025 紫鬼たちとの対決
俺たちは馬車から降りる。
「待ち伏せに気付いたのは?」
「視認した私とエイクが、ほぼ同時に…」
ロイホが重々しく答える。
「…周囲を偵察していると言ってたな?」
「はい。コウモリたちを半径5Kmに渡って警戒させていましたので…」
「なら気づかれぬように接近したか…はたまた全滅させられたか。うん。後者っぽいな」
俺が街道の先を見やると、そこには濃い紫色をした醜悪な怪物が何匹かいた。
「そんな…。魔物? こんな場所に配備するだなんて聞いていない…」
聞いていない?
…ああ。そういや、魔女と王国は繋がりがあるんだったな。相談役の伯爵ならかなりの事を知っていておかしくないか。
「…すみません。こんなことが…」
「起きるんだよ。想定外はいつでも起きるもんさ」
ルフェルニが申し訳なさそうに言うのに、俺はそう答える。
敵の行動を想定して、その通りになるだなんてまずない。絶対に安全なんてことはない…そう覚悟してたから、別に腹立ちも覚えることもない。怒ったって解決しないしね。
「…どうします? ルフェ様。今は動きを見せていませんが」
「幸い道のど真ん中です。今ならば逃げることも…」
「いや、だからだろう。奇襲する場所はあれだけあったのに、ここをあえて選んだんだ。平野の方が延々と追い掛けられる…そういう魔物なんじゃないかね」
ルフェルニは頷く。
「あれは“マスカット”です。仰られるように嗅覚と持久力に優れ、追尾能力に長けています。チェリーやキウイなどよりも遥かに手強い」
今度はマスカットだって? チェリーやキウイってのも偶然とかじゃなく、やっぱりあの気持ち悪いのに果物の名前つけてんのか。どういうセンスなんだ。
「あと、索敵にも…だろ? 俺たちに報告される前にコウモリを全滅させたくらいだ」
ルフェルニが緊張した面持ちで「ここまで能力が高いとは…」みたいなこと言ってるけど、その思い込みがこの結果なんじゃないかな。
「…色的にはグレープやレーズンじゃないかと思うんだがね。ま、紫鬼でいいだろ。そんなカワイイ感じじゃないし。
それでこれは魔女からの宣戦布告と受け取っていいのかな?」
「い、いや待って下さい。私たちがカダベル様を伯爵に会わせようとしたのがバレたと?」
「わざわざコウモリ殺したんだとしたらそうだろうよ。遅かれ早かれってことだな」
マクセラルを逃した時点で覚悟していたことだ。
ま、敵対しないで済むに越したことはないが、向こうから仕掛けてきたんだしな。やっぱり、お話して終わりってわけにもいかないだろう。
「…思うんだが、魔女は伯爵のことを最初から警戒していたんじゃないか?」
「え? いや、そんなはずは…」
「長命、優れた身体能力、他を圧倒する繁殖力、だが魔法は使えない…というより、魔法に対して理解がない。俺が魔女なら注意するね。協力関係を築けないとしたら真っ先に潰す」
「種族の理由だけで…?」
「フン。俺が知ってる例だと、肌の色だけで殺し合う人間もいるくらいだ。それは甘い考えだぞ」
この世界は不思議と種族間に対する差別のようなものが少ない。
このギアナードもそうだが、多種族が混在した国が普通にあり、種族コミュニティーもあるにはあるが、国家レベルの規模では存在していないらしい。
そうなった理由は、過去の“大きな戦争”にあるという説が一番濃厚だ。
また元カダベル自身は、“魔法の存在こそが種族間の差を取り払った”という風に考えていた。
「マクセラルを退けた俺を始末にしに来たか、裏切りのスパイを殺そうと思ったか、もしくはヴァンパイアという種族を潰そうと思ったか…はたまた、それの全部だったりな。
いずれにせよ、魔女ってのが穏当じゃないことは確定したよ」
うーん。でも、あんまり頭が良くないんじゃないかしら。
追尾を見越して、隠れるところのない平野ってのはいいけど…道の先に5体固めて置いているのはなんでなんだ?
