表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屍従王  作者: シギ
第一章 世界異動編
15/113

015 ロリーシェ・クシエ(3)

 ジータさんとラペリーさんは、本当にレンジャーだった。


 もしかしたらと疑ってはいたのだが、山道にはとても詳しいし、危険な箇所は避けて順調に進んで行く。


「森ん中は繁殖期の狼が殺気立ってるからな。迂回してった方がいい。5、6匹程度ならなんてことないが、大集団で狩りとかしてっと面倒なんだよ。

 チェッ! 裏をかかれたか…」


 黒髪が真ん中で分かれている小柄な方がジータさんだ。


「街道には野党が隠れていることあるけどね。ま、俺らなら余裕しょ。日暮れには着くよ。

 思考が単純すぎんだよ、ジータ」


 短髪で背の高い方がラペリーさん。


「でも、ゴゴル村に行くだなんて変わってるなぁ。ロリーシェちゃん。何もないつまんない村よ。もしかして、そのゴライってのは恋人か何かかい? 

 …っと、よっしゃよっしゃ!」


「いえ、全然違います。命の恩人の手がかりかも知れないんですが…もしかしたらゴライとは戦うことになるかも」


「平気平気〜。ロリーシェちゃんの話を聞く限りだと、そりゃ単なるゴロツキだろ。俺たちの敵じゃないって。

 おい! 今の後出しだろ! やり直しだ!」


「…あの、さっきから何をされてるんですか?」


 先頭を行くふたりはずっとジャンケンをし続けていた。


「ああ、一番先に誰が獲物に剣を突き立てるか決めてるんだよ」


「そうそう。100回勝負でね」


「おい。50回だろ。ラペリー。敗けそうだからって勝手に変えんな!」


「なんだ50回ってのはよ! 半端じゃねぇか!」


「ダリィんだよ! 10回でも多いくらいだ!」


 仲がいいんだなぁと思う。私も弟は昔ああやって遊んだな。

 そういえば義父が死んでから、冗談のひとつも言い合うことがなくなったと改めて思い出す。


「でも、獲物なんて…敵が出てくるとは限らないじゃないですか」


 私がそう言うと、ふたりは互いに小突きあってからクスクスと笑う。


「獲物は…なぁ?」


「ああ。必ず出てくるよ」


 なんの確信があってそう言ってるのかはわからなかった。

 何かレンジャー特有の野生のカンみたいなのがあるのだろうか。



 山間の傾斜は深くなり、足場も悪い。なかなか歩くのにも苦労する。


「一休みするかい?」


「いえ、大丈夫です」


 こんな所に果たして村があるのだろうかと不安になってくる。


 そしてあのゴライが、なぜこんな所に来たのだろうか。何か得るものがあってとはとても思えなかった。


 もしかしたら、あのガウスさんに騙されたんじゃないかと私は思い始める。


 いや、ガウスさんにそんな悪意はなかったとしても、そのゴライを見たという商人の勘違いという可能性も高いのではないだろうか。


 そもそも、ゴライが赤ちゃんを背負ってるってだいぶおかしくないかしら?


 赤ちゃんを背負ってこんな山の中で?


「おいおい。こんな所で考え事はやめな。転けたら下まで真っ逆さまだぜ」


「…あ、ごめんなさい」


 小石が転がっていくのが眼の端に見える。


 今の私もあの小石のように転落していくのではないか。そんな不吉な予感が心に湧き上がってきていた…。



 日が暮れる。太陽が大きな山に隠れてしまうと一気に辺りが暗くなった。それだけでもなんだか急に心細い気分になる。


「もう少しだな」


「ああ。この先は森…ってか、ありゃ林かな。とにかく、ちょっとした森林地帯になってて、そこを抜けると拓けた花畑が出てくるんだ。ゴゴル村はその先さ」


「花畑?」


「村長が観光名所にしようと繁殖力の強い花を植えたはいいが、増えに増えて取り返しがつかなくなったらしい。元は農地だったそうだから、村人らも困ってるらしいぜ」


 なんとも牧歌的な話すぎて、ますますゴライの居るイメージとは合わない気がした。

 

