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屍従王  作者: シギ
第三章 魔法封印事変編
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085 魔昇華石

 二番車では、ロリーシェとジョシュアだけが先に席に着いていた。


「そろそろ出発の時間だ。セイラー様たち、もう戻って来ると思うんだけれど…」


 ジョシュアは落ち着かなさそうに、カーテンを開いて外を見やったり、姉に「お腹空いてない?」、「喉かわいていない?」などと話しかける。


 ロリーシェはろくに返事もせずに、沈んだ様子のまま軽く首を横に振る。


「……大丈夫よ。ジョシュ。そんなに気を遣わなくても」


「…でも、ロリー。凄く疲れたような顔しているから心配でさ」


 ロリーシェは息を吐くと、窓を少しだけ開き、内側にあるカーテンの端を外に出して押し当て、窓に反射させた自身の顔を見やった。


 眼の下には深いシワができており、肌は触れてもわかるくらいカサカサに荒れ、唇はひび割れていた。

 黒い布越しでは顔色まではわからなかったが、セイラーがすぐ気付いて指摘したように、きっと幽鬼のような青白い顔をしているのだろうと彼女自身そう思う。


 元気と笑顔だけが取り柄だったのに、今のロリーシェは真逆の状態になってしまっていた。そんな今の自分がひどく惨めで、情けなくて、突っ伏して泣きたい気持ちになる。


「…ロリー」


「ごめんね」


「謝らないでくれよ」


 こうやってジョシュアに心配させてしまっている自分も嫌いでたまらなかった。


 こんな風に心が拗ねているのは、自分に価値がないことを痛感したからだ。


 今は状況が状況だ。そんなことは頭でわかっていた。それでも、この肝心な時にはなにも役立たない、目もかけて貰えない無力な自分に嫌気がさす。


 誕生日のことを自分から持ち出したのもよくなかった。あんな子供っぽい真似をして、そこまでしてアピールする必要があったのかと考えると、とてもカダベルと再び顔を合わせることなどできなく、具合の悪さを理由に先に馬車へと入ってしまったのだ。


 あの時のカダベルの戸惑った様子の思い起こし、ロリーシェは顔を覆う。


「……次、どんな風にお会いしたらいいんだろう」


「ロリー?」


 ジョシュアが姉の肩に触れようとした瞬間、彼の側の窓がコンコンと叩かれた。


「サトゥーザ団長…かな?」


 セイラーやフェルトマンなら声を掛けてくるだろうと思ったジョシュアは不思議に思いつつもカーテンを開く。


「! カダベルッ!?」


「え?」


 ジョシュアが腰の剣に手を掛けようとしたのを、ロリーシェは思わずその手首を掴んで止める。



「あー、ロリーは反対側だったか。そっちに回るよ」



 ロリーシェの位置からは姿こそ見えなかったが、足音が馬車の後方へと移動しているのがわかった。


 ロリーシェは慌てて髪の毛を整え、カーテンを開き、扉を開けて降りようとしたところで、カダベルが「そのままでいいよ」と片手を上げるのが見えた。


「何をしに…」


 剣呑な声を上げそうになったジョシュアは、姉が側にいることを思い起こして口元を押さえる。


「ロリーに少し話があってね。具合が悪いと聞いたが、大丈夫かい?」


「え、ええ……。少し疲れただけで、大丈夫です」


 ロリーシェは柔らかく微笑む。それは、ぎこちない作り笑いに見えるだろうと自分で思った。

 いまの自分を見られたくない。この場から消え去ってしまいたいという衝動を気取られないよう必死で押し殺す。


「そうか。長旅になるからな。無理はしないようにね」


 ズキリと心が痛む。今回、クルシァンに同行することについて事前に話していなかったからだ。


 それはカダベルがクルシァンに行くことを相談もなしに決めたことに対する反発心であり、「カダベル様が勝手をするなら、私だって」というこれもまた子供じみた動機からだった。


