017 屍を従える王
それからゴゴル村に到達するまで、なぜか敵からの攻撃がまったくなかった。
さっきの投石で倒したと判断したのではないか…と、推察することはできたが、3人ともそれを信じるほど愚かではなかった。
キウイは3体とも裏の山に忍ばせている。人語を理解する知能は少しあるので、迂回して待てぐらいの指示ならば従えるのだ。
対してチェリーは真っ直ぐ獲物を追いかけることしかできない。後ろから回り込んで攻撃しろ…などといった指示ができないのが、下位種の使い勝手が悪い点だ。
「妙ですね。村の入口に見張りがいません」
「あの魔法士が避難させたか?」
「無理でしょ。山に逃げればキウイが気付くし、こっちに来ればわたしたちが見落とすことなんてないわ」
確かにカナルの言う通りだと、マクセラルもヴァイスも思う。
「…なら、おびき寄せてるつもりか。ニルヴァ魔法兵団を知らないだろうとはいえ、ナメられたもんだぜ」
「どうする? ここから火を放つ? 届くでしょ?」
「それはしない方がいいでしょう」
「ああ。ここまでコケにされて楽に火葬だなんて、俺やヴァイスの気も済まねぇよ」
マクセラルが凶暴な笑みを見せると、ヴァイスも口の端を獰猛に歪める。
「…警戒は怠らずに」
「もちろんだ。だが、どんな罠があろうと喰い破ってやるぜ」
剣を抜き構え、村の中へと入って行く。
熟練の戦士とまでは言わないが、それでも農工具で武装した村人より彼らのが遥かに強い。
仮に100人が束になってかかってきても、剣だけで充分に倒し切る自信があった。
そして魔法はいつでも発動できる様に備えている。広範囲の攻撃をマクセラルもヴァイスも行うことができた。
またカナルは銅兵を藪に忍ばせている。何かあれば即座に飛び出して対応できるようにだ。
キウイたちも準備は整っているはずである。ヴァイスの簡単な指示だけで、いつでも村への襲撃が可能だろう。
「助けて下さい!!」
いきなり大声が聞こえたのに、マクセラルは訝しそうにする。
声のした方を見やると、ひとりの女…修道士が、今にも泣き崩れそうな感じに走り寄って来た。
(攻撃する?)
(…いや、待て)
カナルが人差し指を動かそうとするのに、マクセラルが視線だけで制止させる。
見たところ武装はしていない。敵意も感じられない。なら、情報を得るためにもまずは話を聞く方が賢明だろう。
「…見てわかんねぇか? 俺たちは野盗なんだぜ?」
「ええ。でも、戦える方…なんですよね?」
なぜかホッとしたような様子で、彼女はマクセラルたちの持つ武器を見やる。
(まさか俺たちがチェリーを放っていたことを知らないのか? いや、あの魔法士がこの村に……待てよ)
マクセラルは不審な点に気づいて眉を寄せる。
そういえば、仮面の魔法士とこの村を関連付けるものがないのだ。
確かに村のある方から攻撃が来た。
だが、それだけで魔法士がこの村の人間だと自分たちは思い込んでいたのだ。
「…ずいぶんと慌てたご様子。何かあったのですか?」
ヴァイスが前に進み出て、ニコリと笑って尋ねる。残虐かつ冷酷な本性を完全に消して見せていた。
盗賊の格好なのが残念だが、修道士はそれを不思議とは思わなかった様子である。
(なんのつもりだぁ、ヴァイス?)