 ジータさんの言う通り、背の高い木々に覆われた林が出てきてその中を進んで行く。


 夕闇のせいで足元がおぼつかない。鬱蒼と繁った木々の葉が影を落として、何とも不気味だった。

 あの闇に包まれた枝の間から、何かが顔をのぞかせてくるんじゃないかとそんな悪い想像をしてしまう。


「さて、この辺でいいかな」


 松明を持っていたジータさんが道の途中で立ち止まった。


「何がいいんですか?」


「うん。そりゃなぁ…」


 いきなりドンと突き飛ばされ、油断していた私は木の幹に肩をぶつける。


 ややあって、死角からラペリーさんの鞘に引っ叩かれたのだと理解した。


「おめでたい娘だな、と!」


「な、何を…」


「いやー、まさか金を払って、こんなとこまでノコノコとついてくるお人好しがいるだなんてな。ウケるぜ」


 その言葉だけでもう充分過ぎるほど意味がわかった。


 腰ベルトを外しつつ、ジータさんは……


 いや、こんな人たちに“さん”付けするなんて。


「さっさと済ませろよ」


「ここなら村人も来ねぇよ。ちゃんと見張っとけや」


 私は大馬鹿だ。


 どうしようもなくダメな奴だ…


 これから自分の身に何が起きるのか知って、私は唇を噛みしめる。


 私を騙していたのはガウスさんじゃない。この男たちの方だったんだ。


 考えなくとも、怪しいなんてすぐにわかったことだ。


 しかし、カダベル様の情報を得ることばかりで頭が一杯だった。


 私は自分の愚かさを心の中で罵る。そうしたところで何にもなるわけがないとわかっている。そう思うと、より腹立たしくてならなかった。


 何とか逃げようと身動きすると、眼の前の幹に剣が突き立てられた。


「俺たちから逃げられるわけねぇーっぅの!」


 そうか。いまになってようやく気づいた。


 “獲物”とは私のことだったんだ…。


「さあさあさあ! 俺の下半身の聖剣が火を吹くぜぇ!!」


 下半身を前後に動かす下品な真似をしつつ、ジータが近付いて来る。


「私に近づかないで!」


「オゥホッホー! 怒っているのぉ? ロリーシェちゃぁん。怒った顔もカワイイねぇー」


「バカにしないで下さい!」


 側にあった石を投げるが、男を怯ませることすらできなかった。


「さあ、ローブの下はどうなっているのかなぁ〜?

 泣けよ! 叫べよ! どーせ、誰も来ないけどなぁッ!!!」


 立ち上がろうとすると、足を払い掬われる。


「グッ!」


 思いっきり地面に手首を付いたせいで、変な風に捻ってしまった。


 これじゃ這って逃げるのも……


「ほーら、もーらい!」


 足首を捕まれ、靴を取り上げられる。


「や、やめて! 離して!!」


「くぅー。黒タイツたまんねぇー!! 修道士っていーよな! そそられんよなぁ!! 聖剣突き立てたくなるよなぁ!!」


 顔を近づけられ、足のニオイを嗅がれる。

 

 長時間歩いた。きっと汗臭い…。


 最悪だ。


 羞恥に私は顔を歪める。


「おい! 焦らしてんじゃねぇぞ! 後があるんだからな!!」


「うるせぇ! わーってんよ! ジャンケンで勝ったのは俺だろうが!」


「チッ!」


「イイトコなんだから邪魔すんじゃねぇっての!」


 ローブのサイドスリットに手をかけられ、徐々にタイツを脱がされる。


 他人に下着を脱がさせられる。それがどんなに気持ち悪く、不愉快なものなのか私は初めて知る。


「や、やめ…やめてッ…」


 堂々と言ったつもりが、自分が発した声がひどく弱々しいことに自分でショックを受けた。


 ここまでされてようやく初めて自分が置かれている状況に恐怖を覚えたのだ。


 今まではカダベル様のためならばどんな目に遭おうが平気だと思っていた。


 気高い精神さえ保てれば、どんな困難も乗り越えられると思い込んでいた。


 そうだ。私が経験することなど大した問題じゃないと……


 でも、違っていた。私は甘かった。甘すぎたのだ。


 いまさらになって、これから私を待ち受ける酷い状況を想像しただけで身が震え上がる。


 恐怖にかられた私は、手首の痛みなんて忘れて、足ばたつかせて逃げようとした。


 だけれど、男の強い力になされるがままに引ずられる。


「お、お願いします! 許して、許して下さいッ…」


 意識せずとも、涙がとめどなく流れでてくる。


「クゥー! いい! いいよ、その顔! ロリーシェちゃぁん!」


 そうだ。こんなことをしても相手の嗜虐心を刺激するだけだ。そんなこと頭ではわかっている。


 力では…勝てない。

 