しかも整列させてるし。駄目とまでは言わないけど、何か考えてやってる感じはしない。
指揮者もいなさそう…マクセラルか、もう1組あるかも知れないニルヴァ魔法兵団はどうした? 出し惜しみしてんのかな?
「それでどうする? 腹を決めるか? 近づかなきゃ襲ってこないみたいだが、先に進むしかないんだろ? 遠回りしても、どうせ同じようにしてアイツら送り込んでくるぜ」
ルフェルニとロイホたちが顔を見合わせる。
これでまだ甘い事言うならビンタだな…と、いや、覚悟はすぐに決まったようだ。
「殲滅します。予定外でしたが、あのマスカットたちまで出して来たということは、魔女ジュエルの持ち駒はこれで一旦お終いのはずです。次に戦力を揃えるのには時間がかかるでしょう」
魔女“ジュエル”ね。ようやく敵の名前を言ったか。
でもルフェルニの話は半分に聞いておこう。何か計画があるのなら、兵力は隠しておくはずだ。それを明らかにさせるなんて…いくらなんでもそこまで馬鹿じゃないだろ。たぶん。
ニルヴァ魔法兵団か、または魔女自身が出てくる可能性は常に考慮しておくとしよう。
「…ロリーは戦えないにして、ひとり1体だと…お釣りが出ちゃうな。どうしよっか」
「え? カダベル殿も戦われるので?」
「うん? そっちの方が早いでしょ。それともアレを瞬殺できるほど君たちは強いの?」
「いえ、仮にマスカット5体が相手でも倒せはしますが…。それを簡単と言えるかどうかはなんとも」
「なら俺も戦った方がいいでしょ。もし君たちが先に倒したら助けに来てよ。俺、そんなに強くないし」
ルフェルニ、ロイホとエイクも困惑している。
ロリー。なんで頬を赤く染めて「謙遜されすぎですぅ」なんて言ってんのよ。
弱いって言ったら不安になるだろうからやめたけど、強くないってのは本当だから。
ランク1の魔法しか使えない100歳越えのミイラになに期待してんの。生きてるヤツが頑張りなさいよ。
「…ありがとうございます! その信頼にお応えします! 私が責任を持って、2体を受け持ちます!」
ルフェルニが自分のトンと胸を叩いて言う。
あれ?
いま気付いたけど、この子、かなり胸が大きいのか?
隠れ巨乳? 鳩胸?
両性具有とか言ってたけど、普通に男の子として接してたわ。
肩を叩くスキンシップとかまずいな。セクハラで訴えられたら困る。
ミイラハラスメント…ミラハラ?
