011 はじめての戦い
“赤鬼”というモンスターがいるらしい。
この世界に魔物やモンスターという存在はしないはずだった。
だけれども、それは俺の…カダベルの狭い認識でしかなかったようだ。
だが、もしかしたら、やっぱりあまり知られていない野生動物かも知れない。
突然変異の異常種が異常発生したとか…まあ、ないとは言い切れないよな。
村の入口へと向かうと、ゴライが何やら大きな板を持ってきた。
「それは何だ?」
「サーフィンボード壱号デッセ」
「サーフボード?? それが? しかも“壱”号だと? 弐号があるのか?」
どう見ても波に乗れそうにない。ただの分厚い板っぺりだ。
「弐号はカダベル様をお乗せしたやつですぜ。人も乗せることがあるとお聞きして、あのような形にしたんですわ」
「なんか根本的に勘違いをしているみたいだが。…いや、もういい」
ゾドルと村の連中までが、なぜかゴライと俺の元へと集まってくる。
そして、なんで自然と皆で移動する流れになってんの?
なんか村の入口へとドンドン追いやられてるような気がしてならないんですけど。
「しかし、カダベル様。あの“赤鬼”ってのは何なんですか? よければお教え頂けないでしょうか。なぜ、この村を襲うのかも…」
「え?」
なんだ?
なんでゾドルは俺にそんなことを聞く?
ってか、“赤鬼”ってのをそもそも俺は見たことがないんだぞ。
ゴライがそう呼ぶからそうなったのだとはわかったが、たぶん“鬼”とはまったく関係ない動物に違いない。
「口ごもられるとは…。そもそも我々は知らないほうがいい、と? そういうことですか?」
どうしてそうなる?
黙っていたのは普通に知らないからだ。
それにさっきからその俺とゴライに向けている期待に満ちた眼はなんだ。
ゴライはどうしてかその赤鬼とやらを退治できるようだが、低ランクの生活魔法しか使えない俺にそんなこと期待されても困る。
ってか、逃げ道がない! いつの間にか村人に囲まれてる!
屋敷に戻る道も完璧に塞がれてるんですけど!
これって俺に赤鬼を倒せってことなの?
なんで当たり前の様にそんな流れになってるの?
ついさっきまで動かぬミイラだった存在を、どうしてそんな危ない場所へ連れて行くってのよ?
コイツらは俺を恩人だとやけに持ち上げているけどさ。
頭おかしいんじゃないの?
(やめて! 俺はおうちに帰るの!)
それがハッキリと言えない俺は本当に小心者だ。
その程度のヤツなんだ。期待なんてしないでもらいたいよ…。
「カダベルさまぁッ!!」
ロリーシェがトトトという感じで走ってくる。
家を出る時に何やら用事があると言っていたが、どうにも着替えてきたようだ。服装が変わっている。
…ってか、どう見てもゴスロリだ。
この世界にもゴスロリがあるのか?
百歩譲っても誇張されたファンタジーのコスプレのようにしか見えない。
確かこの世界の聖職者の服のはずだが、前の世界のようなシックな感じじゃない。あれはあれで需要があるんだろうが、それでも清廉で清潔なイメージがあった。
清潔さがないわけじゃないが、なんていうかフリルとか帯の装飾品がやたら派手だし、なんで横にスリットがズバッと空いていて、薄手の全身タイツだ。
こんなの見てくださいと言わんばかりにボディラインが丸見えじゃんか。
だけれども誰も何の反応も見せない。つまり、それが答えだ。これが聖職者の正装だということだ。
つまりは俺の感覚がおかしいだけの話なのだ。
「私は簡単な…初歩の初歩ですが、回復魔法が使えます! ちょっとしたケガ程度ならば…」
「必要ないだろう」
俺がそう答えると、ロリーシェが頬を赤らめ、周囲から歓声が上がった。
あれ? いや、ゴライはゾンビだから怪我しても治癒魔法じゃ治せないだろうって意味だったんだが…
あれー? 怪我一つ無く敵を倒すとかそんな意味で捉えちゃった?
