093 白き死神
全身白装束。しかし、クルシァンやギアナードでも見られない変わった衣装だ。
フードもローブも細長い白紐を編んだようなデザインで、身軽そうだが、盗賊とも魔法士とも言えない格好をしている。
頭から細長い金属のチェーンが垂れ下がっており、そこに無数の板が括り付けられてチャラチャラと音を立てていた。
そして手にした大鎌……コイツと同じ背丈はあるだろうから、180センチ近いと思われる。これも持ち手も刃も真っ白だ。白色に拘りでもあるのか徹底している。
細い身体つきだが、よく鍛えられて引き締まっているのが、腕や脚の薄布越しにもわかる。
「キミが屍従王カダベルで間違いないね?」
その碧眼が俺を捉え、何が可笑しいのか三日月に歪む。
「……そうだとしたら?」
「“そうだとしたら?”」
白服がオウム返しに聞き返し、それからドラゴンの方を見て、「やめな」と囁く。
ドラゴンは俺に向かって今にでも衝撃波を放ってきそうな雰囲気だったが、白服に言われて、奇妙な鳴き声を上げて、元のようにゆっくりとした滞空状態になる。
ドラゴンを飼い慣らしているわけか。
ライゲイスを難なく倒している。油断はできない。
「おーい、黙るなよ。お話しようよ」
白服はまるで友達にでも話しかけるようにそう言う。
「お前はいったい……」
「ウソだぁぁぁぁッッッ!!!!」
正体を調べるために質問をぶつけようとした瞬間、俺の後ろからジャシーが飛び出す!
「団長!! 起きて!! 起きてくれ!! コイツを倒すんだろッ!!!」
そんなことを言いつつも、ジャシーはライゲイスの方は見ない。
現実を受け入れられていないそんな状態で、白服にガムシャラに斬り掛かる。
「起きるのは無理でしょ。もう頭ないしさ。死んだんだもの」
本人は悪びれた様子もなくそんなことを言い、ジャシーの攻撃を軽々とかわす。
「ふざけるな! ライゲイス団長がこんなアッサリと死ぬなんてありえるもんかッ!!!」
そうだ。ジャシーの言う事は全員が同じ事を思っている。
「ジャシー! 落ち着け! 下がれ!」
「うるさい! 黙れ!! 命令するな!!」
ダメだ。完全に我を忘れている。
このままではまずい。
団長の死、そしてそれを受け入れられない補佐官。聖騎士たちの要が、真っ先に崩されてしまった。
「撤退だ!! セイラーを守りつつ撤退!! 聖騎士の本分を忘れるな!!」
呆けた聖騎士たちに怒鳴ると、ようやくやるべき事を思い出して動き出す。
そうだ。ここで襲って来たのは、巫女が目的だからだ。
「え? 逃げるの? それは困るなぁー」
白服は戯れてくる子供と遊んでるみたいに、ジャシーをあしらう。
今は頭に血が登っているとは言え、彼女も補佐官だ。一般聖騎士などとは比べ物にならないくらい強いはずなのに、白服には手も足も出ない。
「殺す! 殺してやる!」
「静かにしてくれない? こっちこそ、キミは殺す……いや、殺すようには言われてないからいいっか。“聖騎士も人材不足”だって聞くしね」
「黙れってんだ!? …グッ?!」
白服はジャシーの鳩尾に拳を叩きつけた。
速い。俺の視覚でも、ほんの一瞬だけ拳を当てたしかわからなかった。
ジャシーはその場で昏倒する。
「さて、遊戯か」
【集音】は、あのドラゴンのせいで使い物にならない。
ゴライは俺の声を聞いたはずだ。なら、ゴライはナッシュを守るはずだ。彼らは大丈夫だろう。
問題は、ロリーとジョシュ……いや、セイラーがいる。彼女がいる限りは無理はしない。
セイラーが狙いとわかっているなら、彼らであれば最善手を選ぶはずだ。俺はそれを信じる。
「待て。俺が相手をする」
「へえ。キミが? それは嬉しいね〜」
白服の眼が周囲を見回す。
さっきの台詞が正しいなら、コイツは何者かから依頼を受けて動いている。そして、“聖騎士を殺すのが目的”じゃない。
だが、ライゲイスは殺せと指示されたのか? なぜだ? いや、今はそんなことはいい。
「……名前くらいは聞いてもいいか?」
「ぅん? ああ、ボク? いいよ。ボクの名前は“ミケロ”さ」
「なるほど。で、何者なんだ?」
「フフ。それは追々教えて上げるよ。ヨロシクね、カダベルくん」
「そうかい。よろしく、ミケロ。しかしね、“くん”づけで呼ばれるほど親しくなりたくはないがね!」
先手必勝。俺は腹から【抽出】で取り出す。
「魔蓄石か。キミが“特異な魔法戦”が得意なのは知っているよ!」
大鎌による攻撃。しかし形状から、“引き刈る”しかできない。
え? そのまま突いてきて……
「おッ! あっぶね!」
なんだこの武器!?
