019 怒るロリー
落とし穴に引っかかった緑鬼を見に裏山へと赴く。
「何日か経っているというのに、いやはや元気なことだ」
「危険はないんですか?」
「ないよ。回収しに来るかもと思って放置していたが、まあマクセラルほどは必要とされてなかったってことだろ」
「カダベル様! さすがに、おひとりで行かれるのは!」
俺が降りようとすると、慌てて止めようとしてくる。
「いやいいんだ。君の方こそ落ちたら怪我をする。俺は死んでるから、怪我のしようがない。
それに、この罠は俺が作ったんだ。俺が一番詳しい」
罠の仕組みは至って単純だ。
通りやすそうな通路をまず決める。幅広いところは巨木をわざと倒して塞ぐ。
そして決めた場所に、【掘削】の連続使用で3メートルほどの落とし穴を作り、その中に先端を鋭く尖らせた木の枝を何本かブッ刺しておく。
穴の上に【施錠】をかけた板片を2枚重ねて置き、上から土を盛って隠させて完成だ。
ちなみに【施錠】は単なる板片にかけても発動しないのだが、【掘削】したところを塞ぐと、穴の中に移動するための“扉”と見なされるようになる。
空間と空間を隔てる…その条件が満たされればいいわけだ。
それからは武装させたゾドルたちに、落とし穴のところまで誘導させて、【施錠】の石を蹴り飛ばして罠を発動させる、と。
確実に使えると思った穴には、さらに小麦粉などのデンプンを使った糊まで作ったんだが、幸いなことに緑鬼は串刺しになっただけで動けなくなったようだ。
俺が考えていたより移動速度が早かった時のため、吊り輪なども用意していたんだけどな…まあ、使わないのはもったいなかったかもだが、そうまでしなくても捕えられたので良しとしよう。
「コイツらは本当に何なんでしょうかね?」
「さてね。俺が知りたいくらいさ。
だが、まあこれでしばらくは仕掛けてこないだろう」
「? どうして、そんな事がわかるのですか?」
「“捕虜”の話だと、そんなにすぐに数を用意できるものでもないらしい。
巣があるとか、飼育場とかに沢山いて、小出しにしてきたとかじゃなくて良かったよ」
「なら、もう安心して…」
「いや、当面はという話だ。油断はしないように。いつも想定外は起きるもんだからな」
「は、はい」
俺は緑鬼の頭を叩き、【抽出】で核である石を奪い取る。
また緑色の六角石だ。赤鬼が緑色だったから、今度は赤色じゃないかと踏んでいたんだが…外側の色はまったく関係なかったらしい。
ここに書いてある内容は単純なもので、きっとコイツらを造ったヤツの情報は無いんだろうけどな。…まあ、そこは念のためだ。
「えーと、これで緑鬼から3つ、前に取って捕まえた赤鬼から2つで…計5個、か。ふむ。何かに使えないかな。換金とかできて、装備が整えられたりしたら最高なんだけどな」
「はあ。綺麗な石ですけれど…たぶん、売れはしないと思いますよ」
「わかってる。冗談だ」
俺が穴から出ようとすると手を引っ張ってくれる。
この数日間で、ずいぶんと馴れてきてくれたものだ。最初は怖がって遠巻きにしていたのに、こうやって手まで握ってくれるだなんて泣けてくる。
ああ、穴へと降りた時に「ミイラを土葬しなきゃ!」なんて、土かけられるようなことにならなくて本当に良かった。
こんな風に思うのも、中学時代のイジメられっ子の被害妄想癖が原因なんだよなぁ。…たぶん。
「緑鬼の死骸は処分して、また落とし穴を使えるようにしといてくれ。【施錠】は後でまたかけるから……んん? 蝶番でもあれば魔法は永続するのかな? ま、いいや。また掛けれ直せばいいだけだし」
「はい。承知しました!」
槍を持ったまま敬礼する。…なんかこそばゆいな。
「ナッシュくん」
「はい!」
「そのさ」
「はい!」
「…敬語は止めてくれないかな」
「え? そういうわけにはいきません! カダベル様に対して失礼ですから!!」
「なんかイヤなんだけどなぁ。…それと警護もいらんよ。敵がいりゃ、俺かゴライが気づくしさ」
マクセラルのように瞬間移動されたらヤバいんだろうけれども、そこはたぶん、不確定要素が多すぎて、そんなマネはしないだろうと考えていた。
瞬間移動が自由にできるなら、最初から村ん中に赤鬼を送り込めばいいだけだろうしね。
いずれにせよ、相手の方が格上の魔法士なんだ。その気になられたらまず勝てない。
そしたら俺の…俺たちの運もそこまでって話だ。
諦めが良くなったのは、ミイラになって達観視するようになったせいかな。
ってか、もう死んでるんだからこれ以上失うものもないしな。
「いえ…。でも、俺が怒られちゃいますから。お願いです。警護させて下さい」
「うーん。まあ、そうか。そこまで言うなら…しゃあないな。だけど、もっとフレンドリーに頼むよ。堅苦しいのは嫌いなのよ」
ナッシュは嬉しそうに頷く。
なんか見た目はチャラいんだけど、スゴイ根は真面目で良い子だ。どのくらいかと言うと、「お腹すきませんか!? 俺の弁当どうぞ!」と、自分の腹の音が鳴っているのにミイラに差し出せるぐらいに良い子だ。
「それで次はどちらに?」
「うん。ゴライのところに行く。石切場だ」
「はい!」
俺が歩き出すと、トトトと走って来て少し前を行く。なんか犬みたいだ。そういうところもちょっとカワイイ。
いや、別に男に対してそういう特別な感情があるわけじゃないけどね。カワイイ仕草って男女関係なくあるじゃない。
ただ黙って歩くのもつまらない。世間話は大事だよな。
「ナッシュくんは今いくつなんだい?」
「はい。今年で17になります」
「10代かー。若いなー。…ん? となると、ロリーと同じ歳かな?」
「はい。そうです」
あれ? なんかナッシュくんの耳がちょっと赤くなったような…。
ま、俺の眼は文字通りの節穴だしな。見間違えかな。
「カダベル様は…その、失礼ですが…おいくつなのですか?」
「実年齢? それとも経験年齢?」
「??? 実…? 経験…? なにが違うんですか?」
「俺は死んでるからな。死んでいた時の時間も含めていいのかい?」
それに道貞の年齢も加味していいのかな?
