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屍従王  作者: シギ
第一章 世界異動編
12/113

012 ミイラが策を練る

「ん。壊されちったかぁ…」


 倒されたという感覚がする。


 感覚を共有しているわけではないが、自分の魔力を追う魔法があるのだ。


「モロイなぁー。やっと上手く造れるようになってきたってのにさぁー」


 とても少女のものとは思えない妖艶さをもって、面白そうにケラケラと笑う。


「またかよ。こんなド田舎の攻略に何年かけるつもりだ」


 青年が不愉快そうに言った。


「別にいーじゃん。どうせ時間かかるんだしぃ〜。愉しくやったってさぁ〜」


 口に入れた棒飴を何度もねぶる。ピンクの色がチロチロと扇情的に動くのを見て、青年は何とも言えない顔をした。


「…だけど、“魔女”サンよぉ。今回の“チェリー”は…何体だっけ?」


「10体。今までで最大数」


「生き残ってるのか?」


「2体ね。生け捕りにされたけど。…あ、今、壊されたわ」


 “壊された”ときの感じはなんだかこそばゆい感じがした。

 魔女と呼ばれた少女は、自身を慰めるようにして腹部を撫でる。


「こりゃ単なる村人の仕業じゃねぇんだろ? 腕っぷしが強いとかそんなレベルじゃねぇよ」


「そう。そんなの前からわかってる。だから様子を見に行ってほしいの。マクセラル」


 マクセラルと呼ばれた青年がニヤリと笑う。きっと頼られたと思って嬉しくなったのだろう。

 単純な性格…それこそ尻尾を振る犬みたいだと少女は思った。


 だいぶ前から、チェリーどもでは埒が明かないことはわかっていた。だからこそ、このマクセラルをぶつけたらどうかと思ってはいたのだ。


「直接戦闘はNGだからね」


「わかってる。山賊か何かのフリすりゃいいんだろ」


 それぐらいの知恵はあったか…と、少女は心の中で頭を撫でてやった。


「…あ。これ持っていってね」


 少女が何かを放る。マクセラルがキャッチして目を細めた。


「ネックレスか? なんだ?」


 それは土色をした宝石のついたシンプルなアクセサリーだ。

 訝しげにしたのは、彼女が好むようなデザインではないし、ずいぶんと安っぽい物に見えたからだ。


「お守りだよー」


「……わかった」


 何か意味があるのだろうとは思いつつも、魔女がそれを説明する気がないのを見て、マクセラルは考えるのを止め、ネックレスを素直に胸ポケットにしまった。


「ま、せいぜい気をつけることね。敵に魔法士がいるわ」


「魔法士? …攻撃魔法で倒されたってのか?」


「…そこまでは知らなーい」


 無責任だなとマクセラルは思う。しかし、魔女の性格をよく知る彼はそれを口にしなかった。

 

