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8.黒と白

 王都に戻ると、ロルフはまず帰城していた。ロルフ、グリージオ、ボアの三人で今回のことの報告を国に行うためだ。

 

「現地にてフェンリル5体、フェンリルの幼体と思われるものを三体確認し、全て討伐を行いました。こちらの被害としては軽症者三名、重傷者はいません。一般の被害としてはモンテールの畜産関係の農場、工場が挙げられていますが、そちらは現地管轄官からの報告を参照してください。」

「特段被害が出なくてよかった。して、ロルフ。いつものように悪態をついても構わないんだぞ?」

 

 目の前の台座にどっかりと座る男がニヤリと笑った姿に、ロルフは少し眉間に皺を寄せた。

 

「…滅相もございません。こちらからの報告は以上です。その他詳細に継いては資料をご覧になってください、グリージオ」

「はっ。」

 

 そう言ってグリージオに声をかけると、資料の山をその男に対して恭しく掲げた。台座に座る男の横の補佐官がそれを受け取ると、音もなく後ろに下がった。

 

「ふん。つまらんな。まぁいい。ご苦労であった。」

 

 男はため息をつくが、それを機にすることもなく三人は一礼して扉へ向かった。

 

「じゃあな。クソジジイ。」

「あ、こらっ!」

 

 グリージオがボカッとロルフの頭を叩くと勢いよく男に最敬礼をして、ロルフに頭を下げさせて部屋を後にした。しまった扉の方からは男の大きな笑い声がうっすらと聞こえた。

 

 台座に座る男はこの王国の頂点、オズワルト・シュレーデニア国王であった。完全に不敬である。

 

「ロルフ!ばっか!あんな場所で!せっかくちゃんとできてたのに。あーもう!後少しだったのに!毎回やめてくれ!吐くよ!?俺吐くよ!?」

「悪態をついていいって言ったのはあのジジイだ。」

「馬っ!!!それで言っていいってことあるか!!!!ほんと毎回やめろ!胃が痛くなるからもう今度はお前だけで報告に行け!!」

「ちなみに俺は止めないよー。空気に徹するー。」

「いや、止めろや!周りの冷たい目を感じろって!!!」

 

 グリージオは1人で頭を抱えていた。そんなのをほっといてロルフは騎士団詰所に向かって大股で急いで向かっていた。グリージオは

 

「ちょっと俺、タバコ吸ってくるわ…」

 

 と、よろよろと右に曲がって2人と離れていった。

 

「ねえねえ、そろそろやめてあげなよ。グリージオの胃に穴が開くよ?」

「あんなことで開くものか。俺よりももっとエグいことしてるじゃないか。」

 

 横道に逸れたグリージオを振り返りつつボアがいうと、鼻で笑いながらロルフは早足で歩きながら悪態をついた。

 

 ロルフは黒騎士団の最高責任者、団長を務めている。ボアが副団長。グリージオが参謀という形だ。もちろん国王に対してクソジジイなんていう奴はロルフ以外にはいない。口の悪さは昔から国王に対してだけは変わらなかった。

 

「ガッツリ不敬じゃん。」

「殺してみろよって話だ。」

「物騒だな〜。そんなんだから“白”から目をつけられるんだよ。」

 

 黒騎士団と対をなす白騎士団。彼らは貴族出の人間が多いためこんな暴言を聞いたら卒倒ものだ。だが自分は白騎士団ではないし、煽ってきたのはクソジジイの方だ、とロルフは考えていたため反省など微塵もしていなかった。

 

 この態度は平の騎士の時から変わらない。もちろんその度に白騎士の方から制裁を受けたこともあるが、今以上に態度を直そうとも思っていなかった。弱いので制裁されるなら強くなればいい。そんなとんでも理論が強くなっていく糧の一つでもあった。

 

 その国王が強くなるように最初に道を示した人物でもあるのだが…。

 

 角を曲がると、向こうのほうから複数の足音が聞こえてきた。

 

「あー、噂をすればってやつかな。」

 

 ボアの声に少し残念な気持ちが読み取れた。

 

 前方からは1人の金髪碧眼の男が歩いてきた。佇まいは華奢に思えるし、顔つきもどこか女性らしい。しかし堂々とした気迫が弱々しさを蹴散らしているようだった。

 

「これはこれは。討伐お疲れ様でした。」

 

 綺麗に一礼する男に、ロルフとボアも足を止め、軽く頭を下げた。ロルフは先程のこともあり、少々苛立っていたので早々にこの場を離れたかったがそうもいかないのだ。

 

「先程は国王を謁見されていたのですよね。」

「はい。そうです。」

「まさか、またいつものような態度をとったわけではありませんよね?」

「ハハッ。滅相もありません。ご冗談を。」

 

 とんだ茶番である。いつものような、と言ってくるぐらいには国王に対しての態度を知っているのに聞くようなことでもないだろう。絡むよりいっそ直接言ってくればいいのにとロルフは思うが、貴族は面倒くさい生き物だな、と思う。

 

「差し当たっては、アルベルト殿もいつものように国王に私の報告過程の確認でしょうか?部下にあたらせればいいのではありませんか?ご自身も忙しい身でしょうに。」

 

