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屍従王  作者: シギ
第三章 魔法封印事変編
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089 馬車での出来事

 二番車は車内が大きく設計されており、間仕切りを使えば簡易なプライベート空間も作れたし、着替えをすることも可能だった。


 しかし、セイラーもフェルトマンもそうはせず、ロリーシェたちの向かいの座席に普通に座っている。 


 さして仲良くもない、よく知らないが一応は目上の存在に、ロリーシェが一番居心地の悪さを感じていた。


 フェルトマンが勝手にベラベラと喋る以外は、ほとんど無言の時間を過ごす。


 そんな中にあって、このふたりは実に対照的なんだとロリーシェは気づく。


 フェルトマンはとりあえず落ち着きがない。大人しく聖典を読んでいたかと思えば、いきなりポエムのようなものを口ずさんだり、手を忙しなく動かしたり、頻繁に足を組み替えたりする。

 貧乏揺すりこそセイラーに苦言を呈されて止めたが、それでも鼻をかんだり、顔をかいたりと、子供でももう少し落ち着きがあるとロリーシェは思った。


 対してセイラーは微動だにしない。まるで彫像のようにだ。瞬きも最小限であり、よく見ないと呼吸もしてないんじゃないかというほどだ。

 深い漆黒の瞳からはなんの感情も読み取れず、最初の頃は真っ直ぐ睨まれているのかと思ったが、どうやら本人は真っ直ぐ前を見ているだけで、ロリーシェを見ているわけじゃないのだと気づいてからはあまり気にならなくなった。



「…フェルトマン卿。お聞きしても?」


 ずっと外を見ていたジョシュアが珍しく口を開く。


「おやおや、なんでしょう。聖騎士ジョシュア殿」


 聖典をパタンと閉じ、話ができることが実に嬉しいとばかりにフェルトマンはニンマリと笑う。


「その、俺…自分のような立場の者が聞いていいのかわからないんですが…」


「長旅を続ける仲、水くさいですなぁ。忌憚なく、なんでもお聞きくださいよ。八翼神官の中で最もフレンドリーなのが当方ですぞ」


 フェルトマンは大げさに手を開いて言う。

 確かに聖騎士に対して高圧的に振る舞う神官が多い中、フェルトマンは話しやすい部類のタイプだった。


「……聖教会は、カダベルをどうするつもりなんでしょうか?」


 ジョシュアが言い辛そうに口を開くと、ロリーシェもセイラーも彼の方を見やった。


「ふむ。とりあえず、聖都アミングロリアに赴き、聖教皇王陛下への拝謁とはなるでしょうな。他の八翼神官たちも屍従王には興味を抱いておりますゆえ」


「いえ、それはわかってるんです。問題はその後で…」


「ジョシュア第二級聖騎士位」


 セイラーが口を開くのに、フェルトマンは開きかけていた口を閉じる。


「貴方の懸念は当然のことです。私も同じことを考えております」


「セイラー様…」


「カダベル公の招請は、源神の御心…。ですが、陛下を含む上層部は、我々とは解釈が違う可能性が高いです」


「やはり、ライゲイス団長の言う通り…戦争に…」


 ジョシュアがそう言うと、ロリーシェは唇を噛む。腹立たしい灼熱のような感情が腹底から湧き上がってくるが、セイラーもフェルトマンもやけに神妙な顔を浮かべていたため、まだ怒鳴らずに堪えられたのだ。