“上側”にも刃が付いてんのかよ!?
「眼がイイねぇ♪ コレ使ってんの、“首刈ったり”、“引き倒す”以外にも、“勘違いしたヤツ”の顔面を突き割ってやるのにも使えるから楽しいんだよね!」
「それは悪趣味だな……。【発打・倍】!」
「おっと! キミの戦法は知ってるってばぁ〜」
顔を狙った【発打】を避けるか。なるほどね。
「策を巡らし、油断を誘い、意表を突き……そら、次は地面でしょ?」
「【掘削・倍】!」
「はは! 当ったりぃ〜!!」
わざと落ちるフリをして、落とし穴を避けるか。
体勢を崩させることも出来ず、俺はミケロの振る大鎌を避けるべく【牽引】で逃げる。
「そう! それで距離を取るのも知ってる!」
俺が退くのに合わせて、追撃してきた。
「早く! さっきのボクの“ヒドラヴィス”を倒したみたいな、想定外の魔蓄石の使い方を魅せておくれよぉ!」
ヒドラヴィス?
それがさっきのドラゴンの名前か……
「ほら! ノンビリしてると、さっきの団長みたいに首を刈り取っちゃうよぉ!」
「【濁流放】!」
「おや?」
俺は杖の装着してあった魔蓄石を発動させる。
【流水】を遥かに超える水の塊が杖の先に集まり、ダムが決壊したかのような爆発的な勢いで前方に向かって一気に押し流す。
ミューンであれば溜めてから放つこともできるが、正規の術者でない俺はそこまでコントロールはできない。
「【大火球】だけじゃないのぉ!? なんだ! ちょっと強い魔法使えんじゃない!!」
なんでちょっと嬉しそうに言うんだよ。
だが、俺が【大火球】の魔蓄石を使ってたことも知ってるのか。
ミケロは高く跳躍したかと思うと魔法を使う。
「【不動脚】」
これは…【浮遊】と【軽化】を合わせたような魔法だ。不安定な足場でも、安定させて歩けるようにする。
だが、水の上を歩けるわけじゃなかったはずだが……んん?
「【濁流放】の水が……」
俺の予想では、辺り一面が水没するぐらいにはなるはずだった。
しかし、地面がすべて水を吸収してしまったらしい。こんなに水捌けがよいところなのか?
「足元を悪くさせるのも戦術だけど、ボクには通用しないよぉ」
ミケロは【不動脚】のおかげで、泥濘になっても足元をとられることなく、硬い地面を蹴るように再び攻撃を仕掛けてくる。
「【浮揚・倍】!」
「地理を味方にするのってのも戦術……けれども、これで同条件だね」
俺は辛うじて大鎌を受けるが、同条件なんてとんでもない。ミケロの動きは洗練された聖騎士以上だ。団長クラスを倒せるんだから当然なわけだが、俺程度じゃ一撃を防ぐのがやっとだ。
「“敵の意表を突く”、“優位性の確保”、“戦況を利用する”……どれも見事だけど、そんなものは戦う人間はみんな当たり前にやってること」
ミケロは動くたびにジャラジャラとしていた金属片を握って引きちぎる。
「敵の嫌がることをするってのは、こういうことだよ。【針鳥10】!」
魔法?
いや、違う。【不動脚】は解除されてない。
じゃあ、あの金属片みたいなのは魔蓄石みたいなものか?
彼が投げた10個の金属片が、みるみるうちにハチドリに似た形状になって飛び立つ!
