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屍従王  作者: シギ
第三章 魔法封印事変編
104/113

085 従者ナッシュ、誕生

 村からまだそんなに離れていない森林地帯で、クルシァンの馬車3台は歩みを止めていた。


「……サトゥーザが気付いたからよかったがよォ〜」


 ライゲイスはヤンキー座りで頭を掻いている。


「一歩間違えたら、踏み潰されてミンチになっていてもおかしくなかったぞ」


 馬から降りたサトゥーザは、怒りというより呆れの方が強い口調で言う。


「……はぁ。いいよ。俺が話すよ」


 聖騎士たちが途方に暮れてるのを見て、俺は手を挙げた。


「……それで、なんでまたこんなことしたんだい?」


 正座させられている人物に俺は優しく問いかける。


「なあ、ナッシュ」


 泥まみれで、しゃくりあげて泣いていたのはナッシュだった。


 ナッシュは事もあろうか、二番車の底面にロープで身体を括り付けて隠れていたのだ。


 馬車はセイラーが乗る前に念入りに点検しているが、外敵の接近の方を強く警戒していたせいで、まさか“村の善良な人間”がこんなことをしでかすとは思わなかったわけだ。これは盲点と言えば盲点だった。


 聖騎士たちがなんとも言えない顔をしているのは、悪意こそなかったにしても、そんな警備の穴を突かれたという気まずさもあるんだろうな。


 外で警戒していたサトゥーザが、坂道を下る時に妙に感じたお陰で早期に発覚したわけだが……まあ、これが仮に暗殺者なら、セイラーやフェルトマンが殺されていた可能性もなきにしもあらずだしな。


「黙ってたらなんもわからん。怒らんから教えてくれ。まさか、本当に底に引っ付いてクルシァンまで付いてくる気だったのかい?」


「…はい」


 マジかよ。


 俺がハンカチを渡すと、ナッシュはそれで遠慮なく鼻をかむ。ジャシィーがその音に不快そうな顔を浮かべた。


「理由は? なんで己様たちに付いて来た?」


 ナッシュは俺を見やってきたので、正直に話すようにと促す。


「……ロリーシェが…」


 ナッシュに名を呼ばれ、ロリーがキョトンとし、ジョシュアも眼を瞬く。


「……心配で…」


 あまりに小さな声で聞き取れなかったライゲイスが「アァン?」と聞き返すが、俺は「まあまあ」と間に入る。


「なるほど! ナッシュ。君の気持ちはよーくわかった! 『ロリーが心配で危険をおかしてしまった』、と! なるほど。なるほど。いやぁ、“男”だねぇ〜!」


 俺はチラッとロリーシェを見るが……


 あれ? なんか至って普通の顔してね?


 ロリー。お前のために、ナッシュくんは命懸けで……


 聖騎士団の馬車に引っ付いて密航だなんて、普通はその場で斬り殺されてもおかしくない覚悟で……


「カダベル様ぁ…」


「な、泣くな。ナッシュ。男の子は泣くんじゃない…」


 さっきまで険しい顔をしていたサトゥーザが「ん?」みたいな顔で、ロリーとナッシュを見比べている。


「…で、どうするンだよ? 引き返すのはゴメンだぜ」 

 

 ライゲイスが俺を見て言うが、正直、俺に聞かれても困るなぁ。


「ええー、ここは当方が思いますに…」


 フェルトマンが意気揚々と前に進み出て仕切ろうとして来たが、サトゥーザとライゲイスの同時の舌打ちで止められた。本当に空気の読めない男だ。


「誰かに送らせるか?」


 デパタ、リブ、ネイソン、ギャロン、ケモドルス、ルビオラ…誰が誰だかまだわかってないが、全員が拒否感を露わにする。そりゃそうだわな。


「……歩いて帰るしかねぇみてぇだな。(アン)ちゃん」


「そ、そんな…。お願いします! なんでもします! 一緒に連れてって下さい!」


 ナッシュは俺の顔を見て言うが、俺に許可する権限はないしなぁ。


 権限があると言えば…と、自然と全員の視線がセイラーへと向く。


「……ロリーシェ正修道士はどう思われますか?」


「え?」


 ロリーは「なんで私に聞くの?」みたいな顔をしているけど、もしかしてナッシュくんのこと嫌いなのかしら。


「…あー、ロリー。ひとつ聞いてもいい?」


「はい! なんでしょう? カダベル様!」


 素晴らしい笑顔だ。ナッシュにその一欠片でも向けてやってくれればいいのに…。


「えーとね、仮に俺が君のことが心配したとしてだ」


「私を心配してだなんて! なにかご迷惑をおかけしましたか!?」


「いや、仮の話だよ」


「はい! 仮でもカダベル様にご心配お掛けしたくないと思ってます!」


「そうじゃなくてね。えーと、俺がナッシュくんのように危険な真似をして君を追いかけたとしたら…どう感じる?」


「無論、感涙に咽び泣きます!!」


「……」


 少しの迷いもなく即座に応えるロリー。ジョシュアは自分の額を押さえて呻いている。


「……ナッシュ。村に帰ったほうがいいかも知れないぞ」


「カダベル様! そんな!!」


 ナッシュは涙と鼻水で顔をグチャグチャにして、俺の膝に縋り付く。


「ジョシュアくん! 君からもなんとか言って欲しい! 頼むよ!」


「俺は…」


 ジョシュアは困った顔を浮かべる。そりゃ、ジョシュアの立場からだとなんも言えないだろうな。


「なんでもいいからよ。さっさと決めてくれや」

 

