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屍従王  作者: シギ
第一章 世界異動編
23/113

 挿話 ゴライの幸せ

 ゴライ・アダムル。


 夜、主人に言われた通りに、ベッドに入って眼を閉じて寝る真似をする。


 暗闇の中で漂う泡のようなものを眼で追っていると、チカッチカッと光のようなものが視えてくる。


 そしてその光をボーッと見ていると、何か映像のようなものが出始める。


 それはたぶんゴライが生きていた時の記憶……




──




 小さな子供の首根っこを掴まえて、大声で怒鳴り散らす。

 


──なんでこんなことになっちまったんだ!──



 周囲の怯えた眼、そして幼い子供とその父親の敵意に充ちた眼。


 今のゴライの中にあったのは怒りではない。この状況から抜け出せないことへの恐怖だ。



──今日はツイていない日だったんだ!──



 酒が抜けきらない状態で、朝ベッドから落ちて最悪の目覚めを迎えた。


 思えば、それが始まりだった。


 頭痛をこらえながら家を出たら、どこかの誰かが撒き散らしたゴミが散乱しており、道に落ちてた汚物を踏み、近所の老婆にいきなり「ろくでなしが」と罵られた。


 そんな最悪が重なった日だった。



──ああ。鬱憤を晴らそうと飲み直しに行ったのが間違いだった。そのまま家で寝ときゃ、なんもなかったんだ──



──この馬鹿店主が! よりにもよって今日に限ってクソみてぇなこと言うから、ついカッときちまったんだ!──



──そうだ。いつもなら椅子を蹴り飛ばして、脅してやれば終わるはずだった。なのに、この野郎は憲兵まで呼ぶなどと言い出しやがった!──



──ああ、俺はこのガキを連れて何しようってんだ! これからどうしたらいいんだ!?──



 兄の方がゴライに吼えてかかる。



──ああ、イテェ! 余計なことすんな!──



──やめろ…やめろ。もうこれ以上は…──



──謝っても遅い。遅すぎんだよ…──



──謝るぐらいなら最初からすんじゃねぇ!──



──クソッタレ!──



──しこたま記憶がなくなるぐらいに飲みてぇだけだったのによ! それの何が悪いってんだよ!──



 ドズン!



 腹の底から熱いものが込み上げて来る。



──あれ? なんで、俺…腹…刺されて…………──




──




 朝日が顔に当たる。


 これがゴライが起き上がってもいい合図だ。

 

 さっきまで浮かんでいた光景に、不思議な気持ちになりつつ、ゴライは自分の部屋を出て階段を降りて行く。


 ダイニングテーブルには、いつものようにカダベルが座っていた。


「やあ、おはよう。ゴライ」


「おはようございマッセ。ご主人サマ」


「外を見てみたまえ。今日も晴天で良い朝だよ。我々、死者が満喫するにはもったいない爽やかさだ」


 カダベルはいつもの黒い外套ローブではなく、ピンク色のガウンを着ている。来客がないときはこの格好なのだ。


 テーブルにはカダベルのお手製のコーヒーがカップに注がれていた。

 飲むといっても、実際には口に少し含んで、自然に蒸発するのを待つというのを繰り返すのだ。


「…ご主人サマ。何を読んでおられるのッセ?」


 カダベルが手に持っている板が気になって、ゴライが尋ねる。


「ああ。これか? “回覧板”というものでね。情報共有に使うものさ。その試作だな」


 カダベルはゾドルとよくアイディアを出し合っている。

 きっと、これもそれのひとつなのだろうとゴライはそう思った。


「識字率の上昇も狙っているんだが。なんか絵の方がわかりやすいからと、イラストばかりになっているな。どうせやるなら、4コマ漫画とかの方が浸透するかな?