「ああ…。なら、経験年齢…ですと?」
「軽く100歳オーバーだね。150歳には届かないだろうが」
ナッシュが振り返って、軽く眼を見開く。
「…そ、そうなんですね。それにしては若々しい話し方をされて…あ、すみません! 失礼を!」
「ハハハ。だから気にするなって…。確かに年齢だけで言えば、俺は君よりも何倍も年上ではある」
「はい。長老よりも上…です」
「ああ。ゾドルよりもな。だがね。君の生きた17年というのは、ゾドルのそれなりに長い人生でも、俺の100年以上もある人生でも、決して経験することはできない17年なんだ。なぜなら君だけのものだからだね。違うかな?」
「確かに…そうですね」
「きっと、その中にある知恵や知識の中には、俺以上の何かもあるよ」
「そんな…俺なんて…」
「自信を持ちたまえ。そこは長い時を生きた俺が言ってるんだからさ。間違いなく、誰の人生も侮られるものなんてひとつもない」
「誰の人生にも?」
「ああ。だから、君がどんなに年若くても俺は君のことを侮らない。君の17年に敬意を払おう」
ナッシュは何度も感心したように頷く。
なんか眼の端に涙がたまってるみたいに見えるんですけど。
俺の眼、節穴だしな。これもまた見間違えかな。
「俺、カダベル様みたいな大人がいるって知らなかったです。すっごく尊敬します!」
「そう? ありがとう」
あれ? なんか調子いいこと言い過ぎたかな…。
仲良くしてほしいからそんなこと言っただけなんだけれど。
「…あと、もうひとつお聞きしても?」
「なんでも聞いてくれていいよ。トイレかい? トイレは行かないよ。知っての通り、ご飯も食べないしな」
今ならアイドルになれるな。痩せることも太ることもないし。…ま、その前にビジュアル面で一発アウトだろうが。
「あ、いえ、それに近いことなんですけど…眠ったりされるのかなぁ、と。くだらない質問かもしれないですが」
「いや、確かにな。永眠してるのに、眠るのかどうかってのは不思議だよな」
「あ、いえ…。そこまで考えて聞いたわけでは…」
「わかる。わかるよ。俺も眼を閉じたら二度と目覚まさないんじゃないかって、最初の夜は不安だったもの」
「え? じゃ、やっぱり眠りは…」
「いや、眠ることはできないんだよね。なんか眠る必要が感じられなくて。眠気が来ないというかなんというか…でも、精神的な部分で疲れはするね」
「それは…辛いですね」
「でも、意識を飛ばすことはできるから…」
「意識を飛ばす?」
「ま、“無”になると言うのかな。いわゆる瞑想とかに近い状態になる。眠りとは違うのかもだが…これをやると、朝はスッキリした気分になるな」
「瞑想ですか…。へー」
「興味あるなら教えてあげよう。いいぞー。瞑想は。色々とアイディアは湧き出てくるし、魔法のキレも心なしか増した気がする」
「はい! カダベル様がそこまで言われるなら! ぜひとも!」
「ロリーも最近始めたんだ。彼女もなかなか筋が…」
「え?! ロリーシェも!」
「ん?」
なんだ? そんなに驚くことか?
あ!