「チェリーを分解して中身を確認しようとしているわ。だとしたら、ちょっとは頭がいいかも」


「調べても何も出てこないだろ。だが、もし生き物じゃないって気づいたんだとしたら…かなりの手練かもな」


「まあね。でも、アンタのが強いから大丈夫でしょ」


「当たり前だぜ! 任せときな! “魔女ジュエル”!」




──




「生物ではない…と?」


「ああ。間違いなく造りモノさ。こんな奇怪な化け物が自然発生してたまるか」


 俺は自分の見解を説明しつつ、ロリーから受け取った短剣で赤鬼の胴体を無造作に切りつける。

 紫色の血が吹き出して、俺は汚れまいと後ろに大きく後退った。


「し、しかし、こうやって血も出てますし…」


「見せかけさ。皮膚と皮膚の間に、この液体を詰めているだけだ。

 …それと口腔内の奥に、食道や胃どころか腸すらもない。あるのは目玉1個と、食ったものをそのまま排泄する穴だけだ。

 つまりコイツは、食らった物を消化して吸収しているわけじゃない」


 俺が杖で指し示すと、ロリーが何度もコクコクと頷いて物凄い勢いでメモを取る。なんか意識高い系の新入社員っぽい。


「では、赤鬼らはどこから来たと?」


「そんなこと考えるまでもない。コイツを造ったヤツの所からだろ」


「いったい誰が造ったって言うんだい?」


 ゾドルの妻のミライ…だったか。不安そうに尋ねてくる。


「…それはわからん。だが、かなり魔法の知識がある者であることには違いないな」


 緑色の水晶…源核によく似ているが、遥かに大きいそれを手に持ち、俺はそう答えた。


 これから得られた情報は、このモンスターが人工的に造られたものであり、まるで生きているかのように動くよう、単純な指示が下されていたということだけだ。


 もう少し調べれば造り手のことも詳しくわかったかも知れないが、とりあえず先に情報共有した方がいいだろうと思って話したのである。


 しかもこの赤鬼、構成している物質が色々…グロい、エグい材料を使っている。


 個体によって全く違うミンチを…いや、何ていうか簡単に言うと“ハンバーグのタネ”なのだ。


 まあ、ハンバーグも鶏とか豚とかイワシとか…色々と合い挽きにされたのがあるだろう。あれと同じで、肉の見た目は似ているけれど、中身はまったく別物が合わさっているということだ。


 それでなんで俺にこんなことがわかるかと言えば、俺も似たようなモノ(ゴライ)を造っているからだ。


「まだこのサーフィン村を襲ってくるんでしょうか? 今回10匹ってことは…もっと数が増えることも?」


「正直に言ってわからないが…。可能性は高いだろうな」


 攻撃してきたということは当然、敵意があるということだ。

 目的はわからずとも、村人を喰い殺す化け物を送ってくる時点でまっとうな考えがあるとは思えない。交渉することも難しいと考えるべきだろう。


「不明なことばかりだ。もし数が多くなれば、今以上に苦戦を強いられるな」


「カダベル様でもどうにもならんのでしょうか…?」


 俺でもってどういう意味?


「そうだな。悪いことは言わないよ。俺が言うのもなんだが、命あっての物種だ。この村を棄ててでも…」


 村人の沈んだ顔を見て、俺は最後まで言い切ることができなかった。


 そうだ。この赤鬼がやって来てから、誰もがそのことを考えたはずだ。村を棄てて簡単に逃げられるならとっくの昔に逃げ出している。


 また彼らは、なぜか俺がゴライを派遣してこの村を守るように命じたのだと信じ切っている。


 なにがどうしてこうなったのかよくわからんが、それでもその信頼を簡単に踏みにじるのも気分が悪い。


 ううーん。いいや、ここで下手な希望を持たせる方が……


「カダベル様なら大丈夫です!」


 ロリー!! 君のその根拠なき発言はやめてくれ!!


「カダベル様はこの短時間で、魔物についてここまで調べて下さいました!」


 村人たちが「そうだ」とか言って頷き合ってるんですけど!


 やめて!


「そのお知恵をもってすれば!!」


「いや…俺は…」


 いかん! だいたいこのパターンだ!


 ここで優柔不断なことを言うと、決まって後から大変なことに…


「それにカダベル様の魔法スゴかったです!! あんな一瞬のうちに幾つもの魔法を使われるなんて!!」


「いや、あんなのは低ランクの…」


 村人たちがザワザワとしだす。「幾つも魔法を使ったって!」「やはり大魔法士だった!」「さすがカダベル様だ!」「守り神様バンザイ!」なんて耳打ちし合っている…


 ダメだ。俺には言えない。


 俺が実は弱くて、たまたま上手く足止めできただけなんてどうして言えよう。


 でも非常にマズイ。


 マズイってかヤバい。


 今まで5〜6体だったのが急に10体になったってことは、敵方も戦力増強せねばならないと判断しているってことだ。


 本腰を入れて攻めかかりつつあると思って間違いないだろう。


 もしこれを100体とかの単位で動かせたとしたら…もうダメだ。オシマイだ。


 俺の魔法をいくら駆使しても、とても太刀打ちできるわけがない。


 ああ、なんで死んでからもこんな眼に遭うんだ、俺は!


 騙されて異動させられ、寿命を迎えてすぐ死んで、復活したと思ったらミイラで、復活した直後からこんなわけのわからない問題が巻き込まれるなんて!


 なんて復活だ!


 復活なんてしなきゃよかった!