違うからね! 俺、強くないからね!!
「あー…ロリーシェ」
「はい! カダベル様! どうぞロリーとお呼び下さい!!」
「…そうか。あの、ロリー」
「はぁい!!」
ここはゴライに任せて家に帰ろう……ああ、もうダメだ。その話はできそうにない。
っていうか、ロリーシェ…いや、ロリーの眼が憧れの芸能人に出会った時のようになっている。
なんか、彼女の期待を裏切るような真似をするのが怖い…。
なんか、やっちゃあダメな気がする。
「……普段、敵はどのくらい出てくるんだ? 群れなのか?」
「だいたい2、3匹です。ですが…」
「最近は数が増えつつあります。5匹程度ならばゴライさんおひとりで倒してしまわれるんですが、それ以上となると…自分らも最近は加わって戦っておりますぜ」
ゾドルが続けて答えた。
そうか。そのための男衆の武装と言う訳か。
「襲来するタイミングは決まっているのかい?」
「完全にランダムです」
「なら、村の周囲に見張りを配置しているのか?」
「配置していることは配置していますが…それ以上に、ゴライが敵の接近に気づくのが早いので。今回のようにそれから準備しても充分に間に合います」
ん? ゴライに探知能力みたいなものがあるのか?
…おかしい。そんな機能を付けた覚えはないが。
「…待てよ。そうか」
「カダベル様?」
「ロリー。ちょっと静かに。他の皆もな」
俺が口元に指を当てると、ロリーが真似して唇に指を当ててコクコクと頷く。なんかちょっとカワイイ。
ゾドルよ。お前はカワイイくはないから真似するな。
「ゴライ。お前には、今の“俺の音”が他の者よりも大きく聴こえるんじゃないか?」
「? ハイデッセ。カダベル様の音は大きく聞こえてマッセ」
「カダベル様! わ、私もカダベル様の音はちゃんと聞こえております!!」
「…いや、ロリー。そういうことじゃないんだ」
また口に指を当てると、ちょっと残念そうな顔をしつつ、ロリーもまた真似をする。うん。やはりカワイイ女の子がやると様になる。
ゴライ。お前はやるな。ただホラーだ。“これから殺すから静かにしろ”っていう脅しにしか見えん。
「…なるほど。それは俺が“前に魔法を使った時”と同じぐらいかな?」
俺はわざと声のトーンを大きく落として小さく呟く。本当に誰にも聴こえないほどの声量でだ。
「? たぶんデッセ…」
ロリーを含め村人たちは首を傾げているが、ちゃんとゴライには聞き取れたようだ。
ああ。やっぱり思った通りだ。
俺はもっと小さな声でゴライに命令をする。
「はいッセ? “ロリーはカワイイと言え”…デッセ?」
「エッ!?」
ロリーが眼を大きくする。
「そうか。聞こえたか。なるほどな」
「か、カダベル様! も、もしかして私のことを…」
何やら興奮しているロリーを片手で制して、俺は魔法を使う。
「…【集音】」
俺が魔法を唱えると、周囲からどよめきの声があがった。
こんなの簡単な魔法なんだからそんな大げさな反応をしないで欲しい。
【集音】は文字通り周囲の音をかきあつめる効果がある。耳の遠い老人カダベルには必須の魔法だった。いわば補聴器だ。
そしてなぜ今俺がこの魔法を使ったかというと、この魔法には“魔法を使う者の音をもっとも顕著に集める”という隠された効果があったからだ。
これに気づいたのは、ゴライを動かしている時に【集音】を使った際、やけにアイツの音がうるさく聞こえてしかたがなかったからだ。
アイツは源核を弄って生きていることにしたわけだが、それも含めて、実のところ複数の魔法をかけて屍体の身体を維持している。
