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屍従王  作者: シギ
第一章 世界異動編
10/113

010 ミイラ大魔法士

 俺がポカンと口を開いていると、天使の微笑みを浮かべていた少女が急に真顔となる。


 そしてボッと火がついたかのように真っ赤になると、イヤイヤと首を横に振った。


「ゴメンナサイ! わ、私そんなつもりじゃ! そんな節操のない女じゃありません!

 でも、カダベル様が甦ったのが嬉しくて嬉しくて…つい!」


「…あ、ああ。そ、そうか。“妻”というのは聞き違いだよな」


「…いえ、妻は妻です」


「そうだよな。妻はツマだよな。確かに刺し身の“つま”とかの間違いだ。確かに細いから…でも、それを言ったら今の俺はどちらかというと切り干し大根とかに近いような…」


「……そんなに私がお嫌いですか?」


 彼女の目尻に溜った雫が筋となって頬を伝う。


 俺はギクリとする。今の涙は明らかな悲しみだ。


 あー、なんか中学の時を思い出す。女の子の涙は苦手だ。


 隣の席になった女の子が涙ながらに「森脇君の隣は嫌です。臭いが気になって勉強になりません」…とか皆の前で言われて、先生も何と言っていいか言葉につまって、俺も涙したトラウマが思い起こされる。


「…待て。混乱しているんだ。泣かないで待ってくれ。君はカダベル・ソリテールを知っているのか?」


「はい。よく存じております」


 ? 知り合いなのか?


 いや、だがカダベルの記憶にこの少女はいない。似ている娘すら一切出てこない。出てくるのは年配のメイドばかりだ。


 人間嫌いだったカダベルは極力周囲から人払いをしていた。使用人とも手紙でやりとりをするほどの徹底ぶりだ。


 道貞と違い、カダベルは若い頃から女の子に毛ほども興味なかった。だからメイドもオバハンばかりなのだ。


 確かにベテランメイドは年配者が多いかも知れないが、若い子をはべらかすのが貴族なんじゃないだろうか?

 嗜みとか、見栄えとかも気にするのだろうと一般市民の感覚からしてもそう思うんだが…。


 そんな矜持も何もあったもんじゃない変人カダベルは、実は年上フェチなんじゃないかという噂が流れたこともあったらしい。

 もっと酷い話だとオッサン執事にしか性欲を感じないとまで…。まあ、確かに補佐役にオッサンいたけどさ。

 当人は噂などどうでもよかったようだが。


 カダベルの記憶の中には、両親の強い勧めで一度だけ夜会に出て、もう落とす気マンマンの美女に言い寄られ、どんな男でもイチコロとばかりのセクシーポーズを前にしても、「…これから帰って早く寝ます。明日送られてくる論文を読まねばなりませんので」と即座に断ったものがあった。