「…カダベル様」


 心配そうにロリーが腕を取ってくる。


 …いや、胸が当たってるんだが。生前なら嬉しいご褒美だが、女の子より細い自分の腕が何とも情けないじゃないか。 


 そうだ。ロリーのような美少女の側に立つのは、ゴライのようなマッチョマンの方が絵に…


 いや、ゴライはなしだ。ゾンビじゃん。


 もちろんかといって、ゾドルもダメだ。横幅だけで言えば、俺よりは合格だろうけどな。


「カダベル様。私はカダベル様に救われた身…。お命じいただければ、力及ばずとも命を賭してガンバリます!」


「ゴライもデッセ!」


 …はあ。なんだよ。


 俺はそんなこと望んでいないってのに。


「…ゾドル」


「ハッ!」


「…いや、お前は俺の手下ってわけでもないんだからさ。村長なんだし、そう畏まらないでもいいよ」


「いえ! これが当然の態度です!」


 ゾドルがギロッと村人らを睨むと、全員が同じように頭を垂れた。


 ああ、胸が痛い。胸の奥が…まあ、干からびた心臓はもう動いてないんだが、そこがズキズキする気がする。

 きっと源核がそう思わせているだけなんだけれどね。


 森脇道貞も、カダベル・ソリテールもそんな立派な人間じゃない。


 ただ自己満足のために生きていた、お前たちとそう変わらないつまらない人間なのだとイチから教えてやりたい。


 教えてよーく理解してもらいたい。


「……必ずしも勝てるわけじゃないぞ」


 この台詞で誰かしら失望の色を見せるかと思ったんだが、どうにも俺が死んでいる間に、ゴライは相当なまでに信頼を培ってしまった様だ。


 溺れる者は藁をも掴むと言うが…村人の必死な眼はまさにそれを思わせた。


 なら、俺も腹を決めるしかない。


 失敗したら、ミイラなんかに頼った自分たちが悪いんだと諦めてもらおう。


「……よし。それでも良いならば策を練ろう。当然、お前たちの全面的な協力も必要となるからな」




──




 サーフィン村の情報を集めた。


 村人はロリーとゴライを除いて総勢98名。48名が男、39名が女、11名が成人していない子供。

 平均年齢は子供を抜かして、後期高齢者の仲間入りに迫るという、順調に過疎りつつある、本当に小さな寒村だ。


 だが、たまに若者が剣呑な都市部を嫌がって移住して来たり、行くあてのない孤児を積極的に引き受けたりと、意外とオープンなところがあって柔軟に対応しようとはしているらしい。


