020 ヴァンパイアの使者ルフェルニ
村の中からわざわざ用意したであろう机や椅子が晴天の下に並ぶ。
見上げると太陽が輝いていた。そういえば、この世界にも太陽は1つなんだなぁと思う。月は3つあるんだから、なんかもうちょっと違いがあっても面白かっただろうに。
俺が近づいていくと、椅子に座っていた3人が一斉に立ち上がる。そして一礼した。「拝謁賜り御礼申し上げます」なんて言ってくれたのは皮肉かな。
…どこも礼儀作法は似たりよったりになるんだな。まあ、いきなり飛び上がって「ウホウホホーイ」なんていう挨拶があったらこっちも困るが。
「どうぞ、お掛けになって下さい。…敬語で喋った方がいいですかね?」
「いえ、お気になさらずに」
相手が座ったのを確認して俺も座る。
「もし、そちらの方の立場が上だとしたらまずいでしょう」
客人との距離感を確かめるためにそう言う。
俺が貴族だと知っている可能性…ないとは思うんだけどね。この国では棄てたも当然だし。
「いえ、私どもはさして身分が高いわけでもありませんから」
ふーん。身分が高くないねぇー。
さっきから話しているのは、3人の中で真ん中の一番背が低い者だ。
フードを眼深くかぶっていて、どんな顔をしているかまだよく見えない。
「なら、遠慮なく…」
「ええ。忌憚なく普通にお話し下さい。“屍従王”殿」
「“シジュウオウ”?」
「これは失礼を。聞いた話ではそう名乗られていると聞きましたので。よろしければ正式なお名前をお聞かせ願えないでしょうか?」
なんだ。違和感がある…。
だが、その正体がわからない。気分悪いな。
「…ああ、先にこちらが名乗らないと…ですね。私はルフェル二。そちらから見て、左にいる者がロイホ、右にいる者がエイクです」
やけに鼻につく気取った話し方だ。
フルネームを言わないのは、こちらを信じていないからかな。それともそれが礼儀なのかも知れない。
…真ん中のはよくわからんが、両隣にいるのはエルフだろう。フードで隠しても長耳でわかる。
カダベルの知識には他種族に関するものはあまりないからな。こういう時には少し困る。
「屍を従える王…そう名乗らせた…いや、名乗ったことは確かにあるが、屍従王などと略したことはないよ」
ああ。こちらから下手に出てやる必要はない。
それにここに来て“王”というハッタリが使えるのはいい。向こうがどこまで知ってるかはともかく、“屍の手下がたくさんいるかも”…と思わせられるなら、これは交渉のカードになりうる。
こっちからわざわざ“いやいや、なんてこたぁない、単品ミイラっすよ”なんて言ってやる必要はない。
「名は…いや、屍従王、か。“王”ねぇー」
そうか。相手も俺のことは“王”だなんて本当は思っていないはずだ。だが、屍従王だなんて名前を聞いたもんで、形式だけでも合わせようとしている…だから、そこにさっきから違和感を覚えるんだな。
つまり、向こうは“俺のことをまったく知らない”わけだ。
そんな知らない奴を相手に“王”か……まったく滑稽な話だ。
「…いいや。そう知ったのならば、好きに呼ぶがいいさ」
俺のそんな投げやりの態度が意外だったのか、ルフェルニとその両隣が、いきなり席を立ち、片膝を地面に付いて頭を垂れた。
「不快に思われたら申し訳ございません!」
お。理解が早い。単なる馬鹿じゃないな。
「試したつもりだったのでは?」
「いえ! 滅相もない! もし誤解を招いてしまったのだとしたら、本当に心から謝罪させて下さい!」
いや、もう謝られるのは沢山だな。
「ならばどういうつもりで? 敬意も払っていない相手に“王”などとは慇懃無礼もいいところだ」
ゾドルの持っていた書面を取り上げてピラピラと振る。
ああ、そうだ。こんなもん渡すのも馬鹿にしていると言えるだろう。
「ましてや“身分の低い者をあえて遣わした”としたら、それはお前たちの主人すら侮辱する行為じゃないのか?」
側にいたゾドルが眼を瞬く。まるで何もわかってないという感じだ。
村長。お前も識るのだ。来客時に上半身裸ってのがいかに失礼だという事かを。
…もう最初に会った時からそうだからあえて止めんが、自ら気付くのだ。もっと偉い人が来たら大変だよ。
「…怖かったのです」
「怖い?」
「…私たちは、魔法士が怖いのです」
ルフェルニの膝がカタカタと震えている。よく見ると、エルフたちの肩も強張っていた。
「……カダベルだ。カダベル・ソリテール」
「え?」
「俺の本名だ。嘘偽りないぞ。…さあ、今一度座るといい。話がしたいのだろう?」
俺が先に腰掛ける。しかし呆けた感じのルフェルニはいつまで立っても動こうとしない。
「なんだ?」
「あ! いえ…その、フルネームを教えて頂けるとは思わなかったので」
「なぜ?」
「え? …あ、その、魔法士にフルネームを教えると呪詛をかけられる、と。あと眼を合わせると操られるとも」
