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屍従王  作者: シギ
第三章 魔法封印事変編
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087 死者の口説き

 翌朝。だいぶ早くから、サトゥーザとライゲイスが話し合っていた。


「くれぐれもセイラー様のことを頼む」


「ああ。任せとけ」


 価値観は合わなくても、強さについては信任があるんだろう。団長同士の繋がりみたいなものを感じる。


「……カダベル。そんなところで、こそこそ覗き見ているんじゃない」


 おっと。木の陰に隠れてるのに気づかれたか。ってか、別に隠れてるつもりもなかったんだがね。


「いい加減、認めろや。サトゥーザ」


 俺が姿を出すと、ライゲイスは肩を竦めて笑った。


「認める?」


 俺が尋ねると、サトゥーザは眉間にシワを寄せる。


「このジーサンは己様たちより強ぇ。総団長のクソババアと同世代。クルシァン激動の時代を生き抜いた猛者だぜ」


「……言われずとも、百も承知している」


 サトゥーザは髪を掻き上げ、大きく息を吐く。


「……貴様の存在は、聖騎士団にとって脅威だ。動く死者は正義ではない。そこは変わらん」


「そうかい」


「だが…」


 サトゥーザの眼が、セイラーとジョシュアの居る二番車を見やる。


「……団長としてではない。サトゥーザ・パパトゥ個人としての願いだ。あの子たちを…頼む」


「……わかった」


 俺がそう応えると、サトゥーザの表情が少し柔らかくなる。


「…では、先に出発する」


「おう」


 ライゲイスがそう言った時、二番車からジョシュが走って来た。


「サトゥーザ団長!」


「ジョシュア。朝の準備があるだろうに…」


 そうだ。セイラーたちはまだ寝ているが、聖騎士たちは朝食の支度から馬の世話など朝は色々やることが多い。


「でも、一言ぐらいは挨拶をさせて下さい!」


「お、お前というヤツは…」

 

 ジョシュがそう言うと、サトゥーザが感激したように眼を潤ませた。


「身体に気をつけてな」


「はい!」


「ちゃんと温かくして寝るんだぞ」


「はい!」


「三食ちゃんと食べろよ。栄養バランスも考えてな」


「はい!」


 ジョシュはなんも疑問にも思わず返事してるけど、なんかおかしくね?