 しかし、昨日何を食べただの、庭の花が咲いただの、身内ネタもやけに多いし。…ま、最初はこんなモンかねぇ」


 カダベルは笑って回覧板をテーブルに置く。


 その時、ミライが描いたものらしい、ゾドルの頭をオタマで叩いている絵が見えた。絵の横に決して上手いとは言えない字で、“夕飯つまみ食い犯”と書かれている。


「さて、では、朝食としようか」


「はいッセ」


「フム。今日はホットケーキを焼いてみた。砂糖が…まあ、例の甜菜しかないからな。あんまり甘くはないがね」


「ありがとうございマッセ」


 テーブルの上に皿が差し出される。

 上に歪な形をした、黄色い円盤状の食べ物が2枚重なって載っていた。


「しかし、火加減が安定したガスコンロってのは偉大な発明だったんだな。いつか魔法で似たものができればいいんだが。【火種】じゃ【倍加】してもたかが知れてるしさ。

 なにが言いたいかというと、焼き目がマダラになってしまったってことで……すまんな。許してくれ」


 なぜカダベルが食事を用意するのか、未だにゴライにはわからない。自分たちは飲食する必要はないのに…と、いつも思う。


「そのうちハチミツでも…。ん? しかしハチはいるだろうか? まあ、花はあるんだから花蜜はあるだろ。なんとかして調達したいものだな」


 カダベルの話はゴライには難しい。でも、返事を求めているわけではないのは知っているので、ゴライはただ頷けばいい。


「さあ、冷めてしまうぞ。食べるが良い。まあ、とは言っても我々の胃袋は機能してないからな。いつものようにちゃんと吐き出すんだぞ! ハッハッハ!」


 カダベルもゴライも食べるわけじゃない。口に含んで出すだけだ。


「モグチュバ…ペッ!」


「モグチュバ…ペッ!」


 皿からフォークで口に運び、噛んでしゃぶってから、ゴミ箱に顔を突っ込んで吐き出す。


「……しかし、これは行儀が悪いな。ガムみたいに紙に包んだ方がいいのか。それでも上品には見えんな。難しい」


「……ご主人サマ」


「ん? なんだゴライ。食べない方がいいんじゃないかという顔をしているな。それはいかんぞ」


「…は、はいデッセ」


「我々は生前の行動を行わねばならん。なぜならば、それを止めてしまうことで人間性を失う可能性があるからだ」


 カダベルはナプキンを取って口まわりを拭く。特に汚れているわけではないので、それは仕草としての意味しかない。


「人間への共感性を失った時点で、我々は単なるモンスターになってしまう。赤鬼と同類になるのは嫌だろう?」


 カダベルは生活リズムというものを大切にしている。「健康は1日にしてならず! 死んでるがな!」といつもゴライに言い聞かせていたのだ。


「あ、あの、そうではないッセ」


「ん? なんだ? 旨くなかったか? 確かに固いしな。表はパリパリに焼けているのに、中は生焼けだったみたいだな」


 「壊す腹も無いから気にならんが」と、生地をフォークでつつく。


「その、ゴライは…旨いとか、それがわからんのデッセ」


「なに? 味がわからんってことか?」


「はいッセ」


「まさか甘さを感じないのか?」


 ゴライが頷くと、カダベルは手を震わせてフォークを落とす。


「な、なぜそれを早く言わん!」


「す、スミマセンッセ。…その聞かれなかったんで…」


「なんてことだ! 甘味を感じられないなんて!! これは俺のミスだ!」


「い、いや…」


 ここまで大事になるとは思っていなかったゴライは驚く。


「うーん。…ゴライの味覚までは弄ってないはずなんだが。今からでも…いや、味覚を感じる神経はそもそも機能してないから…」


「ゴライは別に味なんてなくても大丈夫デッセ…」


 主人の手をわずらわせるのは下僕として間違っている。そう思ってゴライは言う。


「そうはいかん! 甘味ぐらい楽しめなくて、何を愉しみに存在すると言うのだ! 甘さは重要だ! 甘さこそが人生を彩り豊かにする! 甘党の俺がそう断言する!! 間違いない!!」


 ゴライには、なぜカダベルがそこまでしようとするのかが理解できない。


「ゴライよ。お前には必ず甘味を味わってもらうぞ!」


 そう言って、カダベルは自室から魔法書を抱えて持って来る。


「源核はもう下手にイジれんからな…。なんとか味覚を…何かしらの刺激を与えて復活させられんかな。電撃? 電撃とかいいんじゃね?」


 こうなったカダベルは、問題が解決するまでやり続ける。

 ゴライはただそれをジッと見守るだけだ。


「電撃…神経の復活…いや、源核に舌が反応していると思わせるのが…そもそも舌で味覚を感じているのか? うーむ」



 コンコンコン!



