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屍従王  作者: シギ
第三章 魔法封印事変編
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086 ジョシュとコーヒー

 馬車の旅は慣れたものだが、なによりも聖騎士団の所有する馬は脚が速い。イルミナードが見えたかと思いきや、あっという間にその横を通り過ぎてしまった。


「話は聞いていたが、ケンタウロスやゴブリンどもの襲撃はそれほど酷くなかったみたいだな」


 今は御者を務めているライゲイスに向かって言う。


 聖騎士たちは団長も含め、基本三交替で御者、見張り、休憩を繰り返す。一番車も含め、他の馬車も同じで、サトゥーザだけがフリーで全体を見てる。


 俺やロリーたちは客人待遇で、そのローテーションには組み込まれてない。

 当然、セイラーとフェルトマンもだ。ゴライとナッシュは俺からは見えないんでどういう扱いをされてるかはわからん。


 今はデパタが馬に乗って周囲を警戒し、リブが馬車内だ。

 休憩といっても、ゆっくりできるわけじゃなく、馬車内でやるのは武器の手入れや軽い食事、あとは地図を見て睨めっこって感じだな。居眠りでもしようもんならどやされる。

 俺の視線に気づくと、ちょうど乾パンを囓っていたリブが恥ずかしそうに笑った。


「ケンタウロスつーのは知らねぇが、強かったのか?」


「ああ。1匹倒すのに、俺、ゴライ、サトゥーザの総出でやっとさ」


「クゥー! チキショー! 己様も戦いたかったぜ!!」

 

 そういや、バリスタとかゴライ砲を見てすんげー興奮してたな。また戦わせろとか言われなくて本当によかった。


「ンで、ゴブリンだが…と、話をしているとなんちゃらってヤツだな。

 デパタ! 左の繁みだ!」


 ライゲイスが指示を出すと、デパタは左に寄る。繁みに隠れていたゴブリンたちが「キィ!」と叫んで逃げるのを、すれ違いざまに背中から斬り伏した。


「強そうな奴がいると、ああやって物陰に隠れやがる。町中にも下水や塀の隙間から潜り込んで機会を窺ってやがるが、頭はあまりよくねぇから対処はそう難しくはねぇ」


 サトゥーザが速歩にした馬を先頭に滑り込ませ、それに気付いたライゲイスが馬車の速度を緩める。


 ザリューセは馬上で立ち上がったかと思うと、いつの間にか手にした弓を引き絞り、街とは反対側に矢を放つ。


 木々の向こうで、「ピギャ!」という叫び声と、赤い影が倒れるのが見えた。


「しかし、どこから湧いて出てきたのだ。こいつらは」


 一番車と並走するサトゥーザは俺をチラリと一瞥する。ライゲイスも振り返って俺を見ていた。


「いや、俺を見られても知らんよ」


「貴様は、人間よりもあの怪物の方に近いだろ。その関係でなにかわからんのか?」


「失礼じゃね? その関係ってどういう関係よ!」


 確かに魔物って意味じゃ、俺もアンデッドなんだけどさ!