それで名字を名乗らなかったのか。
「ああ。そりゃ迷信だ。そんな魔法はない。…仮にあっても俺には使えん」
「え、そうなんですか…?」
「どこぞの三流魔法士が流した噂じゃないかな。自分を偉大に見せようとでもして嘘の吹聴でもしたんだろう」
無知な人間を騙して利用する…どこの世界もやることは同じだ。
騙されない様にするには正しい知識を身につける以外にない。
そこまで言ってようやく安心したのか、ルフェルニたちはフードを取る。
予想していたように、ロンホとエイクはエルフだった。それもなんかちょっとマッチョだ。ウサギ耳のイケメンマッチョ…可愛さの欠片もない。
まあ、場違い感で言えばゾドルも負けてはいないがな。あと、あの岩の後ろに隠れているであろうゴライもだ。
でも、ルフェルニはわからない。ヒューマンだとは思うが見た目じゃ判らん。子供みたいに小さいが、佇まいは大人のものだ。
髪は白いストレートで、左右の眼が黒と赤のオッドアイ。
…これって何て言うんだっけ。
あ、そうだ。アルビノだ。
なんか全身の色素が薄い感じがする。
そしてかなりの美形だ。凄い整った顔をしている。
「君の方がなんかエルフっぽいな」
「え?」
俺が思わずそう言うと、ルフェルニの眼が左右に揺れる。
「いや、なんでもない。綺麗な顔立ちをした使者だと思ってね。褒めたんだよ」
「は、はぁ…。あ、ありがとうございます」
照れたように紅くなるが、これだけ色白だとわかりやすくていいな。
身分が低いというのは嘘だ。格好からしても、それなりの立場にあるんだとわかる。
「この短時間で…カダベル殿が慧眼のある、寛大な御心をお持ちの方であると理解致しました。改めて謝罪をさせて頂ければ…」
「いらんよ。それより仮面つけたままでもいいかな? 顔に酷い傷痕があってね。君たちが飲み物を口にできなくなると困ると思っているんだけども」
まあ、まるっきり嘘じゃない。ミイラフェイスを見たら飲めないどころじゃ済まないだろうし。
どんな凄い傷だろうと想像したのか、ロンホとエイクの喉がコクリと鳴る。
しかし、責任者であるルフェルニはさすがだ。これには少しも動じていない。
「大丈夫です。そのままでも。外していただいても。…どうぞ、カダベル殿のお好きになさって下さい」
「それはどうも。それで、聞かせてくれるかな。君たちが誰に遣わされて来たのか、目的と、そして俺のことをどうやって知ったのかを」
「はい。もちろんです」
黒と赤の眼が俺をしっかりと捉える。そこには何かしらの決意が見て取れた。
「私の種族はヴァンパイアです。そして私たちの主君、伯爵ハフムーン・ディカッターに遣わされて参りました」
「…へー。“ぱんぱいあ”?」
なんかいきなりベタなファンタジーになったせいで思考が一瞬固まる。
「ヴァンパイアって吸血鬼の? コウモリに変身したり、強い魔力を持ってて、処女の血をすすったり、棺桶で眠って、不老不死だけど十字架とニンニクが弱点で…あと、そうだ。気に入らない村人を串刺しにするっていう…アレ?」
「しょ、処女の血!?」「む、村人を串刺し!?」
ロリーとゾドルの悲鳴が背中越しに聞こえた。
一瞬だけ、ルフェルニは脱力というかうんざりといった顔を浮かべた。
「カダベル殿。今度は逆にお返しする様で恐縮なのですが…」
「構わないよ。腹割って話す気なら、そちらも自由に発言してくれ。それを怒ったりするつもりはない」
「感謝します。…実はそれもまたよく聞かれる迷信なのです」
「なるほど」
え? そうなの!? …とは言わない。
エルフがウサギ耳だったり、ドワーフが亀だったり…色々俺が知ってるファンタジーと違うところがある。
人魚の正体がマナティやジュゴンだった様に、実際の正体が全然違うものだったとしても不思議はない。
それにこの世界と、俺が元いた世界…共通点があることから、もしかしたら俺が異動する以前に繋がりがあって、それが元の世界の神話や物語に影響していたり…なんて妄想を抱く。
「ならば、実際はどのような種族なので?」
「はい。まず不老…長寿故に年齢を経ても見た目が変わりにくいことから確かにそうなのですが、決して不死ではありません」
「…なるほど。種族の年齢変化ってわかりにくいらしいしな」
「またコウモリと会話ができるので使役することはありますが、ヴァンパイア自身が飛べたり変身したりもありません。棺桶とか、弱点の件はよくわかりませんが…」
「ああ、そこは気にしなくていい。設定とか小道具の話だ」
「? …はい。あと串刺しも初めて聞きました。そのような真似をしたヴァンパイアがいたのでしょうか?」
「…あ、いや、それも物語で読んだ程度の話だよ」
まずったな。そりゃお前たちの種族は野蛮人だって言ってるのと同じじゃないか。良い感じには受け取れないよな。