 玄関の扉がノックされる。知らん顔をしていたが、再度同じことが繰り返された。


 カダベルはイライラしたように魔法書をバタンと閉じる。


「…こんな朝っぱらから」


 そしてカダベルはすぐにある人物を思い浮かべ、大袈裟にハーと言いつつ頭を振る。


「……“巡礼者”のご挨拶か。仕方ない。着替えるか」




──




「サイコー! サイコーです! カダベル様!」


 ホクホク顔のロリーシェが席に座って、カダベルが1枚残したホットケーキを頬張っている。生焼けでも気にならないようだ。


「最高なのは大いに結構だが、清掃当番でもないのに毎朝来るのはどうなんだ?」


「ご迷惑でしたか!?」


「うーん…。いや、そんなことはないんだがね…」


 「はい。そうなんです」…そう言いたいのをカダベルは我慢する。

 迷惑だなんて言った日には、泣き喚いて余計に面倒になるに違いないと知っているからだ。


「…ロリーシェは奥様デッセ。毎日会われるのは当然ではないのッセ?」


 ロリーシェは「全くその通り!」と全力で頷く。


「ゴライよ。お前は本当に物を知らんな。貪欲に学ばねばならんぞ。

 “奥様”というのは奥さんのことだ。つまり、未婚のロリーは該当せんのだ」


 カダベルがそう説明すると、ロリーシェはテーブルに額を思いっきり打ち付けた。


「前に渡した絵本、『湯けむり温泉宿の若女将とメリケンサック』をもう一度読み直すがいい」


「はいデッセ」


「若女将が甲斐性なしの主人をボコボコにするシーンは、まさに結婚は生き地獄だと思わせる部分だろう」


 ロリーシェは「うー」とゴライを涙目で見やる。

 なぜそんな風に見られるのかと、ゴライはキョトンとした。


「…どうしてカダベル様は、ゴライをそんなにも大事にされるのですか?」


「うん? いや、別に大事にしているつもりもないが…」


「いいえ! ゴライは何か特別扱いされています! ズルいです!」


「ズルいって…。うーん、同じ死者だからかな。同病相憐れむ…それはちょっと違うか。うん。

 あー、そうだ。墓場で文化祭って感じなんじゃないか? きっと仲間意識があるからだよ」


「うー! なら私も死者になりますぅ! 一緒に文化祭しますぅ!」


「朝から他人の家で、お馬鹿なこと言ってんじゃありません」


「他人じゃありません!」


 カダベルとロリーシェのやり取りを見て、ゴライはふたりこそ父娘のように仲がいいんじゃないかと思う。


「…いきなり話は変わるが、ロリーよ。君は甘い物は好きかね?」


「はい。大好物です!」


「そうか。実はな。このゴライが甘みを感じられんらしいのだ」


「え?」


 ロリーシェはゴライを見て目を瞬く。


「死んでいるから…ですか?」


「いや、俺は味覚は…薄いがある。そもそも神経系統は機能してないんだ。魔法的…というか、精神的な部分での影響のせいじゃないかと思うんだがね」


 この短時間でどうしてそこまでわかるのかと、ゴライは主人の事を改めて凄いと思った。


「…うーん。確か、精神的なショックを受けたせいで、一時的に味覚障害を起こす。そんな子供の話を聞いたことがあります。この件に当てはまるかはわかりませんけれど」


「さすがは修道士。そういった医療知識は助かるぞ。ロリー」


「え、エヘヘ…。まだ見習いですけど」


 ロリーシェは褒められたことで嬉しそうにモジモジする。


「それで、それを治す魔法か何かはあるのかい?」


