっていた。


 戦ってみて改めてわかったけれど、どう見ても怒って倒せるような相手じゃない。


 聖騎士は恐らくコイツも入れて最低4人はいる。

 コレと同じ強さだとしたら、ロリーたちはもう捕縛されてしまっていることだろう。


 ロリー、ルフェルニ、マッチョたち…全員が助かる道を探すのが今の俺の仕事だ。


「……なあ」


「なんだ!? 対話に応じる気は…」


「降参する」


「なに?」


「聞こえたろ? 降参だ」


 俺は杖を放り出して両手を挙げる。


「俺が目的だろ? 俺を殺すなりなんなり好きにしていいよ。

 だから、そこのヴァンパイアと…あの馬車にいる仲間は解放してやって欲しい」


 これで何か反応を示せば…ん?


「お前が目的だと? 何を勘違いしている」


「勘違い?」


「我ら聖騎士団の目的は、ロリーシェ・クシエを保護することだ」


「なんだって? …彼女は確かに准修道士だが、そのために騎士団がクルシァンから来たってのか?」


「答える義務はないな。カダベル・ソリテール」


 言葉にさっきまでの抑揚がなくなる。まるで棒読みだ。


 もしかして、何かいま感情を抑圧したのか?


 憤怒激情…そういったものを押し殺して、与えられた任務をこなす。

 なんかまるでSFによく出てくる殺人マシーンのようだ。


「ヴァンパイアの方は抵抗しないのであれば倒すつもりはなかった。しかし、カダベル。貴様の味方をするならば話は別だ」


 うーん。剣を収める気はないのか…。


 何か上手く交渉を引き出せれば…


「……頼む。教えてくれ。ロリーをどうするつもりなんだ?」


「その名前を…」


「え?」


「貴様が軽々しく口にするなッッ!!」


 火の中に燃料でも投下したかのように、聖騎士は急に怒りを爆発させる!


 そして剣を振る!


 さっきよりも速い! 木の上に逃げる時間がない!


「クソッ! 【牽引】!」


 俺は上手く身を引きつつ、【牽引】で落とした杖を引き寄せ、それを聖騎士と俺の間に割って入らせた。


「無駄なことを!」


 そう。杖と俺を一緒に横薙ぎにしようとするわな!


「【照光】、【収束】!」


 どんなに速くても、攻撃方向さえわかっていれば、これはなんとか避けられる!


 避けるついでに目くらまし喰らわせて、【牽引】で木の上に逃げ……


「甘いッ!!!」


 衝撃が肋骨を貫く!


 杖を真っ二つにされ、俺も背骨の近くまで斬られた!


 痛みこそないが、衝撃に視界がブレる。


 くそー。腕を挙げてなかったら左腕をもってかれてたぞ!


 ドサッとその場に転げた!


 聖騎士は斬った感触が変だと気付いたのか、自分の剣を見やってる。


 ハハ、血が付かないのはそら不思議だわな。魔法かと思うわな…。


「……長かった。ようやく貴様を殺せる。殺したくて、殺したくて、仕方がなかった…」


「…とても聖騎士の言葉とは思えないな」


「ああ。これは俺の私情だ。だから…ッ!?」


 俺の顔を見て、聖騎士は立ち止まった。そして恐怖に口元が引きつっているのが見える。


 ああ。そうか。今の衝撃で仮面が外れたのか…


「バケモノ…!」


 ああ。そうだよな。それが普通の人間の反応というものだ。

 そんな態度は予想していたが、改めて面と向かって言われると思ったより精神的にくるな。


「は、ハハハ! そうか。そうかよ。“屍従王”などと名乗る、それが今のお前の姿なのか。なんとも憐れで醜く、お前に相応しい姿じゃないか…カダベル・ソリテール!」


「…そいつはどうも」


 “屍従王”?


 なんだ? なんか引っかかる。変な感じだな…。


「そんなになってまで生き永らえたかったのか! 傲慢な魔法士め!」


 しかし、コイツ、俺に対してなんでそんなに強い感情を抱いてるんだ…?


 聖騎士として、邪悪なものに対する憤怒…違うな。そんな感じじゃない。


 聖騎士……ロリー……カダベル。なんだ? どういう繋がりなんだ???


「……終わりだ。世の理を外れたバケモノめ」


 剣を構える。後は頭を突き刺すだけ…そう思うよな。


 俺が横たわって動かないのはダメージのせいだ、と。


 そんなわけねぇだろうが!


「【射準】、【流水】!」


 俺は生み出した水を【射準】によって飛ばす!


「無駄な足掻きを! 水鉄砲のつもりか!」


「バーカ! そんなわきゃねぇだろ! 【油変】、【種火】!!」


 放った水が油に変わり、そして俺の手元から出した【種火】が着火する!