 急にやって来たロリーが住みつけたのも、こういう村の特性からだろう(ゴライに至っては勝手に近隣に住み着いていたらしいが)。


 女性や子供も戦わねばならぬ前提で考えねばならないが、身体的な問題からやはり前線に立つのは男たちだろう。


 ゴライのなんちゃって武術指導を受けていたのは、村長を含む男衆12名ほど。

 普段は4人3交代制で見張りなどをやっているようだが、有事の際には全員がすぐに集まることになっている。

 こっちはまあ問題ない。上手く連携する方法さえ教えれば、つまり戦術さえ与えれば、そこそこ機能するだろう。


 残りの男たちは鍬や斧は扱えるが、まず赤鬼と戦ったことがない。


 弓矢を持てばとは思うのだが、どうにも下手に射っても、あの赤鬼の弾力あるワガママボディにはあまり効果がないだろう。


 投石なども当然のように弾かれるのだろうからして、刃物で斬りつけた方が早いわけだ。


 なら、遠くから攻撃できる槍が最適だ。突くことならさほど時間がかからずともできるようになるはずだしな。



「違う」


「え?」


 腰だめに槍を突く練習をしている若者に声を掛ける。


「人間相手ならばそこそこ様になっているんだがね。相手は化け物だ」


「は、はい」


 槍はそこら辺から切り出した4メートルそこらの物だ。俺が【接合】で先端に刃物を取りつけた。


「敵はまっすぐに攻めて来る。敵がぶつかった瞬間に柄を大きく地面に下げろ。そうすれば、反動で転ばないで済む。自分より自重が大きい相手だということを忘れるな」


「な、なるほど…」


 横に立っているロリーも懸命にメモを取る。


 いや、君は戦士じゃないだろ。肉弾戦をするわけじゃないんだからそんなの覚えても役に立たないぞ。


「カダベル様は魔法士なのに、そんなことまで識っておられるのですね!」


「いや、ちょっと考えればわかることだ。俺の無駄な雑学知識は本や映画で…」


 そうか。そういえば、この世界には娯楽というものが極端に少ないな。


 小説や漫画のようなものがないわけじゃないが、魔法書のような物もそうだが、本を作るための紙そのものが高価なため、なかなか庶民が触れる機会がないのだ。


 そして、これは貴族であったカダベルは知らなかったことなのだが、一般市民は魔法をほとんど使えないらしい。


 「魔法書を買えないならば図書館で借りて学べばいいじゃない!」…そんなことは、どこぞの王族のような高慢な考えによる誤りだったようだ。


 そもそも都市部ならともかく、田舎の方であればあるほど識字率は低くなり、文字が読めたとして、魔法書を読むかと聞かれたら読まないだろう。貸し本だって庶民からしてみれば決して安くはない金額だ。


 魔法が使えるのは、ロリーシェが聖学校で得た治療系を3つほど。ゴライは屍体だからというのもあって0。


ってか、ゴライには魔法を使わせる前提で【調整】はしていないしな。生前に魔法が使えたかも怪しい。


 村人たちも平均して生活魔法を3つか4つ修得していればいいという程度だ。それも村で共有財産として持っている魔法書写本で学んだものであり、ほとんど全員が重複してる上、農作業などで役立つ魔法ばかりに限られている。


 研究という名の道楽で、100個も魔法を覚えたカダベルのような金持ちとは違うわけだ。



「あ。そうだ。言うのを忘れていた。槍を刺した瞬間、【倍加】を使える者は使えよ」


 槍の練習をしていた者たちが顔を見合わせる。


「どうした? 使い手がひとりもいないのか?」


「いえ、何人かは使えますけれど…。荷物を持つ時に使う魔法ですよね?」


「そうだ。…ああ、お前たちは“荷物を持つ魔法”だと思っているのか。それは違うよ。使う対象物によって質量を増加させ…ん?」


 自分で言ってて違和感を覚える。


 そうだ。【倍加】は物の質量を倍に増やしたりすることができる。


 例えば坂道の荷物を転がして下ろす時に、荷物の質量を倍にすれば、それだけでスピードアップ…そんな使い方ができるわけだ。


 そして【倍加】は筋肉量なども倍にできる。彼がいま言っていたのはそういうことだ。


 そして筋肉を増強することで重い荷物を運ぶことができる、と。


 だが、重要な点はそこではない。これは物体にも人体にも作用する魔法だということだ。


「…ちょっと試したいことがある。【倍加】が使える者。前に出てくれ」


 俺が言うと、3人の男たちが前に進み出て来た。


「そうだな。この樹がいい。…そこの君、名前は?」


「ナッシュです」


「よし。ナッシュくん。思いっきり樹を槍で突いてみてくれ」


 俺が側にあった樹木を指差すと、ナッシュが突く。


 だが、幹は思った以上に固く、小さな穴が空いた程度だ。


「よし。ナッシュくんに【倍加】をかけよう。さあ、これでもう一度…」


 ナッシュはためらいつつも同じことを行う。俺の【倍加】で筋肉が増強されていたので、ズガッ! という強い音がして、先程よりも深く穴が空いた。


 力が強くなったという実感があるナッシュは少し驚いていた。荷物を運ぶ魔法でこんなことができるとは思っていなかったからだろう。


「ふむ。では、【倍加】がかけられる3人。ナッシュくんの右腕、左腕…それと、そうだな。利き足である右脚にしようか。そこをターゲットにして魔法をかけてみるんだ」


 俺がそう言うと、不思議そうにしながらも言われた通りにする。


 そしてナッシュが突くが、幹には俺がさっき【倍加】をかけた時と同じような傷しかつかなかった。


「…重複はしない、か」


「…無理ですよ。魔法を何回もかけるだなんて」


「そういう意味でかけたわけじゃないんだがな…。そうだな。用は使い方の問題なんだ。もう一度、やってみせてくれ」


 俺がまた【倍加】をかける。


 さすがに3度目とあって、ナッシュの顔にも不審感が表れていた。


 だが、俺が何も言わないと諦めたように槍で再び突く。


 ズドォッ!!!


