022 旅立ちの日
さらに3日後、俺は最大にして最強の脅威に立ち向かっていた。
「イーヤーデースーゥ!!」
敵は泣き喚く、床に転げまわるという戦法を繰り出す!
「だから何度も言ってるでしょ! 危ないの
! 危険なの!」
「ゼーッーターイーニーイーヤーデースーゥ!!」
なんだなんだこれは?
まさかこれが大海を支配するクラーケンなのか?
両手両足をバタつかせている姿はまるで氷雪に寝そべるアザラシの赤ちゃんだが!
「ゴライ! メガボン! お前たちも何とか言ってやって! 説得するの!!」
「おー、おー、デッセ」
「カコカコカコ」
俺は頭を抱える。
そうだ。ゾンビのツギハギ脳味噌には荷が重い。そしてスケルトンに至っては脳味噌すらない。
メガボンは、おそらく俺たちの言っている意味は理解していると思われるのだが、ただ顎を鳴らすだけでコミュニケーションが取れないのだ。
「“落ち着いて、ロリーシェ”…と言ってマッセ」
「わかるんかーい!?」
ってか、なんでかゴライとは会話が成り立っているらしい。
いやー。そんな知性ないはずなんだけどな。そんな機能搭載させてはいないんだが。もしかしたら“人間みたいに”って書いたからか?
うーん、なんだかな。そんなんでちゃんと機能するのも釈然としない。
「イーヤーデースーゥ!!」
あ。いかん。忘れてた。
いやー、しかし困った。生者1人に翻弄される死者3名。聖職者見習いを必死で宥めるアンデッドの群れ。
はために見ても、とんでもない光景には変わりない。
「でも、ご主人サマ。ゴライもロリーシェと同じ気持ちデッセ。ゴライやボーンを置いて行くだなんて…」
「いや、この村の守りにはお前が必要だ。ボーン? …メガボンは戦闘データを蓄積させてやりたいが、まずは簡単な哨戒任務などステップを踏んでレベルアップを…」
「イーヤーデースーゥ!!」
「コラー! いい加減にしなさい! メッですよ! メッ!!」
「…カダベル殿ー」
いかん。扉越しにルフェルニの声がした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
俺は指でゴライとメガボンに“いつもの指示”を出す。
ゴライはクローゼットに収納され、メガボンはベッド下に滑り込む。
うむ。なんかレスキュー隊員みたいにスムーズな動きだ。アンデッドのくせによ。
まあしゃあない。いくら俺が屍従王だとしても、実際に死者を従えているのを見せるのはあまり上手くない気がして、未だにそのことを隠していたのだ。
まあ、ただ単に「え? 従える部下が2体しかいないんですか? なら、今の私と同じですね! ぶっちゃけ帰ったら100人を越える部下いますけどぉー!」なんて、ルフェルニに言われたらムカつくからだ。
「…あはー。手こずってますねぇ」
俺が許可して入室してきたルフェルニは、暴れ回っているロリーを見て苦笑いする。
「ヒドイです! ルフェルニさん! あなたは悪魔です! 私とカダベル様を引き離すだなんて!! 神が許しても、カダベル様がお許しにはなりません!!」
何を言ってるんだ、この娘は…。
「そんなつもりはまったく…。どうすれば納得して頂けるので?」
「私も連れて行って下さいッ!!」
「…だそうですよ。カダベル殿」
「道中、敵に襲われる危険もあるんだろう?」
「ええ。ですが、私たちが責任を持ってお守り致します」
なんだか、やけに自信があるんだよな。
腕っぷしが強いのは…ま、男衆との模擬戦で、ゾドルたちが彼らに手も足も出なかったことからも明らかだが。
「敵方に魔法士がいなければ、この王国で私たちに勝てる者はそうはいませんよ。…自画自賛ですけど」