 どうすればいい。こんな時、どうすればいいの。


 なんで私は今までこんなことも考えられなかったのだろう。


 男に組み伏せられた時、どう抵抗するのか…そんな想定なんていつでもできたじゃない。


「おバカさんだねぇ〜。聖神殿でお祈りだけしてればこんなことにならなかっただろうに」


 男の言う通りだ。


 今まで通り、聖学校にいたらこんな目には…


 それにカダベル様だって、もう……


「う、ううッ…」


 頬を伝う涙をベロリと舐め取られる。生臭さが鼻をつき、怖気が私の全身を襲った。


「さて、美味しくいっただきまーす♡」


 下着をすべて脱ぎ取られ、男は舌なめずりをして自身のズボンを下ろした気配がした。


「い、イヤァ…!! カダベル様! カダベル様! 助けて、助けてぇ!!」


「カダベル様だぁ? そんなヤツこんなところには来ねぇよ! さ、素直に股を開き…」



「マ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!!」



 それは地獄の底から響き渡るような咆哮であった。


「…なんだ? 今の声…」


「おい! ラペリー! ちゃんと見張ってろって言ったろ。なんだ? 獣か?」


「い、いや。獣の声じゃないと…」



「マ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!!」



「ま、まただ…。近いぞ。まさか、これが噂の怪物…」


「そんなのいるわけねぇ…あ、コイツ!!」


 その声が何かはわからない。だけれど、この声に気を取られているのがチャンスだと私は走り出す。


「おい! 何やってんだ!」


「うっせえッ! 逃がすな!!」


 視界は悪い。だけれど、私は林の中を必死になって逃げる。


 すぐ後ろをジータたちが追ってくる気配があった。だから、枝にぶつかろうと、根につまずこうと立ち止まるわけにはいかなかった。



「マ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!!」



 私はこの声だけを頼りに走る。


 正直、この声の持ち主が味方になるとはとても思えなかった。


 だけれど、最悪な男たちの慰み物になるぐらいならば、獣にでも喰われた方が幾分マシだ。


 純血を守って、カダベル様のおられる場所に行けるなら喜んで今の私はそれを選ぶ。


 

 いつの間にか、私は花畑の中を走っていた。


 膝丈よりも高く、白色の5枚の花弁が特徴的な変わった花だった。


 だけれど、私にそんな物を見る余裕はない。息もたえだえに、そしてジクジクとした熱を増す手首を振り、出血してひどく痛む足を懸命に動かして前へと進む。


「待ちやがれ! このクソアマ!!」


「…ハァハァ。う…そ。行き止まり…」


 花畑の先には橋があった。


 その橋を塞ぐように、大きな岩が通せんぼをしていたのだ。


「ざまあ! ようやく追いついたぞ!」


「手間かけさせやがって! 優しく犯してやろうと思ったが止めだ! 泣いて謝っても許さねぇ! ヒィヒィ言わせて…」


「マ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!!」


 “岩”が叫び声を上げた。


 違う。それは私が“岩”だと思っただけで、何か大きな生物だったのだ。それが橋の前に立ち塞がっていただけなのだ。


「おい。なんなんだありゃよ…」


「ば、化け物…」


 ジータとラペリーは剣を抜き放つ。


「なにやってんだ、お嬢さん! こっちに来い! 急いで!」


 大きな生物の後ろから声がする。暗くてよく見えないが、何者かが私を手招きしていた。


 あの大きな生物に近づくのをためらっていると、「いいから! はやく!」と急かされる。


 近づいたら頭から食べられるのでは…そんな思いを抱きつつ、なるようになれと走り出す。


「ああ! クソ! やってやる! やってやるよ! ブッ殺してやる!!」


 ラペリーが上擦った声で大きな生物に向かって怒鳴る。


 その次の瞬間だった。何やら赤くて丸い影が花畑の間を駆け抜けて飛んできた。


「やってや…」


 ドサッ!


「…ラペリー?」


 何の音かと振り返ると、ラペリーの頭が消えていた。そして倒れたのだ。


「振り返るな! 止まるな! こっちに来い!!」


 私は怪物の側を通り抜け、声のする方に一目散に走る。


「う、うぎゃあああああああッ!」


 今度はジータの悲鳴が上がった。尋常じゃない叫び声に私はすくみ上がる。


「お、俺の“聖剣“”が…俺の“聖剣”が食べられちまったよォォォッ!! イテェ! 血が、血が止まらねぇよぉぉッッ!!」


 ジータの泣き喚く声が聞こえる。


 いったい何が起きているというの?


 さっきまで私を追いかけ回していた男たちに何が起きたの? 


 混乱してうずくまろうとしたけれど、再び「走れ!」との声をかけられたお陰で、反射的に橋に向かって飛ぶことができた。


 不思議なことに、怪物は私には関心がなかったようで、途中で私を襲ったりはしなかった。


 そして、橋の先で待っていたふくよかな女性に抱き止められる。


「よし! このはもう大丈夫だ! あの2人は…無理だ! 間に合わん! 頼む! ゴライさん!!」


 え? ゴライ…?


 いま、ゴライって言った?


「マ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!!」


 大きな怪物が返事をするかのように咆哮する!


 今まで微動だにもしなかったのに、急に動き出した。

 そして自分の身の丈もある大きな木の板を持ち、再び大声を上げる!


「アカオニィ! アカオニィ!! コッチだぁ! コッチに来ぉいッセ!!」


 その挑発に釣られたのか、さっきのように花畑を揺らして赤い塊が現れた。


 それは私が今まで見たこともない動物だった。

 

 頭のようなものはなく、丸い真っ赤なビーンズのような胴体に、深い亀裂のような横長の口が付いていて、そして2本の脚が胴の両脇から生え出ている。


 開いた口の中には、ヌラヌラとした血に濡れたノコギリ刃のようなギザギザの歯が生えていた。


 これで、ジータとラペリーは“噛まれた”わけだ。もう少し私の反応が遅れていたら、あの牙の餌食に…そう考えて背筋に冷たいものが走る。


 その赤い化け物は2体。それが物凄いスピードで、“大きな怪物”へと向かって来る!