ははーん。なるほどね。
「そうなんだよ。瞑想の時は身体の負荷を避けるために、薄着になるんだがね」
「う、薄着…」
何を想像したのかわかりやすいな。ナッシュは顔を真っ赤にする。
「ほら、ロリーって発育いいだろ? 目のやり場に困ってねぇ〜」
「カダベル様!」
ナッシュの顔は赤いままだったが、そこにあるのは恥ずかしさではなく明らかに怒りだった。
「…すみません。いきなり大声を出して。でも、尊敬するカダベル様ですが、ロリーシェのことをそんな…」
「ナッシュくん!」
「は、はい?」
「ズバリ! 君はロリーのことが好きなんだね!」
「え!? な、なにを!!」
わかりやすすぎるぞ! ナッシュくん!
「このカダベル・ソリテール。恋愛の魔法士の異名も持つ男。君の恋心なんて、とうの昔にお見通しさ!」
「れ、恋愛の魔法士…」
まあ、実のところ童貞歴も100歳越えなんですけどね!
だって、それは仕方ない! 今の俺は非モテ男の道貞と、魔法にしか興味がなかったカダベルの複合体なのだからして!
だが、知識だけならばそこら辺の童貞には負けてない! ましてやネットのないこの世界ならばなおさらだ!
「君の17年程度の童貞歴では、なかなかロリーを落とすには至るまい! 毛のチョロっと生えた…いや、毛も生えてないピヨコ同然だ!」
「え? 毛はちゃんと生えて…! それにさっきと言っていることが…俺の17年にも敬意を払うって…」
「それとこれは話が別だ! 童貞の17年の何に敬意を払えと言うのだ!」
「ひ、ひどい! それに童貞とか連呼しないで下さいよぉ…」
「なら経験済みなのか?」
「…いや、それは…」
良かった! もし経験あったら、俺と彼との間には決して埋まらない深い溝ができるところだった。
「よろしい! なればこの俺が全面的に協力しよう!」
「…ほ、本当にですか?」
「ウム。ロリーという頂を目指す道のりは険しいぞ!」
「は、はい!」
よし。これでなんだかナッシュくんとより仲良くなれそうな気がしてきたぞ。
それにロリーとナッシュくんはなかなか相性がいい感じがする。
ふたりとも良い子だし、これは俺が恋の仲人になってやらねばな。
それにこういう愉しみもあるんだな。そうだよ。俺が子供作らなくても(作れなくても)、俺に親しい人に子供が生まれて、その成長を見守るってのもいいもんだよな。
ああ、きっと愉しいはずだ。
ベイビーかぁ。名前はなんてつけるかなぁ〜。
──
ゴライが村の外にある石切場で黙々と作業をしている。
鉄鉱石でも出てくればいいのだが、この辺で簡単に採れるわけもなく、仕方なく固い石を尖らして武器などを作らせているのだ。
そのうち鉄を供給する方法を考えねばなぁ。
さすがに、なけなしの金で買った鍬や鋤をバラして武器にするってのはかわいそうだし…。
「ゴライ。体調は……と、悪いはずはないか。ゾンビだもんな」
「はいデッセ!」
「ま、傷はあらかた動物の皮で塞いだしな。活動に問題はないだろうが、何か異常があったらすぐに言いなさいよ」
「わかりマッセ!」
そう言いつつ、俺はゴライの全身を点検する。
自己申告しろって言っても、コイツしないんだよ。手足が千切れそうになっても平気にしてるし。
小さな子供と同じで、こっちが気をつけなければならない。損傷が大きいと修復が大変なんだ。
車やバイクと同じで、メンテナンスはやはりマメするのが一番だ。
「それで、ゴライ。例のものは…」
「はいッセ。もう集めてありまッセ」
小屋の中から木箱を持ってきて、俺の目の前にドンッと置く。
「これは…あっちゃっちゃぁ〜」
俺は木箱の中をのぞき込んで頭をかく。
そこには、完全に白骨化したバラバラの遺体が押し込められていた。
「なんだよぉ。これじゃ源核もダメじゃん? ってか、絶対にこれは俺の仕業じゃないって」
俺は唯一の遺品となる曲がった眼鏡をつまみ上げて首を傾げる。
あのマクセラルが考えもなしに【大火球】なんて連発するから、巻き込まれてこんな哀れな姿に…。
仲間だろ! 血も涙もない酷い話だ!