この村にいる間に、俺に向って“自分たちは凄んだぞアピール”してたもんな。俺に自分たちの有能性をプロデュースしてたんだろうが。
恐らくだが、心の中で鼻が天狗のようになっているであろうことが察せられる。
「ニルヴァ魔法兵団の襲撃は考えなくていいという話だったよな」
「ええ。ニルヴァはこの国のものではありません。ですから、公にして動かすことはできませんし、人数も…仮にいたとしても、あと1組ぐらいでしょうね」
「根拠はあるのか? 捕虜に尋問したが、この国に派遣された数までは把握していなかったぞ」
「マクセラルという男は見たことがあります。彼がもっとも魔女に近い側近でした。この国での活動期間がもっとも長いベテランで、彼以上の強い魔法士はいません」
確かにそうかも知れない。マクセラルが失敗して、もしその上のレベルの人間がいるんだとしたら、敵が疲れているところにすかさず放つはずだ。
「…それから考えると、貴重な…しかも土地に不慣れな魔法兵を、無理に動かして失う愚はもう犯さないはずです」
「…学んだということか」
ルフェルニは「はい」と頷く。
「複雑な気分だな。それは俺が強いと思って警戒されたって話だからね」
ルフェルニはきっと俺を凄い魔法士だと思ってて、そのもう1組いるかもしれない魔法兵がやってきても倒せると信じ込んでいるんだろう。
マクセラルを倒したから…いや、それがギリギリで偶然の産物だと知ったらどんな顔をするんだろうかしら。
もしそれで負けたら、「勝手に勘違いしたお前が悪いんだ! バーカーバーカ!」って言って滅びてやろう。
「そんなお話より! 私を連れて行っていただけるんですかぁ!?」
あ。また忘れてた…。
俺の外套の裾を握りしめ、離すまいとしてロリーが上目遣いに見てくる。
いやー、そんな甘えた顔をするな。あと、眼の端に涙をためるな。弱いんだよ。そういう顔されるとさぁ。「いいよー」って言いそうになるじゃん。
「…ルフェルニ。もうひとつ聞きたい」
「はい」
「…ロリーの操は絶対に守れるのか?」
そうだ。俺が一番心配しているのはこれだ。
連れて行くのは…まあ、安全が保証されるのなら構わない。
だが、外から襲撃されるのは俺が頑張ればなんとかできるかも知れないが、“身内から襲われる”のはたまったもんじゃない。
彼女はナッシュと幸せな結婚をさせ、カワイイ赤ちゃんを産んでもらい、俺がその赤ちゃんに名前をつけるという壮大な将来設計があるのだ。どこの破廉恥種族にくれてやるわけにはいかん。
俺が滅びた時、もし天国に行けたとして、向こうでシデランに「貴様に娘を預けたばかりにぃ!!」と血の涙を流されて首を締められたくはないしな!
「…ああ、私は大丈夫です。それは約束します」
なぜかルフェルニは少し悲しそうな顔を浮かべた。
「ロンホとエイクは恋人関係ですから、勝手に盛って解決しますから」
「そこは聞きたくない!」
ニッコリ笑って言うことか!
抱き合うウサギ耳マッチョを想像する…ゴメン。無理だ。ちょっと俺には敷居が高すぎる。
好きな人は好きだろうが、俺の守備範囲じゃない。
「ま、まあ、お前たちは使者として来たんだからそこら辺は心配していない。俺が心配しているのは伯爵の方なんだ」
「伯爵?」
「…そうだ。伯爵がロリーが欲しいとか言い出さないよな? それを確約しろ」
あるあるだ。権力者の前に美少女を連れて行く時は、最も警戒しなければならない!
「私は永遠にカダベル様のものですぅ!!」
「そういう話じゃない! いまオシベとメシベの話をしているの!」
ミイラフェチがミイラを監禁する話じゃない。ミイラは“物”とも言えるが、女の子の初めては大事なの! 貴重なの! 神聖なの!