「ウッ!? グアアッ!?」


「即席の火炎放射だ! ザマアミロ! いきなりだから、魔法で防御もできねぇだろ!」


 意表はつけたろうし、しばらくは燃えるだろうが、あんまり威力は期待できない。


 ってか、【流水】と【油変】を使うタイミングがすんげー難しくて本当なら使いたくない。

 【油変】した油はガソリンほどじゃないが、それでも揮発性が高いんで量の加減を間違えでもしたら、間違いなく俺に引火する。 

 たぶんミイラだからよく燃えるんだよね。諸刃の剣すぎるわ。しかも、こっちに向かって刃が鋭く尖りすぎてるヤツね。敵へのダメージより、自分へのダメージが大きい最悪な魔法だ。


「…クソッタレ。思いっきり殺すつもりで斬ってくれやがってよ。左右のバランスが崩れて歩き辛いわ!」


 俺はヨタヨタと、平野の方で倒れているルフェルニの元に向かう。


 今の俺は、枝を使った高速移動ができない。

 背骨に亀裂が走ってる状態で、【牽引】でぶら下がったら、身体の上と下で半分に分かれてしまうだろう。

 半分になって、上半身だけ動かせるようになるのか、はたまた両方とも動くのか…はっきりそれでどうなるとは言えないんだが、先のことを考えるとあまりよろしくはないだろう。


 となれば、申し訳ないがルフェルニにおぶってもらって馬車に向かうしかない。

 【軽化】をかければ、俺はせいぜい15キロくらいだろ。彼が走るのに支障はないはずだ。


「ロリー。そうだな。助けてやらにゃあなぁ…」


 俺の責任で連れてきちまったんだ。


 なんとかしてサーフィン村に帰してやりたい。


 そして捕らわれた今、彼女は自身の心配よりも、きっと俺のことを案じてるはずだ。


 ミイラフェチの彼女のことだ。


 きっとそうだ……


「泣くな…。泣くなよ…ロリー。泣かれるのは……苦手だわ」


 ルフェルニの側で膝をつく。


 良かった。見たところ外傷はない。脳震盪で気絶しているだけだ。医者じゃないから絶対に大丈夫だとも言えないが。


「…気休めだが、【手当・倍】、【鎮痛・倍】」


 ランク1の回復魔法なんてこんなもんだ。

 【鎮痛】に至っては、ぶっちゃけ言って薬の方が効能が高いし、長時間効く。

 何もない場合の代用にしても物足りない。本当に微妙な魔法だわ。


「…やってくれたな。カダベル・ソリテール」


 あーあ、もう復帰したのかよ。


 あー、【小治癒】か。聖騎士なら使えてもおかしくはないな。


 裏はすぐに崖か。逃げ場がない。


 ドリアンを落とそうと思って、こんなところで待ち構えていたのが仇になったな。


 やはり正面突破しかないか……


「近寄らない方がいいだろ? なんか魔法を隠し持ってるかもよ…」


「それはない。あるならもうとっくに使ってるはずだ」


 正解だ。マクセラルを倒した時のような複合魔法、俺が命名した【極炎球】を作る時間もない…。


 ルフェルニよ。早く目を覚ましてくれ。力を合わせればまだ何とか……


「…しかし、近づかない方が確かにいいかもな」


 お? 立ち止まった?


 俺のイタチの最後っ屁を警戒したか? 


 よし、それなら…


「これでカタを付けてやる!」


 !?


 なんだアイツの剣の刃が光ってる?  


 魔法…? 違う?


 なんだ!? 何をする気だ!?



──聖撃『陸地断斬グラウンドカッター』──



 一見して魔法とは違うエネルギーを蓄えた剣を、地面に思いっ切り突き立てる!


 剣を刺した方向から地面が泡立つように盛り上がり、地割れが起こる!!


「こんなのを崖の側で…まさか!」


 そうだ。崖でこんなことをされたら…と、敵の狙いに気付いたのが遅かった。


 俺とルフェルニを巻き込み、繁みから先の平野の地面の一部が、滑るようにして崩れ落ちて行く。


「く、クソぉ! 【牽引】!!」



──聖撃『聖天一閃ホーリー・スラッシュ』──



 だ、ダメ押しかよ!