 強烈な張り手を貰ったのは、今の道貞にまで嫌な記憶として残っているわけだ。この部分は本当に迷惑で余計な部分だ。記憶の共有も良いことばかりじゃない。


「…カダベル様? 大丈夫ですか?」


「…あ。いや、すまない。少し考え事をしていた」


 俺は彼女をもう一度見やる。


 やはり記憶のどこを探しても会った記憶はない。


「だけれども、残念だが君のような子と会ったことは…」


 少女は残念そうに微笑む。その顔をには、“それはそうですよね”という文字が浮かんでいた。


「あれから8年が経っています…」


「8年…」


 あれからと言うのがいつを指すのか不明だが、決して短いとは言えない年月だ。


「あの時、父や弟と共に助けていただかなければ…私はこうして生きてはいなかったことでしょう」


「父? 弟? 助ける?」


 何を言ってるんだ、この娘は…


「私、ロリーシェです。ロリーシェ・クシエです」


「…ロリーシェ」


 俺はようやくのことで思い出す。


 街酒場の前のケンカ。ゴライが子供を人質に暴れ、その前に勇敢に立ち向かった“少年”の姿を…


 その姿にほだされ、無駄に潰える我が命を有効活用しようと、その親子を助けた事を……


「まさか、本当に?」


「はい」


「ああ。なんてことだ。あの子供が、こんなにも大きくなって…」


 ちょっと感動だ。この眼で成長した姿を見ることになるとは…な。 


 言われてみなければ気づかなかったが、あの柔らかそうな金髪と凛々しい眼には面影があった。


「だけど、まさか女の子だったとはね…」


「……え」


 ロリーシェの表情が石のように固まる。


 次の瞬間だった。喧騒と共に、何かが土煙を上げて走ってくるのが遠目に見えた。


 それは男、男、男……男ばかりのむさくるしい集団だ。


 そして全員が簡素ながらも武装していた。


 俺の目の前にまで辿り着くと、その中にあって一際大きい男が前に進んで来る。


「ご、ご主人サマ!!!」


 涙が流せたら号泣していただろう。前にも見た気がするそんな姿で、土下座するかのように俺の前にひざまずく。


「ご、ゴライ…か?」


 前に見た時と変わらない。


 いや、まったく変わらないわけではない。


 変化はあった。


 あの頃は鉄の胸当てや斧なんて持たせていなかったし、それに身体の至るところに大なり小なりのキズがある。


 当然、ゾンビなんで治ることはない。深すぎる傷は革バンドのような物で無理やりに縛って塞いでいるようだった。


 【接合】の魔法を使えば…と思ったが、この世界の人々は、人体にこの魔法を使おうとは思わないのだということを思い出す。


 そして、あのホウキのような頭だ。


 毛ばたきの色が劣化変色して…と思ったが、どうやら新しい羽根を刺しているらしい。


 植毛だ。植毛しているんだ、これ。


「お帰りなさいマッセ!」


「何がどうなっているんだ…? ゴライよ」


 おそらくすべてを知っているのはこのゴライ以外にない。


 俺が死んだ後、何がどうしてこうなったのか。


「ご主人サマのご命令通りでマッセ!」


「命令…?」


「ご命令通り、人間を守り助けてマッセ!」


 ああ。なんかそういやそんなことを最期に言った覚えが。


 だが、それはゴライが今後生き延びるために…いや、もう死んでいるのは重々承知しているが。


「オオオオオオオッ!」


「うおわッ!」


 いきなりゴライの隣にいたハゲ頭が雄叫びを上げた。


「び、ひっくりした…」


「貴方様がカダベル・ソリテール様!!」


「は、はぁ…?」


「お初に…いや、毎日ご尊顔を拝見させていたので、初ではないのですが!」


「ご尊顔って…」


「自分はこの村の村長をしていますゾドル・ムアイと申しますッ!!!」


 熱い。


 暑いを通り越して熱苦しい…。


 村長と言うには若いような気がした。もっと年配の老人がなるもんだとばかり思っていたが…。


 しかし、他の奴らが革の鎧を着てるのに、なんでコイツだけは上半身が裸なんだ?


 それにモミアゲからアゴにかけて連なっているボリューミーなヒゲ。


 剃れよ。もしくは手入れしろよ。熱苦しい以外の何物でもない。


「この村を救って下さった恩人、ゴライさんの主人にして、魔法を極めし神の如き存在、大魔法士様!! ご復活の際にお目にかかれたこと恐悦至極にございますぅ!!!」


 ゾドルが平伏すると、周りの鎧たちもそれと同じようにした。


「は、はぁ?」


 この村を救った…ゴライが?


 魔法を極めし神の如き存在??


 大魔法士だって???


 なんだか情報量が多すぎてついていけない…。


「さあ、復活祭だ! “サーフィンボード”を持てい!! “サーフィン”祭りをするぞ!!」


「「“サーフィン”祭りだ!!!」」


 男たちが一斉に立ち上がって拳を突き上げる。


「さ、サーフィン祭り???」


 俺が呆気に取られていると、何やら大きな物を担いだ男たちが現れる。


 嫌な予感しかしない。なんで担いでる男たちも上半身裸で、捻じりハチマキしてるんだ…。


「さあ、お乗り下さいませ! “サーフィンボード”でございます!!」


 は?