「そ、その、あと、処女の血なのですが…」
「あ、ああ。それも気にしなくていい。コウモリを使役することから、吸血コウモリとの連想で生まれた話だということだろう?」
「あ、いえ…その、初夜を狩る…というのは、私たちの伝統文化…というか、本能…でして」
「…は?」
ルフェルニがモジモジしだし、ロンホとエイクが頬を朱に染める。
「ヴァンパイアは血が強い種族でして、他種族との交配が可能なのです。そして交わった子供は皆がヴァンパイアになりますので…はい」
「こいつはヤベー! ロリー! 離脱! 離脱なさい!!」
「は、は、はひぃ!」
俺の指示でロリーがその場から逃げ出す。
「あ。ちなみに両性具有なので…どっちでも」
「なんだってぇ!? 俺らも逃げるぞ!!」
「あ、大丈夫です」
「何がだ!?」
「今は発情期じゃないので…」
「……」
「……」
「……そうか」
席に座り直す。
ゾドルよ。尻を抑えるな。向こうが大丈夫だと言ってるんだから信じるのだ。
「あ、あと魔法については…」
「ああ。何となく察した。コウモリを扱うのが魔法に見えた…そんなところか?」
「はい。ヒューマンタイプの中では、魔法と最も無縁な種族です。身体能力は高いので、白兵戦などは得意なのですが…」
細身のルフェルニを見る限り、そんな感じは全くしないけどな。
「…そして、その伯爵…なんちゃらと言うのは? 何者なんだ? ごめん。名前を覚えられなかった」
「いいえ。大丈夫です。ハフムーン・ディカッターです。
…これ以降のお話は内密にして頂けますか? そのお渡しした書面についても同様なのですが」
俺はテーブルの上にあった書面を滑らして返すと、ルフェルニはホッとした顔を浮かべて受け取る。
「これは王国の関係者という証明がしたかったのかな?」
「ええ。ここはディカッター領ではありませんから…。伯爵の名前だけでは信用してもらえないかと思いまして」
あー。もう。そんなこと言われたら嫌な予感しかしないじゃんか。
「伯爵はギアナード王国の一貴族でして、国王付きの影の相談役という立場にあります」
いやーん。面倒なヤツだ。絶対に面倒なヤツだ。
コラ。ゾドルよ。鼻の穴をおっぴろげるな。無反応だ。無反応に努めよ。
「……それで、そんな大物が俺に何の御用で?」
「……これ以上のことは、我が主人の口から直接聞いて頂きたく思います。勝手な事とは重々承知しておりますが、こうしてお願いに参った次第なのです」
「……魔女か?」
「……」
「俺が魔女の手下を排除した。どこでそれを知ったかは知らんが、コウモリ…だったか? とにかく、それを知って俺の力に興味を持った…」
「……」
「推察するに、魔女と伯爵は…」
「カダベル殿!」
なるほどね。苦しい立場なわけか。
「となると、魔女と王国も何か関係性があると見ていいのかな」
「……そうです…ね」
厄介だなー。強い魔法と国家権力だなんて最悪の組み合わせだ。
伯爵と魔女は少なくとも顔見知り。もしかしたらそれ以上の関係。だが、腹の中で面白くは思えない存在…そんなところかな。
「……充分な謝礼の準備はしております。ぜひとも一度、カダベル殿には我が領地においで頂きたいのです」
「……うーん」
「そして、もし話に納得いただけない様でしたら、謝礼だけお受け取り頂くのだけでも結構です。そう伯爵は申しておりました」
だからゾドル。鼻の穴を拡げるな。息を荒くするな。
「……丁重にお断りする。お帰り頂こう」
「なぜですか!? カダベル殿!!」
勢い余って椅子を蹴り倒し、ルフェルニたちが俺の横に来て跪く。
「決して、カダベル殿にも、この村にも損になる話ではない…そう思いますが!」
ゾドルよ。頷くな。これ、罠だぞ。
「理由を! せめてお断りになる、その理由をお聞かせ下さい!」
必死だな。うーん。そりゃ、そうなるわな。
「理由は勘に過ぎないが、君は全部を正直に話していない気がするからかな」
「え? …そんなことは…」
「そうか? 誠心誠意を持てば人は動くかも知れんよ」
「…わ、私は誠心誠意を持って…」
「デメリットについてまるで話さないなんて信用できない。正真正銘、俺は腹を割って話すつもりだったんだがね」
大嘘だ。最初からそんなつもりない。
彼らの話だけ聞いて、適当にあしらって帰ってもらうつもりだったからな。
そもそも相手がデメリットについて話さないのは、それだけ俺にメリットとなるプラスの話ができないからだろう。
もし話の途中でメリットだけで動かせるのだと判断したら、最後にではなく、最初から謝礼の話をしたはずだ。
つまり釣り合わないから、俺が金銭で動くとは思えなかったからこそ、言いたくても言えなかったわけだ。
ましてやデメリットの話だけするわけにもいかないだろうしな!