【針鳥】はランク2の魔法の中でも飛び抜けて速力がある。細かなコントロールはできないが、真っすぐに逃げる敵を追うにはうってつけだ。
狙いは俺じゃない。後方の聖騎士たち……セイラーだ。
ミケロ本体は俺を狙う。前後同時攻撃ってやつかよ。確かに嫌なやり口だ。
「それ! 切り札かな? さっきから大事そうに持ってる物はさぁ!?」
「あ!」
ミケロの大鎌が、俺の左手を掠めることで握っていたものを放ってしまう。
「やっぱり、魔蓄石……は?」
俺の手元から飛んでいったものを見て、ミケロは眼を細める。
それは魔蓄石じゃない。魔蓄石と同じくらいの大きさの革袋だ。
「……バカめ。戦術を知られていて、同じ手を使うわけがないだろ。【発打】」
俺は【発打】で宙を舞う革袋を打つ。パンパンに詰めといた小麦粉が中空を舞った。
「ケホッ! 煙幕のつもりかいぃ? こんなものでボクが…」
「【空圧・倍】!」
俺は続けて、地面に向けて空圧を放つ。泥水が舞った。
「え? そんなものでなにを…」
ミケロの大鎌は俺に向かってる。当然、針鳥の動きも止められない。
「【抽出・倍】!」
俺は自分が巻き上げた泥水を対象にして魔法を使う。泥水から【抽出】するのは“砂”だ。
「【粉塵】! 【撹拌・倍】!」
【粉塵】は文字通り物質を細かくする魔法だ。これにより、俺が【抽出】した砂はより細かなパウダー状になる。
そして、【撹拌】……スプーンがない時、コーヒーにミルクを混ぜるのに役立つ生活魔法だが、【倍加】させることで対象と効果の範囲が拡がる。対象としたのは“小麦の粒子”と“砂の粒子”だ。
上空の小麦粉、俺が下から巻き上げた砂……これらが【撹拌】されるとどうなるか。周囲一面が細かい砂煙に覆われる。
「くッ!」
ミケロだけでなく、【針鳥】たちも視界を塞がれて右往左往する。
実はランク2の【針鳥】自身には視覚はない。コイツらは速度があるというメリットに対し、“ミケロの視覚情報を通じて従う”というデメリットがある。
「【円球】、【油変】…」
俺は【抽出】されて、落ちようとした残りの水を【円球】で丸くし、【油変】で油に変える。
「【追尾】、【火種】……【挿入】…」
一瞬でも間違えられない。集中して、続けざまに魔法を使い、指に巻きついていた包帯を、“あらかじめ油を染み込ませていた芯”にし、【火種】で着火し、【挿入】で油球の中に押し込む。
この時点で着火はしない。しかし、【円球】は液体物が相手だとほんの一瞬しか保持できない。
「【発打】!」
そして、最後の【発打】で、魔法が切れて割れ崩れる寸前の【円球】を打ち出す。
あらかじめ【射準】はミケロの先にある木に設定してある。
割れつつ、油を撒き散らせながら油球はミケロの頭上を通り過ぎ、その途中で【火種】が空気に触れて発火する!
「お、おおっ!?」
“燃え盛り降り注ぐ水”……即席のナパーム弾に、ミケロは驚いて下がる。
「ええー? 炎魔法は“使い切った”んじゃないのかよぉ〜。チェッ! 警戒するのは【極炎球】だけじゃないのな!」
コイツ……
そこまで、俺の事を調べてるのか。なるほどね。
「【射準】、【流水】、【油変】!」
燃え盛る水の魔法は効果は切れてない。俺は油を撒き散らすことで延焼を拡げる。この方法なら距離が取れてるんで俺自身に引火することもない。
ミケロもこれには退避する他ないだろう。
時間が稼いだ。次は……!
と、周囲が振動している。地震か?
「あーあ。こんな早くに使うつもりはなかったんだけどなぁ。水浸しにするからだよ。ボクのせいじゃないよ〜」
ひどく揺れる最中、ミケロは崖の端に立って頭をかいている。
「なにをした? って……」
地面が割れ、その隙間から見えたのは大穴だった。しかも【掘削】の穴よりも深い。さらにその下に水の流れだ。それもかなりの勢いの濁流だった。
「地下に大河だと!? ノイズの音はドラゴンじゃなく、これだったのか!?」
だが、なんかおかしいぞ? 地下大河なのに、緑が見えて……まるで山間の谷川みたいに見える。
これは……
「アーハハッ! そうさぁ、キミたちを誘い込むため、わざわざ“山を削って拵えた道”なんだからねぇ!」
「山を削る? そんな魔法……あ!」
そうか。あのドラゴンの土石流か!