(交渉事は僕にお任せを)
マクセラルはチッと心の中で舌打ちする。
そうだ。この修道士はヴァイスの好みだ。実に嗜虐性をそそる顔と体をしている。
あの攻撃の件があって苛立ってさえいなければ、マクセラルだってすぐに口説き落としていたぐらいの良い女だった。
カナルが後ろでそんな男たちを冷たい眼で見やっていた。
「仲間が失礼な態度をとって申し訳ありません。本当のところを言いますと、僕たちは野党なんかではないのです」
眼鏡のレンズを拭きながら、ヴァイスは優しく微笑む。
ヴァイスは顔だけは優男に見える。逆に野党だと思わせる方が難しいだろう。
その性根は野党より冷酷で最悪だというのは、彼をよく知る者たちならば周知のことであるが…。
「こんな汚らしい格好をしていますが、王国からの依頼で派遣されたレンジャーなのです」
マクセラルとカナルは鼻じらむ。
「レンジャー?」
「ええ。実はある作戦の途中でして…」
「作戦…ですか?」
「ええ。近頃、この付近で凶暴な怪物が出ると聞きましてね。
こんな姿をしているのも、野生の動物を警戒させぬようにと、そんな配慮からなんですよ」
だいぶ無理がある言い訳だったが、それでも即興にしては話の筋自体は通っていた。
確かにレンジャーであればこのような革鎧をつけた格好もするし、今は【流水】で泥を流しているため、野盗にしては小綺麗に見えるはずだ。
それに、田舎村の修道士には、レンジャーと野盗の区別なんてまずつかないだろう。
「そうだったのですね…。ええ、確かに仰るように、この村はある怪物に悩まされております。今までは村人たちで協力して倒していたのですが…」
修道士がそう言うと、村の奥からやってきた人たちがペコリと頭を下げてみせる。
様子を窺っていて大丈夫だと判断して姿を見せたとのだろう。
しかし、皆なぜか憔悴しきった顔だ。敵と戦うといった気概というものが全く感じられなかった。
「ですが…」
修道士の顔がみるみるうちに暗くなる。
「…つい先だって、もっと恐ろしい怪物が現れまして」
修道女が真顔でそう言うのに、ヴァイスの頬がピクッと引きつる。
「…もっと恐ろしい怪物?」
問い掛けに、修道士はさも深刻そうに頷く。
ヴァイスは眼を細めた。彼が言った凶暴な怪物とは、当然ながらチェリーのことだ。
そして、この村に送っていたのはチェリーだけだ。キウイの姿を見せてはいない。つまりそれ以外の何かがいるということに他ならなかった。
「……それはどんな怪物だ?」
マクセラルが尋ねると、修道士は思い出すのも恐ろしいとばかりに青ざめた。
「あれは死者です。屍を従え、命ある者を根絶やしにする…死を撒き散らす存在」
マクセラルとヴァイスは思わず顔を見合わせた。
「…プッ! ハハハ! ダメだ。この娘、イカれちまってるよ!」
カナルが吹き出して手を左右に振った。
「死者だって?」
「おい…」
「やめてよ。死者が恐ろしい怪物だって?」
ヴァイスが止めようとするが、カナルはズイッと修道士に近づいて、まるで値踏みするかのように下から上へ遠慮なしに見やる。
「嘘つくんじゃないよ。お嬢ちゃん」
半ば脅すようにカナルは言うが、修道士の顔には少しも変化が生じなかった。
「チェッ。あのなぁ、動かなくなったものを死者って言うんだよ。そうじゃなきゃ死者じゃない。屍ってのはそういうもんさ」
「…カナル」
ヴァイスが困ったように名を呼ぶと、カナルはフンッと鼻を鳴らす。
「…嘘ではありません。私たちがあんなに苦労して倒した人喰い赤鬼を、“ヤツら”が簡単に殺してしまうのを私たちはこの眼で見ました」
村人たちが口々に「そうだそうだ」と言う。
マクセラルはヴァイスに耳打ちする。
「…どう思う?」
「……死者を動かす魔法というのは聞いたことがありません。仮初めの命を与えられる魔女様でも不可能でしょう」
「……なら嘘か?」
「……現時点ではなんとも判断できませんね。確かに時期的な部分だけは合っています。
前回、チェリーに対して初めて魔法を使ったことを考えれば、その死者とやらが倒したこととの辻褄は合います」
マクセラルは悩む。
ここで村人をすべて滅ぼしてしまうか、と。ここに来た目的はそれだ。
しかし、チェリーを倒したという死者の存在も気になる。正体がわからないと後々に面倒なことになるかも知れない。
「黒い外套を身にまとった、木製の仮面をつけた魔法士を知っているか?」
そうマクセラルが尋ねると、修道士はカタカタと震え出す。
「ソイツです! “屍を従える王”!」
次の瞬間、村の外で轟音が響く!