「ロイホかエイクに任せた方が…良くない?」
うーん。この無駄に強そうなマッチョ2体もいるんだからもったいない。
「いえ、こう見えて、実は私の方が強いんです」
ちょっと偉そう。自信満々な姿は、なんか最初会った時みたい。
でもロイホとエイクが頷いてるから本当なんだろうな。
でも筋肉的にはどうなんだろ。「お前の筋肉は飾りだ!」とか言われてる気しないのかな? うーん、主従関係だからそこまで気にならないのか。
「…ま、ならそれでいいよ。
ロリーは馬車の側で待機ね。危ないから出てこないように」
「はい!」
「では、行くとしますか」
俺が接近戦をするって言ってまた驚いてたけど、もういちいち説明するのも面倒くさい。
遠距離攻撃もってないから…って自分から説明するのも、何か弱点教えてるみたいでイヤだ。
大丈夫だからと連呼して、ようやく納得して貰った。
隣を歩くルフェルニの腰にはレイピア。ロイホとエイクは槍と斧が合体したような武器…ハルバードだな。
普段持ち歩かないのは、彼らが生粋の戦士とかじゃないからだろうな。
ゲームとかだと常時装備してるイメージだけど、よく考えたらモンスターが出ない世界じゃ普通に銃刀法違反じゃんな。
野党に襲われる可能性はあるけど、ルフェルニたちに至っては偵察コウモリいるわけだから、敵の襲来聞いてから武装しても充分に間に合うってわけだ。
「カダベル殿」
「ん? なに?」
「失礼とは思いますが、念の為にお伝えしたいことが…」
「うん。失礼なことはないから言ってよ」
「私たちから見て左側の方…木々や繁みに隠れて判りにくいのですが、切り立った崖になっています。敵を落とすのに使えるかも知れませんが、どうかご注意下さい」
「あー。そうなの。あの向こうもの先も平地だとばかり思っていたわ。野っ原は右側だけなんだね。
ふむふむ。ということは、崖の方に逃げちゃダメってことね。了解」
俺が素直に頷くと、ルフェルニは意外そうな顔をした。
「なに?」
「あ、いえ…。もしかしたら、ご存知だったかと思っていたので。『そんなの知ってる』と言われるかと…ばかり」
「俺に千里眼でもあると思う? わからないものはわからないし、知らないものは知らない。馬車ん中にずっと居たから全然気付いていなかったよ。だから教えてくれてありがとう」
「あ、いえ…」
「魔法士だから何でもできると思われても困るよ。
ピンチだ! 仕方ない俺の超魔法で一気にカタを付けてやる…ドバババーン! とか、さ。ないから。そんなんアニメとかマンガの世界だけだから」
「…アニメ? マンガ?」
あー。娯楽ないんだったな。
ん? そうか。なら、俺が作ったらいいんじゃね?
この世界なら著作権とかないから、人気マンガの丸パクリで大儲け…ゆくゆくはアニメ化、映画化で大ヒット。
“地獄から舞い戻ってきたミイラクリエイター”として衝撃デビュー。名言は「創作は干乾びない!」だ。いいねー。
あ、でも、ダメだわ。俺、絵が描けなかった。残念。
「…では、共に戦う上でもお伝えしておきます。私たちは戦闘能力は高いのですが、短時間しか…」
「ああ。そこは知ってる。発汗が芳しくないから、熱がこもった状態になるんだろ。それで息が上がってしまうせいで長くは戦えない」
「ええっ? なぜそれを…」
「模擬戦してる時に気づいてた。汗かかないんだなぁーって。その割にはやけに呼吸が早かったからそうなのかなぁって思ってた。熱暴走とか、あるあるだよね」
やけに薄着だしな。まあ、ゾドルみたいな露出趣味もいるからそこは一概には言えないか。
これがロボットならハッチ開けて排熱なんてできるかもだけどね。欠点で弱点ではあるんだけど、あのギミックは嫌いじゃない。
うーん…ゴーレムでも同じことできないかな。オプションでさ。ムダな挙動だけどそこにロマンがある!
「…私には関心がないと思っておりました」
「うん? そんなわけないだろ。敵になったら確実に叩き潰さなきなゃいけないんだから…ちゃんと観察してるさ」
サーフィン村でコイツらがもし暴れたら、止められるのは俺とゴライしかいなかったしね。
「んくぅッ!」
「ルフェ様!」「若!」
ん? なんか、またルフェルニがしゃがみ込んでるんだけど。
「ここで病かよ? おいおい、これから戦うってのに大丈夫か?」
「し、失礼しました。大丈夫です。戦闘には問題ありません」
「なんだよー。具合悪いなら言えよ。そんな潤んだ眼で言っても説得力ねぇよ」
「いえ! 大丈夫です! それに…」
ルフェルニが剣を抜いて立ち上がる。
どうやら紫鬼どもが動き出したらしい。攻撃範囲に入ったってことか。
「では、お先に!」
ルフェルニが走り出し、ロイホとエイクそれに続く。
「うおー、速いな! やっぱりサーフィン村では全然本気じゃなかったんだな」
すっげー。バイクみたいな速度出して走ってるわ。
同じヒューマン型でも、俺たちとは運動能力が根本的に違うな。
あ。紫鬼がバラけたわ。
なんだよ。やっぱり集中攻撃とかが目的じゃないわけだ。
何のために固めてたんだよ?