 そう思ってたのは俺だけじゃなく、ライゲイスも「お母さンかよ」って半ば呆れている。


「ジョシュア。やはり私がいないとマズイだろ? 大丈夫か? 大丈夫なのか? 大丈夫じゃないよな? な? な?」


 過保護すぎんだろ。サトゥーザの眼が大きく揺らぎ、どんどん情緒が不安定になっていく。


「ライゲイスッ! やはり私と任務を代わって…」


「サトゥーザ団長! 俺は大丈夫です! セイラー様の護衛、無事にやり遂げてみせます!」


 サトゥーザは一瞬だけ呆気にとられた後、ハンカチを噛んで涙を流す。


「サトゥーザ。ジョシュアはもう立派な聖騎士だ。従士じゃねぇぞ」


「む、無論だ! わかってる! だが…」


 んー。これはアレだなぁ。


 サトゥーザはしばらくジョシュに向かって手をワキワキとさせていたが、諦めたように項垂れる。


「……速攻で用件を済まし、すぐに合流する」


 ナッシュの件で世話になったしなぁ〜。


 しゃあないなー。


 ここは俺が一肌脱ぐか。


「サトゥーザ」


「だから、ジョシュア。私が戻るまでなんとか耐え……なんだ?」


 懸命にジョシュに話し掛けていたサトゥーザが、「邪魔するなら叩き斬る」といった圧を俺に向けてくる。


「あのさー。今度なんだけど〜」


「なに?」


「俺とデートしよう」


「……あ?」


「クルシァンで行きつけだった美味いレストランがあるんだ」


 80年以上前の話だから、もうそのレストランはねぇと思うが…まあ、そこはどうでもいい。


 ジョシュは眼を瞬かせて俺とサトゥーザを交互に見る。そこに嫉妬とかは感じられない。なんの話か戸惑っているって雰囲気だ。


 ライゲイスは手の平で顔を覆って、「己様は知らねぇぞ」と背を向ける。


 サトゥーザはしばらく無表情で俺を見やった後、無言のまま剣に手を掛けた。


「もう一度…言ってみろ」


「ん? だから、俺とデート…」


 ヒュンと、仮面の先をなにかが通り過ぎたが…俺でも反応できない速度で、サトゥーザが下から斬り上げたのだと、剣先を鼻先に突きつけられたことで気づく。


「……さっき言ったな。“動く死者は正義じゃない”。私は貴様をいつでも土に還す覚悟だぞ」


 瞳孔が開いている。本気で怒っている証拠だ。やはり、ジョシュがサトゥーザの逆鱗なわけね。


「カダベル! さっさと団長に謝れ!」


 ピリピリとした殺気に当てられ、ジョシュが俺を心配そうに見やる。


「ジョシュ」


 俺が名を呼ぶと、ジョシュは少し恥ずかしそうにし、サトゥーザは怪訝そうにした。


「今なら決闘を受けてやる」


 ライゲイスがバッと振り返り、眼を丸くして俺を見やる。


「え?」


「俺はサトゥーザを口説いた。お前がそれを不服と思うのならば剣を抜け」


「冗談は…」


「冗談じゃない。本気でやろう。聖撃を使ってもいい。俺も全力を出す」


 俺は【抽出】で腹の中から魔蓄石を取り出す。それを見て、冗談じゃないと理解したジョシュは息を呑む。


「貴様! なにを血迷ったことを!!」


 サトゥーザが憤るのを、俺は杖で牽制する。


「俺は今はジョシュと話している。男同士の話だ。“女”が割って入るな。“ひとりの女”を巡っての話だ」


 俺は杖先をサトゥーザに向けてそう言った。


「ッ!」


 まったく、男尊女卑もいいところだ。普段なら俺はこんなことは言わない。だが、今のサトゥーザには効くだろう。


「どうする? ジョシュ」


「い、いや、意味がさっぱりだ。なんで俺がお前と戦わなきゃ…いけないん…だよ…」


 ジョシュは泣きそうだ。


 そりゃそうだ。


 最近は少し話せるようになった矢先にこれだ。でも、サトゥーザのためなんだ。ゴメンよ。


 そしてジョシュが狼狽しているのを見て、サトゥーザも泣きそうになる。口元がわなわなと震えている。


 ライゲイスはここでようやく何事が起きているのか理解したらしくひとりで頷いていた。


「なら、ジョシュ。不服じゃないのか?」


「不服もなにも…」


「ジョシュに不満はないそうだ。サトゥーザ。どうだ? 俺のデートの誘いを受けてくれるか?」


 サトゥーザは唇を噛んで、肩を震わせる…。


 この顔には覚えがある。同級生の女の子を泣かせてしまった時の顔だ。


 キライなんだ。誰かが泣くのを見るのは…


 ないはずの心臓の奥がズキリと痛んだ気がした。


「……断る」


 サトゥーザは顔を伏せ、静かにそう応えた。


「そうか」


 サトゥーザは剣をしまい、俺は杖を下ろす。


「私は、貴様が嫌いだ…。心底、嫌いだッ……」


 これは騎士団長としてではない。サトゥーザとしての本音だろう。


「サトゥーザ」


「もう私に話し掛けるな……。私はもう行く」


「団長!」


 ジョシュの呼び掛けにも応えず、サトゥーザは背を向ける。


「サトゥーザ!!」


 俺が大声を張り上げると、サトゥーザはこちらを振り返りはしなかったが、それでも立ち止まってくれた。


「次に、だ」


 サトゥーザは耳だけをこちらに向けている。


「もし他の誰かから食事に誘われたとしたら断るな」


 ジョシュは驚いて、俺の肩を強く掴む。


「この期に及んで、なんでそんなこと…!」


「やめろ。ジョシュア」


「ライゲイス団長! でも…」


「サトゥーザは行っちまったよ」


 ライゲイスの言う通り、サトゥーザは馬に乗って行ってしまった後だった。


「……ったく、嫌な役回りをしたもンだな」


 頭を掻いて、ライゲイスは俺を見やって呆れたように言う。


「なんですか? いったい、サトゥーザ団長はどうして…カダベルがまた軽口を言ったから怒ったんですよね?」


「なんて言ったもンかなぁ…」


 ライゲイスは俺に向かってヘルプを要請する眼を向けてくるが、俺は肩を竦める。


「あー、子供にゃわかんねぇ話だってことよ」


「子供扱いしないで下さい!」


「サトゥーザは…たぶん、理解したと思うぜ」


「……だといいがね。フラれ損になってしまう」


 俺がそう言うと、ライゲイスは吹き出す。


「決闘の話は?」


「まだそんなことを言っているのか」


「は? お、お前が言い出した…」


「好きな女ができたら連れて来い。お前がいかに実直で、真面目で、それでいて女泣かせかを俺がきちんと説明してやる」


 ジョシュは困惑したまま怒るが、ライゲイスが大口を開けて笑った。


 俺はジョシュのことはライゲイスに任せ、一番車へ向かおうとすると……


 木立の影から、なにやら殺気に似たものを感じた。


「……カダベル様」


「んげ! ろ、ロリー?! ま、まさか今のやりとりを…」


 まるで幽鬼のように前傾姿勢で、手をブランブランとさせ、地獄の釜の底のような淀んだ眼をしたロリーが這い寄るように近づいてくる。


「…デート。…アノ人。…誘ゥ? …ドウシテ? ナンデ? ドウシテ? ナンデ?? ドウシテ??」


 や、ヤバい。カタコト・モードだ……


 俺は今日の午前中一杯、ロリーへの“説明責任”を果たすハメになった。


 正直、サトゥーザよりもロリーの方がコエーよ…

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