今のアイツは“魔法の塊”といっていい存在だからこその副作用なのではないかと俺は考えていた。
そして、はたして俺の考えは当たっていた。俺の耳に物理的な物以外の音が集まってくる。
それは“魔法的な何か”だ。俺自身とゴライ、それ以外の何かがこちらに複数やって来る音だ。
「うん。俺にも敵の位置がわかる…。まあ、ゴライとは違って魔法を使わねばならんようだが」
「さ、さすが、カダベル様…」
なぜ俺とゴライで違いがあるのは不明だが…まあ、そこは調べることが増えたということだな。
ゴライは恐らく【集音】に似た能力を獲得するに至ったのだろう。色々弄くりまくった弊害なのかも知れない。
そして、もうひとつの疑問。こっちの方が重大だ。なぜ、いまここに来ようとしている赤鬼が“魔法の音”を持つのか、だ。
俺やゴライと同じように魔法の力を使って死を誤魔化した存在…そうでない限りありえない。
または、何かしらの魔法を使う存在…だが、これは人間が放つ音のようには思えなかった。
「…ん? だが、数が…やけに多いな。確か、最近は5、6匹と言っていなかったか?」
「え? な、何匹ぐらいいるので…」
「ひい、ふう、みい…オイオイ。話が違うぞ。10匹もいるぞ!」
俺がそう言うと、ゴライが慌てた様子を見せる。
「ゴライの耳には6匹にしかわからんデッセ!」
「…そうか。実際、【集音】で拾える範囲はかなり広いからな」
それに敵の位置が妙だ。
なんで村の前方向からしか来ない?
俺がその疑問について考えようとする間もなく、ゴライが「来た! 戦闘準備デッセ!」と叫ぶ。
それに合わせるかのように、村の男衆が武器を構えて俺の前に並び立つ。
おー! コイツらも戦ってくれるのか! 良かった。ゴライと俺を前戦に立てて、「はい。あとはよろしく〜」とかにならなくて。
「カダベル様。お下がりになって下さい!」
「いやいや、ロリー。君も戦闘ができるわけではないだろう。俺の身ならば…」
そうだ。そういや、襲われても痛みも感じない身体だ。
食う所もないしな。…相手が犬科の動物だったら話は違うかもだが。
だとしたら、ロリーよりも俺の方が犠牲になった方がいい。歩く屍体が元の姿に戻るだけだ。間違いなく、そっちの方が世の中のためになる。
「それでもカダベル様をお守りします! 片時も離れません!」
…ミイラフェチってこんな感じなのかなぁ。よくわからん。
ミイラが女の子に守られる話なんて聞いたことがないぞ。
「…まあ、無理はしないでくれ」
「はい!」
とは言っても、俺も何もできない。
ゴライと男衆たちの勝利を祈るだけだ。
「来たぞ! 油断するな!」
花畑から、赤い大きな塊が姿を現す。
「……なんだ。あれは」
俺は思わず口に出して言ってしまった。
野生動物…などではなかった。この世界の動物たちは若干形状こそ違うが、クマもいればヒツジやヤギに似た生物もいる。小さいものでも、カエルやイナゴだっている。
だが、“それ”は違っていた。
どう見ても生物の枠組み、進化の範疇から外れているようにしか思えなかったのだ。
何がどうしたらあんな形になるのだろう。丸いボールのような胴体そのものに牙の生えた口がついていて、いかにもバランスが悪い脚が2本だけ生えている。
それはまるで小さな子供の描いた落書きから飛び出してきたような生物だった。
その赤い塊が視認できた時点で戦闘が始まる。
ゴライを先頭にして男衆が走り出した。
赤い塊…数体はまっすぐに村に向かって走って来た。
「ゔぉおおおおおおッ!!!」
ゴライがあの大きなサーフィンボードの壱号とやらを振り回す!