「退治デッセ!!!」


 タイミングを見計らい、怪物が両手に持った木の板を払った!


 ブォン! という凄まじい風斬り音が響き、風が私の頬を軽く叩いた。


「ピギャ!」


 1体は払い飛ばされ、クルクルと弧を描いて飛び、地面に叩きつけられて動かなくなった。


 もう1体は上手く逃れて、怪物の懐に潜りこもうとしたが、そうはさせまいと怪物は木の板を垂直に真っ直ぐに落とす!


「ギィッ!」


 奇怪な叫び声を上げて、縦に真っ二つになった。紫色の血飛沫が周囲に飛び散る。


「マ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!!」


 怪物が再び雄叫びを上げた!


 それは勝利の雄叫びのように私には感じられる。


「もう大丈夫だよ。連れの人は本当に気の毒だったけれど…。それでもアンタだけでも助かって良かったよ。ホントウに」


 私を抱きしめているオバサンがポンポンと背中を優しく叩く。


 私がジータたちに襲われていたとは知らないのだ。きっと旅の仲間だと思ったのだろう。


「…あれは一体?」


 あまりの出来事に、呆然としたまま怪物の大きな背中を見やる。


「ああ。あれは敵じゃない。見た目は怖いがな。少なくとも自分らに危害を加えるモノじゃない」


 モミアゲがスゴイことになっている男性がそう言う。なぜか上半身は裸だ。


 気づくと私を取り囲むようにして、村人たちが集まっていた。


「ゴライ・アダムル…」


 私はポツリとその名を呟く。


 見た目は少し違う。しかし、あの特徴的な頭や、憎々しい顔はあの男そのものだった。


「アンタ、ゴライさんを知っているのかい?」


「なんと! こんな綺麗なお嬢さんが……しかし、なんと言うか、その格好は…」


 心なしか鼻の下を延びている気がするモミアゲの男性に言われ、私は自分自身の身体を見やる。


 ローブに隠れていたけれど、下半身には何も履いていなかった。さっきから視線を感じていたのはこのせいか。


「この非常時に! 変態か!」


「うがぁッ! か、カアチャン! 堪忍だぁ!」


 オバサンが、モミアゲの男性の頭を殴る。


 男性たちの視線を遮るように、女性たちが私の前に立ちはだかってくれた。


「さ、ウチに来な。とりあえずは傷の手当をしようじゃないか」


「あの…」


「話は後だよ。ゆっくり休んでそれからでいいのさ」


 私はもう一度、ゴライの方を見やり、その背中に何か赤い布の塊があることが気になって仕方がなかった。


 問いただしたかった。けれども、今までの疲労感と、助けられたという安堵感から強い眠気を覚える。


 こうして私は案内されるがまま、女性たちに抱えられるようにして、ゴゴル村の奥へと向かったのだった……




──




 ゴライを知っているの?


「まったくもって知らん!」


 なぜゴライがこの村にいるのか?


「まったくもってわからん!」


 カダベル・ソリテールを知っているか…?


「まったくもって初耳だ!」


 ゴライはここで何をしているのか……?


「まったくもってさっぱりだ! とりあえず、あの赤い化け物を倒してくれているんだ!」


 あの赤い化け物はなんなのか……?


