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4.黒い狼

 ばさっと新聞を開くと、朝の大見出しで近所に現れて困っていた魔物の討伐が終わったことが書かれていた。少し大ごとになりかけていたらしいが、対応が早くできたことから被害は最小限に抑えられたそうだ。ただ、畜産をやられたらしくそこには国から保証が出ると書かれていた。少しでも被害にあった人の支えになるのならそれはよかった。

 

 仕事に慣れてきたため、簡単ではあるがモーニングを始めていた。サンドイッチと飲み物、軽くフルーツ。朝は簡単なメニューだけだ。実際この店の立地は町から少し離れた所にある。一応エレノアはロゼニアという町に所属している。そこから王都にまで延びる街道を南に向かって徒歩15分の場所に店を構えていた。距離はそんなに離れていないが、小高い丘の上にあるため少し時間がかかってしまう立地だ。そのため、隣町からロゼニアに仕事に向かう人や、逆に隣町に向かう人のお弁当としてサンドイッチを持ち帰りする人が多い。

 パンは朝イチで卸してもらったライ麦パンとバケットがあるのでそれを使用する。塩気の多いチーズとフレッシュハムのサンドイッチを準備し終えて、自分も切れ端で作ったサンドイッチを頬張った。

 

『…一口。』

 

 そう言って寄ってきたのはランプの付喪神のレヒトだ。人のいる時は窓辺から動こうとしないが、食事時はたまにこうやって寄ってきて一口食べていく。最初見た時は付喪神も食事するのか…と思ったが食べても食べなくてもどっちでもいいらしい。包丁の付喪神のクトーは料理の手伝いにもなるし勉強にもなるから、と進んで食べることが多いし、椅子の付喪神のシャジャラは一切興味がなさそうだ、

 

「今日の出来はどう?」

『美味しい。これ好き。』

 

 軽く首を傾けてにこりと笑うと顔周りに金色の髪がサラリと揺れた。長めの前髪の間から見える深紅と海色の瞳は今日も優しげだ。そういうとレヒトはふわりと浮かんでいつもの窓辺に移動した。そこからはよく町が見える。一つ欠伸をして代わり映えのない景色を見始めた。

 自分のサンドイッチを食べ終わると、軽くコーヒーを飲んで立ち上がり、ドアにオープンのふだをかけた。10分もすればいつものお客さんがお昼ご飯として買いにきてくれるだろう。自分の食器を片付け、店の窓を開けて回ると澄んだ空気が店に流れていった。

 

「今日もいい天気だ。お昼前にシーツも干しちゃうかな。」

 

 そんな独り言を言っていると、カランッとドアのベルが鳴った。いつもよりお客さんが来るのが早いな?と思って振り返って声をかけた。

 

「いらっしゃいませ…?」

 

 そこには見慣れない制服を着た男が三人並んでいた。

 

 1人は眼光の鋭い黒髪の男だった。大きな剣を背中に携えており、エレノアはそんな剣よく持てるなぁ。と咄嗟に思った。もう1人は黒髪を乱雑に撫でつけた髭の男で、三人の中では年長者に見えた。くあっと欠伸をかみ殺しなんだか気怠げだ。最後の1人は本当に大男だった。キョロキョロと楽しそうに店内を見回して目がキラキラしている。とても大きいのになんだか可愛い。

 

「何も朝から出かけなくても…」

「何言ってるの!いろんなお店を現地で探すのが楽しいんじゃん!」

「宿の食堂でいいだろ。」

「食堂は食堂!これは俺の道楽なの!あ、店員さん!モーニングここで食べれますか!?」

 

 面倒くさそうな黒髪男2人とは反対に、大男は元気よく声をかけてきた。いけない、ぽかんとしている場合じゃなかった。

 

「おはようございます。三名様ですか?簡単なものしかありませんが食べれますよ。」

「よかった!!」

「ではそちらの席にお掛けください。少し時間をいただければ、通常メニューでもいくつか対応できますので気軽におっしゃてくださいね。メニューとお水お持ちしますので少々お待ちください。」

 

 にこりと笑って、さっきレヒトがいった席に案内する。窓辺にそのままレヒトはいるけど誰も気づいていないのはいつものことだ。レヒトは一瞬男たちの方をじっと見てそれからまた窓の外に視線を移した。いつもなら誰が座っても気にしないのに。とは言いつつも三人の顔を確認してからはまた興味なさげに外を見ている。エレノアはメニュー表と水を準備すると三人のところに向かった。予想通り、大男はせっかくだから普通のメニューも食べたいといい、他の2人はモーニングだけでいいだろう…とげんなりしていた。

 

「メニューです。どうぞ。」

「お、ありがとう。」

 

 年長者の男がそういってメニューを受け取ると大男がウキウキとそれを眺めている。もう1人は何も言わずに外の景色を眺めているようだった。考え事をしているのだろうか?それとも眠くてぼーっとしているのか。カウンターに戻ろうとする時、常連のお客さんが来たのでその対応をした。いつも通りサンドイッチセットを渡すと、慣れた手つきで料金を渡してくれた。