…うん。決して俺が最後に放った魔法は関係ないはずだ。
「頭蓋骨も割れちゃってんじゃん」
「それはゴライがやりましたッセ」
「…あ。うん。そっか。
…いい! もう! やめだやめだ。こんなのスケルトンマンにしか…」
ん? スケルトン…か。
そういや、RPGだと定番かつ最弱のモンスターだよな。
「……とりあえず、この骨はそのままにして置いてくれ。後で使うかも知れないからね」
「はいッセ!」
──
村に戻ると、俺の指示どおりに順調に作業が進んでいた。
物見櫓を造り、村の外壁を木材で組んで、高く堅牢にしていく。
多少造りが弱くとも俺が【施錠】で固くすればいい。だが、すべての木材に効果があるわけじゃないし、扉と見なされなければ【施錠】の効果はない。あくまで弱すぎるところの補強程度にしか使えないがね。
「木材を売った金で食料を買っているわけだが、なんとか自給自足にできないものかね」
「はあ。色々と作物は試してはみているんですが…どうも大量に収穫が見込めるのが芋ぐらいなもんで」
「そうね。山間の荒蕪地だからな…。でも農業に拘ることはないだろ。畜産や山菜を取るとか、キノコ栽培とか」
「ええ。畜産は羊を飼ってはおりますが、なかなか狼などの対策が難しくて…数は減る一方です。キノコ栽培は考えてもみなかったですな」
「山菜は採っていますが、とても売る量には至りません」
「まあ、羊は増やそう。ウールは売れるはずだ。狼は対策は幾らでも…うーん。そうか。魔法が使える者があまりいないからだね。
山菜はいいや。俺も実のところ苦いのはあまり好きじゃないし」
天ぷらにしたらイケるかもだが…食料油は貴重だろうしな。
かといって、【油変】した油ではあんまり食欲がわいてこない。
「キノコは…湿度の管理さえきっちりできれば上手く行くはずだ。これは売るんではなく、村人の食料としよう。俺にノウハウがあるから教えられる」
こうやって、ゾドルや村の運営に携わる主軸となるメンバーと青空会議を定期的に行っている。
「…しかし、カダベル様。こんな村興しのようなことをするのはなぜなんですか?」
「なぜ? 発展しなきゃ衰退する一方だよ。現状維持はよろしくない」
「あ、いえ…。その、それはわかるのですが。あー…」
「なんだい。ハッキリ言いなさいよ」
「…ええ。つまり、なんと申しますか。赤鬼の脅威も完全に去っていないのに、と…思いまして」
「何を言っている。内政と軍備は両輪だぞ。軍がなければ敵から身を守れんが、金がなければその軍そのものを維持できん。こういうものは同時進行だ」
本当に基本的なことがわかっていない。パニック映画でも、指揮者が無能なせいで犠牲者が増えるってのはお決まりだろう。
だからこそ、早急なおかつ徹底的に上層部の問題を洗いださねばならない。
そのための青空会議…って名目の勉強会みたいなもんだ。
「そういえば、他の村とかと何か連絡を取り合ったりはしてるのか? 外交はあるのか? 国は…あまり機能してないと聞いたことがあったが」
「え? ああ、たまに寄り合いなどはありますが…。基本的に都市部の商人を介してのことが多いですね。
国は…いや、イルミナードの徴税人が、何か問題がなければ、年に一度、税を取り立てに来るぐらいです」
「んー? なら、他の村の情報とかは入ってこないの?」
「ええ。特に必要なかったですし…」
「いや、他の村が赤鬼に襲われたとか…そういう話は?」
ゾドルがキョトンとした顔をする。
「半年…いや、1年前…だったかな。なんだか、奇妙な怪物がいるというのは、ドワーフの商人が…言っていたような」
「ああ、もう。情報が古すぎる。なら、下手したら、俺たちが知らん間に、他の村が全部滅ぼされちまってる可能性もあるってことじゃん」
「そんなことが…」
「いや、ありえるって。こんな寒村に赤鬼を仕掛けるのは何か意図があってのことだ。
現に都市部で赤鬼の存在を聞いたか? ないだろ? あったら今頃大騒ぎのはずだ。騎士団が動き出していておかしくない…あ」
「どうしました? カダベル様」
「…いっけね」
そういえばニルヴァ魔法兵団というのはどれほどの規模なんだろう。ああ、まったく一番肝心なところを聞き出すのを忘れていた。
とりあえず近々の襲撃はないはずだと知って、防御を固めることに専念してたからなぁ。
やっぱ聞く必要があるな。敵の規模がこの前みたいな野盗レベルならともかく、もし仮に国家規模だとしたら考え方を改めなきゃいけない。
「あー、俺は捕虜に話を聞きに行く。後は皆で話し合ってくれ。
ちなみに各村と連絡を…そうだな。回覧板みたいなものが作ることができないかを考えてみて」
「回覧板? …えー、村の行事予定を報せる立て札みたいなものですか?」
「ああ。それの手紙版のやつだよ。なんかアイディアがあるなら検討するから教えてくれ。もっと効率的に情報収集ができるようにしたいからさ」
「は、はあ…。わかりました」
俺は適当すぎたかなと思いつつも、ゾドルにすべて丸投げする。
いや、そんなことより先に考えなきゃいけないことに気づいちゃったんだからしゃあない。いま意識は完全にそっちの方向だ。
捕虜に聞いても、魔女のことはさっぱりわからなかった。
リーダーのマクセラルを通して指示がでていたらしく、魔法兵団より強力な魔法が使えるという点と、赤鬼と緑鬼…正式名称はチェリーとキウイだそうだが、それらを使役してあっちこっちの村々を攻撃しているらしい。
その目的も動機もいまいち不明だ。
しかし、もしかしたら記憶を操作されている可能性もある。
変なことは覚えているのに、肝心なところの記憶がストンと抜け落ちていたり矛盾していたりと、もしかしたら捕虜になった時点で重要な情報が削除されているかも知れない。