 ライゲイスは大きく欠伸する。


「セイラー女史はどう? 彼を連れて行くのは迷惑かな?」


 俺が聞くと、セイラーは軽く首を傾げる。


「元より、カダベル公は従者を何人か連れて行かれるであろうと思っておりました。想定していた人数より少ないのですから、ひとり増えるぐらいでは問題にないかと」


 ナッシュは期待に鼻を大きく膨らませる。


「コイツ、見るからに弱っちいだろ? 足手まといになるゼ」


 ジャシィーがそう言うと、なぜかロリーが頷き、ナッシュの顔が絶望に染まる。明るくなったり暗くなったりと忙しい。


「ナッシュ。危険な旅になるの。危ないから帰ったほうがいいと思うわ」


「ロリーシェ…」

 

 ロリーは彼を心配して言ってるわけだが、好きな女の子にそれ言われるナッシュの気持ちがどんなかは痛いほどわかる。


「あー…」


「少しいいか」


 俺が助け舟を出そうと口を開いた瞬間、サトゥーザが手を挙げた。


「この青年の人となりは知らんが…」


 何やら迷う素振りを見せてから、サトゥーザは腕を組み直す。


「クルシァンの聖騎士団への道は、万人に機会が開かれている」


 んん? サトゥーザはなにを言い出してるんだ?


「聖騎士になりたいと思う者の動機は様々だ。“誰かに復讐したいから”…そんな願いを抱いてやって来る者もいる」

 

 ジョシュアは唇を噛んで俯く。


「そして、当然、中には“誰かを守りたいから強くなりたい”…そう思う者も多い」


「もしかして、聖騎士にスカウトしてるのか?」


 俺が尋ねると、サトゥーザは「フン」と鼻を鳴らす。


「“滅私”の精神は最初から持ってるものではない。長き研磨の末に培うものだ。門戸は広いが、道は狭く険しい」


「“勝上”の道もな…」


 ライゲイスはニヤッと笑って付け加えた。


「お、俺、聖騎士にだなんて…」


「ナッシュ」


 最後まで言わせないように、俺は彼の前に杖を振る。


「これは君の覚悟を聞いているんだよ」


 ナッシュは衝撃を受けたみたいに口をポカンと開いた。

 

 そうだ。本当にロリーの側にいたい、彼女のためになりたい、彼女に振り向いて欲しい。そう願うのなら、なんだってやる気概が必要だ。


「お、俺、聖騎士になりたいです!! お願いします!!」


 おー! よし! よく言った! ナッシュ、意外と根性あるぜ!


「いいだろう」


 サトゥーザはニヤリと笑い、剣を抜き放つ。


「え? な、なに?」


「手前、ツイてるぜ。ここに団長ふたりがいることに感謝しろよ」


「どういう…」


「名前はなんという? フルネームで答えろ」


 団長ふたりでなんだか勝手に話が進んでいく。


「ナッシュ・シマ…です」


 サトゥーザは頷くと、剣を眼前に構えた。


「騎士の資格に値する者か否か! 聖騎士団長、“義炎”のサトゥーザ・パパトゥが審査する!」


「承知した! 聖騎士団長、“義盾”のライゲイス・シルバが承認となろう!」


 なんだ? なにか始まったぞ…?