「カダベル様もご存知とは思いますが…精神的な部分に働きかける魔法は、聖教会にはないんです」


「ふむ。魔法の使い方次第では…。いや、そうだな。精神系の魔法は総じてランクが高いしな。

 しかし、操作系のランク2にも応用できそうなものが…」


 カダベルはそこまで言って、「あ!」と何かを思い出したかのように下を向く。

 そして「忘れてた。アレにもご飯あげないとな…。苦手だからか、どうしても忘れてしまうんだよな」などとブツブツと言う。


「…まあいい。そういや、聖教会では、せいぜいランク4の魔法くらいしか使えんかったか」


「あの…ランク4って、祭司以上が使う魔法です。私にはとても…」


「ああ、違うんだよ。ロリー。もし聖教会が魔法で対処しているというなら、それを知りたかっただけなんだ。方法がわかれば、何か別のもので代用できないかなぁと思ってね」


「さすがカダベル様! 魔法の代用だなんて発想、常人にはできません!」


「…ランク1しか使えないんだからしょうがないじゃん。なんかうまくやるしかないじゃん」


 顎に手を当て、窓の外を見やりながら小さな声でカダベルが言う。

 気分を害させてしまったと知ったロリーシェは少し慌てた。


「そんなことはありません! カダベル様は普通の魔法士や聖職者には出来ない、スゴイことがお出来になられる方なのです!」


「そうデッセ! ゴライもそう思いマッセ!」


「別にそこまでヨイショしなくても…。

 それでロリーは何か心当たりになるものはないのかい?」


「魔法ではありませんね。後は時間を置いてケアするくらいしか…。

 しかし、民間療法で良いなら知っているものがあります」


 ロリーシェは回復魔法はランク1のものしか使えないが、それでも薬草学や応急手当などといったものの知識を聖学校で得ていた。

 この世界には医療従事者という存在がいないので、聖職者がその代わりをするのが当たり前なのだ。


「民間療法か…ふむ。ちなみにどんなものだい?」


「そうですね。凄い苦いものか、凄い辛いものを食べさせます」


「…苦いもの? 辛いもの?」


「はい。刺激物で味覚を取り戻させるのです」


「……なにそれ。頭をハンマーで殴って、より強い痛みで足の痛みを取り除けみたいな考えじゃん」


「ああ、そういう治療法もありますね。さすがカダベル様はよく知っておられます!

 それ以外にも、頭が痛いなら腹部を殴って痛みを分散させるってやり方もありますよ!」


「へ…へー、そうなんだー」


 自信満々に言うロリーシェに、若干引きつつカダベルは棒読みで返事した。


「……まあ、他に思いつく方法もないしな。やれることはやってみるか」


 カダベルが立ち上がろうとすると、ドダン! と、玄関の扉が大きく開く音がした。


「また来客か…。今日は何もない日のはずだろ。本当にアポ制にしようかな」


 毎日のように押しかけるロリーシェは仕方ないとして、カダベルは村人とできるだけ関わり合いを持つことを避けている節があった。


 散歩に行くにしても、村々の様子を遠目にざっと観るだけで、挨拶されでもしない限り、自ら話しかけたりはしない。


 だからこそ、屋敷の掃除をする使用人をいらないと言ったり(結局、当番制となり、毎日誰かしら来ているが)、村の会合に出席するのも週のうち決められた曜日だけと決めているのだ。それもどうしても出てくれと懇願されたので渋々と参加しているだけである。


