021 “メガボン”の誕生
はー。どうしたもんか。
この村を離れて伯爵なんかに会いたくない。それが絶世の美女なら考えなくもないが、ルフェルニの話だと普通のオッサンらしい。
両性具有だからって美しくなきゃダメだって決まりはないが、見た目が単なるオッサンと聞いたら余計に萎える。
何が悲しくて、自分の首を絞めに、どこの誰とも知れんオッサンと会わなきゃいかんと言うのか。
ゾドルに責任を取らせて使者にしてやろうかと思ったが、向こう側について勝手な約束をされても困る。金に目が眩んで調子のいい事を言いかねないしな。
ナッシュくんは…一番適任なんだが、誤解が解けるまでちょっと時間がかかりそうだし。
ロリーは危険だ。変な意味で大人にされても困る。
ゴライは…うん。論外だな。
ヤバい。そうなると、まともな遣わせられる人材が手持ちにないじゃないか。
「あれから3日か…。さすがにそろそろ返事しなきゃまずいか」
放って無視していれば、そのうち帰ってくれるんじゃないかと思ってたが甘い考えだった。
毎朝のように挨拶に来るし、なんか勝手にキノコ栽培も手伝い始めたし、ミライと料理の話で盛り上がってるし…。
「常にボールから眼を離さないで、自分の前に来るように調整するんだ。よっと、ほい、とっ、と! …こんな感じだよ」
「スッゲー! ルフェルニ兄ちゃん! もっとやってくれ! もっと高く!」
「わぁー」
ルフェルニが器用にリフティングして見せている。
男の子たちは大はしゃぎだ。女の子は憧れの眼で見ている。
ああ、なんか俺より馴染んでるのは気のせいか?
いいんだ。さみしくないもん。
俺、ミイラだし…。
孤独には慣れてるもん。
「カダベル殿!」
チッ! 優等生が!
こっちに気付きやがった。
いいよ。こっちに来なくて。子供たちが淋しがってるだろ。
あーあ。なんだよ。子供たちが俺を睨んでやがる!
クソ! どうせ悪者は俺の方だよ!
「…何か怒ってらっしゃいます?」
「べつにー」
「そうですか…」
なんでいつの間にか横に並んで歩いてるのよ。
「この村は良い村ですね。とっても気に入りました」
「…それはよござんした」
「皆がカダベル殿を慕っておられますね」
「…ヘイヘイ」
ルフェルニがクスリと笑う。
「何がおかしい?」
「…いえ、カダベル殿がどういう方か本当の意味でわかり始めましたので。つい嬉しくて」
「ん? それはどういう意味だ?」
「…邪魔と思われるのでしたら、『帰れ』と一言そう仰って下されればそれでいいのに」
「……そう言ったら帰るのか?」
「今ならそんなこと仰らないと思います」
「……買いかぶりすぎだぞ」
途中までついて来たルフェルニが急に立ち止まる。
「なんだ? 家までついて来るんじゃないのか? 茶くらいはだすぞ」
「いえ、そうしたいのは山々なのですが…。それを望まない方がおられるようなので、ここで失礼させて頂きます」
ルフェルニの視線の先を見て納得がいった。俺の家の前で、般若のような顔をしているロリーがいたからだ。
ルフェルニはニコッと笑って頭を下げると、反対方向へと立ち去った。
「……コラ。ロリー。一応は客人だぞ」
「はい。ゴメンナサイ。でも、カダベル様とあんなにも楽しくお喋りしているのが羨ましくて…」
「何も楽しくはない。スルスルと心の中に入り込む根っからの人たらしだ。気に入らん」
「…カダベル様の心の中に?」
認めるのが悔しくて、肩をすくめてみせる。
ヴァンパイアという種族の特性なのか、人懐っこい小動物に対する庇護欲のような感情が自然と湧いてくる。
しかし実態は羊の皮を被った狼だ。どれだけの獲物を喰い散らかしたか知れたもんじゃない。