これが魔法によるものだとしたら、明らかにこの魔法研究家カダベルですら知らない種類のものだ。
「ああ、マクセラルを取り逃したのは痛すぎだな…。ま、悔やんでも仕方ない。拷問してでも、捕虜に聞ける話をすべて聞いて…」
俺が席を立ち上がると、物見櫓の前でこちらの様子をうかがっていたロリーと眼が合った。
俺が手を上げて挨拶すると、困ったようにプイッと顔を背けてどこかへと行ってしまう。
「あれ? 気づかなかった…かな?」
変だなと思いつつも、俺は捕虜のところへと向かったのであった。
──
捕虜は、実は俺の家に捕えている。
その訳は、地下があるのが元村長宅しかなかったからだ。
そこでは村の歴史などが書かれた記録や、出納帳などを保管する場所として使われていた。
だが置いてあるだけで、誰かが読んでる形跡はないし、古いものに至っては高価な紙も劣化していて、ページすらめくれない状態だ。
はっきり言って無駄だから捨てればいいと思うのだが、歴代の村長が残してきたものを始末してしまう勇気はないのだろう。結果、ほったらかしで年数が経過するごとに増えていく一方なのだ。
そう。村長は物を捨てられないような掃除下手な人がなる職業なのだ。…もちろん嘘だが、そう言われても仕方ないだろう。
「ホコリっぽいわー。まあ、影響まったくないけど」
ハウスダストアレルギー持ちなら大変だろう。でも、俺の無い鼻じゃクシャミひとつも出やしない。
実害がないと掃除する気にもなれない。
なんだか、地下以外の掃除は、村の女性たちが定期的に交代で来てくれるんだけど、別にそんなことしなくてもいいのにとは思う。道貞もカダベルも掃除あんましなかったし。
聞いた話によると、俺が祀られていた場所も皆で掃除に来てたらしい。ロリーが全部ひとりでやろうとするから、見かねてのことだとミライが言っていた。
ロリーが飲まず食わずで1日中、俺に祈りを捧げるか、掃除をするか、ニヤニヤ笑いながらミイラを見ているかで、まったく戻ってこないのを皆が怖がったからだ…ってのは本人には内緒にしてくれと言われたが、そんなん俺が言えるわけないじゃん。怖いわ。普通に。
それに彼女は、俺の家の掃除や警護や世話も、最初は全部自分がやるって言ってたし。
俺のことなのに、ミライと押し問答になってたのは怖かったなぁ。
最終的にミライが「カダベル様! カダベル様が判断してくださいな!!」と血走った眼で言われたときにはチビリそうだったわ。
あの時は、ホントに逃げ出したかったなー。
いやー、それで俺の言った「じゃ、やってくれるなら皆でローテーションがいいなぁ」の一言のせいで、ロリーの世界が終わった時のような顔も忘れられない。
あの感じだと、そのうち自分もミイラになるって言い出しそうなぐらいの狂信っぷりだったから怖かったのよ。ごめんよ。ロリー。
そんなことを考えているうちに、【施錠】した扉の前に辿り着く。
入る前に、身なりを確認する。油断してマクセラルのように逃げ出されても嫌だし、相手が俺より格上の魔法士だと改めて肝に銘じる。
それにミイラの顔を隠さないと。村人が慣れてきたせいか仮面を外す癖がついている。
キララのような子供たちとかを前にした時はつけるようにしているんだが…どうも視界が遮られるのが好きじゃない。
それといつも同じ格好しているってのはなぁー。
ミイラになって着替えるのが非常に面倒だ。
だって別に皮脂の汚れとかないし。下着だって、道貞の時のように牛乳の腐ったような臭いなんてつかないし。どうもミイラだと不精になってしまう。
でも、公の場とか出たときはマズイな。正装みたいなの欲しいな。スーツにネクタイとか…いや、ミイラがそんなん着てたら「過労死ですか!?」なんて言われちゃったり…ないな。ないわ。
「魔法で別人に入れ代わり…とか使えればいいのに…。定番だろ。変身は。なんでねぇんだよ」
不意打ちを警戒し、杖でいつでもブッ叩ける態勢を取りながら扉に手を掛ける。
「カダベル様ぁ!!!」
「ん?」
錠前を外そうとした時、なんだか玄関の方から大声で呼ばれる。
「ら、来客です!! カダベル様にお会いしたいと言う者たちがやって来ました!!」
──
「えーと、敵の罠じゃないの?」
「いえ、これはギアナード王国で使われる公文書紙ではあります。嘘であるとは考えにくいかと」
俺の持った書面を指差して、ゾドルは印璽がどうたらこうたら言っているが、そんなん偽造しようと思えば幾らでもできるからなぁ。
「紹介状ってわけじゃないんだよね。自分たちが王国に関係した者って証明書にしかならない…」
「しかし、その紙は上等な…」
「紙が貴重なのは知っている。だとしたら、むしろ盗品を疑うね」
「それは…うーむ」
「まあ、疑ったらキリないけどね」
宛名も差出人もない未完の書面だ。
ただ会いたいって旨の内容と王国の印章だけ。こんなものをよく渡す気になったもんだと思いながら、俺はゾドルに返す。
「相手はかなりの高貴な方に見えたんですが…とても盗っ人の様には…」
ああ、そうか。ゾドルが権威に弱いと見て、こいつを見せたのか。
なるほどね。詐欺に簡単に騙される典型的なタイプなわけか。村長としてどうなのよ。
「相手の名前は?」
「それが名乗れないと…」
「なんだそりゃ…」
「直接、話したいと…そればかりで」
「で、向こうが俺のこと知っているのはどうして?」
「それが、カダベル様の戦いぶりを“コウモリが視ていた”とか何とか…そんなよくわからないことを言ってまして」
「コウモリ? 遠隔で視る魔法…あるにはあるけど、それが使えるなら魔女とやらの可能性が大だろ。
だが、作戦が筒抜けだったら俺は倒されて…いや、俺には【集音】があるからな。怪しげな魔法の気配があれば気づくか」
もしくは隠匿魔法みたいなのがあるのか?