 いや、これはどう見ても御輿みこしだ…。


 しかも派手な装飾が施されてるし、鳳凰の代わりに天辺に載ってるのはカラスの剥製か何かか? 


「さあ! カダベル様をお乗せしろ!」


「え? いや! ちょ! 待ってー」


 生前より軽い体重となっているであろうせいで、屈強な男たちによってヒョイという感じに担ぎ上げられ、御輿へと乗せられる。


「待って! カダベル様はまだお目覚めになったばかりだから!」


 ロリーシェが何やら叫んでいるが、男たちの「よいやっさ!」の掛け声に打ち消されてしまった。


「ゴライ! これは何だ!」


 振り返ったゴライがニヤリと笑う。


 いや、なんかお前、生きてた頃に戻ったんじゃないのかっていうぐらいに邪悪な笑みだ。


「“アオオニ”、デッセ!」


「…は? 青鬼だと?」


「赤鬼を追い出した象徴! これこそが青鬼のサーフィンボードなのです!」


 何を言ってるんだ、コイツらは??


 頭湧いてんのか???


 そうこうしているうちにゴライを先頭にして、御輿が動き始める。


「さあ、カダベル様、復活祭の始まりだ!」


「祭りだ! 祭りだ! サーフィン祭りだ!」



「「「ワッショイ! ワッショイ!」」」



「やめろー!」「やめてー!」


 俺とロリーシェの叫び声は、熱気のこもった男たちの声にかき消されてしまったのであった……




──


 

 村の中を3周半…それほど大きな村ではなかったが、それでも丸1時間をかけて大通りを行き、各家の玄関で「カダベル様のおなぁーりぃ!」などとやる。その度に俺の憔悴が増す。


 子供たち(最初に会った兄妹もいた)は一様に同じような恐怖を顔に張り付け、その親たちは引きっつたような困惑の笑みを浮かべ、年配者たちはなぜか手を合わせて拝むような仕草をみせた。


 尊敬されているとかいうより、“なにか恐ろしいものがきた”…的なアウェイ感がある。


 あれだ。部活とかで、社会人になったイケ好かないOBが来てしまった時の“面倒だけど、ぞんざいにあつかえないしなぁ”というヤツだ。

 後輩たちに「○○先輩の時はもっと厳しかった」なんて名前だけを使う分にはいいが、もう伝説の中にだけ存在して欲しかったような感じが半端ない。


 そして御輿を担いでる奴らは、差し詰めOBが現役だった頃に可愛がられた後輩たちだろう。

 意識高い系の彼らは、尊敬を通り越して相手を神格化するあまり、変な新興宗教団体のようになってしまっている。


 当人たちはいいが、周りから見れば奇妙奇天烈極まりない。


 しかもその筆頭が俺だと思われている事実がより気まずかった。


 俺が指示してやらせてるかのようなのがなによりも非常に不快だ。


 そしてその集団の後を、オロオロとした様子でついてきて、「申し訳ない」という視線を送ってくるロリーシェ。


 いや、君は悪くないのだ。俺の前にいる馬鹿2匹が悪いのだ。


 そしてようやくのことで御輿が降ろされた時、いい汗をかいたとばかりに額の汗を拭ったゾドルが「この村はかつてゴゴル村と言ったんですが、この救いのアイテム“サーフィンボード”に肖って“サーフィン村”と改名したのですよ」と言った時には、本気で殴り飛ばそうと思った。

 