「…私も努力します!」
「……何をだい?」
「スルスル入れるように…ですッ!」
「…君の努力の方向性は何か間違っている気がするよ」
「そうですか?」
「まあ、それはともかく。ゴライはどうした?」
「はい。かなり前に来まして、カダベル様が散歩から戻られるまで作業をしています」
「そうか。なら、ロリー。今日はもういいよ。家に帰っても…」
「カダベル様! 私は思うのです!」
「…何をだね?」
「私もカダベル様と同じ屋根の下、暮らすべきではないか、と!」
「またか…。その話はケリがついたろ。俺は飲まず食わず眠らずでも平気だ。でも、人間の君はそうはいかん。同じ生活リズムにはならんからダメだって」
「で、でも!」
「デモもシカシもカカシもない! ダメなものはダメ! さ、帰りなさい! いい子だから!」
うら若き乙女とミイラが同じ屋根の下なんて、同棲どころの話じゃない。もう単なる事件だ。
ペアルックには数珠をチョイスし、マイカーには霊柩車が必要になる。
なんかムンクの叫びみたいになってるけど、ダメ。強引に玄関を閉める。
この後、1時間は家の前にいるだろうが、甘やかしたらいかん。
知らんうちに家財道具一式を運び入れてたことがあったからな。
ゴライがチェストから取ったブラジャーを、シャツと間違えてつけていなければ、まったくもって気づけなかった。怖い話だ。
「…ゴライよ。できたかね?」
リビングで作業に没頭しているゴライの背に声を掛ける。
「む、難しいデッセ。ご主人サマ」
「まあそうだろう。かなりパーツあるからな。確か200くらいだったかな…」
「うー」
「あー、適当でいいんだ。適当で。大体の位置がわかればいい。
…だが、これは腕と脚が逆じゃないか? 長さが全然違うだろ」
「うー。ゴライには無理デッセ」
「まあ、そうか。パズルも知育なんだがなぁ…。
後の細かい破片はいい。テーブルの上にそのまま散らばせてくれ」
ゴライが木箱を逆さにして乱暴に振る。
いや、確かにそうしろと言ったけど…もうちょっとさぁ。やりようがさぁ。
ゲッ。すげぇゴミ混じってんじゃん。草とか石とか、ミミズみたいなのが干からびたのとか…おいおい。
「なあ、これって先にゴミを…まあいいや」
ゴライに細かな部分に気をつけてくれって言っても伝わらんしな。
ここは俺がやればいいか。骨とゴミとを分けるなんて魔法を使えばあっという間だ。
「【抽出】……あッ! いっけね! やっちまった!」
魔法を使うと、人骨だけが一箇所にまとまって集まる。
対象先を間違えた。ゴミの方を選択せずに、骨の方を選択してしまうなんて…。
つまり、ゴライが必死に並べたのが一瞬で無駄になってしまったのだ。
「わ、悪かった。そんな悲しそうな顔をするな。大丈夫だ。すぐになんとかなる」
俺はゴミを小ホウキで払い落とすと、かなり大雑把に骨を配置する。
「あー、その前に頭蓋骨の割れを修復しないとダメか。そういや、ゾドルから前に貰ったニカワがあったな。それで継いじまえばいいや」
俺は石膏とニカワを混ぜ合わせて適当に埋めていく。どうしても陥没が深いところと、パーツが欠損しているところは、削った木の破片を台座にして無理やり【接合】させてしまう。上から塗ればわからねぇだろ。
「ミイラ〜が♪ 頭骨を〜直す〜♫」
ゴライが不思議そうに俺の顔を見る。
「なんだ、ゴライ? 俺だって歌ぐらい歌うぞ。なんなら踊りだってやるさ」
「そうなんデッセ?」
「まあ、お前ぐらいにしか見せんがね。
…よし。こんなもんかな。不格好なのは仕方ない。素人がやったんだからしゃあないさ」