盾のように使うんじゃないんかーい、という俺のツッコミは心の中に閉まっておく。
ってか、ゴライよ。お前はそんなに強かったのか?
どういうことだ? 単なるゾンビだぞ? どうしてそんな風にパワフルなんだ?
「…うん? 回避行動を取らない…のか?」
赤鬼たちを見ていて俺は奇妙なことに気づく。
ゴライが振り回す攻撃、男衆が持つ斧の一撃。どれもが赤鬼に必ず当たるのだ。
怯んだり、攻撃から逃れようとしない。赤鬼はガムシャラにただ真っ直ぐ走ってきているようだった。攻撃されるのも意に介してない。
「クソ! こんな数、初めてだぞ!」
どうにも戦闘馴れしていない男衆が圧され始めた。
赤鬼は戦略というものをまるで持ち合わせていない。ただ真っ直ぐ襲いかかり、逃げられたら、再び方向転換して攻撃する。さっきから実に直線的な動きしかしてしない。
だが、パワーだけはあるようで、一撃で倒せない時には押し負けてしまう。
そうやって同じ場所で釘付けにされていると、別の赤鬼が態勢を崩しているところに襲いかかる。
ああ、そうか。戦術がないのはこちらも同じなのか。
ゴライはただ手当たり次第に暴れまくっているだけじゃないか。男衆と連携とかしないのかよ。
これだと、敵が同数近くだとあっという間に…
「う、うわぁぁッ! 助けてくれぇッ!!」
「おい! そこ持ち堪えろよ! クソッ!!」
2匹の赤鬼に追い立てられ、持ち場から逃げ出す者が出た。
赤鬼に知性は見られないが、それでも“敵を各個撃破する”という命令のような動きが感じ取れる。本能なのか何なのか知らんが、より敵の数が少ないところを襲っているようだ。
従って、防御の弱いところを重点的に狙われることになる。
ん? この動き…これって何かに似ているな。
「危ない!」
赤鬼に追いかけられている男を見て、ロリーが走り出す。
いや、危ないのは君でしょ!
とっさとはいえ、武器も何も持たない君が飛び出してどーするのよ!?
「ああ…。ちきしょう。ちきしょうめ」
俺は歩くのすら覚束ないってのに。産まれたての子鹿よろしくバランスを取りつつ、競歩ぐらいのスピードで進む。
本当は静観しているだけのつもりだった。
ゴライや男衆たちがケリをつけてくれるならそれに任せた方がいいじゃん。
俺みたいなミイラがでしゃばったって、ろくなことにならないんだから…
だけれど、ロリー…ロリーシェは違う。彼女は俺が命を賭して、覚悟して助けた子だ。
彼女の強い意思の気高さにほだされ、生きる価値があると認めた子だ。
むざむざ、あのよくわからん不気味なモンスターに喰わせてやるには忍びない。
ロリーは逃げてきた男を庇う。自分の身を呈して…
なんでそんなことできるんだ。食べられたら死ぬほど痛いんだぞ。
君がその男の代わりにしてやることでもないじゃないか。
君が死ねば、その男も死んじゃうんだぞ…
ロリーは最期とばかりに、俺の方を振り返って微笑んだ。
俺はふと昔の記憶を思い出す。森脇道貞だった頃のことを…
中学時代、つまらないことでイジメられていたことがあった。
理由までは思い出せない。
太っていたから、根暗だから、臭かったから…色々あるだろう。
でも、きっと発端は些細なことのはずだと思う。
ある日、イジメを見かねた同級生の勇気と正義感あるひとりの女の子が助けてくれた。
イジメっ子たちを前に、堂々と注意し、イジメをやめるように言ってくれたのだ。
そのお陰で、俺はイジメられることがなくなった。
だけれども、次の日からは、ターゲットが俺からその女の子へ、俺の身代わりのように、彼女がイジメられることになってしまった。
俺がイジメられなくなったこと自体は良かった。
だが、その女の子がイジメられている姿を見る度に居たたまれない気持ちになった。
もちろん、何度も助けようとは思った。なぜなら、俺を助けてくれたんだから、今度は俺が助けるのが当然のはずだ。
それが人間として最低限の道理じゃないか…そんなことは頭ではわかっていた。
だけれど…できなかった。
俺は何もすることができなかった。再び、俺がターゲットにされてイジメられることが怖かったせいで!