 物凄い音がして、槍の先端が太い幹を突き抜けて飛び出してしまった。


 それを行ったナッシュ本人が驚いていて、口をパクパクとさせている。


「…これは? カダベル様。一体何を?」


「なに難しい話じゃない。突く瞬間、槍が重くなったと感じたんじゃないか?」


「え? 言われてみれば…今は軽くなってますけれど」


 ナッシュは自分の槍を見て不思議そうに言う。 


「そうだ。君の筋力にかけた後、槍の先端にも【倍加】をかけただけの話だ。

 槍は突く勢いが乗った瞬間にね。そうすれば倍の筋力で突き出した、倍の重さの槍が……で、結果がこうなるのは必然というわけだ」


「スゴイ…スゴすぎます!!」


 ロリーが興奮して鼻息を荒くしている。

 

「…だが、戦闘には使えない」


「え? どうしてですか?」


「タイミングが難しすぎる。今のはたまたま上手くいったが、武術の達人でも無い限り、勢いが乗った瞬間に【倍加】をかけるなんて芸当はなかなかできないだろう」


 練習すれば…と思ったが、まず無理だろう。


 俺は魔法を一瞬で発動できる上、またナッシュの槍を突き出すタイミングを横から見ていたから…そんな条件が重なって、本当に偶然に上手くいっただけだ。


 タイミングが少しでも狂えば、急に重さの変わった槍のせいで狙いがズレる危険が高いし、下手をしたら筋肉を痛めかねない。


 あ! ……ナッシュを脱臼させなくて良かった。今になって自分が行ったことの愚かさに気づく。


「【倍加】…なんだか色々と使えそうな気がするんだがな。今後の研究項目に追加だな」


 カダベルの記憶のせいか、魔法について色々と考えるのは楽しい。

 いや、もしかしたら俺自身がそういう性格なのかも知れないだけだが。




──




 村の外には、いくつもの丸太を組んで、荒縄で巻いた簡易な馬房柵を作らせる。


 ってか、今までバリケードひとつ作らなかったってどうなのよ。どれだけ脳筋なのよ。


 まあ、言っても5体ぐらいが相手じゃ、確かにゴライが走って行って倒してしまえば簡単だろうけれど…それでもちょっとした時間食い止めるとかの必要性あったんじゃないのかなぁ。


「俺の予測が正しければ、そのまま柵に突っ込んでくる。その間を槍で突けば、戦闘慣れしてない者でも安全に倒すことができるだろう」


「おお!!」


「あと、柵の下と後ろには、平たい石か板片を隙間無く敷き詰めろ。少し土の中に埋める感じでね」


「なぜですか?」


「槍を地面に固定させるためだ。柔らかい土だとそのまま柄が中に沈んでしまって踏ん張りが効かない。そこまでしても崩されるやもしれんが、槍を持った者が逃げるわずかな時間ぐらいは稼げるだろう」


「おおおお!!」


 なんかやたらと驚いているけど、本当にわかってんのかゾドル(こいつ)


 念の為、柵に【倍加】をかけてより安定させる話をすると、やはりそんなことは考えていなかったゾドルは再び感動したようだった。


 いや、今あるリソースを最大限に活用ってのは常識じゃね?


 …というか、そういう発想すらできないのがこの世界の普通なのか。


「そして、ミライ。もし万が一、村に侵入された場合は…」


「ああ! 任せてくんな! このフライパンで叩きのめして…」


「ちっがーう!」


 ああ、もう。頭が痛くなってくる。


 女性や子供たちを前に大声を出してしまったことに俺は気まずくなって咳払いする。 


 泣くな。幼女よ。確かにミイラが怒鳴ってるのはヤバい。漏らすのはわかる。


 だが、泣くな。これから大事な話をするから!