「ああ…」
なんだ? ルフェルニが遠い目をした。
「なんだ! 約束できないのか!? なら俺も行かんぞ!!」
「…いえ、違います。伯爵は……伯爵の好みは、ロリーシェさんのようなタイプじゃないので…」
そこまで言って、ゾワリとするような視線に、ミイラであるはずの俺の身体がブルッと震える。これは精神的な部分からくるものだ。
何かと思うと、ルフェルニが頬を紅くして、ナメるような視線で俺の全身を見やってる。
「…伯爵の好みは、むしろカダベル様のように細身でスリムな方ですから」
「……」
俺の頭の中でイメージが湧き上がる。
ロマンスグレーの半裸のダンディと、頭にパーティハットをつけたミイラがドレスを着ていて、「カダベルくん。キミを幸せにするよ」「まあ、伯爵サマ♡」などと言って抱き合うシーンが…
「イーヤーダー!!」
今度は俺が床を転げまわる番だった……
──
旅立ちの準備…とは言っても、俺は特に準備するものはない。
暑さ寒さは別に気にならないし、水も食料もいらない。なんなら、着替えもいらない。荷物はナイフとロープぐらいか。
ロリーは旅慣れているのか、準備は早かった。というか荷物は少ない。女の子ってもっと色々必要じゃないかと思ってたんだがそうでもないらしい。
「…嬉しそうだな」
「はい! カダベル様とお出かけ楽しいです!」
「遊びに行くんじゃないよ」
軽く叱るが、「はーい」だなんて言って反省の色が見えない。
感情の起伏が激しいから難しいな。思春期っていうのはさ。かといって少し強めに怒ると、泣いて尻を叩いてくれって言い出すから…困ったもんだ。
世の中の父親ってのは、皆こんな経験をするのか?
村の入口の方を見やると、サーフィン村の衆が集っているのが見えた。
花畑の方に馬車が準備されており、そこに準備万端のルフェルニたちもいる。
ってか、この狭い山道を馬車でよく来られたな。車輪が溝に嵌ったら抜けなくなるんじゃないのか?
家の前の坂を下って行くと、ルフェルニだけが走って出迎えに来る。
「供回りは…ロリーシェさんだけなのですか?」
ルフェルニが不思議そうに俺の後ろを見やった。手下のアンデッドがいないのを疑問に思ったのだろう。
「安全なのだろう? なら、俺の部下は必要ないかと思ってね」
「…ええ。それはそうですが」
サーフィン村を守るという理由もあるが、ゴライたちを連れて行かないのは、伯爵に見せたくないからだ。
王国の関係者に俺のアンデッドを見せて、「これ軍事利用できるじゃーん!」なんて思われたら嫌だからね。
だからこそ、俺は“屍従王”の吹聴しているペテン魔法士のままでいい。
はっきり言って、魔女を倒すために協力を申し出に行くわけじゃない。
話は聞かせてもらなきゃ判断できないから行くというのもあるが、俺自身の目的としては、現状、この村が赤鬼どもの被害を受けていることについて直談判しに行くのだ。
王国と魔女が利害関係にあるとして、それは魔女に対して真の危機感を抱かせることに繋がるかも知れない。
使者ルフェルニに伝えてもらってもいいかもだが、実際に戦った者…被害を受けた者が言うのとは重みが違うはずだ。
伯爵が魔女の危険性を認め、その証拠・証人さえ揃えば、それを持って国王や偉い人たちに掛け合い、「よし! 魔女と交渉して平和的に国から出ていってもらおう!」と…なるかも知れない。
戦わずに解決するならそれで万々歳だ。
…まあ、そんな上手く行くとも思えないが。そもそも、こんなこと伯爵なんて地位にいる人間が思いつかないわけがねぇよな。