 このゴゴル村(現サーフィン村)は、俺が住んでいたイルミナード街よりさらに北東に15キロほど離れた位置にある寒村らしい。


 そして、いま俺は村の中で一番奥高いところにある、元村長宅の屋敷に居る。

 ここを我が家として自由に使って良いと言われたのだ。

 “元”村長宅というのは、俺が復活することを見越して、ゾドルはかなり昔に転居していたからのようだ。

 なんで村長宅を俺に譲る必要があるのかとは思うが、まあ、ああいう“宗教団体”の考えることはよくわからんとしか言えないな。

 人間思い込むと、何をしでかすか予想できなくなるもんだ。


 そして今のゾドルの家は、この屋敷のある下の方にあり、ゴライの家と向かい合わせになっていた。その配置はまるで神社の狛犬を思わせる。


 つまり、この俺のいる屋敷…社を守っているってわけだな。うーん、やはりよくわからん。

 


 俺が屋敷に入るなりまずやったことは、もちろんまず鏡を見ることだ。


「ウギャアアアアアアア!!」


「なにか!?」


 扉の向こうで慌てた気配がする。

 

「…いや、なんでもない。…なんでもない…大丈夫だ」


「そ、そうですか…」


 いや、大丈夫じゃない。


 全然大丈夫じゃない。


 ひどい。ヒドイ…。酷い……。


 想像していたよりも遥かに酷い。


 完全にミイラだ。眼球は消え、眼窩が大きく窪んでおり、眼底に申し訳ない程度に乾いた皮膚が残っているだけだ。


 口周りの皮膚はそげ落ち、歯茎ごと歯がむき出しとなって、口を開閉する度にボロッとなにかが落ちてくる。舌は…あるのかないのか?


 なんか口内に指を入れるとパサパサしている。乾燥した消費期限切れのパンみたいだ。


 皮膚の色は土色でとても生きた人間のものではない。骸骨の形がくっきり浮き出ているし、頭髪だけは不思議と綺麗に残っているが、引っ張ればそのままスッポ抜けてしまいそうなほどに脆い。


 しかし、何とも不思議なのは、眼が無いのに見えることだ。眼球はないのに眼球を動かした感じがして、視点が大きく動く。だから鏡で見るとかなり違和感がある。


 そもそも血管も筋肉も内蔵も機能していない。


 それどころか、腹の中の臓器類はそのまま無くなっている感じがする。胃の辺りの部分を叩くと乾いた音がした。


 こんな状態なのに、腕も足も動く。その度に乾いた表皮がパラパラと落ちてくるが、まるで痛みはない。しかし、痛みはなくとも鈍い触感だけはあった。


「……魔法の世界だからな」


 その言葉で自分を納得させる。


 実に魔法みたいに便利な言葉だよな!


「…さてここが最も重要だ」


 俺は意を決して、ローブをたくしあげる。そして下着を脱ぐ。


「……あー」


 そりゃそうだよな。ここは骨ないもんな…。残るわけないよな。


 老カダベルでさえ、そもそも用は足りていなかったが、最低限の排泄という目的は果たせていた。


 すっかり無くなってしまうことに、男としての尊厳がポキリと折れてしまった気がした。


 女の子になっちゃった〜キャハ♪ なんて言えればいいが、鏡に映るのはどう見てもただのミイラだ。


 イケメンでも、もはや老人ですらない。単なる屍だ。


 まあ、カダベルになる前も本番じゃ使わなかったんだ。別に今更と言えば今更ではある…。


「…【防腐】」


 もうこれ以上は腐敗もしないだろうが、念の為に魔法を自分にかける。


 どうやら俺が甦ったのは死ぬ直前に自身の源核をイジったせいらしい。


 再び自分の源核には【解析】が掛けられたのだが、その結果が“死んでいる”、“死んでいない”で数多くのエラー表示がされており、現在も半死半生のような状態になっていた。

 目覚めるまでの長い何年ものタイムラグは、恐らくそれが原因だろう。


 そんなチグハグの状態のせいか、【抽出】が機能しない。【解析】はできるが、他の魔法をまったく受け付けない。下手にここからさらにイジると、それこそ即座に停止して永眠する可能性もある。