マクセラルたちが振り返ると、花畑の方から狼煙が上っていた。
村人たちが悲鳴を上げ、恐怖に慄く。
状況から察するに、さっきの仮面の魔法士とやらが、何らかの方法で村人が怖れる“死者とやら”を操っているのだろう。
「敵は…あの魔法士で間違いないな」
「死者を操るって部分は?」
「【糸繰】ってのがランク1にもある。もしかしたら…」
カナルが簡単に説明する。ランク1でも『糸操』という変わった魔法がある。あれを上手く使えば、“人形を死者に見立てて操る”ことも可能かもしれない、と。
死者としたのは、魔法をよく知らない者たちに恐怖を与えるにはかなり効果的だからだろう。
つまり、仮面の魔法士はマクセラルたちにとって同業者の可能性が高いということだ。
「…問題はなぜこの村を襲うのか、か。王国側が裏切って雇ったのか?」
マクセラルはその先を考えようとして止めた。
現時点ではどうやっても憶測で終わる。ならば、捕まえて当人から話を聞いた方が早い。
「村人は後でどうにでもなる。…まずはあのクソ魔法士を殺す。いや、殺す前に情報を奪う」
マクセラルがそう短く指示を出す。
村の外へと走りだそうとした瞬間、修道士がマクセラルの手を握ってきた。
「…お願いします。あの怪物から私たちをお守り下さい」
マクセラルは、この修道士はどうしようもない馬鹿なのだと思った。後で殺されることも知らないで、誰に助けを求めているのだろうかと。
だが、すぐに思い直す。屍を従える王…この脅威が去った時、ホッと安堵して自分たちに感謝した際、実は助けてくれた恩人が最悪な殺人鬼だったと知ったら、この女は一体どんな顔をするのだろうか。
このまるで穢れを知らないであろう純朴な顔を地面に押し付け、髪の毛を引っ張り、どれだけ自分が愚かで間抜けであるか、たっぷりと耳元で囁いてやったとしたら……
ああ、きっとあの魔法士に受けた屈辱による怒りの溜飲も下がることだろう。
戦闘前に高揚していたこともあり、陵辱の一場面を思い浮かべ、マクセラルは下半身に熱が集中するのを感じた。
「…女。名前は?」
「名前ですか? …ロリーシェ・クシエ、です」
「そうか。ロリーシェ。俺がお前たちを助けたら感謝するか?」
それを聞いたロリーシェは、なぜか一瞬だけ真顔になったように見えた。
だが、それは気のせいだったようで、すぐに微笑んでから頷く。
「……はい。心の底から」
「ならば、その屍を従える王とやら、このマクセラル・グラブルが倒すことを約束してやろう!」
──
すぐに狼煙が上がっている場所にと辿り着く。
何が目的で狼煙を上げたのやら、枯れ木を組んで縄を編んだ木材に油を注いで燃やしたようだ。
そして猛々しく燃え上がる火によって、風に巻き上がる花びらが燃やされて、煙と共に散っていた。
まるでそれは命をそのものを燃やそうとしている地獄の焔を思わせる。
それを前にし、堂々と立つ黒ずくめの魔法士がいた。
その隣には巨人と言ってもいいぐらいの大男が立つ。
「…なんだいありゃ」
カナルが大男を見て苦い顔をする。屍体フェチではあるが、その好みはうるさい。
大男はどこかおかしく、歪な感じがして、顔色から言っても確かに“死者”と言われても納得がいく。
だが、ツギハギだらけに造られた人形のような不自然さがあった。
そしてカナルはそういった細工されたような屍体は好まない。
自分が殺した出来たての屍体か、または飽くまで自然に風化した様な、言うなればミイラのような屍体を好んでいた。
当然、マクセラルやヴァイスには理解されない部分でもある。
「…おい。テメェ。さっきはよくもやってくれたな」
マクセラルはさっきの木や石を使った攻撃を警戒しつつ、悠然と立つ魔法士を睨みつける。
「それはこちらの台詞だ。よくもあんな醜い化け物を寄越して、俺の獲物にちょっかいを出してくれたな」
魔法士が村を指差して言う。
チェリーのことを言っているのだとすぐに気づいたが、返答はするべきではないとヴァイスが眼で言ってくる。
「…テメェはどこの回しモンだ? 何の理由があってあの村を襲う?」
「…お前たちこそ何の理由がある? いや、いい。そもそも答える必要もない。お前たちは敵だ。それだけわかれば充分だ」
いきなり攻撃したことからも話し合いの余地はないとは思っていたが、ことごとく肝心な部分がわからないことに、マクセラルは苛立ち歯軋りする。
「…その怪物はなんだ? テメェのペットかなにかか?」
「マ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!!」