 先程の回覧板にしても、直接のやり取りを避けるための手段として考案したものだった。


 助言はするが、運営はしない。最終決定は生者が決めればいい。自分は死者なのだからして、それが当前であるとカダベルは思っていたのである。


「カダベル様ぁ!!!」


 玄関からよく知った男の声がする。そしてドタドタと物凄い音で走ってきた。


「…はぁー。なんだ? 村長ゾドル・ムアイよ」


 ダイニングに辿り着いたゾドルは大号泣しており、何やら消し炭のような物を抱いている。


「あんまりではありませんか! 自分の像を庭で燃やしてしまうなどとは!!」


 よく見ると、それは玄関に飾ってあったゾドルの姿を模した自作の木彫り像だ。

 真っ黒焦げだが、両腕を広げてマッスルポーズしているのが辛うじてわかる。


「あ。ゾドル人形デッセ」


 この家にはこれが何体もあった。

 そういえば最近見かけなくなったと、ゴライも不思議に思ってはいたのだ。


「そうか。気付いてしまったか」


「気付きますよ! これなんか力作だったんですよ! 完成させるのに何ヶ月かかったことか!!!」


「いや、ね。そもそも、だ。なんで村長の像が俺の家にあるんだい?」


「はい? …それは、この屋敷が元は村長宅だったからでございます!」


「ち・が・う! そんなことは聞いていない!」


 カダベルは消し炭を指差す。


「家財道具はともかく、なんでゾドル像が現在の俺の家にあるのか!? それを聞いているの!!」


「それはカダベル様の目の保養になれば…と!」


「なるか! 不快なだけだわ!」


「そ、そんな…馬鹿な…」


 ゾドルはショックを受けて震えている。


「馬鹿はお前だ! 何が悲しくて壮年男性のマッチョ像を見て目の保養になるんだ! しかも全部の部屋にあるなんて気も休まらん!」


 そういえば、各部屋で置かれてる像のポーズが微妙に違っていたとゴライは思い出す。


「目の保養になると言うのならな。そうだな。乙女の裸像とかだったら芸術的な価値もあるだろうが…」


「脱ぎます!」


「違う! ロリー! 違うぞ!」


「私では目の保養になりませんか!?」


「そういう話ではない! 話をややこしくするな!」


「カダベル様!! ならば、せめて自分を女体化させた像を置かせてくだせぇ!!」


「気持ち悪いことを言うな! なぜだ!? なんだ!? どうして、ゾドル・ムアイの像を置きたがる!?」


「アンター! またカダベル様に迷惑をかけてんのかい!」


 ミライが入ってきた。手にはオタマを持っている。朝食の準備の途中だったのだろう。


「か、母ちゃん! 違うんだよ! これには訳が…」


「また役にも立たないヘンテコな物を作って! 捨てられないなら、物置の奥にでもしまっときな!」


「そんな! もったいない! 芸術なんだぞこれは!」


「それのどこが芸術だい! ゴミだよ! こんな物! しかも焼け焦げてんじゃないか!」


「そ、それはカダベル様が燃やされてしまったからで…」


 怒っていたミライが、ホットケーキを食べていたロリーシェの姿に気づく。


「ロリーシェ! アンタ! 朝ごはんはちゃんとウチに食べに来いって言ってるでしょ!