 微妙なバランスで、俺のこの“奇妙な生”は維持されているのだ。外側からイジるならやり直しのしようがあるが、本人の内側からだとそうはいかないだろう。


 ゴライが上手くいったのは、“死んでいるけれど生きている”と書き換えたからだ。


 今の俺は“生きてるんだか死んでいるんだか不明”。よく似ているようで違う。


 死ぬ直前にダメ元でやったことだからしょうがないと言えばしょうがないが…。


 俺は全裸になると、ホコリやゴミを軽く払う。


 視力と聴力、触覚はあるのに嗅覚だけがない。いや、あってもほんとに微細なのかも知れない。だから、もしかしたら身体から腐敗臭が漂っているかも…と思ったのだが、分解される有機物はほとんど残ってないので無臭らしい。


 半端に腐った状態で甦らなかったのだけは良かった。片目が半ば落ちかけているとかだったら本当にホラーを通り越してスプラッタだ。


 それを終えると、包帯を全身に巻いていく。屋敷に着く前に、ゴライに村中の余ってる包帯を集めさせたのだ。

 包帯を巻くのはこれ以上の崩壊を防ぐためと、ミイラな見た目を少しでも誤魔化すためだ。


 頭にも巻くが、なぜか目元を覆うと視界が閉ざされる。迷惑な仕様だ。どうせ眼の機能を使わずに視えているんだから、ここは透視できてもいいじゃないか。


 目元と口元は外して慎重に巻いていく。口元も覆うと声がくぐもってしまうのだ。だが、声が出せてるのは声帯からではない。なんだかスピーカーのような物で口の付近から音を発しているみたいな感じだ。本当にこの辺も謎仕様だ。


 指先と足先だけは巻かないでおく。動きにくくなるのと、触覚が鈍化するためだ。

 皮膚感覚ではないのだろうが、包帯を巻いてしまうと壁で隔たれたかのように何も感じられなくなる。随分と感覚器官は極端だな。


 包帯が巻き終えると服を着る。祀られていた時のよくわからない豪華な服じゃない。粗末なボロ切れと黒褐色の外套だ。

 この服を用意してくれたゾドルは「大魔法士様がする格好では…」とかなんとか言っていたが、俺は目立ちたくない。道貞の時も地味だったし。真っ赤なガウンなんてとても趣味じゃない。

 骨と皮だけなので、普通の服だとやけにダボついて見えてるのが良くないな。仕方ないことだが。


 頭には…なんか王冠みたいなのを被せられていたが、普通に外套についたフードだけを目深に被る。影が落ちて若干、細いだけの人に…無理か。まあ、遠目には何とか大丈夫だろう。

 顔が包帯だらけなのは…そのうち仮面か何かを付ければいいか。



 扉が遠慮がちにノックされる。


「はい。…いや、ああ。どうぞ」


 ロリーシェがそっと扉を開いて入って来る。


「…お食事を準備いたしましょうか? 何か食べたいものはございますか?」 


 そういえば、なんだかさっきからずっと世話を焼こうとしてくれるな。


 着替えを手伝うって言って断るのが大変だったし、きっと俺が包帯を巻く間ずっと扉の前にいたんだろう。外套をはおった直後にノックだなんてタイミングが良すぎる。


「この身体で食べていいのかな? いや、食欲はないな…止めておこう」


「そうですか」 

 

 ん? なんかロリーシェは俺の顔をジロジロ見てるが…まあ、そりゃそうだよな。ミイラが“包帯巻きミイラ”になってるんだから。


 ってか、この娘は明らかなアンデッドと一緒なのに大丈夫なのか? 怖くないのかね?


「あー。ロリーシェ」


「はい」


「…なんというか。この俺と居ても何にもならない。もう家に帰って大丈夫だよ」

 

 こんなうら若き乙女をミイラの介護に使うだなんて勿体ない。


 詳しい事情はゴライか、気は進まないがあのゾドルにでも聞けば事足りるだろう。


 …ってあれ? なんか凄くショックを受けた顔をしてるんだけど。


「カダベル様は私が邪魔ですか?」


「…は? いや、邪魔とかではなく…」


「存在が疎ましいと?」


「いやいやいや、誰もそんな…」


 あ、ヤバイ。泣きそう。


 なんだ? 俺が悪いのか、これ?