「まったくもって、皆目検討もつかん!」



 村長ゾドルさんに色々と質問をぶつけてみるが、答えはすべて“わからない”だった。


 話を要約すると、ここ2、3年の間に、あの赤い化け物がどこからかやってきて、村の周囲を徘徊するようになり、たまに村人を襲うので非常に困っていた。


 そんな折、ある日いきなりゴライが現れた。そしてなぜか赤い化け物を倒すようになった。


 それもただ倒すだけでなく、村人や村を守るようにして、あの村の入口を中心にし、1日たりとも休むことなく戦うようになったとのことだった。


「王国に救援依頼をだしてもさ、騎士団を派遣してくれるわけでもないからね」


「“害獣の駆除は村人の仕事”だ、ってことだそうだ」


「ハン! あんな“人喰い”を相手に、ろくな武器も持ってないアタシらで何とかしろだなんて、血も涙もない話だよ! まったくもう!」


 オバサン…じゃなくて、村長の奥さんのミライさんが、ホットミルクを私に差し出しつつ言う。


「ゴライさんにゃ、心の中では感謝はしているんだよ。でも、飯は喰わない、眠りもしない、顔色もなんか紫色だろ…そのせいでなんだか皆が怖がっちゃってねぇ」


 それはそうだろうと私も思う。


 勇気ある村人が名前を聞いたことで、あの巨人が“ゴライ”という名前であることが辛うじてわかっただけとのことだった。


 話によると、声をかける度に雄叫びを上げるので、知能はあってもあまり高くはなく、コミュニケーションを取るのは不可能というのが村人たちの見解のようだ。


 私には、あれが“死者から復活した存在”だということは伝えられなかった。余計に村人が怖がるといけないと思ったからだ。


「あのゴライさんって人は…昔からあんなだったのかね?」


「いえ、違います。率先して誰かを助けるような人物ではなかったです」


 私がそう言うと、ゾドルさんは「うーん」と悩んだ素振りを見せる。


 村人らもゴライの正体を知りたがっていた。

 けれど、彼がとんでもない無法者だったことを伝えても、ゾドルさんもミライさんも「いやそんなことは…」とやんわりと否定する。

 どうやら、現在のイメージと結び付けられないくらい、ゴライは昔とは変わってしまっているみたいだ。


「もしかしたら、カダベル様が…」


「カダベル様?」


 彼が心変わりした理由…唯一思い当たるのは、彼を生き返らせたカダベル様だ。


 カダベル様が何かの指示をだして、この村を守らせている可能性はあるんじゃないだろうか。


 私がカダベル様の事を簡単に説明すると、ゾドルさんは腕を組んで考え込む。


「ふーむ。偉大な魔法士か。そうだとして、しかし、その人はなんでこの村を守るような事をしてくれたんだろうなぁ…」


 そうだ。何のためだろう?


 あの赤い化け物のこともご存知なの?


 そして、カダベル様本人はどこに行かれたの?


「……会いたい」


 口に出すと、途端に悲しい気持ちが強くなる。


 私がポロポロと涙を流すと、ゾドルさんたちは少し慌てたようだった。


「そのカダベルさんって人は、ロリーシェちゃんのとても大事な人なんだねぇ」


「…はい。愛しています」


「ええッ?」


 ゾドルさんは少し驚いた顔をする。だけど、ミライさんは優しく私の背中をさすってくれた。


「その人は果報者だね。こんな可愛い()にそこまで想ってもらえるなんてさ」


「そうだな。よーし!」

 

 ゾドルさんがパンと自分の膝を叩く。


「ロリーシェちゃんの言う通り、ゴライさんがカダベルさんの指示でこの村を守ってくれているのだとしたら、自分たちにとっても間違いなく恩人だ。捜すのに協力は惜しまんよ」


「…ありがとうございます」


 頼りも何もない中、協力してくれる人がいるというのはありがたいことだ。


「そういえば、ゴライは何か荷物を背負っていましたけれど…あれは?」


「ん? あー、確かに。なんなんだろうな。ワシらも気にはなってはおったが…」


「そういや、前に村に来た行商の人が、赤ん坊を背負っているって大げさに騒いでたね」


 ガウスさんがそんな話をしていたことを思い出す。


 だけれど、どう見てもあれは赤ちゃんを背負ってる感じには見えなかった。


「以前、ドワーフは“物の中身を知る魔法”が使えるとか聞いたことがある。ゴーレムの整備に使うらしい。それで荷物の中を見たんじゃないか?」


「それで赤ん坊の姿を見たってのかい? バカバカしい話だねぇ。あんなデカイ赤ん坊なんていてたまるもんかね」


 ミライさんの言う通りだと私も思う。


 ゴライの背負ってた物は、下手をしたら私ひとり簡単に入ってしまうくらいの、かなりの大きさだった。


 ドワーフからしたら、ヒューマンは皆大きく見える。だから、大きさを見間違えた可能性もないとは言えないが、それでもあれを赤ん坊だなんて思わないだろう。


「…なら、何を大事に抱えてるんだろうな」


「カダベルさんは魔法士なんだろ? なら、魔法に関するものか何かなんじゃないかい」


「きっとそうです!」


 私が勢いよく立ち上がると、ゾドルさんもミライさんも驚く。


「今のミライさんが言ったこと、ズバリ合っていると思います! きっと魔法の道具か何かですよ!」


「いや、今のはただの思いつきで言っただけだからねぇ」


「そんなことありません。だって、カダベル様は人と関わられるのがあまりお好きでない方。お姿をお見せにならないのは、きっとそれが原因です!」

 

 そう。ナドさんたち使用人ですら側に置かない方なんだ。村人たちの前で顔を見せられるはずがない。


「だけれども、きっとゴライとは何かしら連絡をとっているんじゃないかしら…」


 私が考え込むのに、ゾドルさんとミライさんは顔を見合わせる。

 

「それなら、あの抱えている荷物こそが、カダベル様との通信するための、“魔法の何か”であるかも…」


「いや、それは話が飛躍しすぎじゃ…」


「いいえ! もう、それしか考えられません!!!」


 最初勢いだけで喋っていたが、思っていた以上に筋が通った話じゃないかと自分で驚く。


 そうだ。カダベル様だったらありえる!


 人知れず、隠れたところで誰かを助けている可能性はあるじゃないか!


 私こそが、他ならない証人じゃないの!