いや、ないと思うな。あったらもう対処のしようがない。それにランクが高い魔法になるほど派手で劇的な効果のものが多い。
バフ・デバフは中間ランクの魔法が多いことから、きっとランクの高い魔法は「補助魔法? いらねぇよ! 高火力で一気に殲滅だぜ!」ってなるはずだ。…たぶん。カダベルの知っている限りだとそんなイメージだ。
…まあ、カダベル自身が使えなかったから、「ケッ。なぁにが高ランク魔法だよ」ってなイジケた子供のような穿った見方じゃないとも言い切れないが。
「…私は会うべきでないと…思います」
部屋の隅にいたロリーが発言する。
「ロリーシェ。それを決めるのはカダベル様だぞ」
ゾドルが軽く嗜める。
俺が眼をやると、ロリーはなぜか眼を伏せた。
「いや、意見は聞きたい。3人寄れば文殊の知恵だ。ここには3人以上いるから、もっと大きな知恵になるだろう」
「…相手はカダベル様のことをどう言っているんですか?」
ナッシュがゾドルに尋ねる。
うん。なかなか良い視点の質問だ。
「…“魔女に対抗している魔法士と会いたい”、と。ただそれだけだ。その後のことは直接話したいと。自分たちも危ない橋を渡ろうとしているから、どうか信じて欲しい…とも」
俺は何も言わず、ナッシュの顔をジッと見やる。
なぜかロリーが困惑したように落ち着かなそうにした。
「…カダベル様の素性までは知らないようです。なら、もしかしたら普通に味方になる存在かも知れません」
「それが敵の罠である可能性はどうかな?」
「……ないとは言い切れません。けれど、村を直接攻撃しようとした者が、後にこうやって交渉にくるなんて。そんな回りくどいことをしますか? 変な感じがします」
「いいね。ナッシュくん。今までの傾向から相手の考えを予測する。君は策士になれる素養があるよ」
ナッシュが恥ずかしそうに笑う。
いや、だがこれが大事だ。この村に欠けているのはこういう思考ができる者だ。
「…カダベル様はどうお考えで?」
ゾドルよ。すぐにそうやって聞くのはよくないなぁ。まあ、いっか。
「んー。俺も敵である可能性はかなり低いと思う」
俺がそう言うと、ロリーが肩を落としたように見えた。
さっきから彼女は何をやってるんだ?
「マクセラルたちの動きを鑑みるに、敵は明らかに俺たちを格下だと思っていた。俺たちの情報を得ずとも、戦って簡単に倒せると思い込んだ。…そんな慢心があったからこそ、その隙をついて撃退することが可能だったわけだ」
ゾドルとナッシュが大きく頷く。
「今回は手を変えてきたとも考えられるが…だとしたら、俺が魔女の立場なら力をちらつかせるね」
「力をちらつかせる?」
「ああ。この話し合いに応じないなら、もっとひどい目に遭うぞ、ってね」
「脅すんですか?」
「脅すのも交渉ひとつだろう。それにはまず相手を舞台にと引きずり出す必要があるからな。そんな下手に出ることもないんじゃないか」
「相手より自分の方が格上だと思っているなら当然ですね!」
「そうだよ。ナッシュくん」
「それをしないってことは、魔女側の罠ではないと…そうカダベル様はお考えなのですね」
「魔女以外の敵である可能性はどうかね?」
「…カダベル様を騙すなら、もっと上手くやるかと思います」
「なるほど。確かにそうだね」
ナッシュくん。賢いぞ。そうだ。そうやって頭がいいことをロリーにアピール…
あれ? なんだ? ロリーよ。ナッシュくんを見てあげなさい。彼が並の若者ではなく、前途有望な超優良物件であると…んんん?