「お願いします! カダベル様! 不愉快な点は改めます! ですから、何卒お側に置かせて下さい!!」


「…は、はい」


 平服せんばかりの勢いで言われ、思わず頷いてそう答えてしまう。


 なんなんだ。この娘は? もしかしてミイラフェチとかなのか?


 エジプト好きの女とかは聞いたことあるけど、動いてるミイラの側に居たいなんて話はジョークでも聞いたことがない。


「…まあ、とりあえず座って話そう」


「はい!」


 何がそんなに嬉しいのかわからないが、スキップするような感じで椅子に腰掛ける。


「…【牽引】」


 俺は魔法で椅子を引き、歩き出そうとしてふらつく。


「カダベル様!」


「ああ、いや、大丈夫だ。…なんだか浮いてるような感じでね。歩こうとすると、筋肉を使ってるわけじゃないから、どうにもバランスの感覚がまだ掴めない。…【牽引】」


 今度は壁に立て掛けてあった杖に魔法をかけて引き寄せる。


 生前のカダベルが使っていた杖だ。装飾品もなく、ただねじ曲がっているだけの端材と思われてもおかしくない粗末な杖だが、長年連れ添っただけに愛着がある。


 杖を使うと少し上手くバランスがとれる。地面の感覚が杖を通して指にも感じられるので、体勢を崩しそうな時には杖に寄りかかればいい。体重が軽いからそれだけで折れたり曲がったりはしないだろう。


 しかし、悪いことばかりだと思っていたが、ミイラになっていいこともあった。


 老人カダベルは腰が曲がってたが、いまは背筋がピーンとしている。無理やり延ばしているせいで、骨の軋む音はうるさいが、痛みがないので平気なのだ。


 軋む音は…後で油でも差せば消えるのかな?

 

 背筋をまっすぐにしながら杖を持って歩くのはなんとも偉そうだ。


 しかし歩けて良かった。でなければあの“サーフィンボード”とやらで担がれてずっと移動をしなければならなかったかもしれない。そう考えるとゾッとする。


「ん?」


 席に着くまでの間、ロリーシェはなんだか眼をキラキラとさせて俺を見ていた。


 まるで初めてハイハイをした赤ん坊を見るような眼だ。


 …フェチだと、ミイラが初めて歩いた時にもそんな眼をするものなのか?


「その杖を持って歩かれている姿…今でもハッキリとまぶたに焼き付いています」


「ああ。あの頃よりもみすぼらしいだろうがね」


「そんなことはありません!!!」


 お、おー。ミイラフェチ恐るべし…。


「あ、あの!」


「なんだい?」


「…その! 恥ずかしいお願いをしても…いい、でしょう…か? そ、その、我慢できなくて!」


「は、恥ずかしい…だと?」


 なんかモジモジしてるんですけど。我慢できないってどんだけだよ!


 いやー、眼球のあったところに指入れさせてくれとか、腕の皮をめくって1枚くれだとかだったらどうしよう。

 

 ミイラとしては一肌脱ぐべきなのか? 脱いだところで骨しか残らないんだが。


「…あ、頭を撫でて欲しい…です」


「……へ? 頭?」


「…はい」


「……俺の頭を取って見せてくれとかじゃなくて?」


 ミイラの限界に挑戦だ…みたいな?