攻撃に使うなら周囲の物を持ち上げて叩きつけるって戦法になるが、もし“広範囲の物を浮遊させる”って能力ならどうなる?
そうだ。“地面ごと抉り取って、壊さずに移動させる”ことができるのなら、“地形変化”させることが、そもそものドラゴンの持つ能力だったんじゃないか?
くそったれ。やけに魔力総量が少なかったのはそのためか。俺たちと戦う前に大規模な工事をやってたってことかよ。
車輪の音が響いていたわけも、やけに水捌けがよかったのも、この下がほぼ空洞になってるのなら当然だ。
そんな大規模な罠を準備するために……
「クソ! セイラーだ!」
地割れが生じ、それが広がっていき、このままじゃ全ての馬車が飲み込まれる。全滅だ。
慌てふためく俺たちを尻目に、ミケロはドラゴンの背に乗る。
そう。ヤツの狙いは聖騎士団ごと地割れに飲み込ませ、飛翔するドラゴンでセイラーを回収することだ。
ゴライ、ジョシュ! いや、無理だ。いくらあのふたりでも、地面を失っては……
「【牽引】! なに?!」
崩れ落ちる前に木々を使って移動しようとした俺は、自分の身体に布のようなものが巻き付いているのに気づく。
「よーやく捕まえたぁ♡ 」
布の先を持っているのはミケロだった。どうやら俺の行く手を阻むつもりらしい。
「邪魔をする……は? ああ?」
振り切ろうとした矢先、ドラゴンは急浮上して俺は左右に揺さぶられる。
「クッ! バカが! 俺を捕まえたところで人質の価値はない! セイラーは捕らえられないぞ!」
「人質? セイラー? なんの話だい?」
「ああ?」
「ボクの目的は最初からキミだよ」
──
「【六橋頭堡】!」
落ちて行く中、フェルトマンが、ずっと両手を合わせて集中していた末に魔法を使った。
左右の壁面から四角い土壁が迫り出し、六本もの土塊でできた歪な橋を形成する。
聖騎士たちは必死にそれにしがみつくが、しがみついた途端に崩れて何本かが崩壊した。
「セイラー様!」
ジョシュアは、危うく橋から外れて落ちそうになったセイラーを抱きかかえた。
「ゴライーッ! メガボンーッ!」
ロリーシェが悲痛の叫びを上げ、ジョシュアが視線を向けた時には、馬車と共に大河に飲み込まれるゴライの後ろ姿が見えた。
聖騎士たちも何人かはしがみつき切れずに落ちて行ってしまう。
「クソッ! なんとかしなきゃ!」
「動かないで! 当方、この魔法苦手なんですよ! 崩れますって!!」
冷や汗を流してフェルトマンが叫ぶ。魔法に使われている魔力が安定しないようで、いま彼が叫んだだけでも、また橋の一本が崩れて大河の下に没した。
仲間たちが叫んで落ちていくのを見て、ジョシュアはゴクリと息を呑む。
「フェルトマン卿! お願いします! 頑張って下さい!」
「無論、頑張ってますよォォ! 当方は八翼神官! できる! 当方はできる!」
自己啓発みたいなことを叫ぶフェルトマンだったが、もう一つ別の橋も落ちて行く。
幸いにして、フェルトマンが立っている……つまり、いまジョシュアたちがいるところはまだ安定していたが、この状態で攻撃を受けたりした場合は非常にまずい状況と言える。
「カダベル様が!!」
「え?!」
ゴライとメガボンを呼んでいたロリーが、急に空を見上げた。
ドラゴンが急上昇し、その端にカダベルが引っ掛かっているのが見えたのだ。
「カダベル様! カダベル様ぁーッ!!」
「落ち着け! ロリー!」
「危ないです! お姉ちゃん!」
取り乱すロリーシェをジョシュアとセイラーが抑えようとするが、今にも大河に落ちかねない。
「ああ! もう、暴れないでと申し上げたのにぃ……」
脂汗をかくフェルトマンの顔が、グニッと歪んだと思いきや──
最後の橋も、大河の下へと落ちて行ったのだった──