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屍従王  作者: シギ
第三章 魔法封印事変編
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083 ロリーの誕生日

 ベッドに横たわったジュエルは微動だにしない。

 

 こうやって寝ていると、彼女もやはり普通の女の子にしか見えない。


「いつもみたいに生意気なことを言って、問題のひとつでも起こしてくれんと張り合いがないぞ…」


 俺は彼女の前髪を指で梳く。「さわんないで!」と起き上がることを少し期待したが、残念ながらなんの反応もなかった。


「ん? ゴライ、さっきからなにをモジモジしているんだ?」


 一緒に見舞いに来たゴライの方を見やるが、ずっと落ち着かない様子だ。


「あのデッセ…」


「うん?」


「……やっぱり、なんでもないデッセ」


「んん? なんだよ? もしかしてクルシァンに行きたくないのか? お前は残ってもいいって話したはず…」


「違いマッセ! ゴライもご主人サマと一緒に行きマッセ!!」

 

「じゃあ、なんだって言うんだね?」


 ゴライは口をモゴモゴさせて俯く。


 最近いつもこうだ。詰問すると口を閉ざしてしまう。


「うーん。まったくわからんぞ」

 

 ゴライもメンタルに影響を受けてるしな。ジュエルやメガボンという親しい存在を喪ったことが大きいはずだ。そんな中、いま無理に話を聞き出すのも可哀想か。


「話したくなったら言いなさい。わかったかい?」


「……はいッセ」


 ゴライが話さないのはなにか理由があるんだろう。どうしようもなくなったら俺を頼るはずだ。


「……ゾドル、ミライ。ジュエルのことを頼む」


 俺は家主に声を掛ける。部屋の端に居たふたりは頷く。


「俺たちは少し出てくるよ。はやく起きて来いよ。みんな待ってるんだからな」


 俺はジュエルにそう声を掛け、部屋を後にした。




──




 抜けるような青い空。


 そういや前回の時も同じ良い天気だった。


 前回と違うのは、物々しい外壁、物見櫓、焼け焦げた花畑といった戦闘の形跡。そして、入口に集結している聖騎士たちだな。


「カダベル殿」


 村長の家を出た俺を、ルフェルニとミューンが迎えに来てくれる。


「私とミューンはしばらくこの村に滞在するつもりです」


「そうなのか? ふたりが居てくれることは心強いが…」


「ロッジモンドの回復を待ち、イルミナードで領主会談やるつもりじゃ」


「イスカやシャムシュにもコウモリで伝達済みです。情報共有し、今後の事態に備えようと考えています」


「なるほど。なら、そのメンバーにカナルも加えてくれないか」


「カナルさんをですか?」


「ああ。彼女のことだ。俺の【投函】は届いたかわからんが、異変に気付いてこの村に戻って来ている途中のはずだ。彼女は領主じゃないが、必ず役に立つ」


 魔法は使えなくとも、緊急時の対処能力はカナルが頭ひとつ秀でている。


 ルフェルニ、ミューン、カナル…彼らがいれば最悪の事態だけは避けられるだろうと俺は考えていた。


「わかりました。それと王には…」


「ああ。わかっている。もし必要なら俺のことを伝えてもいいよ」


「よろしいのですか?」


 ルフェルニは驚いた顔を浮かべる。


「必要なのは協力体制を築くことだ。それには隠し事は少ない方がいい。なんなら、この異変の原因を俺のせいにしたっていい。“見たことのない敵”に怯えるより、ずっと現実的な対策が立てられるだろう」


「お主はまた…」


 ミューンが呆れたような様子だったが、途中まで言って「言っても仕方ないわい」と諦めた。


「……王は……ゼロサム王は、もうカダベル殿を敵だとは思っていないと思います。私たちが本当の話をすれば信じてくれるはずです」


「……そうだな。一度、ちゃんと話す必要があるかもな」


 俺がそう言うと、ルフェルニは弱々しく笑って「ぜひ。機会を私が作ります」と言った。




──




 俺とゴライ、そしてルフェルニたちと村長夫妻と一緒に広場の方へ降りて行くと、宿泊所の前に村人が全員集まっていた。


「カダベル様!」「カダベルさま! ゴライちゃん!」


 モルトとキララが俺たちの腰に抱きついてきた。


「なんだなんだ。ふたりとも、そんなに赤い眼をして…」


 泣き腫らした眼をしてるふたりの頭を俺は優しく撫でる。


「だって、この国から出ていっちゃうんだろ!?」


「この前よりずっとずっと遠いところなんでしょ!? ロリーシェお姉ちゃんもいなくなっちゃうの!! そんなのイヤ!!」


 キララは涙をボロボロとこぼし、ゴライのシャツに顔を埋めつつ、俺の外套を離すまいと強く握る。


「キララ。これはね、メガボンを治すためなんだよ」


 俺がそう言うと、ゴライは背中に背負っている箱を見せる。


「メガボンちゃんを?」


「メガボンは…生き返るの?」


 ふたりは半信半疑といった顔で、俺とメガボンの入った箱を交互に見やる。


「ああ。俺の考えが正しければ…ギアナードの魔法封印、その影響下からさえ外れれば、メガボンは生き返る可能性が高い。……死んでるのに生き返るってのも変な言い方だが」


 俺が調べた限りだと、メガボンに使った宿木石の情報は消えてはいなかった。俺が書き換えた時のままだ。ただ魔力の供給が途絶えて動けない状態…つまりは“仮死”である様に思われる。


