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屍従王  作者: シギ
第三章 魔法封印事変編
107/113

088 メガボン再起動

 クルシァンへと続く東の国境。


 実際、イルミナードから最も近い国境まではそんなには離れていない。徒歩だとしても、街道を進めばおよそ半日あれば辿り着くほどの距離だ。


 これが南方に近い王都インペリアーから近い南の国境になると、直線距離が伸びて数日掛かる道のりになる。


 これは国境の東側がギアナードに深く食い込むような歪な形をしているせいだ。ここからクルシァンに入っても深い山が続き、辺境に寒村が数える程度で都市部まではかなりの距離があるわけだ。


 以前、ジョシュやサトゥーザが俺を倒すために入ってきた国境が南側で、今回、セイラーたちが利用し、俺たちがクルシァンに向かうのも東の国境を利用することになる。


 3台の馬車は検問の前で停まり、今はライゲイスが自ら話に赴いている。



「変わらんな。俺がここを通ったのは、もう何十年も昔の話のことさ」


 山間に作られた石造りの大門を見やっていたロリーとジョシュに声を掛けた。


「…私たちが通ったのは、ほんの子供の頃です」


「ん? ロリーは準修道士として戻った時にはここは通らなかったのかい?」


「ええ。ここを使うキャラバンはそうはありませんから…」


「そうか。確かにイルミナードに用がある商人はそうはいない。皆、栄えているインペリアーかサルミュリュークで商売したがるもんな」


 実際、俺たち以外に通ろうとする者は見当たらない。


「俺は…ほとんど覚えてない」


「無理もないわ。あなたはまだ小さかったし、私とお義理父さんが交替でおんぶしてたんだから」


「あ…」


 ロリーの言葉で、間抜けな俺は今になって気づく。


「そうか。あの時か…」


「ええ。そうです。カダベル様に助けられ、私たち親子がクルシァンから逃げる時に…通って以来なんです」


「あー。なんかすまない…」


「? 私たちを救って下さったカダベル様が謝られることではありませんよ」


 うーん。そうなのかもだが、俺はなんかこういう時に気が利かんよな。


「クルシァンに入って、カダベル様の元使用人だったというおじいさんがコーンスープを出して下さったんです」


 ロリーは懐かしむように言う。


「あ。それは覚えてる!」


 ロリーは笑って、ジョシュの髪に触れた。


「ああ。そういや、【投函】で君たちのことを頼んだ覚えが…。彼は……健在なわけないか」


「ええ。聖学校に通わせていただいている時に、訃報をナドさんから聞きました…」


「そうか…」


 確か当時でも生前の俺に近い年齢だったはずだ。俺が寿命を迎えて数年経ってるんだから当然だな。 


 名前は……ああ、元カダベルは覚えてすらいない。


 俺が彼に手紙を送れたのは、向こうが時折に手紙を送ってきてくれたからだ。

 引退したというのに、俺の身体を気遣うような律儀な内容のものだったというのは微かに覚えている。


 それなのに、こっちから手紙を送ったのはたったの1通。それもクシエ親子を保護しろという勝手な頼みだ。


「……途中、墓参りに寄れないかセイラー女史に聞いてみよう」


 ロリーとジョシュが顔を見合わせてから、少し嬉しそうに頷く。


 そんな話をしていると、ライゲイスが戻ってきた。


「やけに時間がかかったな。トラブルか?」


「ま、少し問題がな」


 ギアナード側の検問はザルだ。誰でも通れるから問題なんて起きようもないと思っていたが。

 南はルフェルニが軍を派遣しているんだろうが、こっちはあのロッジモンドが管理している。人員が足りない上に、士気も低いから当然だ。


「通れないのか?」


「いや、そんなことはねぇが、己様たちが来る時に使っていたルートが崖崩れを起こして道が塞がっちまってるらしい」


 ライゲイスは指をパチンと鳴らす。


「はぁ~。ったく」


 彼はわざとらしくため息をつくと、再びパチンと鳴らす。


「オラ。ボサッとしてんじゃねぇよ」


 ジャシィーに背中を蹴られ、ナッシュがヨタヨタと地図を持って走ってくる。


「お、お待たせしました…」


「早くしろ。よこせ」


 ライゲイスが急かす。慌てたナッシュは地図を拡げるのに手間取っていると、それを見かねたジョシュが手伝う。


「あ、ありがとう。ジョシュアくん…」


「いつまでもお友達ごっこしてンな。立場を弁えろや。聖騎士団は馴れ合いする社交場じゃねぇぞ」


 ライゲイスに裏拳でコツンと頭を殴られ、ナッシュは涙目になる。

 

 少し可哀想になってきたが、彼自身が選んだ道だしなぁ。


 ロリーの顔にはなんも浮かんでない。


 嗚呼。ナッシュよ。頑張れ。


「…で、ここが使えなくなった場所だ」


 ライゲイスは俺に地図を見せる。東国境の検問から、深い森林地帯を真っ直ぐ街道が走っていて、クルシァンの中央へと向かっているが、どうやらそこの途中が使えなくなったらしい。