「いいか。まずは逃げろ。子供たちを連れてだ。俺を祀ってた祭壇のところに向かって、全員で逃げるんだ」


「逃げろだなんて。アタシはこの村で生まれ…」


「誰も村を棄てろだなんて言っとらん。

 …はあ。いいか。俺を祀ってた祭壇のところまではかなり長い傾斜になっている。そこに赤鬼どもをおびき寄せろ。奴らは視覚頼りで獲物を追うことを忘れるな」


「だけど、あそこは行き止まりになってるから、私たちが逆に追い詰められるんじゃ…」


 ひとりの若い主婦が心配そうな顔を浮かべる。


「大丈夫だ。赤鬼はあの角度の坂道は素早く登れない。2本足で、前後に横長いあんなバランスの悪い形をしてるんだ。ちょっとしたことでひっくり返る…かもしれん」


 あまり自信がなかったので言葉尻は弱めだ。


 だが、高いところに陣を張るのは基本だ。地の利としては間違いない。


「そして坂道から【流水】を全員で使え。坂道へと一斉に流し込め」


「そんな、洗濯に使う魔法なんかで…」


「いや、それでいいんだ。ひとり当たり限界まで魔力を使って、およそ30リットルの水が作れるとして、約50名…1500リットルか。ふむ。ちょっと少ない気もするが、家庭風呂7杯程度。うーん。まあ、泥濘はなんとか作れるだろう。たぶん」


 確信こそなかったが、井戸水を手で汲み上げて…よりは現実的だ。


 それに坂がびしょ濡れになれば歩き辛くなる。敵の行軍をわずかでも遅くはできる。


「あとは【倍加】させた岩を転がす…それはダメか。そんな岩は……いや、このアイディアは取って置こう」


「その後はどうするんだ! カダベル様!」


 なにやら男の子が眼をキラキラとさせて見つめてくる。


「ん? ああ。泥濘に落ちたのを、俺が【接合】させて動けなくする」


 男の子が手を叩いて喜ぶ。


「スゲー! なら坂の下を落とし穴みたいにしといた方がいいよな!? 俺、デッケー穴を掘るよ!」


「…お、お兄ちゃん」


「あ、ああ。だが俺の【掘削】…いや、なんでもない」


 あれ? あ、そうだ。この子たち、確か俺が甦った時に眼の前にいた兄妹だ。


「なんだよ、キララ! まだカダベル様が怖いのかよ!」


「…う、うん」


 オドオドと俺を見上げてくる。


 ああ、ゴメンよ。キララちゃん。お漏らししたのはミイラのおじさんが確かに悪い。


 涙を流して謝罪したいところだが、あいにくと泣くこともできやしない。ミイラもつらいのよ。


 側の母親は何と言っていいかわからない顔だ。兄妹と俺の顔を交互に見やる。俺が何の反応も示さないので、どうするべきか困っているのだろう。


「大丈夫だよ! カダベル様はスゲーよ!」


 なにが大丈夫なのか、なにがスゲーのか、子供の言うことは突拍子もないが、妹を安心させようとしての発言なのはわかる。


「カダベル様はイタズラ名人だぜ!」


「…こ、コラ。モルト。失礼よ」


 少年の信頼はうまく得たようだが、他の者たちは半信半疑といった感じだ。


 そりゃ皆、俺が怖いよな。

 

 俺だって、鏡で見てたら絶叫したもんな…。


 目覚めた時すぐ側に水面とか反射する物がなくてよかった。絶対に心構えなく見てたら気絶していた自信がある。


「……カダベル様も怖い。けど、アカオニも怖いの」


 震えているキララを見て気の毒に思う。


 そうか。怖いのは俺の存在だけじゃないんだよな。


 人喰いの赤鬼だってそりゃ怖いよな。


 俺だって怖いと思うんだから、こんな小さな娘なら当然だろう。


 可哀想に。この世界に怖いものが2つになって、しかもその1つが眼の前で喋ってるんだ。


 そりゃ泣くよな。漏らすよな。


「ワッアッハッハッハー!」


 俺はわざと腰に手を当てて大袈裟に笑う。


 誰もがギョッとした顔をした。そりゃそうだ。ミイラが笑ってんだから。


「よーし、約束してあげよう! モルト、キララ。赤鬼たちを退治できたら、もっとスゴイ魔法を見せてあげると!」


 ランク1しか使えないのに何言ってんだ…そう思いつつも、俺にやれることなんてこれぐらいしかない。


「……ホント? 鳥さん出せる?」


 鳥? あー、なんかランク2の魔法にそんなのが確かあったな。俺は…うーん、使えん。


「もちろん! お安い御用だとも!」


 できないなんて言えない。


 【糸操】でなんとか上手く誤魔化せる…たぶん。きっと。


 屍体が動かせたんだ。小鳥ぐらいいけるだろ。




──




「お優しいんですね」


 細かな作戦指示書を木片に【筆記】していると、ロリーが声をかけてくる。


「優しい? 何がだい?」


「カダベル様です。さっき、子供たちに…」


「ああ。近くにいたのか? そういえばゾドルと話していた時か。君の姿は見当たらなかったが…」


「ええ。勝手に離れてすみません。お話の邪魔をしては…と思いまして」


「構わないよ。あまり気を遣わないでくれ。それでどこに行ってたんだ?」


「練習でケガをされた方の【手当】で…。ちょうど戻った時だったんです」


 そういや修道士…見習いだったか?