いきなり叫び出す大男。知性の欠片もなさそうなそれは、まさに不愉快な存在でしかなかった。
「これはゴライだ。我が魔力により死から甦り、お前たち人間に等しく死を与える素晴らしく尊い存在…」
「マ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!!」
カナルが訝しげに眼を細め、マクセラルの耳元に口を近づける。
「…指先を見て。間違いない。操っている。【糸操】だ」
少し目線を下げると、魔法士の指が小さく動き、それに合わせてゴライが叫びだしたのだと気づく。
「…【糸操】で本当にあんなことできるもんなのか?」
「屍体を操るというのは聞いたことがありません。【魔力検知】でランク1の魔法は使っているのは間違いありませんが…」
「…人間の皮だけ剥いで、内側に綿を詰めればたぶんいけるかも知れない。ああやって叫ばせるのも、空気袋か何か使っているのかも」
カナルはランク2の魔法を習得している。
ランク2は変わった魔法が多く、特に【銅兵】のような何かを操って動かす魔法がほとんどだ。
その関係からか、下位に当たる【糸操】も当然の如く修得していた。
だが、効率が良いとは言えない児戯向けの魔法なので、滅多に使うことはなく、その性質を完全に理解しているわけではないのだ。断言できないのはそういった理由がある。
「…間違いないのは、激しい複雑な動きはさせられないということ。少なくとも術者の指の動きさえ気をつければ大した魔法じゃない。ランク1だし」
カナルが視線だけで銅兵たちを繁みから繁みへと動かす。あの魔法士の裏にこっそりと移動させるつもりなのだ。
これは【糸操】よりももっと高度な魔法だ。しかもランク2では複数体操れることからしても、戦闘であえてランク1の【糸操】を選ぶ魔法士はいない。
少なくともニルヴァ魔法兵団の中にはそんな低レベルなことをする者はいなかった。
「…タネがわかればつまんねぇな。なおさら、こんな手品みたいなのに踊らされたことに腹が立つぜ」
「しかし、どんな罠を張ってるのやら…。近づくのは得策とは言えません。魔法で一気に…」
「いや、ヴァイス。ヤツは俺らが魔法士って気づいてねぇはずだ。だからゴライって切り札を出してきた。俺たちが村に辿り着くとは思ってなかったから慌ててな」
「…なるほど」
「おい! いつまでくっちゃべってる! いい加減、かかってきたらどうだ!!」
魔法士が少し慌てたように怒鳴る。
マクセラルはそれを見て腹を抱えて笑いたくなった。
なぜ向こうから先に攻撃を仕掛けないのか? そう。仕掛けられない理由があるからだ。
(そうだよなぁ。術者が屍体を操らねぇといけねぇもんなぁ…俺らから罠にかかりに行ってやらねぇとな!)
マクセラルが剣を振る。それを見て、ヴァイスとカナルも剣を抜いた。
魔法士がホッと安堵したような素振りを見せた。
「カナル。俺の合図で銅兵をけしかけろ。ヴァイス。お前はゴライとやらを引きつけとけ。…あのクソ仮面は俺がやる」
勝利を確信したマクセラルは早口で指示を出し、そして一気に走り出す!!
「木か!? 石か!? なんでもいい!! どんな罠だ!! やってみやがれ!! できるもんならなぁッ!!」
「…愚か者めッ!!」
「テメェがな! 【地団駄】!」
マクセラルが魔法を放つ!
周囲の地面が四角形のタイルを描いたようにドドドンと揺れ、魔法士が驚いたように片膝を付く。
そして、前方の地面が大きく陥没した。それは巧妙に隠されていたのだ。
「ヒヒヒッ! 落とし穴か! 古典的だなぁ!! そんなのに引っかかるもんか!! 奇襲ってのはこうやるんだよぉ!!!」
「お、おのれぃ! ゴライ! やれ!!」
ヴァイスとぶつかろうとしていたゴライが急に方向転換し、術者を助けようとマクセラルの方に向かって来た。
「苦し紛れだなぁ、仮面魔法士! おい! カナル!!」
マクセラルが名を呼ぶと、カナルが「ええ!」と応えたのが聞こえた。
「な、なにッ!?」
ダガーを持って、後ろから飛び出してきた銅兵に魔法士が驚く。その無防備な腹部に刃が一斉に突き刺さる。
次の瞬間、ゴライが前のめりに倒れた。【糸操】が切れたのだ。
「もらったぁッ!!!」
「……いやはや、“もらった”だって? なにをだ? なにもくれてはやらんよ」
「は?」
魔法士がポツリとそう呟いて指をパチンと鳴らす。
「マ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!!」
ゴライが大絶叫し、手に持った斧を大きく振り下ろす!!
「…え?」
ブチャァッ!