 俺の藁をも掴むつもりで放った【牽引】は、技を放った聖騎士のヘルムを掴んで放る。


 素顔が…


 癖のある金髪、澄んだ湖のような碧眼……


 あれ? どこかで…

 

 考える間もなく、衝撃を受けた俺の身体は大きく仰け反る。


 飛んできた剣閃は俺の胸を貫き、肋骨を容赦なく叩き折った。

 

「こ、こんのぉ…中二病…患者がぁッ……!!」


 俺とルフェルニは、共に奈落の外へと落ちて行く…………




──


 


 地面に倒れて込むように膝をつく。


 汗が滝のように流れ、心臓が爆発してしまうのではないかというくらいに早鐘を打つ。


「…倒せたようだな」


 声を掛けられて、初めて後ろに人がいることに彼は気付いた。


「…構わん。気にするな。呼吸を整えろ。落ち着いてからでいい」


 慌てて立ち上がろうとしたのを止められ、申し訳なさそうに彼は深々と頭を下げる。


「……この高さでは生死の確認はできんな。しかし、助かりはすまい。討ち取ったと見ていいだろう」


 彼女は崖を覗き込んで、その深さを確認してから戻ってくる。

 少し落ち着いたのか、彼は額の汗を拭って立ち上がった。


「…お待たせしました。サトゥーザ団長」


「ああ」


 彼の目の前にいたのは、それは騎士団の中でも古参、三十路半ばに差し掛かろうという女性の騎士団長だった。


 しかし、凛とした美しさは若い頃から少しも変わらず、むしろ逆に磨きがかかっており、それは日々の鍛錬と信仰こそが美貌を高める秘訣だと本人は言って憚らなかった。


 そして団長の強さは一級品だ。練習試合で団員たちがまとまってかかっても、かすりもさせずに一撃の元に叩きのめしてしまったのを彼はその眼で直に見た。


 騎士団の頂きに君臨する、彼が誰よりも尊敬し、目標とする人物である。 


「…だが、“聖撃ヒドゥン”まで使う相手だったのか?」


 聖撃ヒドゥンは聖騎士の持つ最大の切り札。魔法とは違い、自らの生命力を源神に捧げて引き起こす奇跡の秘技とされている。

 敵を確実に葬るためとはいえ、それを彼は連続で使ったのだった。


「…はい。想像以上に手強かったです。しかし、あのヴァンパイアまで犠牲にする気は…」


 そこまで言って首を横に振り、彼は湧き上がる罪悪感を払う。

 カダベルに味方した以上、聖騎士に仇為す存在だ。同情の余地などないはずだ、と。


「……情報と少し違い、カダベル・ソリテールは単なる“屍体を操る魔法士”ではありませんでした」


「なんだと?」


「あの男…“屍従王”自身が、すでにアンデッドだったのをこの眼で確認しました」


 サトゥーザは眼を細め、口元のホクロを隠すかのように顎に手を当てる。


「まさか“屍体が、屍体を操る”という話だったのか…? そうなると、より悍しい所業だな。

 だがしかし、屍従王がアンデッドの手下を引き連れていなかったのは幸いだった」


 屍従王以外は“生きた存在”だった。なぜヴァンパイアという種族が屍従王と行動を共にしていたかは不明だったが、彼らとて他国のギアナードの事情に精通しているわけでもない。


「戦力を増強する前だったと見るべきか。あの気味の悪い怪物と共にいたことから、“魔女の関係者”であったことは間違いないだろうが…」


「同士討ちに見えたのは気のせいでしょうか?」


 彼は繁みの方を振り返り、血を流して絶命している魔物の遺骸を見やる。


「それこそが魔女の作戦やも知れん。ヴァンパイアたちが屍従王を護衛していたのも何か裏があってのことだろう」


「すみません。捕えて情報をもっと引き出せれば…」


「気にするな。情報源は何人か捕えられた。敵ならば倒せる時に倒せた方がいい。化け物の言い分などどうでもいいさ」


「…はい」


 浮かぬ顔をしているのを見て、サトゥーザは不思議そうにする。


「どうした? もっと嬉しそうにしたらどうだ。なんとしても倒したい宿敵だったのだろう? 姉を奪った悪魔のような男だと…」


「…いえ、私情は挟みません」


 サトゥーザはフンと笑う。


「普段ならそうだ。“滅私”と、私も言うだろう。聖騎士としてそうある事が正しいからだ」


 滅私…団長が好んで使う台詞だ。


「しかし、だ。肉親を奪われ、怒りを覚えずに戦えなどとは私は言わん。だからこそ、任務の最中であるのに、こんな一騎打ちを許可したのだからな」


「……ありがとうございます。団長」


 その感謝は本当のものだ。騎士団が動く以上、チームワークが最も重要視される。


 しかし、そんな中で彼の心情を理解し、屍従王を名乗るカダベル・ソリテールを倒すという重大な任務を彼に託したのだ。いくら団長権限と言っても簡単なことではない。

 これには彼女がいかに彼に期待し信頼を置いているかが伺い知れるだろう。


 サトゥーザの手が、ガシッと彼の肩を掴む。


「ジョシュア。姉も無事に取り戻したんだ。仏頂面じゃなく、笑顔で迎えてやれ。…そうでなければ、私が笑えない顔にしてやる。これは命令だぞ」


 団長の優しさに感謝し、ここにきて初めてジョシュアは小さく微笑んだ。


「…はい。姉…ロリーに会ってきます」

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