「巫女は託宣こそしますが、政治に対する発言権は持ちません。…自分の無力さをこれほど恨めしく思ったのは初めてです」


「せ、セイラー様! 血が!」


 フェルトマンが驚く。ロリーシェもジョシュアも眼を丸くした。セイラーは唇を強く噛むあまり、一筋の血が流れ出てしまっていたからだ。

 フェルトマンは懐からハンカチを取り出して差し出す。


「八翼神官という立場なら、止められるんじゃないんですか?」


 とても目上に対するものとは思えない言葉遣いで、敵意を少しも隠さずにロリーシェは問う。


「それは難しいですな。当方は八翼神官と言えど、末席ですし…」


 フェルトマンは魔法を使おうとして、セイラーに「不要です」と断られたのに、気まずそうにしつつもそう答えた。


「それでも! 話ぐらいはできるでしょ!」


「ええ。提言はできます。ですが、そこまで。決定権そのものは、八翼神官の上位3人…“三綽老さんしゃくろう”と、聖教皇王陛下にしかないのですよ」


 苦笑いするフェルトマンに、ロリーシェは「使えない」と小さく呟く。


「……ヴァルキュン聖騎士総団長は、私たちの味方をしてくれるでしょう。政治的な発言はされない方ですが、カダベル公とは旧知の仲と聞き及んでおります」


 ロリーシェは眉をピクッとさせて挙手する。


「……なにか?」


「その総団長はもしかして女性ですか?」


「え? ええ?」


 セイラーの瞳がほんの少し揺れる。


「ロリー?」


「なんでもないわ」


 明らかに機嫌が悪くなった姉を見て、ジョシュアは少し困った顔を浮かべる。


「ですから、カダベル公の味方はいないわけではありません。いざとなれば、私も処刑される覚悟で立ち向かうつもりです」


「処刑!?」


 ジョシュアやフェルトマンより先に、ロリーシェが反応して腰を半ば浮かせた。


「処刑って…どうして? 聖宣の巫女は八翼神官よりも位は上なんでしょう? カダベル様を守る発言をしただけでそんな……」


「聖教会に利をもたらす限りは正義とされます。そうでなくなれば、人心を惑わす“悪しき魔女”なのです」


 セイラーは淡々と説明する。ロリーシェは強く拳を握った。


「……許さない」


「え?」


「もし、あなたが処刑されるような行動をしたら許さないと言ったの」


 セイラーは呆気に取られたように大きく眼と口を開く。


「ろ、ロリー」


「私だけじゃない。カダベル様もきっとお怒りになる」


「カダベル公が?」


「だから自分の命を軽く扱わないで」


 セイラーとロリーシェを見て、ジョシュアとフェルトマンは自分たちが場違いなところにいる気がして互いの顔を見やった。


「……いま私は叱られましたか?」


「は? あー、叱る…といえば、叱るでしょうかな。注意と言えなくもないか、と」


「ッッッ!!」


「せ、セイラー様?!」


 当然、セイラーが前屈みになって口元を抑えて荒く息を吐き出す。瞳孔は開き、激しく震えていた。


「なに? 急にどうしたの?」


「いま回復魔法を…!」


 ロリーシェとフェルトマンが慌てて治療しようとするのを、セイラーは首を横に振る。


「……いえ、大丈夫です。面と向かって怒られた経験があまりないもので、少し動揺しただけです」


「動揺したからって…そんな風になるもの?」


 見開いた眼でマジマジと見られ、ロリーシェはわずかに引く。


「……ロリーシェ正修道士」


「な、なに?」


 もしかして処罰でも言い渡されるのではと覚悟して、ロリーシェは息を呑む。


「……さしつかえなければ、“お姉ちゃん”……と呼んでも……よろしいでしょうか?」




──




 三番車では、休憩中のジャシィーがあぐら座りをして短剣をオイルストーンで研いでいた。


「なぁにが気に入らねぇって、オレら聖騎士が“おもり”を毎回のように押し付けられてるって点だよ。最初は巫女様、その次はゾンビにヘタレと来たもんだ」


 その向かいでゴライとナッシュが肩身狭そうに座っている。


「屍従王カダベルなんてオレは認めねぇよ。ライゲイス団長は上手く丸め込んだみてぇだが、いつかその本性を暴いてやる。その時がヤツの終わりさ」


 ジャシィーから聞かされるのは愚痴ばかりだった。ただでさえ歓迎されていない雰囲気なのに、空気はますます悪いものになっていく。


「…か、カダベル様は悪い人じゃないですよ」


「ああッ?」


 ナッシュが小さく言うのに、ジャシィーの猫耳がピクッと動く。


「悪い人かどうかなんてオレは話しちゃいねぇんだよ」


「す、すみま…」

 

 ジャシィーは砥石を置き、ナッシュの両頬を摘むように掴む。


「ヒィッ!」


「舌を出せ」


「へッ?」


「舌出せったんだよ」


 ナッシュは言われたように、すぼんだ唇から舌を出す。


「つまんねぇこと言うのはコイツが悪さしてるからかぁ?」


「ンンンッ?!」


 ジャシィーは頬を強く押さえると、反対の手に持った短剣の側面を舌に当てる。


「切り落としちまぇば無駄口は……なんの真似だ?」


 ゴライが短剣を彼女の手ごと覆うように掴んだのに、ジャシィーは眼の下を引くつかせる。


「オイ。オメェに聞いてんだ。答えろ。デカブツ」


「…それはよくないッセ」


 ゴライは悲しそうにそう言う。


「ご、ゴライさん…」


 ナッシュは涙目になってゴライを見やった。


「アアッ!? よくないからどうしたってんだ!! なにがよくねぇのか言ってみろや!! ゴラァ!!」


 ジャシィーは鋭い歯を剥き、ゴライの鼻先まで顔を近づけて怒鳴る。


「……オメェ、オレをなめてんのか? オイ?」


「……ゴライは」


「あ?」


「ゴライは…とっても悪いヤツだったッセ」

 

 ゴライは視線を落とす。


「はあぁ?」


「ご主人サマと会うまで、“生きていたゴライ”は多くの人を傷つけていたッセ」


「なに言ってんだテメェ……? それとオレになんの関係があるってんだよ!?」


「ロリーシェやジョシュアも…傷つけたッセ。だから…」


 ゴライはナッシュをチラッと見やり、それからジャシィーを真っ直ぐに見る。


「なにかを傷つけるのはよくないことデッセ!!」


「て、テメェッ!!」


 ゴライが掴んだ拳を軽く握ると、ジャシィーは眼に見えて焦り出す。


「ウッ…ギィッ! は、離せ!! 離しやがれ!!」


 ジャシィーは顔を殴りつけたり、蹴り飛ばし始めるが、ゴライは微動だもしない。


「て、テメェ…」


 徐々にジャシィーの顔に恐怖の色が濃くなってくる。


「ジャシィー補佐官?」


 ちょうどその時、警戒に当たっていたルビオラが窓辺に近づいてこちらを覗き込む。


 ゴライはナッシュに肩を叩かれて手を離すと、ジャシィーは隠すように自身の股の間に腕を差し入れた。


「な、なんだ⋯? 何の用だよ?」


 さっきまでの醜態を取り繕い、ジャシィーは平静を装って言う。


「いえ、そろそろ交替の時間だと⋯」


「わーってんよ! いま出るところだったんだ⋯!」


 ルビオラは、ゴライとナッシュの方をチラリと見やったが、なにも言わずに頭を下げて去って行く。


「⋯あの」


「なにも言うんじゃねぇ」


 話しかけようとしたナッシュは、ゴライを射殺さんばかりに睨みつけているジャシィーの雰囲気にゴクリと息を呑む。


「⋯…このことは誰にも言うんじゃねぇぞ。わかったな。クソどもがッ」

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