「まあ、敵じゃないだろってことしかわからんからな。…念には念を入れて、村の外で話すと伝えてくれ。あとゴライも付近に待機させよう。
これらの条件が呑めるなら応じようか。それでいいかな、ゾドル?」
「はい。自分に異存はありません。伝えて参ります!」
「俺も行きます! 相手の使者の顔を見ればもっと何かわかるかも知れません!」
そう言って、ふたりは慌てて俺の家から出ていく。
…いや、玄関ぐらい閉めて行けよ。【牽引】で閉めるからいいけどさ。
部屋には俺とロリーだけだ。
「いやぁ、ナッシュくん。なかなか良い子だよ」
「…そうですか」
「見た目は…まあ、カッコイイ系というよりはカワイイ系なんだろうが。あー、うん。それでも腕は間違いなくミイラより太いしな! 男の子だ!」
「…カワイイ」
「腕っぷしはこれから鍛えればいいにして、頭の回転も早い。有能だとも」
「…有能」
「うむ。彼には俺の持てるものをすべて注いで、後にこの村の長に…いや、それどころか…街へ送り出して出世街道を…」
「ウワアアアアアアアァンッ!!」
「んげぇッ!!」
大絶叫!? 大号泣!?
「どうしたー!? ロリー!? ポンポン痛いのかぁ!?」
「ゴベンナズァーイ! ンガダヴェルザマー!!」
投身して、俺の眼の前で土下座するロリー。
「私は良い子でも! カワイイくも! そして有能でもありまぜーぇん!!」
「え? いや、別にロリーよ。君のことを悪く言ったわけじゃ…」
あっれー? おかしいな。俺、ナッシュくんのリスペクトをしてたはずなんだけれど…。
「それに、私、私…私ごときが、カダベル様にちょっと怒ってて、知らんプイして、しばらく、お話しできていませんでしだぁー!! 本当にゴメンナザイ!! でももうできまぜん! こんなのイヤですぅ!! 耐えられまぜーん!!」
「怒ってた? 何の話だ?」
しゃくりあげるロリーを宥める。
「…わ、私、カダベル様! …演技…演技をしだぐながったんでずぅ!! カダベル様に怯える真似をずるだなんでぇぇ!!」
あー。そうか。そういや、マクセラルたちが来る前に、ロリーたちに頼んだったんだな。俺と敵対関係にあると思わせるように演技してくれって。
これは敵がもし人間…または知性ある者が相手だった場合はやる価値があったはずだ。
でも、危険は危険だったか…?
村人から虐殺していた可能性もあった?
それはないな。たぶん。
理性が働いて、戦闘経験が少しでもあるなら、無抵抗でいつでも殺せる村人は後回しにするだろう。
それよりも、攻撃してきた得体の知れない魔法士の正体を暴き、それから最初に殺そうと考えるはずだ。普通ならそうする。
だから危険は少なかった。まったくないわけじゃないが、戦う以上はどんな小さなものであれリスクは生じる。
もし俺が倒されたとしても、敵側の余力がそれなりに削がれていたとしたら、奴らは撤退していた可能性の方が高い。村はいつでも滅ぼせる。後回しにしよう…ってね。
そうすれば、俺と共に滅ぼされるよりは、まだロリーたちが生き残る可能性が高くなる。
うん。俺の考えはやはり間違ってはいない。俺と村が敵対関係にあると思わせた方が得策だったろう。
…だよな? たぶん。
「あ…。そうか。理屈じゃそうでも、それと怖いのは別だよな」
俺はロリーの気持ちに立って考えられていなかったことに気づく。
あの赤鬼を率いる敵だ。それを相手に直に眼の前で話すだなんて、女の子にはキツかったか。
そうだよな。安全だと理解していたとしても、怖かったに違いない。
「そうだったか。それは俺がわかってやれてなかったな…悪い」
スンスンと泣くロリーの肩にポンと触れる。
少しだけロリーの肩から力が抜けたのが見えた。
「怖かったよな。そりゃ…」
「いえ! 怖さなど微塵もありませんでした!」
「…え? そうなの?」
「はい! …わ、私、カダベル様…演技とはいえ、カダベル様の敵に…なりたくなかったんですぅ!」
あれ? なんかまだロリーの気持ちを理解できなかったのか?
「そ、そうか…」
「でも、ご命令ですからしっかりやらねばと…。でも、それでもカダベル様のことを悪し様に言うなど…そちらの方が恐ろしいこと!!」
「あ、うん…。それは、申し訳ない…」
なんだ、なんかだいぶおかしいこと言ってるぞ…この娘。
「でも、カダベル様はこんな私を怒ることもなく、まるで無かったかのように…それが悲しくて悲しくて…」
「え? あー、いや、そんなつもりは…」
「だから、カダベル様がせっかくご挨拶下さったのにも、プイッてしちゃったんですぅ!!」
「い、いやいやいや…ちょっと待って!」
なにそれ? あれって反抗かなんかのつもりだったの?