 って、なに若い女の子がズボンに手をひっかけてんだい! はしたない!」


「み、ミライさん! これは芸術と保養のために!」


「なにわけわからんことを! ふたり揃ってお説教だよ! そこに座りな!」


「あー、もう! 勝手に他所の家で騒ぐな! 自分ちに帰ってからやれ!」


 ゴライは何も言わない。こうなることは“前もって聞いていた”からだ。


「カダベル様ー!」


「お、お兄ちゃん! ひとりでいかないで!」


「なんだよ! お前が来たいって言うから…あれ?」


 子供たちが入って来る。それはモルトとキララだった。


「あ。なんかタイミング間違えた? ちと早かったかな…」


 カダベルが怒ってるのを見やり、モルトは子供のくせに場の空気を読んだような顔をする。


「う、ウワアァアーン!!!」


「あ! キララ! また漏らした!」


 カダベルの素顔を見て、キララは大号泣した。


「キララ。泣かないデッセ」


 ゴライがキララの側に屈むと、シャックリを上げながらも泣き止む。


「…ハァー。俺よりゴライの顔の方がもっと怖いと思うんだけどな」


 カダベルは肩を竦めて仮面を付けた。


 キララはゴライ相手には何故か怯えない。むしろ、「なんかカワイイ」とさえ言っているぐらいだ。

 それがカダベルにはどうしても納得がいかない。


「……それで、お前たち。わざとだな?」


 カダベルがそう言うと、キララをのぞく4人は少し恥ずかしそうに笑った。


「まったく。なんだかんだ理由つけては、うちに来やがって…」


「みんな、カダベル様を恋しがってるんですよ」


 ミライが、モルトとキララの頭をグリグリと無で回しつつ言う。


「…いや、自分は本当にこの像を…」


 ゾドルが何か言いかけたのを、ミライのオタマの一撃が止めた。


「カダベル様はいつもお屋敷に籠もって出てこられないので…」


「…ヒッキーだからな。俺は」


「もっと、お世話がしたいのです!」


「世話…。世話なんて焼いて貰う必要は…」


「カダベル様は、私たちを信じてもっともっと頼ってくれていいと思います!」


「……信じる? 頼る?」


 カダベルの雰囲気が変わったことに、ゴライだけが気付く。


「私たちはカダベル様に……」


「……いい機会だ。ハッキリさせておこう」


 カダベルの声にいつもの抑揚がなくなる。

 ロリーシェにも、いつもとは違う口調なのだとようやくわかった。


 カダベルはゆっくりと席にと戻る。そして全員を見回してから語りだす。


「ロリー。君はさっき“脱ぎます”と言ったな」


「え? は、ハイ…」


 顔を紅くしてロリーシェは頷く。


 ミライが天を仰いで、下卑たことを想像したモルトの口元がだらしなく歪む。


「もし、俺が本当に『そうか。そうしろ』と、あの場で言っていたらどうした?」


 ゾドルが目を丸くした。そんなの冗談なのだから…と、思っていたに違いない。


「え? あ…ハイ。ご命令とあれば従うつもりです!

 でも、カダベル様以外の人に見せるのは少し抵抗が…」


 ゴライはカダベルが心の中でため息をついたのがわかった。“何かを辛抱しているのだ”、と。


 まるで値踏みでもされるかのような視線に、ロリーシェは視線を左右に彷徨わせる。

 そしてゴライが意味深に見てくるのに気付いてキュッと口を閉じた。


「……でも、カダベル様はそのようなことを…」


「そうだな。俺はそういうことは言わん」


 ロリーシェはホッとした顔をする。それが正解だったのだと。


「これは信頼だ。ロリーは俺に対する信頼がある。だから、あのような発言を冗談でできたわけだ」


 カダベルは「しかし…」と言ってキララを見やる。


 そして、その包帯に巻かれた細い指を、まるで獲物を捕まえでもするかのようにキララへと向けた。


 キララはブルッと震えると、泣きそうな顔で兄の背の後ろに隠れる。 


「…これこそが、人の取るべき正しい姿だ」


 死者に怯えることを言ってるのだと、皆が理解する。


「……いいかね。俺は死者だ。だから無闇に信用しないで欲しい」


「そんなことは!」


 カダベルは“まだ続きがあるから静かに”と、口に人差し指を当てて示す。


「君たちが信用して期待してくれるのはありがたい。だが、実のところ、ありがた迷惑なんだ…」


 カダベルにそんなことを言われ、明らかにロリーシェは悲しそうな顔を浮かべる。


「…冷たい言い方だが、俺は生前から誰も信じないことにしていてね」


 ゴライには、カダベルがどんどんと暗くなっていくような感じに視えていた。


「信じるフリはしても、心の中じゃいつ裏切られてもいいような心構えをしているんだ。

 この姿になってからは、その気持ちはより強くなった…」


 ミライがムッとして、気に入らなそうに腕を組む。


「…だから、誰にも頼らない。頼られたくない。期待しない。期待されたくない」


 カダベルは空洞の眼窩が、ここではないどこかを見やる。

 