「近くを迂回する道はないのか?」


「あるにゃあるが、ほとんど使われてない獣道だ。デカい川も横断しなきゃなンねぇが、架かっている橋も半ば腐ったボロでな」


 ライゲイスは「あの大きさじゃ通れねぇ」と言って馬車を指差す。


「…で、どうするんだ?」


「ルート変更するしかねぇ。遠回りになるが…」


 ライゲイスがまた指を鳴らすが、ナッシュはボーッとしている。


 ライゲイスは眼をグルンと回して、「ペンだ! さっさと持ってこい!」と怒鳴ると、ようやくしてナッシュは羽ペンとインク壺を取りに行った。


 そして羽ペンとインク壺を同時に渡そうとして、「手前がインクを持つンだよ! 書けねぇだろうが!! ボケが!!」とまた怒られる。


 あー、こんなことになるならナッシュにもう少し厳しくしとくんだったな。


 彼は頭は悪くないし、機転も利くんだが、動揺したりすると途端に要領が悪くなる弱々メンタルなんだよ。


 俺もゾドルも彼に甘くし過ぎたからなぁ。ナッシュのためにならんかったか。 


「迂回ルートがこれだ」


 ライゲイスが描いたのは、東国境から南国境をずっと沿って進み、途中で山岳を降りて街道を目指すといったものだった。


「国境沿いを進むのか?」


 となると、墓参りは難しそうだな。ロリーががっかりするだろうがこればかりは仕方ない。


「山間の険しい道だが、道幅はあるから問題なく進める。数日のタイムロスになるがな」


「ボロ橋を渡るよりゃマシってわけね」


「そういうことだ」


 ライゲイスは地図とペンをナッシュに向かって放る。


「それと護衛の難度が少し上がる。見通しも悪ぃかンな。警備計画の見直しが必要だ」


 確かに挟撃でもされたらひとたまりもない。街道と違って横に逃げたりするスペースもなさそうだしな。


「ま、クルシァンに入りゃそンな心配はねぇと思うがよ。念の為だ。全員に警告してくる。ちと待ってくれや」


「…ああ」


 ジョシュを連れて行くライゲイスを見て、俺はなぜか一抹の不安を覚えた。たぶん、気の所為…だと思うんだが。




──




 検問はギアナード側と、クルシァン側にある。ほんの少しの数キロを挟んですぐにクルシァン東検問所が見えてくる。


 ここはギアナードよりはきちんとチェックが入るが、それでもギアナードが来る者は難民であることも多いので、宗教国家的な人道支援の立場から比較的寛容に通してくれる。

 もちろん犯罪歴がないかとかは、最低限は【真偽】や【真偽応答】で調べられる。まあ、ランク4の魔法が使える神官がこんなところに配置されはしないだろうけど。現実には、よほど怪しくない限りは簡単なボディチェックぐらいだろう。


 そして当然、巫女セイラーが乗っている馬車は顔パスだ。呼び止められることもなく、門番の横を悠々と抜ける。


 検問を通ると、一旦、馬車が止められる。


「ええと、【流水】…」


 リブが恐る恐る外へ向かって魔法を使うと、その指先から水がジョボジョボと流れた。


「ま、魔法が使える! よかった! これで川に水汲みに行かなくていいんだ!」


 窓を開けてみると、全部の馬車で同じようなことをやっていた。


 デパタなんかはわざわざ自分の手の平をナイフで切って、【小治癒】を試してたが、使えなかったらどうするつもりなんだか。


「カダベル様!」


 ロリーが二番車から走ってくる。


「ロリー。魔法は使えたかね?」


「はい! 問題なく!」


「やはり魔法封印はギアナード限定ってことか。それも国境を基点にしてってことは、これをやったヤツは相当な神経質なヤツで間違いないな」


 俺は山脈の先のギアナードの空を見やって言う。


「メガボンはどうなったんでしょう?」


「ん? あ! そうか! 忘れてた」


 俺は馬車から降りて三番車の方を見やると、ゴライとナッシュがすでに降りていた。


「メガボン様は…」


「セイラー女史」


 いつの間にか、セイラーまでもが俺の方へやって来た。

 メガボンの方に真っ先に向かわなかったのは、不安で仕方ないといった気持ちからだろう。相変わらずの無表情だから、動きや仕草でそう感じ取る。


「さて、どうなったか…」



「うああッ!!」「ギャアアッ!!」



「ん?」


 なんか、ナッシュとジャシィーが尻もちついてるけど…?