…それに魔女の手下を撃退した俺に会いたいなんていう時点でお察しだわ。
「……私はカダベル様の信頼を得られなかったんですね」
「? 何の話だ?」
悲しそうにルフェルニは首を横に振る。
「お前の思惑通り、俺は伯爵に会うということになったんだ。そこに何の不満があるんだ?」
そう言うと、ルフェルニは傷ついたような顔を浮かべた。
「……そうですね。私は最低です」
顔を背けると、「先に行っております」と言い、走って戻って行ってしまう。
おいおい、迎えに来てくれたんじゃないのかよ。
なんだってんだ? いつもみたいに生意気な皮肉のひとつでも返してくれると思ったのに…。
「カダベル様」
「ん? なんだロリー?」
「あの、私…なんだか、ルフェルニさんの気持ちが少しわかるんです」
「なんだって?」
ロリーはなんだか複雑そうな顔を浮かべている。
「ホントは…その、ルフェル二さんの味方なんてしたくないです。その、カダベル様に…対する意味では、たぶんライバル…だと思いますし」
「ライバル?」
なんだ? どこの世界線の話をしているんだ? まったく話が見えて来ないぞ。
俺は異世界にでも…いや、飛んできているわけだがね。
「す、好きな人に…その、冷たくされたら、悲しいです」
「え? 好き? 俺のことを? あのルフェルニが?」
ちょっと頬をふくらましながらロリーは頷く。
「ウソだー。だって、どう見たって俺を利用しようとしてるじゃん」
「…気付いていないのカダベル様だけだと思います。ルフェルニさん、この村に来てからずっと、カダベル様に認めてもらおうと必死だったように見えました」
なんで怒って言うんだ?
「だから、それは俺を伯爵と会わせたいがために…」
「カダベル様と話している時、一度もルフェルニさんから伯爵の名前でたことないですよ…。少なくとも私は知りません」
ん? そうだったか?
あー。そういえば、俺から聞かないと教えてくれなかったような。
いや、それはあまりしつこいと俺が嫌がると…?
宗教とかの勧誘と同じで……
んん? いや、待てよ。しつこいどころか…まったくしてない?
世間話しか、話した記憶がないぞ!?
いやー、営業マンだったら完全失格じゃん! 上司に「たはー。天気の話だけで1日が終わっちゃいましたよ〜」なんて言ったら、そら怒られるぞ。
ましてや使者だろ? もっと責任は重いはずだ。「え? カダベル連れてこれなかったの? だめじゃーん。じゃ、打ち首獄門ね。市中引き回しもセットしちゃお」…うん。あり得ると思います。
「…ルフェルニさん。たぶん、私とそんな年齢離れてないです」
「ええ? そうなの?」
ヴァンパイアって長寿って言ってたじゃん。…あ。でもそうだ。別に長寿だから年寄りだとは限らない、か。そりゃそうだ。
「だから、その、好きな人とか尊敬する人に…冷たくされたら本当に悲しいです。きっとルフェルニさんも、夜な夜なベッドで泣いていると思いますッ」
だから、なんで怒ってるんだよ…。なんでロリーが怒る必要があるの?
「カダベル様はヒドイです! 私だけじゃなく、ルフェルニさんの心まで弄んで!
でも、そこがカダベル様の魅力であって、ステキな気も…決してキライじゃないです!
でも、あんまりです! 私のこの苦しくもどかしい気持ちはどうすればいいんですか!」
「知るか! 俺はミイラだぞ! ミイラに何を求めてるんだ!」
ミイラフェチがまた増えたのか…。ってか、この世界はミイラフェチが多いのか?
あれ? でも、俺、ルフェルニにミイラだってまだ教えてないぞ?
じゃあ、何が気に入ったんだ?
仮面か? 仮面フェチなのか?