今でも鮮明に覚えている。足早にイジメの現場を立ち去る時、横目で俺を見る彼女の表情を……
俺の中で記憶と現実が重なった。
ロリーと、あの女の子の悲しそうな笑顔が──
「ああ……ああ!! そういうのはもうたくさんだ! キライなんだよッ!!」
俺はロリーを庇うようにし、赤鬼たちの前に飛び出す!
「俺はもう森脇道貞じゃない! カダベル・ソリテールだ!! この世界で死を克服した男だぞ!!」
赤鬼が迫る!
遠目に見た以上に速度がある!!
もう! 飛びたしたはいいがどうしろってんだ!
ぶっちゃけ怖い!
怖いに決まってる! トラックが走って来る車道に飛び出すようなもんだ!
うあー! 死ぬ! 死んでしまうぅ!
「カダベル様ぁッ!!」
テンパっていたが、ロリーの声で目を覚ます。
「あーッ! やってやるよ! 【発打】!」
俺は効果があると思わしき魔法を、赤鬼の1体のもっとも弱い部分と思わしき脚に向けて放つ!
倒れない!
そりゃそうだ!
扉をノックする魔法で倒れるわきゃない!!
考えろ!
冷静になれ!
どうする!
敵のバランスは悪そうだ!
そこを狙って引っくり返させるにはどうすればいい!?
…そういや、コイツらってどうやって俺に狙いを定めて…
「【照光】! 【収束】! 【反返】! 」
俺は魔法を3つほぼ同時に唱える!
【照光】で丸い光を生み出し、【収束】で生み出した光を一条ひとまとめにし、鏡のような反射板を生み出す効果のある【反返】で光の角度を変えて飛ばす!!
ああ、理科で光の実験をやったことがあるならわかるだろ!
いわゆる“レーザー光線”ってヤツだ!
アイツらの眼がどこにあるかわからないので、とりあえず口付近をめがけて適当に飛ばす!
「ギィッ!」
半開きになった口内にレーザーを照射した瞬間、敵の動きが一瞬止まる。
? もしかして、口の中に眼があるのか?
だが、分析してる暇はない!
今しかチャンスはない!!
「クノヤロウがッ! 【倍加】! 【発打】!」
俺は自分の振りかぶった杖に【倍加】をかける!
ミイラの細腕で振っても、これで2倍の威力になって、生前の老人カダベルが振った時ぐらいの威力にはなるはずだ!
さらに【発打】を一緒に放てば、成人男性の攻撃力ぐらいにはなるだろう!!
振り回した杖が、赤鬼の脚にゴン! と重低音で当たる!
確かに音はそこそこだ。DQNがパンチングマシーンで思い切り殴ったときぐらいのダメージ音はした!
だが、ちきしょうめ!
そんなんでは倒れませんよね!
倒れてくれませんよねぇ!?
だが、一度でダメならば…俺は同じことを繰り返す!!
「さらにこいつでどうだ! 【牽引】!」
打撃を加えるのと同時に、打撃を与える方向とは逆に引っ張る!
もう必死ですよ!
いい加減、倒れて…っと、おお! やった! バランスを崩した!!
赤鬼が後ろにのけぞる…ってか、前に進もうとして、俺がそれを邪魔したのでよろめいた形だ。
そして、良い具合に斜め後方から近づいてきていた赤鬼と軽くぶつかる!!