まさか寂しがり屋なのか?
ロイホとエイクが左右に1体ずつ引っ張って行き、2体をルフェルニが相手取っている。
いや、口だけじゃなくて強いわ。突き入れる度にダメージを与えて血が飛び散っているし。
なんかここまで力量に差があると、敵が憐れに思えてくるな。
さて、俺はそのうちの1体を…と。少し近づくと、俺に気付いて咆哮を上げた。
分散指示が優先かね? 戦況見て動くとかはないみたいだな。
あれ? なんか…近づいてみるとやけに大きくね?
しかも腕みたいなの生えてね?
なんかちょっと逞しい腕が生えてるじゃん。「俺の腕の中で死ね」…そんな感じだわ。相変わらず体型のバランスは最悪だけど。
もう手脚が生えるなんて、これってオタマジャクシじゃん。そのうちカエルにでもなるのかしら?
「お前に恨みはないが、罪状は…そうだな。可愛くない罪で極刑だ!」
俺は杖を突き付ける。
どうせ言葉を理解するような機能は持ってないんだろ。単なる自己満足だ!
「【発打】【倍加】…略して、【発打・倍】!」
【倍加】させた【発打】を口内にピンポイントで撃ち込む!
「ギィッ!」
せっかく生えた腕を振り回してくるが、俺の位置がわからなきゃ意味ないわな。
でも見れば見るほど気持ち悪いな。グミみたいなのに人間の手足が生えてんだぜ。どういうコンセプトで造ったらこうなんだ?
「目ン玉叩かれりゃそりゃ痛えよなぁ。【軽化】、【浮揚】…」
手で捕まえられないと判断するや、取り敢えず俺がいる方向へ突進しようとするのに、俺は紫鬼の右脚だけに魔法をかける。
そして案の定、前に一歩進み出そうとしてすっ転ぶ。
ルフェルニとロイホたちがこっちを見てギョッとしていた。
さすが優秀な戦士くんたちだ。よそ見とは余裕あるねぇ〜。
「…ギギィ」
「無駄にデカイ図体してたのが残念だったな。お前の水晶はもらっとくよ。【抽出】」
動けなくなりゃこっちのもんだな。俺が想像していたより楽だった。
あら? まだあっちはケリついてないのか。
まさかの俺が一番星か。よし。なら、あれらの水晶ももらおうっと。
俺はルフェルニの方へと向かう。
2体同時に相手にしてもまるで敵じゃない。巧みな剣捌きで間合いに入らせない。…うん。ハッキリ言って俺も見えないくらい速い。
下手に近づいて斬られてもイヤだしな。ここは遠距離で援護するか。
俺は手近に転がっていた拳大の石を拾う。
「ふむ。…【射準】」
俺は石を投げつける。どんなノーコンでもこの魔法の効果で狙ったところへ石が飛んで行く。
「届くかな? 【接合】」
ちょうど石が当たったタイミングで魔法を放つ。
ギリギリ大丈夫だったようで、石ころは紫鬼の背中にへばりついた。
「よーし。どんどん行くぞー」
俺は次から次へと石を投げる。石同士は【接合】されんから、【射準】は常に紫鬼本体に向けてだ。
そしてかなりの数を投げ、重さに耐えきれなくなってようやくのことで倒れた。脚と尻が石で覆われてやっとだ。
【射準】も完璧じゃない。外してるのも何個かあるし、【接合】もタイミングが悪く、くっつかなかったのが結構ある。
そもそも紫鬼が鈍感だから使えた戦法だし、まったくもって効率は良くない。
片方の動きが鈍っている間に、ルフェルニのレイピアがもう1体の急所…眼を穿く。
「…まさか助けて頂くことになるとは」
「いや、横取りしちゃって悪かったかな?」