 

「あれ?今日は食べていく客がいるんだね。」

「はい。朝イチでいらっしゃったんです。新規顧客ゲットのために頑張らないといけませんね。」

「ハハッ。商魂逞しいね!あの制服は騎士団だと思うが、もしかしたら新聞に載ってた討伐の帰りの人間かもしれないな。」

「あ、やっぱり騎士団の方ですかね。ローレンスさん遅れますよ!気をつけていってきてくださいね!」

「あ、そうだった!じゃあまたね!」

 

 そうなのだ。あの服はここじゃ見慣れないけれど、見たことがない訳ではなかった。

 

 王国騎士団王族直属部隊

 

 腕章は金縁の黒に赤で王族の紋章が書かれている。きっと“黒”の方だろう。

 

 この国にも騎士団がある。騎士団は第五騎士団まである。それとは別に王族直属部隊が二つある。


 王族直属は通称“黒”と“白”に別れている。確か、“白”が貴族出身者が多く“黒”がたたき上げだったはずだ。そのため遠征の討伐などでは“黒”騎士団が多く行なっていると聞いたことがある。“白”は逆に王族警護に回ることが多いらしい。二つとも直属ということでエリート中のエリートという話だが、噂では“黒”は無骨な荒くれ者が多いと聞いていた。まあ、噂なだけだが。そもそも粗暴者が王族直属で対応できるのか?という話なのでエレノアはあまり信じていない。実際目の前の大男はルンルンで店員であるエレノアを呼んでいるし、後の2人もそんな偉そうな態度ではない。

 

「お姉さん、この2人はモーニングで。俺はモーニングと普通メニューにあったビーフシチューとハンバーグのクリームソース添えも食べたいんだけどいいかな?」

「大丈夫ですよ。先にモーニングをお出ししますか?それとも少し時間はかかりますが全部一緒ぐらいのタイミングで出しますか?」

「2人にモーニングを出すタイミングで俺にもモーニングだけ先にください。」

「かしこまりました。」


 笑顔で席を離れようとすると、バッと腕を掴まれた。

 掴んできたのは目つきの悪い男だ。びっくりして息を呑んでしまう。

 

「ど、どうかされましたか?」

「…。」

 

 じっと一度顔を凝視された。が。すぐに手を離し、目も逸らされた。そっぽを向いてまた外の景色に目をやっている。

 なんなのだ???

 

「ごめんねおねーさん。あ、飲み物はこいつと俺はコーヒーブラックで。このでっかいのは砂糖多めのあったかいカフェオレでお願い。」

 

 はっと我に帰ると年長者であろう男が困ったように眉を下げながらそう告げた。はい!と返事をするのが精一杯で、そのままそそくさとカウンターに作業に戻った。


 さっきのはなんだったんだろう?

 

 結構力が強かったのでびっくりした。カウンターで騎士団のメンツから見えないことを確認しつつ手首をさすりつつ目をやるとほんのり赤くなっていた。何か粗相をしたのだろうか…?

 威圧感がすごかった。大きな黒い狼と対峙している気分だ。黒い大きな影に一歩でも動いたらガブリと食べられてしまうような気分に一瞬でなった。あの年長者の人が声をかけてくれなければ、大きく震えていたかもしれない。

 よくわからないまま、オートマチックに作業を行いながらもモーニングの準備を行なった。コーヒーの香ばしい香りが店内に溢れていく。その間にもいつも訪れてくれるお客の相手ももちろんこなした。びっくりはしたが忙しい時間帯でもあるのだ。効率よく作業を回していかないと。

 

「お待たせしました。」

 

 そういってまずはモーニングを運ぶと大男はわぁっと可愛く歓声をあげた。なんだか可愛らしい。最年長の人はコーヒーを一口飲んで一度少し目を開くと今度は閉じて味わっているようだった。先ほど手を掴んだ男はもう一度自分の顔をじっと見ていたが、何か喋ろうとして口を閉じ、そして先程の態度とは打って変わって綺麗な所作でパンを齧り出した。が、どうしても身構えてしまうのでエレノアは早々にその場を離れて次のメニューの制作にかかった。

 

「ん!俺のカンは当たったねぇ!美味しい!」

「コーヒーも丁寧に淹れてんな。」

「…ああ。うまい。」

 

 そんなエレノアとは対照的に三人はほっこりと食事を楽しんだ。1人を除いて。

 

「おい、ロルフ。…どうしたんだよ。」

「…。なんでもない。」

「ちゃんと謝れよ?」

「…わかってる。」

 

 横でモリモリご飯を食べるボアを除いて、2人は小さな声で喋った。その声はもちろんエレノアには届いていない。そのやりとりを小さな赤と青の瞳は静かに見ていた。


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