 【手当】の魔法は聖教会が独占してるとかなんとかで、使い手は貴重らしいな。


 ま、実のところカダベルはコネがあって【手当】は習得済みなんですけどね!


 …うん。だけれど、まったく自慢にもならんけど。


「えっと、私は…」


「ロリーも待機班だよ。作戦は…ま、君なら読めば理解できるか」


 文字の書かれた木片を渡すと、ロリーは嬉しそう胸に当てる。


 いや、おっぱいに当てるんじゃなくて読んで欲しいんだが…


 カダベルの「別にー」と、道貞の「俺も木片になりてー」という叫びが俺の心の中でぶつかり合う。


「…カダベル様は、子供は…子供、皆に優しいのですか?」


「ん? 子供は苦手だ」


「え?」


「泣かれるとどうしていいかわからん。俺には子供もいなかったしな」


 そりゃ童貞道貞も、変人カダベルも双方がだ。


「…それはロリー。君もそうだ。だからできれば泣かないでくれ」


「……私もまだ子供、ですか」


 なんだかやけに落ち込んでいるな。


 別に子供と同列に扱ったつもりもないんだが。泣かれるのが嫌だって話でね。


「…子供に優しいカダベル様は最高です。でも、それを赦せない私がいるんです。それが苦しくて」


「? 赦せない?」


「ぶっちゃけ嫉妬してます! 寵愛を受けて助けられたのは私だけ…そう信じたくて!」


「お、おお…」


 あれか。犬を飼ってると、赤ん坊が生まれるとヤキモチをやくって聞いたことがある。


 友達んちはいつもゲームを買って貰えるのに、うちは辞典や図鑑ばかりで、抗議を申し立てると「うちはうち! よそはよそ!」とお決まりの台詞を言われたっけな。


 かといって、「なんでアンタは○○君みたいに勉強できないの!?」と怒られる時にはコレって通用しないんだよな。屁理屈を言うなって叩かれるんだ。ひどい話だ。


 …と、こっちはなんか違ったか。


「…私を助けて下さったのは特別。嘘でもいいです。私だけはそう思っていても構いませんか?」


 失われた眼で、彼女の眼を見やる。


 ミイラに助けられる特別が欲しいっていうのか。


 ミイラフェチだけにナンバーワンの座は譲れないって意味か。


 難しいな。なかなか理解してやれない。


「…ロリーは修道士なんだよな」


 修道女じゃないのかと思うが、俺の中での日本語変換は修道士だ。ここにも男女性差別への配慮が及んでいるのかも知れない。


「はい。見習いのまま…ですが」


 二の腕に巻かれた白い布を見せる。


 確か見習いの証なんだっけか?