 さらにはジョシュアと秘密裏に行動していること、カダベルに隠し事をしているという後ろめたさも相まっていた。


「…ご心配お掛けしました。ありがとうございます」


 気持ちが沈んでいたせいか、抑揚がなく随分と冷たい言い方になってしまう。


 カダベルはしばらく黙ったまま、ロリーシェを見やっていた。


 仮面越しにも、その奥にある空洞の眼窩でなにを考えているのかは、これだけ敬愛している彼女にも察することはできない。


 責めているのか、それとも軽蔑しているのか。


 渦巻く疑念に不安に圧し潰されそうになる。


 ほんの一瞬だけの出来事が、ロリーシェにはまるで永遠に続く苦行のように感じられた。


「あー、実は渡したいものがあってね」


「渡したいもの?」


 カダベルは懐に手を差し入れると、長方形の形をした黒い箱を取り出す。


「これは…?」


 受け取ったロリーシェが降りながら尋ねると、カダベルは「降りなくてよいと言ったのに…」と言いつつも、蓋を開けてみるよう促す。


 反対側ではジョシュアが慌てて降りてくる音がした。


「…ネックレス?」


 箱を開けてみると、小さな琥珀色の宝石に金色のチェーンがついた質素な首飾りが入っていた。


「改めてだが、お誕生日おめでとう」


 ロリーシェはハッと眼を大きく開き、潤んだ瞳でカダベルをマジマジと見つめた。


 その光景を少し離れていたジョシュアが苦々しそうな顔を浮かべる。


「もしかして…用意し…て…下さって…」


「ああ。本当に忘れていたわけじゃないんだ。ほら、屋敷が燃えてしまっただろう。ゴライたちのプレゼントはダメになってしまってね。作り直すそうなんだ。そんな中、俺だけ渡すというのも偲ばれてね」

 