「そんなことはありません。思ったより苦戦していましたから…ありがとうございます」
「良かった。約束と違うと言われなくて。…【抽出】」
「それは?」
「お土産みたいなもんさ」
殺すと手に入らないんだよね。手に入ったのは2つだけか。まあ、しゃあない。
「正直、間近で見ても信じられません。マスカットは耐久力に優れ、小隊ですら苦戦する相手です。それを戯れるかのようにして倒してしまうとは…」
「遊んでたわけじゃないよ」
「も、もちろんわかっております!」
「ああいう倒し方しか俺にはできなかっただけの話さ。
しかし、この魔物って何なの? 魔女が造り出した魔法生物とかか?」
「詳しくは私も…。ただ魔女は“魔物の原形”…“プロト”とこれらを呼んでいました」
「魔物の原形? プロト? …ふーん。ああ。あっちもようやく終わったみたいね」
ロイホとエイクもこっちに向かって来る。
ロイホは肩から出血してるな。彼らが手傷を負ってることからしても、無傷だったルフェルニは口だけじゃなくて本当に強いんだとわかる。
「ルフェルニは剣が得意なの? 棒術とかは使えない?」
「え? ええ。剣術はそれなりに。棒術は学んでいませんが、槍術には多少心得があります」
「槍かー。長物はかさ張るからなぁ。コレくらいの長さがいいんだ」
「杖ですか? 確か、ニンフが短棍を扱っていた記憶があります」
「ニンフ? ああ、あのペンギンみたいなのか」
「ペンギン?」
「…いや、こっちの話だよ」
あの手でどうやって棒を握るのかな…そっちのが気になるわ。
「カダベル様!」
ああ、馬車の方でロリーが手を振っている。俺が応えようとすると、「まだいます!」と叫んだ。
「まだいる? 5体以外に…?」
【集音】を使おうとして、さっきまで紫鬼がいた方を見やると、巨大な橙色の魔物がいた。
かなりデカイ。赤鬼の1.5倍にしたのがさっきの紫鬼だとすると、さらにその倍はありそうだ。
「…ッ! あれは!!」
えー。ルフェルニくん。勘弁してよー。さっきの紫鬼で終わりじゃないの。
ってか、よく知らないって、アレのことも知ってる風じゃん。
「ボスってことでいいのかな?」
「ま、待って下さい。アレは本当にマズイです」
「そう? まあ、強そうではあるけど…。なんかトゲトゲ生えているし」
そうだ。なんか胴体からスパイクが飛び出している。イガグリみたいだ。確かにボスっぽい。
「あ。待てよ。…そうだな。名前を言い当ててやろう。
赤がチェリー、緑がキウイ、紫がマスカットだろ。…マロン? 違うな。そうきたらレモンかな? パイン? いや、違う違う。そうだ。オレンヂだ! オレンヂだろう!?」
「……ドリアンです」
「…なんでやねん。あの色のどこにドリアンの要素があるんだ。トゲだけじゃん。…ふざけやがって」
なんか脱力するな。
そもそも、俺はなんで果物と戦っているんだか。
「幸い、ドリアンは動きが遅いです。逃げましょう」
「え? 1体だけでしょ。倒そうよ」
「無理です。接近戦ができません」
「んー? 確かにあの巨体に押し潰されたら厄介だが、俺だったら…」
「あの個体は近づくと物凄い刺激臭を放つんです。目、鼻、口…すべての粘膜を爛れさせるほどの悪臭を伴う恐ろしい攻撃です」
「…なるほど。それでドリアンなのか」
納得…するか!
刺激臭ってなんだよ!
どんな機能を搭載してんだよ!