「? いいえ。あの、私の頭を撫でてほしいのですが…ダメですか?」


「いや、駄目ってことはないが…」


 ロリーシェは嬉しそうに走り寄って来る。


 正直怖い。なぜかって、ミイラに向かってニコニコ笑いかけながら走ってくる女の子がいたら正気とは思えないだろう。


 そして俺の前にひざまずくと、「えへへ」だなんて言いながら眼をつむる。


 あー、これが生前の若い頃のカダベルなら絵になっただろう。


 しかし今の状況を見るに、若き乙女の命を奪わんとしている死神だ。


 なんだかこの綺麗な髪に触れるのが非常に申し訳ない。


 だって、腐ってるを通り越して風化してんだぜ? 成長期真っ只中の女の子の頭を触れていい手じゃないでしょ。


 しかし、触れるのを心待ちにしているミイラフェチ少女の気持ちは変わらないらしい。撫でてくれるのを今か今かと心待ちにしているのが伝わってくる。


 うん。これで「何触っとんじゃ、このクソミイラが!」と言われたら永眠する自信がある。


「…うーむ」


 恐る恐る手を伸ばして…触れる。


 …想像以上に柔らかい。


 撫で心地がいい。


 ああ、なんだかそういえば生前にこんな覚えがある。


 いや、当然か。この娘が小さい頃に同じことやったんだからな。


「…ふ、ふにゃあ」


 どこかで猫が鳴いたような声がした。


「うげ…」


 手の下のロリーシェの顔が大変なことになっている。

 眼と鼻と口がだらしなく歪んでいる。舌が半ば飛び出て、眼なんて半分白眼むいてるし、どこかにっちゃってんじゃないの? 


「…小さい頃、撫でてもらった時と全く同じですぅ」


 いや、同じじゃねぇだろ。ミイラだぜ?

 

 確かに死ぬ前からもうミイラに近かったけどさ。まだあの時は体温があっただろうけど、今はもうただの物体だよ。枯れ木よ。


「嬉しい。嬉しくて死んでしまいそうです…」

 

「…いや、そりゃ屍体ミイラに対しておかしいだろ?」


 堪能したのか、ロリーシェの肩が下がる。


「う、ウェェーン!」


「えッ!?」


 さっきまでの恍惚とした表情から一変して、いきなり眼の端に涙をため、ボロボロと泣き出す。


 俺は慌てる。本当に泣かれるのは苦手だ。


「い、痛かったか? そりゃ骨ばっているから…」


「ち、違います。痛いだなんて…。また、再び撫でてもらえる日が来るだなんて未だに信じられなくて!」


「そ、そうか…。だが、泣かないでくれ。泣かれるとどうしていいのかわからん」


「は、はい。ずびません…」


 ロリーシェは鼻をすすって涙を拭く。


「…みっともないところをお見せしました。申し訳ございません」


「いや、構わない。…色々と、そうだな。大変だったんだな」


 何が大変だったのかわからないが、俺は一応労う。


 あれだけ号泣するということは並々ならぬ思いをしたのだろう。たぶん。


「…それで、えーっと、お父さんと弟の方は元気かね?」

 

 正直、親父と弟の名前はまるで覚えていなかった。それを誤魔化すために名前は伏せた。


 さっきまで光輝いていたロリーシェの眼が急に暗くなる。


「…父シデランは死にました。弟ジョシュアは最近連絡こそとっていませんが、元気にはしていると思います」


 そうそう。そうだよ。シデランとジョシュアだったな。


「…死んだ? シデランが?」


「はい。父はカダベル様に救って頂いた後、すぐに…」


「なんだと? 確かクルシァンに行くよう伝えたと思ったが…。ナドには出会えなかったのか?」


 徐々に思い出してくる。そうだ。シデランには子供たちを連れて俺の本邸に行くように伝えたはずだ。


 ゴライの屍体を連れ帰った後、すぐに俺は使用人ナド宛に手紙を出した。だから間違いなく彼女たちを保護したはずだ。


「いえ、ナドさんとは会えました。お陰様でなんの不自由のない生活を送らさせて頂いたのですが…」


「では、どうしてシデランは?」


「…人を殺してしまった罪の意識からです。私と弟を預けた後、自ら命を…」


「……そうだったのか」


 なんか言葉が見つからないな。この世界では珍しいほどの善人だったんだろう。


 ゴライはピンピン(?)してるんだから死ななくともとは思うが、当人の罪の意識ばかりはなぁ。

 

