6.秘密訓練
「それでは!!行いたいと思います!!」
夜の営業を終えて片付けも済ませて、エレノアは一言店のテーブルに腰掛けて意気込んだ。
目の前にはいつもよくしてくれている付喪神たちが集まっている。
椅子の付喪神シャジャラと織物の付喪神のナージュは兄妹で2人寄り添っていたし、本の付喪神のビブリアはせっせと準備を進めている。包丁の付喪神のクトーはリヒトを呼びに窓辺に行っていて、リヒトはなんだか眠そうだ。
そのほかにも光がふわふわしている。この光は付喪神未満らしいが、基本的には彼らと同等のものらしい。そこらへんの違いはエレノアにはまだよくわかっていなかった。
「こないだは失敗したからなぁ。」
『仕方ないわよ。うまく想像することが大事なの、細部まで想像することが鍵なのよ。』
そう言いながらビブリアは木材やガラスをせっせと持ってくる。テーブルの上には昼の間に準備した硬めの木材、いろんな色のガラス片カモフラージュ用の魔石などで半分ほど埋まっていた。
『リヒトー、早くきなって。』
『僕がいなくてもなんとかなるって。』
『なるけど負担が増えるのは嫌よ。早く!』
『そうだよ。君がいると助かるよ。』
『クトー、君が僕の分まで頑張って。』
今夜はリヒトは少しものぐさだ。引っ張られながら面倒くさそうに2人に連れてこられている。そんな姿を苦笑しながら見つつ、目の前の材料に目をやった。
この店を始めてから少し落ち着いて、ビブリアにある提案をされた。
『エレン、ガイルみたいに加護付を作れるようになってみない?』
キョトンとしてしまう。
「え?私にもできるの?」
『できるわよ。っていうか、本来誰でもできることなんだけどね。』
そう言ってビブリアはにっこりと目の前で笑った。
祖父母は少しだけ秘密を持っていた。その秘密のことを普通に子供の時に聞いていたので、エレノアは秘密とも思っていないのだが2人は一度だけその様子を見せてくれたことがあった。
付喪神の加護がある品
2人は、というかアンが付喪神の力を借りてヤカンに付与を与えていた。そのヤカンは魔力の力なし、火の力なしにすぐにお湯を沸かすことができた。
作っている間、色鮮やかな光で周りが包まれて、エレノアは感動した。その光が少しづつ、ヤカンに降り注ぎ小さな光を灯しては消え、灯しては消えた。終わった瞬間に周りが急に水を打ったように静かになった。アンが水を入れ、そのヤカンにそっと触れると中の水がコポコポと沸騰したのがわかり、そのお湯でレモネードを入れてくれた。
「ずっと使えるわけではないんだけどね。」
そう言って優しそうに笑いかけてくれたことも覚えている。あの時は確かクトーだけが手伝っていたはずだ。
ただし、祖母のいう通り、その効果は約一月で無くなった。残ったのは元のヤカンだけだ。
どういう理屈かはわからないが、その付喪神の加護のあるものは祖父母の店以外では見たことはなかった。
この世界に魔導具や魔法はある。多少なりともこの世界の人間は魔力を必ず持っているので、生活品として魔力を使用して使うものは普通にありふれている。それは純粋に魔力を使用するものか、魔物や地脈からとれた魔石を媒体にして使うようになっている。
メインの生活用品はそう言った魔道具だが、それを使った武器などはない。単純に武器として使用するにはそれ相応の魔力がいるようになるがその場合は魔道士レベルの魔力を使用することになる。もし魔導士であれば攻撃は魔導具を介して行うよりも魔力をそのまま攻撃にした魔法を使う方がずっと容易いとされていた。
付喪神の加護付きは、逆に魔力を一切使わずにあらゆることができるということだった。
ビブリアいわく、本人の魔力を使用するわけではなく、付喪神が魔力を使用することで色々なことが出来るようになるらしい。ただ、付喪神たちが品物自体を考えることはできないので、そこは作成する人間の想像力が肝になるということだった。そして、基本的には作ったものはその本人だけしか使えない、ということらしい。
うまくやれば本人だけ、というロックも外すことはできるそうだ。
『結局、私たちのことを視える人間自体が少ないんだから、“加護付き”を持ってる人なんてなかなかいないわよね。ま、昔はそれなりにいたんだけどさ。』
「ふーん、そうなんだねぇ。」
『だからエレンは知らないかもしれないけど、昔から残ってるものは今でもあるんだよ?ただ、魔力なくても使えるから貴重品として保護されてるみたいだから見ることはないみたい。』
「え、でも待って。加護の力って一時的なものなんじゃないの?おばあちゃんはそう言ってたと思うんだけど。」
『モノにもよるよ。加護された力が多いほど、長持ちはするみたいだね。後は私たちの個人個人の力?』
「付喪神にも力差なんてあるの???精霊みたいに。」
『そりゃあるよー。』
精霊はこの世界にもいる。付喪神との違いは、魔素から発生したか、物に宿る思念などが魔素を含んで発生したかの違いがあるらしい。エレノアは深くは知らなかったが、この世界には魔素と言われるエネルギーがあるようで、それが絡んで精霊と付喪神が発生しているらしい。ただ、発生元が違うため、ビブリアは精霊と一緒にされるのをあまり好まないようだった。