…確かに嫌がらせとしては効果的かも知れないけどさ。
「俺は刺激臭は大丈夫だと思うが。衣類に臭いが染み付くのは困るな。
よし。罠を張りつつ後退して…げぇ! なんだ!? おい! 走ってるぞ!!」
ドリアンがこっちに向かって走ってるじゃん! 全然近づいてないのに!?
「馬がやられたらまずい! ロイホ! エイク! 馬車を守れ!」
ルフェルニの指示で、ふたりが素早く動き出す!
「カダベル殿!」
「ああ! 罠を張るような時間はない…君がさっき言ってた崖を利用するぞ!!」
敵は1体だ。きっとやりようは幾らでもあるだろう。
俺とルフェルニは街道を逸れて左手の繁みの中へと分け入って行く。
繁みは外側から見た感じよりは深くなかったようで、すぐ先に茶色い地面の平野が見えた。そして、その平野はすぐに終わっており、いきなりほぼ垂直の絶壁となっている。
「変な地形だな。こんなところに断崖があるだなんて…」
覗き込んでみるが、底が真っ暗で見えないほど深い。
「雨季になると山の方から大水が流れ込んで川になるのです。その時には上からも濁流が見えます」
「そうか。水があってもなくても、落ちたら同じだろうからどっちでもいいな」
ドリアンは予想していたように俺たちの方へ向かってくる。
馬車の方へ向かわれたら厄介だが、きっともっとも近い敵を追うようにインプットされているんだろう。
「まるで戦車だな。木や岩をなぎ倒してやがる…。
接近しろとまでは言わん。しばらく時間を稼げるか?」
「大丈夫です!」
さて、どうしたものか…。
ルフェルニに引きつけてもらうのはいいが、さっきの重石を【接合】していく手段は…あの巨体だと効果が薄そうだ。
転ばせるにしても、脚が太くてやけに重心が低そうだから難しそうだし、口の中も奥が深いだろうから、眼くらましや【発打】も効果があまり期待できない。
となると、やはり接近戦に持ち込むしかないか。俺はぶっちゃけ嗅覚がほとんど機能してない上に、【除臭】があるからそれを使いつつ、ルフェルニに攻撃のチャンスを与えるか。
うあー。近づいてきてなんか黄色い煙を撒き散らしはじめやがった。
視覚的に臭そう。メタンとかアンモニア系のニオイなのかな?
想像したら吐きそう…いや、胃に何もないから吐けないんだけどな。
ルフェルニが口と鼻をマントを深くかぶって覆う。
ああ、こんな美少年(美少女?)がこんな不格好で悪臭モンスターと戦わねばならないなんて不憫だ。ごめんよ。不甲斐ないミイラで。
「よし! 行くぞ! 奈落の底に落としてやる!」
「はい!」
魔法を放とうと構えた時、驚くべきことが起こった。
ドリアンが割れた。
そして美味しく食べられた…
というのは冗談だが、走っている最中に左右に真っ二つに両断されたのだ。
こっちに向かって勢いをつけて走っていた最中だったので、間抜けなことに途中まで走って、真っ黄色な血飛沫を噴き上げて、「グピィ!」という情けない叫び声を上げて絶命する。
身構えていた俺とルフェルニは呆気に取られた。
「…ウソ。ドリアンを…一撃で倒すだなんて…」
ルフェルニが驚くのも当然だろう。
直接殴ってこそいないが、あの紫鬼よりも遥かに耐久力も生命力も高いはずだ。なんせボスなんだからね。
刺激臭を気にせず戦ったとして、ルフェルニのような剣の達人でも、きっと一撃では倒せるはずないとは素人の俺でもわかる。
つまり、これをやったのは、それができるようなデタラメのような存在という事に他ならない。
ドリアンが血飛沫を上げている先に、人間らしき者がひとり立っていた。
頭から爪先までスッポリと覆った白銀のフルプレートメイル。そしてドリアンを斬ったであろう長剣を握りしめている。
「…ようやく見つけたぞ。カダベル・ソリテール」