 うっすらと黒を叩くための粗探しでもするのかと嫌味を添えながら無表情でアルベルトと言われた金髪の男にいうと、別段気にしていないという笑顔で

 

「戦地の状況などは自分で聞く方が状況がわかりやすいので。」

 

 などと至極真っ当そうな答えを言った。ロルフはロルフで作った笑顔を貼り付けていることぐらいはわかっている。

 

「で、本心は?」

「いい加減その態度を改めよ!国王陛下をなんだと思っているのだ黒狼!」

「敬称で呼ぶのはやめろ。名前を知らないのか?」

「馬鹿を言うな!敬意を払えない奴の名前など呼ぶか!」

「へえ。敬意を払えないなら敬称で呼んでいいなら、俺も白鷹と呼ばないとだな。」

「ふざけるな!貴様に呼ばれる筋合いはない。それともなんだ、お前は市井のものなのか。」

「そうだな。戦闘力ある市井の人間だな。」

「だったらすぐにその役職を返納し、さっさと近衛隊から去るが良い!」

「テメェにそんな権限ないだろうがよ。それこそこの役職を賜ったのはお前の憧れる国王陛下からだよ。」

「陛下に陳情してくる!」

「仕事に私情を挟むのか?大したお人柄だな。」

 

 ああ…やっぱり始まった。

 

 ボアはさっきグリージオに引っ付いて行けばよかったと乾いた笑いを上げた。

 

 目の前の金髪の男はアルベルト・シュトラウス。シュトラウス伯爵家の次男だった。剣技の才が秀でていて、早くから騎士になるために努力していた男だと大体の騎士団の人間は知っていた。また、魔法の方も併用できるとして頭角を表していた。

 国営の騎士団養成所を主席で卒業し、騎士団に入団したらしい。そして新兵時代のロルフの同期だということも団員にも有名な話だった。

 

 簡単な話、アルベルトはロルフに嫉妬しているのだった。平民からの入団。そこで一度完膚なきまでに叩きのめされてるのだ。養成所主席のプライドはズタボロだったが、ロルフの方は気に留めることもなく強さを周りに認めさせていった。そして頭角を表した彼は団長の職を承ることとなったのだが、アルベルトは“副団長”にとどまっている。その“副団長”という職も実際の所すごいことなのだが、アルベルトはそれをよしとしなかった。

 

 最初は気にしていなかったロルフだが、何度も何度も難癖つけられていれば勿論腹が立ってくる。言い返しても倍返ってくるような面倒くさい間柄になってしまった。アルベルトの方がロルフよりも二つ年下だし、二年後にはどうなっているかもわからないのだから気にすることでもないとボアは思っているのだが、優等生の矜持がこの状態を許さないのだろう。

 

 多分、アルベルトが突っかかってこなければこの関係も収束すると思うのだが、なかなか先が長そうな話だ。

 

「アルベルト殿。話を中座して申し訳ありません。国王陛下はこの後グリノリア訪問のための会議を行うとおっしゃっていましたので、討伐の件を確認するのであれば急がれた方がよろしいかと思われます。」

 

 こういう仲裁を行うのはボアは苦手なのだが、ここにいる第三者は自分だけなのでそう声をかけると、アルベルトは喋るのを中断してボアを見た。

 

「む。そうであったか。モッペル殿感謝する。此奴と話している時間がもったいないな。失礼する。」

 

 いや、仕掛けたのお前じゃんね…なんてことは野暮なのでボアは何も言わなかった。ロルフはムスッとしている。不機嫌がダダ漏れだ。

 

 綺麗な礼をすると、ロルフを鼻で笑ってアルベルトは早足でその場を後にした。そこには立ち尽くす2人が残るのみだ。

 

「嵐みたいな人だよね。アルベルト殿。」

「面倒臭いだけだあいつは。なんなんだ。毎度毎度…。」

 

 げんなりとロルフはため息をついた。自分から何かしたわけでもないのに絡まれるのはどうしたらいいのだろう?そんな考えが浮かんだ。

 

 かといってロルフは本人を否定しているわけでもなかった。副団長ということからもわかるように強さは本物である。“白鷹”と言われるように戦場では智略も行いながら俊敏に敵を仕留める様は美しさすらあった。ロルフにはできない戦術である。

 

 ロルフは純粋に力を使った戦術だ。参謀にはグリージオがいるし、統率には人のいいボアがいる。

 

 自分は黒騎士団の強い剣であればいい。

 

 ロルフも純粋にアルベルトの強さは認めている。難儀しているのはあの性格だけであった。

 自分の強くなることを邪魔しない、干渉してこなければ何もないはずなのに、こうも毎回絡まれてくるので持て余してしまっていた。

 

「だから俺は帰りたくなかったんだよ…。」

「とりあえず残ってる事務仕事したら鍛錬でもして息抜きしようよ。付き合うよー。あ、お礼は晩御飯でよろしくね。」

「そういう所抜け目ないな?」

 

 そう言って力を抜いた顔でボアを見ると、ボアはムフフ、と笑った。

 

「でも一番の息抜きでしょ?」

「ああ、間違いないな。」

「あ、手加減はしてよね。」

「どうだかなぁ。」

 

 そう言いながら2人は詰所に向かって歩みを再開したのだった。


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