「カダベル様。もうちょっとだけ…私に対する100分の1でもいいです。ルフェルニさんいも優しくして上げてください」
「…んー。わかったよ。努力する」
「……やっぱり10000分の1でいいです」
「……ロリー」
入口に到着すると、武装したナッシュが俺の前に跪く。
「カダベル様! 村の者たちと話し合い、俺もお供させて頂くことになりました!」
「おお! ナッシュくん! マジでか! それは心強いな! ホント、助かるわぁ〜!」
よしよし。ゾドルめ。よい仕事をしてくれるわ。
村の防衛に穴があくのは痛いからと大反対されていたが、なんとかナッシュくんの引き抜きには成功したようだな。
まあ、その結果、ゾドルがタコ殴りにされても俺は知らんけど。
…実はその前に、俺が言えばナッシュくんを引き抜くのは鶴の一声だったけどね。
もともと、俺には護衛をつけるって村で決めたみたいだし。それを現状断っていたのは、俺の方からだったしさ。
「しかし、危険な旅だぞ! 命を失うやも知れぬ! その覚悟は君にあるのか!?」
「はい! 覚悟しています! しかし、愛する人を守るためならば命だって惜しみません! 俺の命尽きるまで!!」
うむ。いいぞ。ナッシュくん。俺の教えた通りの台詞だな。
いやー、ナッシュくんと険悪になった一時期はどうなるかと思ったが…このアドバイスで再び信頼を取り戻せて良かった。
こんなことを言われて、なびかない女が…
な、なにぃ!?
ロリーが何の反応も示していない!?
え? ナッシュくんの今の台詞聞いてた!? これ、お前に向けて言ってんだぞ!
「ろ、ロリー…。す、凄いよな。ナッシュくんにバリバリ守ってもらえる感じする…よな?」
「え? …カダベル様を命がけでお守りするのはごく当然の話では?」
えーーーー!?
俺? 俺を守るって言ったと思ってるの?
「いや、当然では…ないかな。ロリー。お前、俺をなんか極悪非道の支配者か何かと勘違いしてるんじゃ…」
「極悪非道だなんてとんでもないことです。ですが…私たちの生殺与奪については、すべてカダベル様のご意思次第かと!!」
俺はどこの悪の帝王なんだ!
俺、お前たちに命捨てろだなんて命じたことないじゃーん!
あ。ヤベ。なんか入口にいたロンホとエイクがヒソヒソと「恐ろしい方だ…」「まさに屍従王の力の片鱗を見たな」とか言ってるんですけど!
「…あー、コホン。とりあえず、だ! ロリー。お前はナッシュくんの側から離れないように!」
「なんでですか?」
「ナンデもカカシもありません!」
「…わかりました。では、ナッシュさん」
「え? あ、はい」
「カダベル様の身辺警護を常時お願いします。なんなら密着するつもりで…そうしたら、私もカダベル様に密着してあなたから離れません」
なんでそうなるねん!
ナッシュ。気持ちはわかる。わかるぞ。俺もまったく同じだ。
だから、そんな困った顔で俺を見るな。
想定外だ。想定外の事態なんだ。想定外はいつも起きるって話したろ。
うん。フォローが間に合わないだけなんだ。ロリーが予想の斜め上を行き過ぎていてな!
「その若者を連れて行かれるのですか?」
ロイホが近づいて来て言う。
いや、間近で見るとやはり大きいな。耳の長さも入れたら、背の高さだけならゴライ以上だ。
「ああ。彼は村でも3本の指に入るほどの使い手だ」
これは嘘だ。ぶっちゃけ男の中でも下から数えた方が早い。
スピードはあるんだけどな。パワーがな。
ゾドル並にパワーが欲しいとは言わないが、成長期のパワフルな青年が、還暦の方に近いオッサンに片腕だけで組伏せられるのはちょっとな。
「彼ではカダベル殿の護衛には役不足かと」
「いや。筋はいいんだ。筋はな」
うん。パワーがないだけ。うん。それに【倍加】使えば木の幹に穴あけられるしさ…ま、それ女子供でもできるんだけど。そこは言わない約束だ。
「前に手合わせしたことがありますけど、褒められたものではありませんね。肝心な時に足手まといになります」
エイクも来る。これもデカイ。
見た目が似てるせいで最初区別が付きにくかったが、赤みがかったピンクの耳がロイホで、白茶っぽいのがエイクね。
「うむ。まだまだ未熟かも知れん。だが、後の成長を見越してこの旅に…」
「無益です」「不要かと」
なんでコイツら、こんなに他人の村の若者に辛辣なんだよ!