「でも、どうする?」


「ゴライと直接話します!」


「うーん。それは止めた方が…」


 私は自分のバックパックに括り付けていた、あの杖を取ってくる。


 勝手に持ってきては…とも思ったのだが、どうしてもカダベル様の大事な物だと手放せずにここまで持ってきてしまったのだ。


 これが今役立つことになるなんて…


「それは…」


「カダベル様が常日頃持っていたものであれば、きっとゴライも知っているはずです!」




──




 ゴライは花畑の中で佇んでいる。


 微動だにしないそれは、まるで石の彫像のように見えた。

 あの赤い化け物が来ない限りは、ゴライは反応を示さないらしい。

 そして周囲に気配を見つけた時だけ、雄叫びを上げて動き出すとのことだ。


 つまり、私がジータたちに襲われたタイミングと化け物たちの出現のタイミングが重なり、ゴライが動き出したことで、そのお陰で私は運良く逃げられたということだ。


 なんとも皮肉な話だと思う。ゴライによって不幸な目に遭わされたかと思えば、こうやって助けられる日が来るだなんて…


 だけれども、ゴライがいなければ私はカダベル様と出会うことがなかった。


 それを考えるなら、この男は私に幸運をもたらす存在と言ってもいいのかも知れない。


 少しでも良い印象になればとそう思ったのけれども、間近に接すると嫌悪感や忌避感の方が強くなる。


 この男がジョシュを人質にとって、理不尽な要求をしたのを、つい先日のように思い起こしてしまう。


 そして義父の死……


 関わらなくていいなら、できれば一生そうしたい。


 わざわざトラウマの前に行かねばならないというのも苦痛だ。


 遠くでゾドルさんたちが、私のことを心配そうに見ている。

 来なくていいと言ったのだが、彼らには今の私は自殺志願者のように見えていることだろう。


 守ってくれるのはありがたいが、近寄りがたいというのは私にもわかる。


 明らかに普通ではない。それが魔法によるものなのだと知っていなければ、こんな得体の知れないモノにわざわざ話しかけるなんて私もしたくない。


「…ゴライ・アダムル」


 充分な間合いを保ちつつ、私は声をかける。


 反応がないのを見ると、再度、今度はもう少し大きな声で名前を呼んだ。


 白濁とした瞳がギョロっと動く。それは生き物の動きには感じられない。


 最初に感じたのは生理的な、いや、生物でないものが動いているということから生じた嫌悪感だろうか。


 この眼が本当に視えているのかどうかすら怪しい。


「私はロリーシェ・クシエです。イルミナード街にあった酒場の店主、シデラン・クシエの娘。覚えていますか?」


 あの頃とは私も見た目が違う。覚えているわけがないと思いつつもそう問い掛けてみる。


 ゴライは動かない。ただジッと私を見やるだけだ。


「応えて下さい。覚えていないのであればそれでも結構。せめて…」


「…のか?」


 わずかに何かを言った声がした。


「え?」


「マ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!!」


 いきなりゴライが前屈みになって叫ぶ!


 ゾドルさんたちが身をすくませているのが眼の端に見えた。


 私もその迫力に脚が震える。まるで命そのものを否定しているかのような、そんな叫びに聞こえた。


 だけれど私は逃げ出さない。ここで逃げ出したら、きっとカダベル様からもっと遠ざかってしまう。


「お黙りなさい!!!」

 

 叫び声をかきけすつもりで大声を張り上げた。こんな大きな声を出すのは初めてだ。


 ゴライはピタッと動きを止める。若干、前のめりになった状態で、また彫像のように固まる。


「……オマエは、ゴライが…コワく…ないのか?」


 喋った。


 そうだ。喋るだけの知能はあるんだ。


「怖くなんてありません!」


 そうだ。怖くなんてない。ジョシュを人質に取られた時も、私はこうやって彼の前に立ちはだかったことがあった。


 勇気と無謀は違うと、以前に誰かが言っていた。


 でも、ジータに襲われた時とは違う。あの時は怖気づいて醜態をさらしたけれど、今は私の内側に勇気が充ちている。

 それはきっとカダベル様が私にくださったものに違いなかった。


「オマエ…オマエはダレだ?」


「私はロリーシェです」


 私のことを覚えていない?


 いや、違う。今の言葉は、覚えていないのとは違う感じがした。記憶にまったくないという風なのだ。


「…ロリーシェ。そのロリーシェが、このゴライに何の用だ?」


「聞きたいのです。あなたはここで何をやっているのですか?」


「…守っている。ニンゲンを。アカオニから…この“サーフィンボード”で…」


 ゴライは自分の横に突き立てていた木の板を指差す。あの赤い化け物を倒したやつだ。


 どうやらそれは“サーフィンボード”という武器らしい。

 どう見てもただの板っ切れなのだが、もしかしたらカダベル様がお与えになった魔法の武器なのかも知れない。


「教えなさい。ゴライ。カダベル様はどこ? あなたはカダベル様と連絡がとれるのでしょう?」


 はやる気持ちを抑えつつ、私は努めて冷静に聞く。


「カダ…ベル様……ご主人サマ! ロリーシェ! なんだ!? どういうことだ?! ロリーシェとは何者だ!?」


 ゴライは目に見えて取り乱す。


 カダベル様の名前を出したのは失敗だったかも知れない。

 もしかしたらその名前を口にしてはいけないとか、魔法による制約がかかっていたら厄介なことになる。


 私は必死に考える。どうすればゴライを落ち着かせられ、重要な情報を引き出せるかを…


「私は…」


 なんと言えば正解なの?


