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3.負けるものか

 見たくもないのにその夢はいつも見てしまうし、夢だと気がつけば起きれば嫌な気持ちしかならないこともわかっていたのでため息しか出なかった。夢だからどうしよもないのだ。

 結局何も自分にできることはなくただ嗚咽を漏らしながらその時を迎える。そして救済もあるが結局は糞食らえだ。救いたいものは救えないし、無力さに嘆くしかなかった。

 

 ──おまえが見つけられたなら。

 ──お前が助けられるなら。

 

 そう言って放り投げられた世界。自分が今立っている場所がそうだ。

 

 胸糞悪い夢の後味に頭をガシガシと描きながら安い作りのベッドから立ち上がった。シーツも布団もクシャクシャだが、躾けられたように直そうとは思わなかった。凱旋先だし、一日ぐらいは許されたい。

 洗面所で軽く顔を洗うと、今では見慣れた三白眼がこちらを睨んでいた。ついでにぐっしょり汗で濡れたシャツも脱いでカゴに入れる。今日の当番がちゃんと洗ってくれるだろう。

 

「焦ったって仕方ないだろうがよ。」

(今は目の前の任務をこなすことが優先だ。)

 

 一呼吸置くと、新しいインナーとシャツを羽織り、折り目のキッチリ入った黒いパンツに履き替えた。空気を入れ替えるために部屋の窓を開けると、まだ朝焼けの暗さが残る世界だった。だが外では何人かがすでに活動開始しているようだった。馬の世話をしている部下の姿が目に入った。

 窓は少しすかしたまま、ジャケットを肩にかけると部屋を出た。街から少し離れている宿だが、任務遂行のために遠征に出た50人が全員泊まることができて本当によかった。野営はそれなりに気を張るので、安心感が違う。少し眠そうな足取りでそのまま食堂を覗くと、すでに何人か朝食を食べていた。その中に見知った顔を見つけて、自分も鍛錬ではなく朝食に向かうことにした。

 カウンターからカリッと焼かれたトーストと目玉焼き、厚切りベーコンのソテーとサラダ、野菜が申し訳程度に入っているスープを受け取ると見知った顔の隣にどかりと無言で腰を据えた。

 

「おお。おはよーさん。」

「おはよ。ロルフー、挨拶ぐらいはしようよ。いくら身内だからって。」

 

 最初の声を発した男は40手前ぐらいに見えた。黒い短めの髪を雑に撫で付け、山吹色の瞳を持った目はなんとも気怠げだ。数日の野営で伸ばしっぱなしだった髭も綺麗に顎髭だけ残されている。すでに食事は終わったのかコーヒーを飲みながら朝刊を読んでいた。

 もう1人はなんともふくよかな体格の男だった。縦にも横にもデカいからか、圧迫感がすごい。そして目の前にあるからになった皿の数もすごい。朝からよくこんなに食べるな…といつも感心してしまう。

 

「ボア…お前他の隊員の食事まで食うつもりかよ。」

「大丈夫でしょー!結構おいしいよ!このベーコン手作りだって。」

 

 からりと笑ったらそのまままた目の前のベーコンも口いっぱいに頬張った。とても幸せそうである。周りにはこの橙色の明るい短髪で黄緑の瞳を持った朗らかな男自身が凶器になるとは誰も思わないだろう。

 

「ま、遅く起きてきたやつが悪いんでねェの?」

「普通に考えたら今早朝だろうよ。グリージオ、止めろよ。」

「いや、とまらんだろ。こいつは。」

 

 小さくため息をつきながら、グリージオと呼ばれた山吹色の瞳の男は新聞を閉じてテーブルに置いた。

 

「さて、今夜にも目的地到着だ。さっさと終わらせて王都に帰還しよう。先遣隊からは規模は当初聞いていた通りで良いそうだ。ただ凶暴化が聞いているものよりも進んでいるらしいから、早めに倒したほうがこちらの被害も少なくなるだろうな。」

「面倒だな。」

 

 ロルフはバケットにサラダの一部とベーコンをサンドして齧り付きながらそう呟いた。

 

「痛手はなるべく小さめにというのは大賛成だ。が、帰っても面倒なことしかないのでのんびりと帰還したい。」

「えー、俺は帰ってのんびりしたい〜。」

「ボア、帰ったって次の討伐依頼か、お貴族様の集まりに呼ばれるだけだ。面倒がさらに面倒になるのはお断りだ。」

「ロルフって仕事はきっちりだけど、そういうの本当に嫌いだよね。」

「当たり前だろ。あんなのは白に任せておけば良いんだよ。好奇の目で見られるのも武勇伝を語れって言われるのも好きじゃない。」

「そこは俺もロルフに賛同だな。」

「そうかなぁ。貴族の料理は食べられなくても目の保養だよー。」

「意味わからん。」

 

 げんなりとした目でボア以外の2人は口を揃えた。大男はそんなこと意に解さないというように口にたくさん詰まった食べ物をスープで流し込んだ。そしてまたおかわりをカウンターに叫んで頼んでいる。

 今回フェンリル討伐依頼自体はたまにあるが俊敏性もある魔物なので少しだけ厄介だ。早めに向かったほうがいいかもしれない。

 

「作戦指揮はグリージオに任せたい。さっさと終わらせたいから俺が行こう。数が多い場合は援護を頼む。」

「はいよ。いつも通りってことだね。任せとけ。食った分ボアにも働いてもらうからな?」

「勿論だよ!体動かさないとねー!おかわり取ってくる。」

 

 ルンルンと陽気にカウンターに向かうが、足音はどすどすしていないのは、きっと日々の鍛錬のおかげかな。なんてことを考えながらロルフも残りの食事をしっかりと食べ始めた。グリージオはコーヒーを一口飲むと

 

「お前、昨日も久しぶりにうなされてたけど大丈夫なの?」

 

 と声をかけた。

 

「…周りは?」

「気付いてないんじゃないか。お前の隣部屋だったのはボアと俺だ。俺も少ししか聞こえてない。」

「…そうか。」

 

 ならいい、と食事を再開するが、グリージオの表情は真顔だった。

 

「何に切羽詰まってんのかは知らねえけどよ…あんま考え過ぎんなよ?」

「そんな切羽詰まってもない。大丈夫だ。」

 

 いつものその回答に一瞬不服そうに目を伏せたが、グリージオは黙って新聞を開いて表情を隠した。これ見よがしに大きなため息も聞こえる。

 

「なになに?なんの話ーー??」

 

 そんな中、先程の明るい様子のままボアが戻ってくると

 

「ああ、負けられないな。さっさと終わらそうって話をしてただけだ。」

 

 と言ってロルフはさっさと食べ終えてその場を後にした。


 そうだ、負けてなどいられないのだ。

 魔獣には勝って命を守らなければならない。

 地位を上げてできることを増やさなければならない。

 そして

 

 ──おまえが見つけられたなら。

 ──お前が助けられるなら。

 

 そう約束したやつの約束を果たして、そいつを殴ってやらなければならない。

 25年も耐えたのだ。

 

 あんな奴には負けてなどなるものか。

 

 約束を果たして、最後に希望を叶えるのは俺だ。


読んでいただきありがとうございます。


なるべく早く更新できるようにがんばります!

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