頭蓋骨を定められた位置に置く。
「…さて、【調整】」
俺が魔法を唱えると、大雑把だった骨の配置が正しい位置になる。死ぬ直前、生前の位置はこれで間違いなかったんだろう。
ゴライが何か言いたそうな顔をしたが、俺は知らん顔をする。なんでも魔法で解決するってのは良くないからな。うん。悪い見本だ。
「出来るかどうかわからんが、こういう実験は楽しいな」
俺は袋から5つの緑色の水晶を取り出すと、頭蓋骨、肘と膝の部分に配置する。
「ご主人サマ。一体何をされているんデッセ?」
「見てわからないか? ゴライよ。お前に後輩を造ってやろうとしているのだ」
「後輩デッセ?」
「そうだ。だが、コイツは源核を消失しているからな。俺やゴライにやった方法では甦らせられんし、ましてや骨だけではまず動かせん」
「うー?」
「そこで赤鬼と緑鬼だ。あれはたぶんゴーレムみたいなもんだ。仕組みはもっと単純だろうがな。その中身を、俺が理解できる範囲でちょこっと弄った」
俺は4つの水晶を順繰りに指差していく。
「元々、赤鬼たちには“動く”という指令が書かれていたからな。そこにさらに書き加えて、各腕と各脚に“繋いで連動して動け”という指示を与えた。これで骨同士が魔力によって紐みたいに繋がるはずだ…たぶんな」
そして最後に、頭の水晶を指差す。
「これが一番大変だったが、簡単に言うと“他の水晶と連動して一体として行動せよ”…つまり、これは脳味噌の代用にしたのだよ。元は赤鬼ベースだからな。知性までは期待できないがね」
「うー???」
ダメだ。ゴライの頭がオーバーヒートしたようだ。
「まあ、見ていろ」
俺は【接合】で、水晶と骨とをくっつけていく。
正直、こんなんで動くようになるのかは不明だ。
やったことと言えば、4つの水晶には、最低限の動作命令以外はすべて削除し、脳味噌となる水晶を中心として連動するようにと書き加え、それらを【調整】させただけに過ぎない。
脳味噌となる水晶に至っては、行動パターンや姿勢といった元からあるデータを、俺が意味が解る部分だけを片っ端からヒューマンもどきとして動くように書き換えていっただけだ。
例の如く、よく解らないところはそのままだ。だから、赤鬼や緑鬼の挙動が残っていたとしてもおかしくはない。
エラーが出るところはすべて【調整】任せだ。やりすぎて、何がどれに対して調整されたのかも確認しきれていない。
「あ、いけね。頭の水晶を額につけちった。これじゃ弱点丸見えだな。…ま、後で直せばいいか」
俺は魔法で“起動”と水晶に書き込む。これですべてが連動ONになって動き出すはずだ。
…あれ? 動かな…
ガシャガシャガシャ!!
「うおッ!?」「ウゴッ!?」
なんか骨全体が蠢いていて怖いんですけど。
あ! なんか立った!
「おわぁ!?」「ウゴッ!?」
なんか全パーツが横回転してるんですけど! 不気味すぎるわ!
「どういうことだ? …“連動”ってそういうことじゃなくて…。あー、もしかして“歯車”とか余計なこと書いたから、それで違う動作になったのか?」
俺は各水晶から“歯車”と書いたのを消す。いまいち、よくわからんな。
とりあえず、これで横回転が止まった。
「…命令には従うんだよな? よし、前に出ろ。って、うわぁ?!」
なに!? どういうこと!?
“歩行”動作じゃなくて、なんかそのまま直立不動のままスライド移動したんですけど! 滅茶苦茶怖い!
「あー! もう面倒くせぇな! “人間みたいに動け”って書き込んでやる! これでどうだ!」
クソ! エラーが出まくる!
もういい、こうなったら片っ端から【調整】してやる!