「……もちろん、死者とはいえ、存在してる以上は誰かには迷惑をかけるだろう。それは本当に申し訳ないとは思うよ」


 さっきから微動だにせず、カダベルは喋り続けていた。

 今まで“わざと動いて”見せていただけに、本当に命無き屍体そのものにしか見えなくなっている。


「……だがね。そんなでも、誰かに貸し借りみたいなのって関係ってのはキライでね。極力そんなことはしたくはないんだよ」


「そんな寂しい話が…」


「違いマッセ!」


 ミライの発言にかぶさるように、ゴライが大きな声を上げた。


「ご主人サマは間違ってマッセ!」


「ゴライ?」


 ゴライが自ら乗り出して発言している事に、カダベルはビックリして戸惑う。

 ましてや、主人であるカダベルの意に反した事を口にしているのだから尚更だ。


「お前…?」


「ご主人サマが人々に良くしてやれ、力の限り守り助けてやれって言ったんデッセ!」


「そ、それは…確かに言ったが…」


「そしたらゴライにも良くしてくれるからって! それは本当だったッセ!」


「う…む…」


 カダベルは自分の矛盾を指摘され、言葉に詰まった。


「ゴライはゾンビでッセ! でも、生きていた時よりも幸せデッセ!! それは優しい皆が側にいてくれるからデッセ!!」


 ゴライはキララを抱え上げてそう言う。


「…そうです。ゴライの言う通りです!」


「ロリー…」


「カダベル様はそんなことを仰っていても、皆を助けて下さったじゃありませんか!

 死者だから信用するなと言われても、私にはとてもそんなことできません!」


「…俺は」


「カダベル様。アンタ様は、喋りも身動きもしない時から、ずっと皆から信頼されてきてたんだよ」


 ミライが子供たちを見やって言う。


「あたしはそれを見ていたよ。雨の日も、風の日も、決して欠かさずに、この子たちもお祈りに行ってたんだかんね」

 

 頭を撫でられ、モルトもキララも頷いた。


「カダベル様が死者でもさ、あたしらサーフィン村の人間は、誰ひとりとして気にしてないじゃないか」


 「まあ、最初は怖かったけどな」とモルトが笑う。


「それが恩人であるカダベル様への信用さね。そんな簡単に裏切ったり、受けた恩が消えたりだのするもんかい」

 

 ミライにそう言われ、カダベルは少し考えるように俯く。


「……まったく、意外とつまんないことを気にされておいでだよ。このゴライさんのがもっと大人じゃないか」


 カダベルは顔を上げ、ゴライをジッと見やる。


「……そうか。そうだな」


 カダベルの雰囲気が、いつもの柔らかい物にと戻る。


「…ゴライ。お前の主人として不適切だったな。誤った発言をしてしまった。さっきのは撤回させてくれ。すまなかった」


 ゴライはホッとする。こっちの主人の方が好きだったからだ。


「皆にも…すまなかったな。どうか赦してくれ」


「…でも、少し安心しました」


「安心? 何がだ? ロリー?」


「カダベル様も悩んだり間違えたりされることがあるのだと知ってです」


「おいおい。俺だって…」


「なんでも完璧に思えてたので…。私ごときが何を言っても、もしかしたら自分が間違えてるんじゃないかって、いつも不安だったんです」


「完璧なんてあるものか。俺は神様じゃないんだぞ…。勘弁してくれ」


「あと、もうひとつ間違えておられることがあります!」


「ん?」


「これはハッキリ言っておきます!」


「お、おお…」

 

 ロリーシェに気圧されて、カダベルは若干後ろに引く。


「私が脱ぐと言ったのは冗談じゃありませんから!