コイツらが前方を確認せずに走り出して進んでいるのは確認済みだ! 急な方向転換も苦手だよな!
互いに方向転換し、態勢を立て直そうとしている今こそがチャンスだ!
「よしよーし! 【接合】!」
俺は赤鬼同士の脚を【接合】する!
【接合】は生き物には効果がないし、同一の物質はくっつけることができない。
しかし、俺の考えが正しければ……
「ギィ!!」「ギィギィ!!」
2体の脚がくっついて、互いにもつれ合って邪魔し合い、前にと進めなくなる。
両者とも俺をターゲットにしようとしているが、押し合いへし合いとなり、立ち上がろうとしてまた倒れる。
「…別個体なら、“異なる物質”として認識されたのか? 判断基準が曖昧で助かった」
俺はその場にヘタれるように座り込む。
周囲を見回すと、どうやら他の赤鬼はゴライたちが始末し終えたようだ。
俺は2体を動けなくなるのがせいぜいだと言うのによ。
はあ。たまったもんじゃない。
「す、すごい…」
ロリーが俺の側で感動するように眼をキラキラとさせている。
「イタッ!」
俺は無性に腹が立って、ロリーの頭をついポンと殴った。
もちろん力は入れていないし、本気で殴ったとしてもミイラの一撃なんてたかが知れているだろう。
「…俺は無理をするなと言ったぞ」
「…は、はい。ご、ゴメンナサイ」
目尻に涙をためて、ロリーがシュンとする。
殴られたことより、俺に怒られたということでショックを受けているようだった。
「ロリー。言っておく。俺は我が身が傷つくよりも、君が傷つく方が嫌だ。だから無茶をするな。自分ができる以上のことをしようとするな」
みるみるうちにロリーの顔が紅くなる。
自分の行いを恥じたのか?
うーん? 言い過ぎたか?
はあー。色々と面倒だな。女の子ってのは。
「…人を助けようとする気高い精神は素晴らしい。だがな、それで自分が傷ついては誰も…」
偉そうに語る俺の手を、ロリーはガッシリといった感じで握りしめる。
「カダベル様。そこまで私のことを…」
「え? …まあ、そうだな」
「助けて頂きありがとうございます! 以後、気をつけます!」
「ん? …ああ、まあ、わかればよろしい」
「ご主人サマ!」
ようやくして、ゴライたちがやってくる。
「…まさか、生かしたまま捕えたのですか?」
ゾドルが驚いた顔で、ジタバタとしている赤鬼たちを見やる。
「アカオニ殺しマッセ!」
「待て。ゴライ。ちょっと確認したいことがある」
俺が止めると、血塗れのボードを掲げたゴライは頷いて引き下がる。
「…【解析】」
赤鬼に魔法をかけると、俺が思った通りの結果がでた。
これは“生物”なんかじゃない。
“魔法で作られれた化け物”だ。
「…人形ではないから、【糸操】のような魔法ではないな。ドワーフの造るゴーレムに近いのか?」
見れば見るほど生物だ。
ゴーレムのような人工物とも違う。
ゴーレムの実物を見たことはないが、本で読んだ限りは主に木石などで造られているはずだ。
「…仕組みは単純だな。なら、【抽出】」
俺がこの生物から抜き出したい物のイメージは固まっていた。“コア”だ。何かしら核となるものが存在するはずだと確信していた。
赤鬼が動かなくなる。そう。コイツらは元から生物なんかじゃない。かといって、俺やゴライのように屍体を無理やり動かしているものでもない。
最初から“無生物として動かしていた”んだ。
それはまるでプログラミングされたロボットのように。
何かに似ていると思ったのは、この単純な動きが、決められたパターンでのみ動く、本当にシンプルなルーティンだと感じたからだ。
「それは…」
キラキラと輝く緑色の六角形をした石が浮かび上がる。
「…これにこいつの情報がすべて書かれているはずさ」