 このチャンスを絶対に逃したくはない。


 教えて。カダベル様。どうか、その偉大なるお知恵のほんの少しでもいいです。なにとぞ、この私にお貸し与え下さい……


「私は…カダベル・ソリテールの妻となる女です!!」


 私は言い終わってからようやく自分の発言に驚く。


 そして、そんな大それたことを言ってしまったという事実に赤面した。


 なんで、なんということを…もちろん、お嫁さんになれるなら最高の…ううん、メチャメチャ最高の幸せであるからして…正しいことを言ったはずよ!


 ええ、これは善! まぎれもない善なる正当な発言よ!


 いや、でも、もしかしたらこんな小娘が妻になるだなんて、カダベル様に失礼に当たるんじゃ…あくまで、私はそれを心の中で目標にして…ううん、カダベル様がイヤじゃなければありえる話だし。


 そのカダベル様がOKしてくれるという条件クリアは当然として、もし、よければ!


 そう。私なんかでよければという話なんだけれども!!


 ああ、当然、受け身じゃダメよ。そんなの当たり前。私だってこのままじゃない。努力しないって話じゃないわ!


 カダベル様に相応しい女にならなければならないのであって!!


 日々自分磨きに努力して、いちはやく立派なお嫁さんになれるようにしなければ!!


 頭の中で色々と考えている間に、ゴライがポカンと口を開く。


「…ご主人サマの奥サマ…デッセ?」


 何やらゴライの口調と雰囲気が変わった気がした。


「え、ええ。これが証拠よ!!」


 私はカダベル様の杖を掲げる。


 何の証拠にもならないが…こういうのは言ったもの勝ちだと私の勘が言っている。


 ゴライの曇った眼に光が宿ったように見えた。

 …白濁しているのは変わらないんだけれども。


「…奥サマ。ゴライはどうすればいいん…デッセ?」


「どうすればいい? 簡単よ。ゴライ。あなたはカダベル様との連絡方法を私に…」


 ゴライが大きく肩を落とす。それは実に人間らしい仕草に私には思えた。


「…ご主人サマの命令をずっと守ってきましたッセ」


 やっぱり! 私が思ったとおり! ゴライはカダベル様の命令で……


「アカオニを追い払って、ニンゲンを守れって…だけれども、いくらアカオニ倒しても、ご主人サマはホメてくれないんデッセ……」


「…あなた、何を…」


 ゴライが首にかかっていた紐をほどく。


「それは……通信の道具で……?」


 そして大事そうに、ゆっくりと、だいぶ古ぼけた赤い生地に包まれた荷物を下ろした。


「……ゴライ。あなたは…なんてこと。なんて…ことを」


 包みから出てきたモノを見て、私は絶望してガクンと両膝を地面に付いた。


「あ、あああ…あああああああ……あああああああああッ!!!!!」


 涙も鼻水もヨダレも、すべてを垂れ流しつつ私は這うようにして“荷物”へと向かう。


 そこにあったのは遺体だった。


 干からびてしまい、もはやそれは元の面影すら失われてしまっていた。


 聞くまでもない。それが誰なのか私にはすぐにわかった。わかってしまった。


「カダベル様が! カダベル様が!! 死んでしまわれた!!! 死んで…死んじゃったァァッ!! ウワァァァァーンッ!!!!」


 ゾドルさんたちが心配して走ってくるのも、人がいるのなんて関係なく、私はひどく咽び泣く。


 ご遺体に触れる。抱きしめたかった。けれど、すぐに崩れてしまいそうだ。


 もどかしさのあまり、私は地面を殴り、泣き喚き散らす。


「ろ、ロリーシェちゃん! 落ち着いて!!」


「カダベル様がぁ!!! どうしてこんなお姿に…あああ、私が! 私が身代わりになれれば!! 誰のせいでこんなことにぃぃぃッ!! どうしたら元に戻れるの!? 私が早く来なかったから、ああ、私のせいだぁ! あの頃に帰りたいよォッ!!」