ちなみに精霊の話はある程度は聞き及ぶ。というのも、魔導士たちが契約していたりするため、大きな戦や討伐がある場合にその力を借りていることがあるようなのだ。新聞や本に載っているぐらいなので別に隠していることではないらしい。魔力が強いほど精霊を確認したり契約をすることが簡単とされているので、騎士団勤めの魔導士などは契約している人が多いと聞いたことがある。むしろ多く契約していることが誉らしい。
「付喪神も契約とか、いるの?」
『要らん要らん。』
以前気になってクトーに聞くと笑って否定された。
『契約は縛りだからね。そういうのは好まないかな。好き勝手に力を貸してるっていうのが正しい見解だ。妖精さんの方もそうだろうけど、魔力の強い物には逆らえない部分があるからね。魔素から発生しているわけだし。その点私たちはそこらへんの縛りは緩いから、魔力が強い人に従え!って言われても逃げちゃうね。』
似ているようで、私たち付喪神と妖精は似て非なる物なのだよ。とそう諭すように言っていた。
なるほど?と思ったが、そこら辺は勉強とかする分野でもないのでよくわかっていない。世の中はまだ不思議で満ちているようだ。こうやって好きで手を貸してくれているのだとしたらそれはありがたい。仲良くしてもらえてる、ということなのだろう。
『こういう加護付きを増やしたいっていうのなら、そもそも私たちが見えないといけないし、私たちが手伝ってあげてもいいって思える人間じゃないと作れないってことになるよね。』
エレノアが1人で考え事をしていると、静かにシャジャラがそういった。低く響く声はとても凪いでいる。
『エレンは小さな頃から私たちと一緒だものね!ここを守ってくれたし、私たちもお手伝いしてあげたいのよ!』
続いてナージュも元気溌剌にそう言った。
「ありがたいことだねぇ。」
思わずしみじみと立ち止まってニコニコしてしまった。それを見て兄妹付喪神はふわりと尻尾を揺らしている。この2人はふわふわとしたしっぽと狐のような耳を持っていた。衣装もなんとなくここら辺ではあまり見かけない民族衣装のようなものを着ているのだが、浅黒い肌から、もしかしたら遠くから来たのかもしれない、と実は思っている。性格は反対だが、お揃いの衣装と耳としっぽでいつも一緒にいる仲良し兄妹だ。
『何はともあれ!練習よ!エレン、今日は成功するといいね!』
「ほんとそうだよね。では、三回目極秘レッスンを開始します。よろしくお願いします。」
そんな中、ビブリアの手を叩く音が合図でエレンの名付けた極秘レッスンは始まった。
集まった付喪神たちが机の上のものに手をかざす。それに向かってエレノアも手をかざした。思い浮かべるのは以前祖母がやっていたヤカンだ。水を入れて触るだけでお湯が沸く。あの時は元になるヤカンがあったけど、ビブリアは何故かやかんではなく木材を持ってきて、折角シャジャラがいるのだから元の形から作ってみよう!と最初から上級レッスンを発案していた。いや、初心者には無理!と行ったのだが、エレンならできる!と無茶なことを言ってきた。お店の準備の頃から思っていたが、こういうふうに人に物を教えるとき、ビブリアは鬼軍曹だなと思う。
なぜシャジャラなのかというと、木材などは自身も椅子の付喪神で関係があるから、ということらしい。シャジャラにもいい迷惑だ。が、ちゃんと付き合ってくれるのでとてもありがたい。
瞑想するように深く、深く考える。
思い出すのはコーヒー用の口の細くなったポット。
持ち手の部分に青い魔石がくるように想像する。
そこに水が入るとみんなの力が広がってお湯が沸くのを手伝ってくれる。
水にサァッと力が染み渡ってお湯が沸くのを想像した。
細部まで。
お湯が沸くとポッドの口から湯気が出ることを想像する。
持ちてもうっすら暖かくなることを想像する。
閉じていた目をうっすらと開けると木が想像した形に生成されているところだった。不思議なもので、硬い木材が柔らかく波打って形を変えていっている。綺麗な曲線を作り、形が完成すると持ち手のところに青今関が飲み込まれていった。うっすら頭を出してそこに手が触れられるような形になる。全体がほんのりと光を帯びると、ゆっくりと収まっていき、静かに机の上にポットがおかれた。
「おお…見た目は合格?」
『グニャグニャにはならなかったね。』
「一回目の失敗を蒸し返さないでくださいリヒトさん。」
体制を崩して寝そべり始めたリヒトに発言に異議申し立てをすると、早速ピッチャーに入っている水を注いで、持ち手を握ってみた。成功するように…と祈るような気持ちになる。するとコポポ…と音を出して中で沸騰するのがわかった。
「!」
いそいでカウンターの方にあるマグに注ぐと、湯気を出しながらお湯が注がれていく。
「成功だ!」
『おめでとう。』
成功したことにびっくりしてドキドキしている。自分にもできた、とエレノアは頬が紅潮するのを感じた。三回目にしてようやくコツを掴んだ気がする。丁寧に、リアルに考えることが大事なのだ。
『これは…きっと長持ちするね。』
「うん、みんなが手伝ってくれたから長く使えたらいいなぁ。」
シャジャラが微笑みながらそういうと、嬉しそうにポットを見せながらエレノアは飛び跳ねた。
「もっといろんなものに挑戦してみたいわ!」
そういうとポットを大事そうに抱えて笑った。
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