 何事かと思っていると、フェルトマンが俺の横に来て耳打ちしてきた。


「本来、聖学校で学び、試験などの正式な手続きを踏まなければいかんのですが…特例として、騎士団長2名以上の推挙があれば、従士にすることができるんです」


「従士?」


「聖騎士見習いのことだ」


 ジョシュアが面白くなさそうに答える。


 サトゥーザは剣の側面をナッシュの肩に押し当てる。


「ナッシュ・シマに問おう。秩序を尊び、正義を体現し、悪に怯まず、臆さず、神意をもって誅する…源神を主とする、聖なる騎士を志すとここに誓えるか?」


「…ち、誓います」


 ナッシュは戸惑いつつも、力強く言う。


 サトゥーザがライゲイスに向かって頷いてみせると、ライゲイスも頷き返す。


「聖騎士団長、“義炎”のサトゥーザ・パパトゥの名に置いて! このナッシュ・シマを新たなる聖徒として、従属させる事を宣言する!!」


「然り! 聖騎士団長、“義盾”のライゲイス・シルバが追認し、これを保証する!」


 そして、サトゥーザとライゲイスは、セイラーとフェルトマンの方を見やる。


「聖宣の巫女セイラー・ラタトゥマス。異論はありません」


「八翼神官、“自愛”のフェルトマン・アストラリウム。同じく異論はありませんな」


 サトゥーザが先ほどと同じように剣を構えると、ライゲイスをはじめとして、全聖騎士が同じように構え、剣を左右に揺らす。


 セイラーとフェルトマンは3本指を立て、ロリーが少し悩んだ後に同じようにする。


 俺と、少し離れたところで立っているゴライだけが棒立ちだ。



「「「「聖心余す所なく照らされますように!」」」」



 厳かな雰囲気は消え、聖騎士たちは剣を納める。


「…ナッシュ・シマ。貴様は今日から従士だ」


 サトゥーザにそう言われ、ナッシュは眼を輝かせた。


「ほらよ。こいつを手前にくれてやンよ」


 ライゲイスは腰から短剣を引き抜くと、ナッシュに手渡した。


「大剣は聖騎士にしか許されてねぇ。従士はこの扱いから学ぶンだ。せいぜい気張れや」


「あ、ありがとうございます」


 んー。これでよかったのか不明だが、とりあえずナッシュの同行は許可されたってことか。


 ロリーは特に自分には関係ないって顔してるし、ジョシュアはなんか複雑そうだし…団長以外の他の聖騎士たちの反応も微妙だな。


 “特例”が、“正規の手続きを経て聖騎士になった者たち”にどう受けいれられるのか……あーあ、ナッシュ、今は笑ってるけど、これからが大変なんだぞ。


「さ、出発しましょうかね。ぐずくずしていると日が暮れてしまいますからな」


 フェルトマンが手をパンパンと叩いて言う。


「そうだな。…って、手前、どこ行く?」


 真っ直ぐに二番車に向かおうとしたナッシュに、ライゲイスが鼻先をくっつける。


「え? えっと、ロリーシェのところ…に?」


「アァン? 勝手に決めンじゃねぇよ。手前は三番車だ」


「え、ええっ?」


「ジャシィー」


「アイヨォ!」


 ジャシィーが鋭い歯を剥き出しに楽しそうに笑う。


「此奴が手前の教育担当だ」


「あ…」


 ナッシュはサトゥーザを見やるが、本人は「私は途中で居なくなるからな」と視線を逸らした。


「覚悟しろよ! 聖騎士団のイロハってのを教えてやんよォ!」


 ナッシュの首根っこを掴まえて、ジャシィーは三番車の方へ引きずって行く。


 ゴライもなんかさっきから大人しいが、ジャシィーみたいなタイプは苦手だったか。「デカブツ! さっさと馬車に乗りな!」とか怒られてるし。


 ナッシュとゴライが俺に向かって助けを求める視線を向けてくるが、まあ、これも経験だよ。乗り越えてくれ。


 俺は一番車に向かう途中、馬に乗るサトゥーザの横へと向かう。


「どうしてナッシュに助け舟をだしたんだ?」


 サトゥーザは俺に話しかけられたことで一瞬だけ不快そうな顔をしたが、髪を後ろに梳いて、気を取り直したかのように頭を振る。


「……単なる気まぐれだ。貴様もよくやるだろう。聞いても仕方ない話だ」


「お前がそんなことしないのは知っている。あの子も、村の子だよ。連れて行く以上、俺にも責任があるから聞きたいんだ」


 サトゥーザは「いつもは流すだろうに。貴様は本当に変な死者だ」と言ったが、俺を追い払うまではしなかった。


「……騎士団長にあるまじき俗な話だ。誰にも言うな」


「死人だから口は堅いさ」


 サトゥーザは鼻白んだが、俺が引き下がらなそうなのを見て諦めたようにため息をついた。


「……色恋沙汰に無縁の人生だったからな。努力する若者を少し応援したくなった」


 仄かに頬を染め、サトゥーザはそう呟く。


 俺は思わず口をあんぐりと開けてしまったが、幸い仮面をしていたのでそれに気付かれなかった。


「……おい、可愛いな」


「…は? はぁ!? なに? 誰がだ!?」


「お前だ。お前が可愛いと言ったんだよ。サトゥーザ」


 真っ赤な顔をして、思わず馬から落ちそうになったサトゥーザは慌てて体勢を建て直す。


「ば、馬鹿にしているなッ! クソがッ!」


「馬鹿になんてしてない。眉間にシワを寄せて、口を横一文字で『滅私!』だなんて叫んでるより、さっきのお前の表情は世辞抜きに可愛いと思ったよ」


 サトゥーザは苦悶の表情を浮かべて何やら忙しなく手足を動かす。馬が迷惑そうに嘶いた。


「……く、くれぐれも言うな。特にジョシュアとかにはな」


「……言わんよ。死人は喋らん」


「……めちゃくちゃ喋ってるじゃないか」


 サトゥーザは下を向いて、なにやら大きく頭を振る。


「貴様は本当に変な死者だ。話したくないことまで話してしまう…」


「? 俺に惚れたのかい?」


「叩き斬るぞ」


 なんか、少しはサトゥーザのことがわかってきた気がする。


「…もう行け。ライゲイスが首を長くして待ってるぞ」


「ああ。わかったよ」

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