いや、全然伝わらなかったんですけど。俺に気づかなかっただけだとばかりに思ってたわ。
だって、ロリー、今だって側にいたし…。
家の掃除だって昨日とかも普通にしてたじゃん。
そりゃなんかいつもよりは元気ないなぁとは思ってたけどさ。人間なんだから、そういうこともあるじゃん。
「…ちょっと整理しよう。俺がロリーに、敵対するような演技をさせたから怒っていたのか?」
「怒ってません! 私が悲しんで、怒ってるのは、カダベル様が私を叱って下さらないからです!」
「…意味がわからないんだが。あの演技は、俺が命じてやらせたんだよね? なら、俺が君を叱る理由なんてないでしょ」
「そんなことはありません! 私はカダベル様のことを悪く言ってしまいました! それがカダベル様のご命令とはいえ、許されることでは決してありません!!」
「なるほど。うん……うん? そ、そうなのか?」
「その上、私は心の中でカダベル様を裏切るような演技がしたくなくてたまらなかったんです! ご命令なのに! 心から従えなかった!! それもまた私自身が私を許せない理由なんです!!」
ヤバい。おかしい…。おかしいぞ、この娘。
二律背反? ジレンマ?
いや、そんなものに当てはまらないほど拗らせている気がする。
「えーと、ならどうしろと…」
「ぶってください!!」
「ええー!」
どういうことだ?
俺が出した命令が気に入らなかったから、でも、命令だから仕方なしにそれに従ったけれど、その従ったこと事態が悪いことだからって、自分が罰を受けたいって……どんなマゾ思考ならそうなるんだ?
「…どうしても?」
「はい!」
「…ものすごーくイヤなんだけれど」
「はわわ! か、カダベル様のお心を嫌な気持ちにさせてしまったのも私のせいですぅ! 叱って! 折檻して下さいませ!!」
「いやー! それキリがないから!」
ほっぺを叩かれる覚悟をして眼をキュッとつむるロリー。
いや、殴れねぇよ。なんも悪い事してないじゃん。
仮に悪いことしてても、額をチョンって小突いて「メッだぞ!」だけでいいと思う。
「思いっきりお願い致します!」
ダメだ。とても「メッだぞ!」で済む感じじゃない。
ああ、なんで性格だけは体育会系なんだよ。
ロリ顔体育会系…なんか新ジャンルができそうだ。いや、俺が知らないだけで、もうそういった需要があるのかもだが。
「顔を殴るのは…ムリだ」
「…エッ!?」
「いくら人外の存在でも、100年以上生きていても…女の子の顔だけは殴れない…」
ああ、代わりに誰か俺を殴ってくれ! 幾らでも殴られてやるから!!
ああ、そうだ。ゴライに…ダメだ。それは死んでしまう。
いや、ミイラだけど。あーん、そのツッコミはもう飽きたわ!!
「そんな…。それではどうすれば…。ハッ!」
俺の杖を見たロリーがろくでもないことを思いついたようだった。
クルッと背を向ける。そしてローブをたくしあげたかと思いきや、あろうことか美味そうな桃を…違う! おしりを突き出してくる!!
マクセラルの【大火球】連続攻撃よりも凄まじい脅威がそこにはあった。
「な、何をしているの…ロリー?」
「おしりを…私のおしりをお打ち下さい!」
真っ赤になってそう叫ぶ。そりゃ恥ずかしいだろう。年頃の女の子がする格好じゃない。
「その杖で! お手持ちの物が汚れると思われるならば、角材とかでも構いません!! バシッと! お気の済むまでお叩き下さい!!」
ああ、そんな性癖はない。ないんだ、俺は。
でも、やるしかない。やらなければ解放されそうにない。
「どうしても?」
「どうしてもです!」
「……なんでも?」
「なんででもです!」
「…………はぁー。なら、行くぞ」
「いつでもどうぞ!!」
そういや、中学の時に、体育教師にコレやられたな。あの頃は体罰とか当たり前だったからな。
これって角度によってメチャクチャ痛いんだよな。尾骨とか直撃すると悶絶するし。今考えれば凄い怖い体罰だよな。青アザになって残って、風呂に入るのも苦労するし。
俺は杖をバットに見立てて振りかぶる。
ロリー、ごめんよ。しばらく、風呂に入る度にしかめ面になることだろう。おしりを洗う度に叫ぶことだろう。
それも君たちに命じておきながら、その尻拭いもできない俺の落ち度だ……
ガチャ! バッターン!
「カダベル様! 先方がすべての条件を承諾すると…」
飛び入ってきたのはナッシュだった。
そして、俺とロリーを交互に見やってフリーズする。
杖を今まさに振りかぶろうとしているミイラ。
そしてその犠牲になろうとしている臀部を突き出したあられもない姿をさらしている美少女。
どちらが悪かと言われれば、もう言うまでもない。
「ち、違うんだ!」
「……カダベル様。見損ないました」
…こうして新しくできたばかりの友人を、俺はその日に失ったのであった。