泣くんじゃない! ナッシュ! お前は男の子でしょ! 泣いたら本当の弱虫だぞ!
ああ、でも俺は泣きたい。泣いてしまいたい。涙腺つぶれてっから泣けねぇけどさ!
その間にも、マッチョどもは「いらない」「邪魔になる」「夜の慰みにしか使えなくね」「それもありえなくね」「筋肉的にそそられない」みたいにボロカスに言っている。
ナッシュのことだけど、段々に俺も腹が立ってきた。だって俺がナッシュを推薦したんだしね!
それがダメって言われると、まるで俺の眼が節穴……クソ! いいんだよ! もうそれは!
「いい加減にしろー! 笑うな!」
俺が怒鳴ると、マッチョらが固まる。
「ああ! 確かにナッシュは弱いさ! 村の防衛すらままならない戦士かも知れない! …だけどな! それでも言っていいことと悪いことがあるだろ!」
わかってんのか? マッチョがそろって眼をパチパチとさせてっけどさ!
「そりゃ俺の護衛させてたのも、腕が立つって言うからじゃなくて、ひとりで任せられるポジションがねぇから仕方なくだよ!
でも、それでも本人は一生懸命なんだよ! いっぱいいっぱいでも頑張ってやってんの!
そんでも強くなれねぇのは仕方ねぇじゃん! 理不尽だとは思うけど仕方ねぇじゃん!」
そうだよ。俺だってギリギリのとこで頑張ってんだよ。不条理で頑張ってんだよ!
そういう努力を笑うヤツは許せない!
「…いや、我々は」
「別に笑ってなどおりませんが」
ん?
「旅の同行に反対しただけです」
「今の実力だと難しいと…」
「厳しい言い方をしたのは、死んでしまってはもったいないと思ったからです」
んん??
「筋肉も育つ可能性も高いしな…」
「ああ。素養はある。とてもな…」
いや、そっちは別の意味に聞こえるんですけど…
「ですから、彼の努力まで否定する気はありません」
「むしろこれから鍛えれば伸びしろは充分にあるでしょう」
「……」
「う、うわああああああんッ!!」
ナッシュが泣きながら走り去る!
「ち、違うんだ! ナッシュゥッ!! 戻ってこーい!!」
……ナッシュは戻って来なかった。
──
花畑側から、サーフィン村を見やる。
今までにゆっくり見る機会がなかったんだが、実にのどかで綺麗な所だと思う。
特に今日は雲ひとつなく、太陽が燦爛と輝き、山々を明るく照らしていた。
ああ、旅立ちには相応しい実に清々しい日だ。
まったく、どんな縁でここまでやって来たのか、不思議なものだな。
ほんの数年前は、森脇道貞というどこにでも居るような男で、電線だらけのくすんだ空を見上げていたというのに…。
その時の自分に教えてやっても、絶対に信じないだろう。荒唐無稽すぎて信じられるはずがない。
異世界でミイラ魔法士になって、いま絶世の美少女の横に立って、綺麗な青空を見上げることになるだなんて…な。
「カダベル様。ご不在の間はお任せ下さい!」
「ああ。ゾドル。頼むよ」
「カダベル様。早く戻ってきて下さいね。アンタ様の村はここなんですからね」
ミライがハンケチで目元を抑えて言う。
あんま長い間仲良くした記憶もないんだけどな。俺が祀られている間に親近感を持ってくれた人もいるんだろう。
よく見ると、ろくに話したことのない人もいるな。
村に戻って来たら…もし、戻って来られたなら、屋敷に閉じこもってないで、もう少し仲良くしてもいいかもな。
だから、ゴライ。メガボン。この村をしっかりと守るんだぞ。
「さて、行くか…」
「カダベル様!」