 カダベル様が望まれるのならば、私は今ここでも喜んで脱ぎます!」


「そ、そうか…」


 勝ち誇った顔のロリーシェに、カダベルは何と答えていいものかわからずに頷くしかできなかった。


 ミライが恐ろしい形相をしていたので、後でロリーシェはこっぴどく説教されるだろうとカダベルは少し気の毒に思う。


「いやー、しかし、これで一件落着…じゃない! 自分のこの像の件が片付いてないですやん!」


 今まで成り行きを見守っていただけのゾドルが騒ぎ出す。


「だから、それは持って帰れ……ん? 木炭か。そうか。それは使えそうだな」


「へ?」




──   




 木炭に【倍加】を掛ける。


 今まで試したことはなかったが、もしかしたら苦味とかも倍になるかも知れないと、そんな淡い期待を抱いてのことだ。


「さぁ! 食え! 食うんだ! ゴライ!」


「ンモゴゴッ!!」


 切り落としたゾドルの左腕…もとい、木像の焼け焦げた腕の部分を、ゴライの口の中に突っ込む。


 ゾドルが号泣して特攻してくるが、【倍加】した【発打】で都度転ばせる。


「な、なんだかイジメてるみたいじゃ…」


 ロリーの言うのは、ゴライに対してのものなのか、ゾドルに対してののものか、はたまたその両方…だろうな。


「失礼な! 何を言うんだ! ゴライの味覚を取り戻すためだ!」


「カダベル様ぁ! あんまりです! ゴライさんに食べさせるだなんて!!」


 ゾドルが泣き喚いているが、こっちは相手にしてられん。


「モルト! 次は練カラシだ! 持ってこーい!」


「おー! ツーンとする! ツーンとするぜぇ、コレェ!!」


 木ヘラでかき混ぜていたモルトが器を持ってくる。隣にいるキララも鼻を抑えている。


「よーし! 木炭を吐き出せ! 次は辛さだ! 行くぞ!!」


 俺は練カラシのタップリついた木ヘラを、ゴライの口に突っ込む!


 ロリーが顔を覆い、ミライが頬を引つらせる。


「ど、どうなんだい? ゴライさん?」


「口の中が…ヒリヒリ…するッセ」


「いいぞ! ゴライ! ヒリヒリってのは感覚だ! 感覚を取り戻したんだ! さあ、水で口をゆすげ!」


 【流水】を流し込む!

 勢い余って顔全体がビショビショになるのは我慢してもらうしかない。


「さあ! 仕上げだ! 甜菜を! 茹でた甜菜を持てぃ!」


「はいはい」


 ミライが四角く切りそろえた甜菜を載せた皿を俺に渡してくる。


 甘みとしては物足りないし、変な繊維質のエグ味があるが、この辺じゃこれぐらいしかない。


「さあ、食せ! 食すのだ!!」


 ゴライは恐る恐る甜菜に手を伸ばして口に放り込む。そしてシャリシャリと咀嚼する。


「…どうだ?」


 俺の問いかけに、ゴライが眼を見開く。


「ア゛ン゛マ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛゛ィ゛ィ゛!!!」


「マジか! やった! やったぞ! ゴライが甘味を愉しめるようになったぞ!」


「よかったですねー! カダベル様!」


「ああ! ロリーの治療のおかげだ!」


 俺はロリーとハイタッチする。


 ゴライは初めての甘味に感動したようで、次から次に甜菜を口に入れて、噛んでは出すを繰り返す。


「…ご主人サマ!」


「ん? なんだゴライよ。まだ甜菜が欲しいと言うのなら……」


「ゴライは…いまとっても幸せデッセ!!」


 満面の笑みのゴライのその言葉を聞いた時、俺はなぜか胸の中が一杯になった気がした。


「……そうか。甜菜なんかを食べて幸せとは、本当に幸せなヤツだなぁ」


 もし、まだ俺が人間だったら涙を流していたかもしれない。声がくぐもったかも知れない。


「……カダベル様。これもわざとだろ? 耳が真っ赤だよ」


 ミライが笑って言う。


 わかっているなら聞かないで欲しいな。それに俺の耳が赤くなるわけないだろうに。そもそも、耳たぶないんだぞ。


「……ゴライにはとても勝てんな」


 俺は改めて思い起こす。


 俺が死んだ後、ひとり遺されたゴライがどれだけ寂しく辛い思いをしたか……。


 そして、どれだけの苦労して、この村を守り続け、長い時間をかけて皆から少しずつ信頼を得ていったのか……。


 本当に何年も、コイツは俺の遺言を律儀に守り従って来たんだ。


 この事は前に聞いていたのに、俺は情けないことに、すっかり忘れてしまっていたらしい。


 まったく主人失格としか言いようがない。


 子供たちと甜菜を分け合って笑うゴライの横顔を見て、彼が幸せを心から感じているのだろうと俺も思う。


「…………俺も少しは信じてみるか」


「カダベル様?」


 ロリーが無邪気な笑顔を見せて覗き込んでくる。


 そうだよな。こんなにも慕ってくれてるんだもんな。


 ミイラになってしまったというのに……


 ありがたい話じゃないか。


「ああ、いや、なんでもないよ。

 おい、ゴライ! 全部やるとは言ってないぞ! 少し残しとけ!

 ゾドル! いつまで泣いてる! そんなに像を作りたきゃ、売れるレベルにまでに仕上げて持って来い!」


 こうして俺の静かに終わるはずだった1日は、今日も賑やかなものとなって終わるのだった…………

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