「だから行かねばならんのよ。わかるね?」


 ふたりは顔を見合わせ、それから頷いて俺たちから離れる。


「早く帰ってきてね…。カダベル様」


「……」


「カダベル様!」


 ロリーが横から声を掛けて来た。


 珍しい。俺が子供と話している時は我慢していることが多いのに…


「少しお話をよろしいでしょうか!?」


「ここでは……ダメそうだな。ふむ。では、あの建物の裏で聞こうか」


 俺は不安そうな顔をしたキララの頭を軽く撫で、皆から少し離れたところへ移動する。ロリーもそれに続く。


 ゴライの耳には聞こえる距離だろうが…まあ、聖騎士たちが待っているのに時間を取らせるわけにもいかんしな。



「さて、ロリー。話とは?」


 ロリーは大きく息を吸う。


 そして…


「本日、私は18歳になりました!」


「……あ」


 ロリーの発言に、俺は間抜けな声を出してしまう。


「えっと…」


 俺がなにを言うべきか迷っていると、ロリーは勢いよく首を横に振る。


「こんな状況です! 祝って貰おうなんて少しも思っていません! ですが、カダベル様には知っておいて頂きたく、自分から言いました!!」


「いや、忘れていたわけじゃないんだ…」


「もちろんです! わかっています!」


「それに君がクルシァンに行くという件も…」


 そうだ。ロリーもなぜかクルシァンに行くことになっていたが、俺にはその事への相談がなかった。詳しく聞かねばと思ってはいたのだが……


「カダベル様を煩わせたくありませんでしたから黙っていました!!」


「……ロリー? 大丈夫か? なんか無理してない?」


「問題ありません! それでは話は以上です! 聞いて下さり、ありがとうございました! 失礼します!!」


 ロリーはそう言うと、クルリと回れ右して行ってしまう。


「……うーん。ロリーらしくないな」


 気配を感じて振り返ると、そこにはゴライがなんとも言えなさそうな顔で立っていた。


「まったく。ほら、どうしたというんだ?」


「……デッセ」


 ゴライは肩を落とし、後ろに回していた物を前に出す。


「それは…誕生日プレゼント、か」


 隠し持っていたものは、ロリーの顔が描かれた石皿だった。歪に継ぎはぎされていて、皿としては使用できそうない。


「…そうか。なるほど。ロリーの誕生日を祝うはずだったもんな」


 屋敷はそのために色々な飾り付けがされていた。ジュエルが、メガボンが、ゴライが、そしてセイラーまでもが、ロリーを祝うためのサプライズを用意していたんだ。


 しかし、屋敷は飾りもろとも燃え消え、ジュエルは昏睡状態、メガボンも動かなくなった…とても祝うどころの話じゃない。


「ご、ゴライが歌をうたうハズだったんデッセ…」


 今にも消え入りそうな声でゴライは言う。


「メガボンが踊って、ジュエルとセイラーがタンバリンを叩いて……ミライが料理を……」


 心からそれを楽しみにしていたであろうことが、ゴライの口振りから伝わってきた。


「ゴライ…」


 なんと声を掛ければ慰めになるだろうか。


 いいや、違う。


 ダメだ。そうじゃない。


 慰めではいけないんだ……

 

「ゴライ。この村は好きか?」


「? はい…ッセ。好きでッセ」


「それはどうしてだい?」


「それは……カダベル様がいて、ロリーシェがいて、メガボン、ジュエル、ゾドルやミライ…。モルトやキララもいマッセ」


「つまり好きな人がいるからってことだね?」


 ゴライは頷く。


「ロリーの誕生日だけじゃない。その好きな人たちの楽しいことや、大事にしているもの…それらを平気で踏み躙るヤツらがいるんだ」


 ゴライは背負っているメガボンを見やり、その濁った瞳の奥に怒りの火が灯ったのを俺は感じた。


「俺はそれを許せない。それをどうにかするのは、俺たち死者でこそあるべきだと思う」


 そうだ。“死者”に慰めはいらない。


 争いを好まないゴライには酷なことをしているのは百も承知だ。しかし、ゴライはそのために欠かせない俺の最大戦力であることも事実なんだ。


「『死者は、死者に葬らせよ』、だ」


 前にロリーに言ったな。世界の理不尽に対抗するには、俺の不条理をぶつけてやるのがいいって話だ。


 そのために、俺は死者を利用する。それには当然、ゴライも含まれる。


「今回のロリーの誕生日は祝えなかった。だから、次の誕生日を祝うために行くんだ。協力してくれるかね?」


 ゴライは力強く頷く。


「なら、次のロリーシェの誕生日には、ご主人サマも…」


「ああ。そうだね。俺も歌のひとつでも…ん?」


 俺は自分の指を見やる。


 ああ。やはり、か……


「ご主人サマ?」


「……いや、なんでもないよ。皆が待っている。行こう。ゴライ」

 

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