呼ばれて振り返ると、モルトとキララが手を繋いで走って来るのが見えた。
「やあ」
俺が手を上げると、キララがビクッと震えて立ち止まる。
「キララ!」
「いや、いいんだ。離れてても大丈夫だよ」
俺は屈んで目線を合わせる。杖はロリーが預かってくれた。
モルトが何か言いたそうにしたが、俺は笑って頷く。まあ、仮面してるから判らない……いや、仮面外してもミイラフェイスなんだからどっちにしろだな。
「見送りに来てくれたのかい?」
「うん。でも、行きたいって言ったの、キララなんだよ。カダベル様に直接言いたいって」
泣きそうな顔になりながらもキララが頷く。
「でも、それなのに…」
「ああ、いいんだ、いいんだ。その気持ちだけで充分さ。ありがとな。キララ」
怖いものは怖い。その気持ちはわかる。
でも、それを押して挨拶に来てくれるなんて嬉しい話じゃないか。
俺はミイラの中でも一番幸せなミイラだ。こんなにも生者に思われてね。
「さて、そろそろ…」
「行っちゃヤダ!」
「え?」
立ち上がろうとした俺の太腿に、キララが抱きついて来た。
突然のことにバランスを崩しそうになるが、ロリーが肩を支えてくれる。
「キララ?」
「まだ! オレーいえてません! カダベルさま! わたしたち助けてくれたのに! キララはオレーいえてません! だから行っちゃダメ!」
「……なるほど。義理堅いことだ」
ロリーを見やると、なんとも嬉しそうに頷く。
居住まいを正し、キララと真正面から向かい会う。
年齢差は100歳以上。
だが、俺は彼女を侮らない。
彼女の生きた数年は俺の知らない数年だ。だからこそ敬意を払う。
真っ直ぐ眼を見て来る者には、俺は真っ直ぐ見返す。
礼を尽くすというのはこういうことだと、俺はそう自分で決めている。
キララの目の奥で葛藤が見える。ちゃんと御礼を言いたいという気持ちと、眼の前にいるミイラが怖いという気持ちが戦ってるんだ。
顔が歪む、涙が溢れる、手が強張る、膝が笑う…そして、ああ。お漏らしか。
それでも逃げない。偉い。偉いぞ、キララ。君の勇気は本物だ。俺なんかよりも遥かに強いぞ。
「あ、あ、ありがとうございましたッ!」
「はい。どういたしまして」
お兄ちゃんが良くやったと妹の頭を撫でる。
「さて、俺の番だな。君たちへの約束を果たすとしよう」
「やくそく?」
不思議そうな顔をする兄妹とロリー。
「さあ、注目しろ!」
俺は杖を振り、両手を大きく拡げる。
すると外套の下から、白い鳥が羽ばたいて空へと飛んで行く!
「うわぁ! 鳥さんだぁ!」「スゲェ!」「ああ!」
1羽、2羽、3羽と…続け様に何匹も連なって、雲ひとつない太陽に向かい、舞い散る花びらと共に上昇して行った。
「さて、これで鳥さんを出すって約束は守ったでいいかな?」
「うん! ありがとう!!」
俺は羽根のついた外套を軽く払って、馬車へと向かって歩き出す。
「早く帰ってきてね! カダベル様!」
「もちろんだとも」
兄妹が力一杯手を振ってくれるのに応える。
飛んでいる鳥を、まだ眼で追いかけていたロリーが、置いて行かれまいとして慌てて小走りでやって来る。
「カダベル様! あの鳥は!?」
「びっくりしたかい?」
「はい! 一体どうやってやられたんですか?」
「ん? フフ。それはだな…」
「はい!」
「…“魔法”だよ」
「え? …あ! ヒドイです! ごまかさないでください!」
ああ。本当にまったく、旅立ちにはもってこいの相応しい良い天気じゃないか…………