「ぬう。この核ってジュネレーターみたいな役割果たしてんじゃないのか? 常時魔力を展開して繋がってんなら、それで疑似筋肉としたら…あれ? それより【糸操】みたいな効果を使った方が早くね? それよりも魔法の方の【連動】か?」
「おー」
「…はぁ。なんかきっとやりようによっては、魔法そのものを組み込むことも可能なんだよな? あー、量産にはそれが必須だよな。誰か教えてくんねぇかなぁ〜チキショウめ」
「おー」
俺が愚痴を言い、ゴライが何か唸って、そんなやり取りをしつつ作業を続ける。
動かしては失敗し、動かしては失敗し、延々とそれを繰り返して、いつの間にか夜になってしまっていた。
「…たぶん、これでOKだ。あとは明日にしよう。精神的にくたびれた」
「ハイデッセ!」
「…ミイラにゾンビにスケルトンか。なんか本当にネクロマンサーみたいになってきたな」
よく考えれば、いまこの部屋で行われているのは悪魔の儀式そのものだ。心臓が動いている者がひとりもいない。
笑っちゃうよな。それが人間の村の、元村長宅で堂々と行われているんだからさ。
「しかし、ただのスケルトンってのもつまらんな」
俺はゴライの頭のホウキを見やって考える。
そして、机の上に転がっていた眼鏡がふと視界に入った。
「…うーむ。ま、本人の物だったしな」
俺は眼鏡の曲がったところを直し、スケルトンの顔にあてがってちょうど良い位置を決める。
「…………【接合】」
あれ? 目鼻がないせいでズレた? なんか鼻眼鏡みたいになっちゃったけど…まあ、これはこれで愛嬌があっていいか。
「名前は…ヴァイスだったかな? うーん、面白くないな。なんかムカつくし」
ちょっとカッコいい名前はイヤだなぁ。顔的にもヴァイスって感じじゃないし。
「メガネスケルトン…長いな。呼びにくい。メガスケル…なんかスケベそうでイヤだな。…うーん? メガネルトン…うん。眠そうなイメージ。ちょっと近づいている感じがするな」
メガネ…眼鏡は外せないな。骨は…ボーンか。合わせると……メガネボーン?
メガネがボーンっと出てるし。うん。なんかこんなんでいいな。忘れなさそうだし。
「よし! 決まった! ゴライよ。これがお前の後輩、メガネボーン…略して“メガボン”だ!」
「おおッ! メガネボーン! メガボン! 仲間!!」
ゴライも嬉しそうだ。そりゃそうだな。今までひとりだったもんな。
こんなに喜ぶと知ってりゃ、もっと早く仲間を造ってやるべきだった。
しかし、いやー、良かった良かった。これで配下の屍体が2体になった。1体しか従えてなきゃ屍従王の名前負けだしな。
他の屍体は…うーん。とりあえず、何百年前の戦争で死んだことにしよう。勇者に部下を惨殺されたって設定でいけるだろ。
伯爵とやらがこれで納得するかどうか知らんが。まあ、信じたらただの馬鹿だからいいや。
「…ま、会わなきゃ話は進まんか」
なんだか伯爵と会うことが前提で考えている自分に少し呆れる。
「なあ、ゴライよ。前にも聞いたかも知れないが…お前は幸せか?」
「はいデッセ! ゴライはとっても幸せデッス!」
「…そうか。この村は好きか?」
「もちろんデッセ! ロリーシェもゾドルもミライも! 皆、皆、ゴライに良くしてくれマッセ!!」
「…そうか。そうだよな」
俺は杖をついてゆっくりと立ち上がる。
「…なら、やってみるか。ゴライ、メガボンよ」
俺は自らの細い指で拳を作る。
「未来のない我々の手で、命ある者のために未来を掴み取って見せるのだ!」
ゴライが頷く。メガボンは反応しない。
なかなか不条理じゃないか…。ちょっと面白い。
コンコン!
何やら玄関がノックされる。
「なんだ? まさかロリーか? まだ玄関に居たのか?」
まるでストーカーだ。俺は半ば呆れつつ玄関に向かう。
「…あれ? 誰もいないじゃないか。気のせいか?」
玄関の周りには誰もいない。暗闇の中に静寂があるだけだ。
遠くに家の明かりが小さく見えるだけで、周囲には生者の気配はまったくない。
コンコン!
また扉をノックする音だ。
「なんだ? どこからだ?」
俺は左右を見回す。こんな形だが、聴力は悪くはない。骨振動も水分がない分よく響く。
「…地下?」
俺はハッと思い出す。
そういや地下には…
コンコン…
ノックの音が小さくなってきた。
「あ! やっべぇ! すっかり忘れてたわ。ここには“生者がひとり”いたんだった」
そういや、最後に食事を与えたのは…いつだっけか?
どうにも、今日は忘れることが多い日のようだ。
コン……コン……