まるで熟れたトマトを潰すかのようにヴァイスの頭が潰れ、その足元に割れた眼鏡が転がり落ちた。
「【発打】」
4体の銅兵に貫かれたままにし、魔法士が魔法を放つ。
それで、マクセラルの横にあった地面に埋まった小石が吹っ飛んだ。
「こんな魔法で何を…」
「き、きゃあッ!」
状況を飲み込めていないマクセラル、そしてカナルの叫び声が後ろで聞こえた。
途端、足元が大きく開いた。地面の下を大きな木板が塞いでいたのだ。
「落とし穴…なんで、こんなところにまで!?」
【地団駄】で地面に衝撃を与えた際に、木の板なんてすぐに外れてしまうはずだ。
そうすれば使った時点で、いま自分たちのいる足元にまで落とし穴があったのだと気づく。
いや、それよりも土の上に木の板なんて隠していたら、その不安定な感触と音ですぐにわかったはずだ。
落ちゆく中、マクセラルはハッと思い至る。
そういえば、あの魔法士が何のために小石なんかを吹っ飛ばしたのか、と。
「【施錠】?!」
思い当たる魔法は1つしかなかった。
もし地面に埋めた木の板を扉に見立てて、施錠をかけたらどうなるか…それはまさに落とし穴の下へと続く“扉”となる!
穴の底は思ったより深い。そして水の中にと真っ逆さまに落とされた。
「ペッ! ペッ! グエッ! これは! …ッ! この臭いは!!」
すくってみると粘度が高く、ベトベトしていて臭い。
マクセラルはすぐにこれが油だと気づく。
「おい! カナル! 無事か!?」
「む、無理…脚が、折れて…」
同じく油まみれになっているカナルはうずくまっていた。見やると右脚が変な方向に曲がっている。
「魔法で脱出を…」
「やめとけやめとけ。そんなことしたら【火種】を投げ入れるぞ。それで終わりだ」
「て、テメェッ!!」
魔法士が上から覗き込んでくる。
しかも手をヒラヒラと振って「元気?」だなんて聞いてくる始末だ。
マクセルラルは拳を震わせる。
「な、なんで平気なの…刺されてるのに…」
魔法士はいまだ銅兵をぶら下げていた。
しかも執拗に攻撃を繰り返しているのだが、まったく何事もなかったかのように気にしていないようなのだ。
カナルはそれを見てカタカタと歯を鳴らす。
「ああ。これ? まあ、【金兵】や【巨侍】じゃなくて良かった…。アレらにフルボッコされるのは勘弁だったからな」
魔法士はポンポンと銅兵の頭を叩いてみせる。
「コイツらに刺される程度なら死なない…いや、実際に死ねるわけじゃないんだが…。何も“通用”しないと! “痛痒”ないだけに、なんちゃって! …コホン!」
自分に張り付いている銅兵1体の頭を、むんずと掴むと油の中に放り込む。
「ま、伏兵として使うなら【銅兵】は無難だよね。そう来ると思ってたんだよ」
そしてゴライがやってきて、他の3体を引き剥がして同じようにした。
油の中に落ちると、役目を果たしたと…いや、果たせなかったと、4体は魔力を失い元の銅貨へと戻る。
「そうだ…。ヴァイスを殺した…殺しやがったな! テメェ! テメェだ!! テメェは【糸操】で動いてんじゃねぇのか!?」
「…オ? ゴライは…」
「ああ。ゴライよ。答えないでいい。馬鹿は言葉数が多い。相手にするな。『ホラ吹きジイサンとマネーロンダリング』で読んだろ?」
「はいデッセ! カダベル様!!」
「…おい。俺の名前を言うなって。普段はご主人様だったろ。なんでやねん」
「カダベル? テメェは…カダベルってのか? 覚えたかんな!!」
「…はぁ。イジメっ子やチンピラに名前を教えても1円の得にもならんというのに」
「ここから出しやがれ!」
「出すわけないだろ」
「じゃあどうするんだ!?」
「そのままそこにいろ」
「は? なんだと?」
「話しても無駄だ。言ったろ。お前たちは敵だ。ただそれだけの話だ。そして俺が勝った」
「勝っただ? …何を寝ぼけたことをッ」
「さ、帰るぞ。あの緑鬼もくたばったか見に行かんとな」
「…放っておいていいんデッセ?」
「見張りは立てる。逃げようとしたら火葬だ。…だが、あんまり燃やしたくはないかな。そういう趣味はないし、後が面倒そうだ。
……あ。生き埋めって手もあったか」
上で好き勝手話しているのを聞いて、マクセルは唇が切れんばかりに噛む。
「ナメてんじゃねぇ…。この俺を、いつまでも、ナメてんじゃねぇぞォッ!!」
「ヒッ! ま、マクセラル…。や、やめて。わたしもいるのよ…こんな状況で…」
「黙れ!! このままやられてたまるかぁッ!!! 【大火球】!」
轟音と共に、大きな火柱が落とし穴から飛び出した!!