「どうした?」


 三番車に向かうと、ゴライは木箱を持って困ったようにしている。


「メガボンは一体……あ」


 俺が木箱を覗き込むと、頭蓋骨が高速で横回転していた。


「か、カダベル様ぁ!」「なんだこれはよぉ!」


「あー、ね」


 これを見て、ナッシュとジャシィーは腰を抜かしたのか。


「カダベル公。メガボン様にいったいなにが…」


「凄い回っていますけど…」


 さすがのセイラーも驚き、ロリーも戸惑っている。


「異状じゃないよ」


「どこがだ! 異状だろ!」


 ジャシィーが文字通り噛み付いてきそうな勢いで言う。


「いや、エラーチェックしてるだけだ」


「“えらーちぇっく”??」


「メガボンはかなり複雑な作りをしていてね。宿木石に頭脳として…あー、俺の思考パターンをいくつかトレースしたんだが、まあその情報量は半端なくてさ。常に最適化する必要があるんだ」


「な、なに言ってるんだ…コイツ?」


 ジャシィーが変な顔をするのに、セイラーが「カダベル公の話を聞きましょう」の間に割って入る。


「その最適化というのがこれなのでしょうか?」


「うん。なにか不具合があって動けなくなった時には、“元の動いていた時の問題なかった状態”に自動的に戻るようにプログラミング設定してある。今はいわゆる“セーフティモード”状態ってこと」


「単語の意味がわからないところがあるのですが…」


 あー。そうか。そんな難しい話をしてるつもりはなかったんだけど、パソコンとかこの世界にはないしな。


「元の元気な状態に戻るために、一時的に仮眠してる…ってこと。俺がミイラになって復活するのに時間が掛かったようにね」


 俺がそう言うと、ロリーは納得したように頷く。


「じゃあ、メガボンが動けるようになるには何年も…」


「そんなにはかからんよ。まあ、俺が作った時よりも、さらに情報量が増えてるから…まあ、1週間かそこらで再起動すると思うよ」


 俺がそう言うと、セイラーは自分の胸に手を当ててホウと息を吐いた。


「まあ、あんま動かすとよろしくない。ゴライ。衝撃を与えたりせんようにね」


 俺はメガボンの箱の蓋を閉める。


「ま、待てよ。この回る骸骨と同じ馬車なんてオレはイヤだぞ!」


「なんかカラカラ音してるし、ちょっと変わったオルゴールだとでも思えばいいじゃない」


「思えっか!! ふざけんな!!」


 お。シマシマの尻尾を立てて怒ってる。今気づいたが、ニャッシャーは尻尾あんだな。触ってみたい。


「ま、苦情はライゲイスに言ってくれ。魔法の件はもういいだろ。出発しないと日が暮れちまう」


 なにやらナッシュがジャシィーに小突かれてるが、八つ当たりは可哀想だろ。まあ、理不尽な先輩ってのも甘ちゃんナッシュにはいい経験か。



「ん?」


 一番車に戻るとき、なにやらデパタが木の陰で手を上に伸ばしているのが見えた。


「なにしているんだい?」


「カダベル公!」


 俺が声を掛けると、デパタは若干驚いた顔を浮かべた。


 なにやらデパタの手にあった小さな紙面が空に浮かんで、光となってクルシァンの西の空へと消える。


「【投函】か?」


「え、ええ…」


「ギアナードじゃ使えなかったからな。でも、俺に言えば送ってやったのに」


「公にそんな手間を取らせるわけには…」


「気にしなくていいのに。送ったのは実家か? それとも恋人とかかな?」


 俺が茶化したように言うと、デパタは一瞬だけ怪訝そうにした。


「いえ、俺は情報官です。本部に定期連絡を…」


「なるほどね。だが、聖都アミングロリアは南のはずだけど」


 俺は手紙が飛んでいったのとは違う方を杖で示すと、デパタは卵でも丸呑みにしたような顔をした。


「……駐屯地があるんです」


「駐屯地ねぇ」


 言ってることはおかしくはない。セイラーの移動に合わせ、聖騎士が中継基地を作るのはあり得る話だ。


「カダベル公!」


「ん?」


 馬車の方からリブがやって来る。


「あ。…デパタ」


 リブは側にデパタがいるのを見て萎縮したように縮こまる。


「なんだい? 俺になにか?」


「え、ええ、ライゲイス団長から、先遣部隊が道の安全を確認したと…」


「先遣部隊?」


「進路変更したので、それに合せてクルシァンで待機していた常駐部隊と連絡を取ったんです。フェルトマン卿が【遠心通話】を使えるので…」


「なるほど」


 “西”に聖騎士が居るのは本当か。


「デパタ。リブ。では、行くとしよう。ライゲイスを持たせるとまた機嫌が悪くなる」


「あ、あの…交替だよね。次は自分が見張りで…」


「いい。しばらく馬に乗って外回りがしたい。順番はひとつ飛ばしてくれ」


「そ、そう…」


 デパタはそう言うと、馬の方へと行ってしまった。


「……ふむ」


 なにか引っ掛かるが……うーん。なんだろうな。

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