かといって、何も提示しないわけにもいかないと思ったんだろう。とってつけたように謝礼の話なんてしやがって。まったく。
正直に言って、断るのは面倒だからだ。
わざわざ伯爵に会いに行くぅ?
嫌だったら謝礼だけ持って帰っていい?
そんな上手い話あってたまるか!
連れて行かれたところで、なんだかんだ理由をつけてトラブルに巻き込む気マンマンのくせに。
あれだ。昔、話だけ聞いて下さいと言われて、ついていった画廊で高い絵を買わせる詐欺に引っかかりそうになったことがあるが、それと同じじゃんか。
「…それに俺はこの村に厄介になっているからな。一宿一飯の礼を返すために、ちょっと戦ったに過ぎないよ」
「…ちょっと、ですか?」
疑わしそうな顔をしているが、ルフェルニに俺と村との関係を説明してやる必要はない。
「今回はたまたま上手くいっただけのことだ。だから、“次もある”とは期待しないでもらいたい」
そうだ。もし伯爵とやらんとこへ行って、魔女を倒すために攻め込んでくれなんて言われたら、俺は確実に跡形もなく消滅する。
この村の防衛戦程度なら、撃退し続けていれば、「あーもういいわ。あそこはいらねぇわ」…ってなる場合だってあるやも知れん。…可能性はかなり低いけど。
それが玄関先に火炎瓶投げ込むような真似をやったり、その片棒を担ぐ真似でもしたら、顔を覚えられて「やりやがったな! 戦争じゃー!」で本当に取り返しがつかないことになる。
「……カダベル殿がこの村のリーダーなのではないのですか?」
「なんだって?」
俺は驚いてゾドルを見やる。
おい。コラ。なにそっぽ向いてやがる。
「…村長はこの半裸モミアゲだ。俺はこの村とは関係のない単なる部外者だ」
ルフェルニの眼が細められる。
「…なるほど。ならば、一宿一飯の義はもう果たし終えられたと見てもいいのでしょうか?」
「なに?」
「今回、村人は命を救われた…それだけで、カダベル殿は充分に義を果たし終えたものと私には見受けられます」
「なにを…」
「仮に、もし私たちがサーフィン村に危害を加える…としたらどうされますか?」
ロイホとエイクの眼が鋭くなり、ゾドルが「ひっ」と情けない声を上げる。
このふたりは間違いなく強い。白兵戦ならマクセラルたち以上だろう。たぶん。マッチョだし。
「もはや、なんの義理もない部外者には関係のないこと」
コイツ…大人しそうな顔して……
「それともこの村を守る他の要因がおありでしょうか?」
「……クノヤロウ」
「それがカダベル殿の本当の御心ですね」
ルフェルニが頭を地面に擦り付ける。
「失礼しました。…しかし、本心で語っておられないのはカダベル殿も同じかと。それを試す無礼を働きましたこと、なにとぞご容赦下さい」
「ぬけぬけと…」
「我らはカダベル殿のご厚情を賜りたい…その一心なのです」
俺に胸襟を開かせるため…か。
ああ! そんな手であることは分かりきっていたのについ反応してしまった!
ルフェルニを甘く見ていたわけじゃない。それなのに上手く懐に入られてしまった様な気がして、自分がやってしまったヘマに腹が立つ。
「もし私を許せないのでしたら、この場で首を落として頂いても結構です」
ああ! クソ!
マジかコイツ!
「なんと! 若!」
「ルフェ様!」
部下が前に出て、「代わりに私を!」「いや、私を殺して下さい!」とか始まったんですけど!
クソが! なんだよ。これじゃ俺が悪者みたいじゃん。すげー感じ悪い。最悪だわ。
「……待て。相談したい」
「はい。もちろんです」
「良い返事は期待するなよ。そのやり方は俺は好かん」
「……はい」
「ゾドル。お前は彼らの滞在する場所を用意してやってくれ。…それと、後でたっぷり話があるからな」
「は、はい。かしこまりました…」
俺が椅子から立ち上がると、ロリーが心配そうに駆けて来る。
「…ひどく疲れた。本当にひどく…だ。帰ってしばらく横になる」