「そうか。俺の世界…いや、この国からうんと遠く離れた場所の話なんだが、そこには聖書という本があってね」


「聖書? 聖典のことですか?」


「ん? あー、まあ、近いが違うかな。そこに書かれている神は源神オーヴァスじゃないからね」


 この世界の神はそんな名前らしい…もちろんカダベルの記憶からだ。宗教に興味のない男でも神の名前くらいは知っている。


「…そうなんですか」


「ま、その本の中で、今でも印象に残っている言葉があってね」


「どんな言葉なんですか?」


「うん。『死者は、死者に葬らせよ』…ってヤツさ」


「? 死者を死者に? …どういう意味でしょうか?」


「…さあ?」


 ロリーは眼を瞬いてキョトンとした後、頬を膨らませる。


「……私をからかってますか?」


「いや、違うよ。…子供の頃ね。嫌だってのに教会学校に連れて行かれて、意味がわからん言葉だなぁと妙に覚えていたのがコレだったのさ」


 他にも“信じれば救われる”だの、“右の頬をぶたれたら…”みたいなわかりやすいのもあったのにな。よりによって、なんでこんな言葉だったのやら。


「…だがね。この身になって思うのだよ。先人の格言も馬鹿にしたものではないと、な」


「カダベル様…」


「俺はもはや現世うつしよの者ではない。だからこそ、未来がある者たちのために何かを成す…それはかなり格好いいことだろう?」


 ロリーが尋常じゃない勢いで、頭を何度も縦に振る。


「どの世界も、どの人生も、不条理や理不尽なことが多くある。

 どこから来たかわからん、わけわからん赤鬼に襲われているこの村も典型的だろう」


「…はい」


「ああ。俺も泣いたし、泣かされたさ。だから泣かれたくない。泣いてほしくないと思う。それは優しさとは少し違うんじゃないかな。同類同病、相憐れむ…に近いと思う」


 異動したからといってトラウマは消えない。


 幸いにして俺は囚われることにはならなかったけど、たまに思い出すと結構辛いんだよね。


「…ロリー。君もゴライに襲われた時に痛感したんじゃないかい?」


 胸元をギュと抑え、ロリーが頬を紅く染める。


 なんだ?


 あれって、そんな顔をする経験だったのか? 


 辛かったんじゃないの?


 …いや、まさかMっ気でもあるのか?


 そうかミイラフェチだもんな。


 痛々しい物が好きなのかも知れない。


「…さっき言った死者が死者を葬るだなんて、それこそ不条理に極まる話だ。

 しかし、それが世界の在り方であり、その不条理によって俺の存続が許されると言うのであれば…」


 きっと本来の意味は違うのだろう。


 それでも俺はこの言葉を通して学ぶ。


 得るものがあったのだからそれはそれでいいじゃないか。


 咎める者はいないはずだ。


「…逆に利用してやろう。俺の不条理で、世界の理不尽を挑むだなんてちょっと面白いじゃないか」


 コードネームだと、“世界に抗う者”…なんて、中二病か!


 こっぱずかしー! そっちは口に出しては言えねぇよ〜! 


 そういやタンスの中に漆黒のマントとか入れてたな。どう見ても単なる布切れだったけれど。

 成人した時にカビの生えたアレを見つけた時は死にたくなったな…ま、もう死んだんだからどうでもいいか。


 うん。生前の…しかも異動前の話だ。これもトラウマさ!


 はあ。なんかスゴイ大魔法でも使えるならそんな生き方も面白いだろうけれど、あいにくとこっちは低級魔法しか使えない。頭を使って上手くやるしかない。


 “世界に抗う者”というより、“おばあちゃんの知恵袋”みたいだよ。


 格好悪いにも程がある。まあ、見た目も老人通り越したミイラだしな。もう格好良さなんて関係ないさ。


「…ロリー?」


 そういえば彼女に反応がないのをおかしく思って【筆記】を止めて見やると…


 え? なんかヨダレたらしてどこかに逝かれてるんですけど…


「お、おい!?」


「…ハッ! す、スミマセン!」


「…あ、あまりに恥ずかしい話で呆れた?」


「え? いいえ! ただ、その…感動しすぎてつい放心したというか、カダベル様が素敵すぎてつい見とれてしまったというか…」


 そうか。この娘には“ミイラ補正”がかかって見えているんだな…。


 イケメンと食べるなら、近所のラーメン屋でも高級フランス料理に見えると言うしな。彼女居たことないから知らんけど。


 ああ、かわいそうに。こんな美少女が…これもまた不条理だわ。


「…カダベル様。お願いです。そんな不条理な愛を私に…」


「敵襲デッセー!」


「来たか! 思ったより遅かったな!」


 こちらは準備万端だ。


 バカめが。きっと警戒して“計画者”が慎重になったんだな。


「…ん? ロリー。さっき何かを言いかけていたようだが…」


「…いえ、なんでもありません」


 なんか遠い目されてるんですけど…


「そ、そうか?」


「はい。行きましょう。カダベル様」

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― 新着の感想 ―
[良い点] まだ途中ですが、どうしても一言申し上げたく 心臓の表現、凄かったです。 流石です。 [一言] ゆっくりですが楽しく読ませて頂いています。 頑張って下さいー
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