「…申し訳ありません。カダベル様に救っていただきながら、命を絶つなんて」


「いや、謝ることはない。そこまで配慮できなかった俺も悪い」


「カダベル様が悪いなんて! そんなことは一切ありません!」


 そうだ。俺もあれが精一杯だった。あれ以上のことはしてやれなかった。


 だが、そんな俺にも申し訳ない気持ちはある。憲兵に引き渡すのが正しかったとまでは言わないが、運がよければ死刑にならずに罪を償って生きながらえる可能性もあったのかも知れない。


 もしそうだとしたら、俺がシデランの死に直接ではないとはいえ関与していることになる。


「私もジョシュアもカダベル様には本当に感謝しています。見ず知らずの私たち親子を、その偉大なる魔法で助けて下さった大魔法士様です!」


「いや、大した魔法など使っては…。

 あ。そう言えば、ロリーシェ。君はゴライのことは…」


「はい?」


「い、いや、平気なのか? その…なんと言うか、君の父親の仇…とかになるんじゃないのか?」

 

 ロリーシェからすれば、ゴライは直接の原因のはずだ。あの男が暴れなければそもそもこんなことにならなかったはずだしな。


「ああ…。最初は複雑な気持ちでしたけれど。今ではまったく」


「そうなの?」


 なんだろ。変なところアッサリしてるなぁ。


「…というのも、あのゴライはカダベルの魔法で新たな生を与えられたのですよね?」


「新たな生…うーん。そう言えなくもないが…」


「生きていた頃の記憶はないようですし…。それに、カダベル様を尊敬し、この村を守り続けているのは事実です。ならばもはや別人と言っていいのでは?」


「確かに…」


 村を守ってる?


 さっきから気になっているワードだな。


 うーん? ゴライが?


「彼がいなければ、カダベル様のお身体もお守りできませんでした。罪に償いが必要だと言うのであれば、彼は充分に償いをしたと…私はそう思っております」


 うあー、なんだか見た目以上に大人だな。


 俺が知っている同級生とかは「キライだからキライ。イヤなものはイヤ」なんて普通に感情論で話すのばかりだったからな。かなり新鮮な気がする。


「ロリーシェに問題がないのであればいいが。返答如何によっては、奴に再び死を与えるのも仕方ないかなぁと思ったんだが…」


「え!?」


 ロリーシェが驚いた顔をする。


 あれ? 変なこと言ったか?


 もしロリーシェがゴライのことを許せないと言うのであれば、あれを造ったのは俺の責任だからなんとかしなきゃいけないと思っただけなんだけど。


「…ゴライよりも私の気持ちを優先してくださるので?」


「ん? いや、当然だろう。生者の方が大事だ。俺もゴライも死人のうちだからな。現世に留まったのは、単なる好奇心でしかない」


 むしろゴライを動かすことにしたのは憲兵に対応するのが面倒だったから…そんな正義の欠片すらない理由だ。


 造った以上、それなりに愛着もあるし、壊すのはもったいなく思わないでもないが、俺もゴライも本来はこの世界に属してはいけない存在のはずだ。


 生者であるロリーシェが望むならば、還るべきところに還るのが自然だろう。


「ロリーシェ。俺は君の成長が見られたことだけでも幸運なことだ。しかし、実のところ別に現世に未練があるわけでもない。だから再び骸に戻っても…」


「イヤです!! 絶対にイヤです!!! もしカダベル様が再び死ぬのであれば、私も迷わず死を選びます!!」


「は?」


 死んでいる人間のために、死ぬとはこれはどういうことだ?


「…なぜそこまで俺にこだわるんだ?」


「それは…私が、あなたを愛…」


「ご主人サマ!!」


 ロリーシェが最後まで言い終わる前に、ゴライがいきなり扉を開けて入って来た。


「ゴライ。お前にはノックすることをかなり昔に教えた気が…」


「敵襲でマッセ! “赤鬼”が襲来しマッセ!」


「…は?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ガダベル同様、ゴライによく分からない愛着が湧いてきています。生前は人に害を与えていたのに……ゾンビ? になってからは順従で素直で村まで守っている……! いくら魔法でインプットされていたとし…
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