 ロリーシェは箱ごと自分の胸に強く押し当てて、嗚咽を漏らす。


「ご、ごめんなさい…。私、あんなことを言って…実は、私のことなんて…カダベル様はどうでもいいんだろうと…ばかりに思って……」


 ポタポタと涙が地面に散り、ロリーシェはしきりに涙を拭った。   


「…いつの間にそんなものを」


 ジョシュアが問うのに、涙を目尻に溜めたロリーシェが顔を上げたことで、彼は気まずそうに首を横に振る。


「いや、村の外に買い物に行くことなんて…ないだろ? 誰かに買って来させでもしたのかって…思って…」


 なにかケチをつけたくてジョシュアはそんなことを言う。


「いいところに気づいてくれたな。そう。それは既製品じゃない」


「まさか手作り…か?」


 ジョシュアが眉間にさらに深くシワを寄せるのに、ロリーシェは驚いた顔を浮かべる。


「実はその宝飾の石は、魔蓄石なんだよ」


「魔蓄石? こんな小さなものが…?」


 琥珀色の宝石のサイズはほぼ親指大だ。魔蓄石は大きさにばらつきこそあったが、それでも手の平ぐらいの大きさはあり、色も黒や褐色といった物ばかりだ。


「魔蓄石の小型化を目指していてね。いや、なかなかに苦労するよ。詳しい説明は省くけど…乾電池やモバイルバッテリーを作った人を本当に心から尊敬するな」


 カダベルは喋りたそうにソワソワしつつも、仮面に触れながら「実は…」とか「聞いてもらいてぇなぁ…」とブツブツ呟く。


「……コホン。それで、それが唯一の成功した物なんだ」


「唯一…」


「フフ。このカダベル・ソリテール、魔法研究の真髄にして集大成と言っても過言じゃないと思っている。

 魔蓄石を純化させて作ったから、名付けるなら“魔昇華石(ましょうかせき)”とでもしようかね」


「そんな貴重なもの! いただくわけには!」


 ロリーシェは怯えたように箱を返そうとするのに、カダベルは首を横に振る。


「…これはね、君たちがいなければ作ることができなかったんだよ」


「え?」


 ロリーシェだけでなく、ジョシュアも自分を指して訝しむ。


「死後に俺が成し遂げたすべては、君たちのおかげだと言っているんだ」


「そんなこと…」


「よし。首に掛けてあげよう」


 言うが早いか、カダベルは杖を地面に突き刺し、箱から魔昇華石を【牽引】で取ると、戸惑っているロリーシェの首にさっと取り付けてみせた。


「思った通りだ。君の金色の髪、蒼い瞳によく似合うね」


 カダベルにそう言われ、ロリーシェは頬を紅く染める。


「これには少し特別な魔法が込められているんだ」


「特別な魔法ですか? カダベル様の?」   


「ああ。しかも、ただのランク1の魔法じゃないよ。もし君が本当に助けが必要な時に使いなさい。きっと君を守ってくれることだろう」


 ロリーシェは自身の胸の谷間に埋もれる石を愛おしそうに見やる。


「ジョシュア。こっちに」


「な、なんだよ?」


 カダベルが手招きするのに、ジョシュアは戸惑う。


「取って食いやしないさ。そう怯えるなよ」


「お、怯えてなんか…」


 しかし、カダベルが手招きを止めないのを見るや、彼に導かれるままに姉の横に並び立つ。


 カダベルはよく似た姉弟の顔をジッと見やる。


「ロリー。ジョシュア。ありがとう。俺が死後にこの世界と関わるきっかけをくれたのは君たちだ」


「カダベル様が感謝だなんて…! 私たち姉弟こそ、感謝しなければならないのに!」


 ロリーは再び涙を浮かべながら言い、ジョシュアはなぜか深く傷ついた子供のような顔を浮かべた。


「いいや、君たちこそが俺の今の存在理由だ。それと…」


 カダベルは首を横に振ると、おもむろに両手を前に伸ばす。


「あの頃、君たちが子供の頃に、こうしてやるべきだったんだ…」


 その手が頭に触れ、撫でてくるのに、ロリーシェは眼を大きく見開き、ジョシュアは眼をきつく閉じた。


「年老いていたから、君たちの面倒をみれなかったと言うのは単なる言い訳にすぎない」


 カダベルの口調からは深い後悔が滲み出ていると、ふたりは感じ取る。  


「俺は人と関わるのが怖かっただけなんだよ…。ごめんな」


「カダベル様…」「カダベル…」


 ロリーシェもジョシュアもなにかを言わねばと口を開きかけ、カダベルは「大丈夫」と手を振る。


「……それと君たちが仲直りができてよかった。姉弟仲良く、これからも助け合いなさい」


 そこまで言って、遠くからライゲイスが吼える声が聞こえてきた。


「俺の馬車はこっちじゃないからな。では、戻るよ」


 踵を返したカダベルはふと思い出したかのように顔を上げる。


「ジョシュア」


「…な、なんだよ」


 頭を撫でられたことに、照れくさそうに鼻の頭を赤くしながらもぶっきらぼうに言う。


「お前もロリーに渡すものがあるんだろう? 後ろ手に持ってるもの握り潰しちまってるぞ」


「あ!」 

 

 ジョシュアは細長い箱を前に出し、気まずそうに再び背中に隠した。


「ゴライたちのプレゼントは、少し待ってやってくれ」


「はい」


 カダベルが手を上げて去って行こうとするのを、ロリーシェは思わず呼び止める。


「…誕生日プレゼントありがとうございます! 一生大事にします!」


 深々と頭を下げるロリーシェに、カダベルは親指を立てて応えた。


「それと、私がクルシァンに行く目的を…」


 正直に全部話そうとロリーシェは思ったが、再びライゲイスの声がし、カダベルは首を横に振ると、「また後でね」と言い、先ほどより急ぎ足で去って行った。


「……ジョシュ。カダベル様が仰っていたことは?」


 ロリーシェに問われ、ジョシュアは気まずそうに頬を膨らませつつも、後ろ手にあったものを出す。

 それはジョシュアが力を入れたせいで、若干、箱が潰れかかり、白の包装紙にもシワができていた。


「もしかして…」


「そうだよ。俺だってロリーの誕生日…ちゃんと覚えてた」


 ロリーシェは、昔に弟がヤンチャをして怒られていた姿を思い起こす。


「……見てもいい?」


「……既製品だよ」


 今にも投げ捨ててしまいそうなのを、ロリーシェは柔らかくジョシュアの手を握って止める。

 

 そして姉が包装紙を剥がし、箱を開けるのをジョシュアは居た堪れない気持ちで見やった。


 箱を開けて、ロリーシェは驚いて、それからクスリと笑う。


「ジョシュ。これって…」


「そうだよ。俺もネックレス。…クソッ。よりにもよってカダベルと被るなんて最悪だ」


 取り出したのは蒼い宝玉のついた翼をモチーフにした銀のネックレスだった。


「捨てていいよ…そんなの…」


 ロリーシェは首を横に振ると、そのネックレスも自分の首に掛ける。


「ありがとう。ジョシュ。大事にするね」


 破顔するロリーシェの顔は、まるで幼い頃に見た元気で明るい姉そのもののようだとジョシュアは思ったのだった。

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