 自分で言っていて、何を言っているのかさっぱりわからない。


「あ…」


 眼の前が暗くなり、私の中で何かがプツンと切れた気がした。


「…世界が終わってしまった。すべてが終わってしまった。意味がない。…よし、死のう」


「バカ言ってんじゃないよ!!」


 パチン! と、ミライさんの鋭い平手打ちが私の頬を叩く。


 痛い…けれど、もはや痛みは遠いどこかのもので、私とは別のものとしか感じられなかった。


「ロリーシェ。よく聞きな。辛いのはよくわかるよ。だけれど、アンタみたいな若い女の子が死ぬなんて、そんなバカなことは言わないでおくれ…」


 村人たちに抑えられていたが、もはや放心状態に陥った私に、これ以上暴れる気なんて微塵も起きなかった。


「ゴライさん。アンタはこの遺体を担いで…」


「ご主人サマは遺体じゃないデッセ」


「いや、どう見ても…これは…」


「ご主人サマは…最期にご自分に魔法を使われてたデッセ」


「そりゃ、治癒の魔法か何かを使ったんだろうよ。…けれど、何かの効果があったようには…」


「ちょっと待って!!!」


 私が声を上げる。周りの手を振り払うと、ゴライに近づいて淀んだ眼をジッと見やる。


「教えて。ゴライ! 最期にカダベル様はどんな魔法を使われたの!? どんな様子だったの!?」


「…それは…」


 私はゴライから、カダベル様を看取った時の詳細を聞く。


 ゴライの説明はわかりづらいところもあったが、魔法の描写を聞いたとき、何か思い当たるものがあった。


「…そう。額が光ったのね? それは間違いないのね?」


 ゴライが頷く。


 私には理屈で説明できるような確信があったわけではない。


 だけれども、今回の直感には外れがないように思われた。


「……皆さん。カダベル様は復活なされます!! 間違いありません!!!」




──




「やあ、ロリーシェ」


「おはようございます。ペリアンさん」


「今朝もカダベル様のとこに行くのかい?」


「はい!」


「そうか。オイラも後で行くよ。カカァの具合が良くなったお礼を言いに行かにゃならん」


「ぜひそうして下さい! カダベル様もお喜びになられるはずですから!」



「おや、ロリーシェちゃん。カダベル様んところ行かれるなら、うちの畑で採れたばかりの新鮮な野菜をもって行っておくれ」


「はーい。ありがとうございます!」



「あ! ロリーシェお姉ちゃん!」


「パトラ。今日はカダベル様にお祈りした?」


「うん。もちろん! 戻ってきたら、またカダベル様のお話してくれる?」


「ええ。もちろんいいわよ」



 ゴゴル村では、カダベル様への信心が着実に育ちつつある。


 最初は“ミイラ”を祀ることへ抵抗があった村人たちも、今ではそれを当たり前のこととして受け容れていた。


 もちろん、カダベル様は生きておられる。あのお姿を屍体と捉えることこそが失礼な話だ。


 これに一役買ったのがゴライの存在だ。彼がいなければ、ゾドル村長を始めとした頭の固い大人たちを説き伏せることは難しかっただろう。


 どんな疑念も、確たる証拠さえあれば消え去る。


 怪訝な顔をしていた村人たちは、ゴライの心臓が止まり、血液が流れていないことを自身の手で確認すると、最初こそ困惑と恐怖に襲われていたけれど、やがてそのゴライを生み出した大魔法士がカダベル様だと知り、強い畏怖と畏敬の念を抱くようになる。


 そう聖教会の長、聖教皇王ですら、死者を復活させる魔法など使うことができない。


 だからこそ、カダベル様が普通の魔法士の器に収まるような方ではないと理解するのだ。


 そして、私はカダベル様の偉業を仔細に伝える。


 私たちの家族を救い、けれどもそれを誇ることはない謙虚な方であること。


 そして、この村を“赤鬼”と呼ばれる化け物から人々を守るためにこそ、このゴライを遣わし、“その身を挺して魔法を維持している”のだと。


 確かに最後の部分は推測が大部分だ。


 だが、ゴライの話を総合して考えるに、カダベル様は赤鬼の襲来を予期されていた。そして青鬼(色合いからしても、ゴライのことを示すのだろう)に守るようにお命じになった。


 “サーフィン”というものが何を示すのかはいまいち不明だったが、ゴライが聞いたところによると“モテ”や“海”や“波”といった言葉がその説明に使われていたらしい。


 思うに、“海”は“命そのもの”の喩えなのではないだろうか。聖学校でも数多の命を宿す海を“生命の母“などと呼ぶと教わった覚えがある。


 “波”は潮の満ち引き、打ち寄せを繰り返すことから、“再生”を意味しているのではないだろうか。


 “モテ”は……そうだ。たぶん、“保つ”とかそういう意味なんじゃないだろうか。つまり、“保存”とか“維持”とかそういうことだろう。


 そして、この3つの喩えを複合させて意味を解読してみると…



──我が命が再生する時まで(我が身を)保持せよ──



 よし、これですべてが繋がった!


 カダベル様はすべてを知っておられて、早くに準備なされたに違いない!


 証拠に、これらに共通するキーワードとして“女の子”の協力ということも述べていたらしい。


 つまりこれは、私ことロリーシェ・クシエがここに来ることすら、カダベル様にとっては予定されていたということじゃないだろうか!


「ああ、カダベル様。早く。早くお戻りになって下さいますように!」


 こうして、私は今日も、祭壇のカダベル様のお世話にと向かうのだった……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