「…使えんヤツだ」


「おい! 小声で言っても聞こえたぞ! こら! 逃げんな! ちゃんと説明しろ!」


 サトゥーザはそのまま速度を落として距離を開ける。


「此奴らは敵じゃねぇが、他にどんなのが出てくるかわからねぇ。それまで待機しててくれや。その時には期待してるぜ、大将」


 ライゲイスはそう言うと、前を向いて御者窓を半分降ろした。


「期待されてもなぁ…」


 俺は前を向くと、再びリブと視線が合う。俺は自分の仮面の下を指差す。


「え?」


「食べカスがついてるよ。口元」


「あ!」


 リブは慌ててゴシゴシと袖で口元を拭った。


「あ、ありがとうございます。カダベル公」


「礼を言われるようなことじゃないよ」


 リブは「へへへ」と笑う。聖騎士の鎧を着てなければ、どこぞの商家のお坊ちゃんといった愛嬌があった。


「あ、あの…」


「ん?」


「カダベル公は本当に死者…なんですか?」


「あー、そうだよ。仮面を外して見せようか?」


 リブは「とんでもない」と首を大きく横に振る。


「古くからクルシァンに影響を与えている大物貴族…そう聞いていたんで、どんな頑固な老人なんだろうと思ってたんですけど…。それが…」


「意外だった?」


「あ! 失礼しました! き、気さくに話されるもので…つい…」


「いや、いいんだよ。堅苦しいのはキライなんだ」


 何気なく窓の方を見やると、いつの間にか横に来ていたデパタと視線があった。俺が顔を向けたのに気づくと、プイと顔を背けて行ってしまう。


「たぶん、デパタも…カダベル公のことが気になってるんだと思います」


「随分とモテモテだな。…彼とは友人なのかい?」


 てっきり同僚であり友人であるという答えが返ってくるかと思いきや、リブは暗い顔をする。


「……聖学校では同級生でした。その頃はよく話したりしたんですけど」


「そうか。環境が変わって、疎遠になる場合もあるよな」


 俺はふと、自分の同級生の女の子の姿を思い浮かべる。


「……はい」


 それから特に会話もなく、馬車内は沈黙が続いたのだった。




──




 日が傾きかけた頃、ライゲイスが指示を出して馬車は池のほとりに止まる。


「野営の準備だ! 急げ!」


「まだ日が落ちてないからもう少し行けるんじゃないの?」


 俺が尋ねると、ライゲイスは怪訝そうにする。


「襲撃があるとすりゃ何時だ?」


「そりゃ夜更けか、明け方だろう?」


「そうだ。だから明るいうちに周囲を把握した上で、備えなきゃなんねぇンだ。暗くなってからじゃ遅ぇンだよ」


「あー、なるほど」


「手前、用心深い癖にそういうところ抜けてねぇか?」


「そうね。自分があまり暗闇に影響うけないせいか失念していたよ」


 ライゲイスは少し驚いて、「そうか」と頷く。


 聖騎士たちはテキパキと野営の準備をしていく。手慣れたもので、簡易テントを張り、薪を集め、火を起こし、水を汲んでくる。いちいち指示せずとも、自分がなにをどうしたらいいかがよくわかっている。


 対して…


「おら! ノロイぞ! トンマども! 急げや!」


 ジャシィーに怒られ、ナッシュとゴライが薪を持って走る。しかも抱えてる最中にもこぼれるほどの山盛りだ。そして、それを火の側に置くよう命じられる。


 一晩だぞ。こんなには必要ないだろうに…


「もう一往復だ! 次遅れた方が腕立て1,000回だぜィ!」


 ナッシュもゴライも真っ青になって、再び薪集めへと駆り出される。


 ゴライは疲労しないし、腕立てもなんてことないはずだが…なんか雰囲気に呑まれてんのかなぁ。


「おい。湯が沸いたぞ」


「ん?」


 火番をしていたジョシュアに話しかけられる。なにをしているかと思ったら、コップを盆に並べてなにかの粉末を分け入れていた。


「今日は俺が“飲み物係”なんだ」


「へー」


 柄杓のようなもので熱々の湯を注ぐと、よい薫りが漂う。インドのチャイみたいな感じだな。粉乳が混ぜられた茶らしい。


「“へー”じゃなく、なにが飲みたいか聞いているんだ」


 ジョシュアはムッとしたように言う。


「俺に?」


「他に誰がいる?」


 ジョシュアがお盆を持って立ち上がると、気を利かせたリブがやって来て、「自分が配ってくるよ」とそれを持って行った。


「同じものでいいのか?」


「うん。あ、いや…」


「なんだよ?」


 俺は懐から細い缶筒を取り出す。


「持参している。これを使ってくれ」


「なんだこれ?」


「コーヒーだよ。それもインスタントだ」


「“こーひー”? “いんすたんと”? また知らないことを…」


 俺は空のコップをふたつ取ると、缶蓋を開けてそこに適量を分け入れる。


「黒いぞ? 傷んでるんじゃないのか?」


「そういう飲み物なんだよ」


 ジョシュアは不審そうにしながらも、コップに湯を注ぐ。

 香ばしい匂いが漂う。なかなか元の世界のものと同じものは再現できないが、スーパーで買える無名で格安の不味いコーヒーくらいには近づけたと思う。


「ほれ、飲んでみろよ」


 俺がコップを差し出すと、真っ黒な液体に拒否感を示したジョシュアが「泥じゃないのか…これ」と呟いた。


「俺は甘党だが、コーヒーはブラックと決めてるんだ。

 …うん。美味い。自然の中で飲むコーヒーはまた格別だな」


 俺が先に飲んで問題ないことをアピールする。

 飲むと言っても、一口、二口を口に含むだけだ。ゴクゴクと飲むと、食道から下が空洞なんで、腹に詰めた魔蓄石がビショビショになってしまう。


 ジョシュアは思い切ったようにコーヒーを飲んで…


「にっがッ! なんだこれ! 舌がピリピリする! 毒だろ! これ!!」


 ジョシュアは舌を出して、顔を歪ませる。


「ハハハ。コーヒーを愉しめないってことは、まだまだお子様舌ってことだな。ジョシュア」


 俺はずらしたままの仮面から、乾燥しきった舌を出して揺らす。コーヒーで黒ずんだはずだが、きっと元から黒いからわからん。


「……“ジョシュ”でいい」


 コップを両手で掴んだまま、ジョシュアが小さな声で言う。


「ん?」


「俺のことを呼ぶ時には“ジョシュ”でいいって言ったんだ!」


 ジョシュアは真っ赤な顔をして言う。


「ええっと、いきなりなんで?」


「嫌ならいい! もう二度と言わない!」

 

 コーヒーを投げ捨てそうになって、ジョシュアは一瞬ためらった後、俺を睨む。


「……これ、飲む方法は他にあるか?」


「牛乳か砂糖を入れれば…。あとは湯でさらに薄めてアメリカンにすれば苦味はマシになると思うが」


「……わかった」


 ジョシュア……いや、ジョシュはそう言うと、コップを掴んだまま背を向けて行ってしまう。


「ふふ」


 俺は先ほどのやり取りを思い出しながら、手に持ったコーヒーの湯気をしばらく見やっていた。

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