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16.雨降りの朝

 朝起きると、珍しく雨音が聞こえてきた。

 昨晩までは星空だったというのに、突然の天気変更だ。ベッドから降りて窓辺に向かうとやや強めの雨足が店舗の日除け屋根を叩いているのが見えた。

 

「あらまあ。今日はノンビリかなぁ。」

 

 そういうと窓辺から離れて着替える。パンツスタイルだがチュニックを合わせた。少しは女性らしい格好をしないと、アマンダさんの横に立つのも憚られそうな気がする。スカートはまたの機会だ。雨の日は濡れやすいし汚れやすい。

 

 洗顔して、店舗に降りると、もう起きていたクトーが

 

『おはよう。雨だね。』

 

 と挨拶してくれた。朝いつも作業しやすいように用具を配置したり間部をコンロにセットしていてくれる。

 

『そうだね。今日はのんびりできるかもしれないから、翻訳の仕事もできそう。』

 

 昨日作った鍋の持ち手を握る。軽く光ったので弱火モードにして温めるようにした。昨日あれから仕込んでいた牛タンシチューだ。

 

 昨日カゴ付きアイテムを作った後に、やはり作りたくなって料理をした。疲れてる子たちはそれぞれ休んだりしゃべったりしていたが、その時もクトーは料理を見ていた。何度か作ったことのあるものだけど、クトーいわく見ているだけでも楽しいらしい。なんとなくわかる気がする。そういえばボアさんもそう言ってた。料理好きあるあるかもしれない。

 

 簡単に店内の清掃も始める。始めると言っても、清掃はあまりすることがない。というのが、周りにふわふわしている光がどうやら浄化をかけてくれるらしくそんなに埃っぽかったり汚れることがないのだ。空気ですらいつも澄み切っている気がする。付喪神未満の存在、とは聞いているがよくわからない。だけど感謝の気持ちはいつも声に出して伝えるようにしている。

 テーブルやカウンターを拭き、グラスの曇りをチェックする。そうやっていると

 

 ──カランッ

 

「おはよう、エレンちゃん。」

「おはようございます!」

 

 いつもの時間通りにピーターさんがきてくれた。できたパンのケースが濡れないように、しっかりとホロをかけている。

 

「明け方から降り出したんだけど、雲も厚そうだし、今日は一日雨かもしれないね。」

「そうですね。ちょっと気分も下がっちゃいますね。」

「ここにくると、不思議と気分が晴れるんだけどね。また店に戻るまでに雨にぬれて不快感が出そうだね。」

「あら、ありがとうございます。」

 

 そんななんでもない話をしながら内容を確認する。焼きたての香ばしい香りが店内に広がった。

 

「はい、確かにいつも通りお預かりします。ところでピーターさん、相談なんですけど、しばらく依頼してる品物の量を増やすことって可能ですか?」

「ん?どうしたの?急に繁盛し始めた?」

「いえ、期間限定なんですけどね…。」

 

 そう言って昨日の話を切り出した。いつもの営業とはまた違った形で安定的に食事を作らないといけないので調整できることは調整しないといけない。

 

「へえ、そんなことになってたの。街でも騎士の人見かけてたからどうしたのかなとは思ってたんだよね。黒とモスグリーンの制服がいたから、混合部隊とかかな?」

 

 黒は黒騎士だが、それ以外は深いくすんだ緑色の騎士服だ。魔素の調査、とかなので魔導部隊もいるのかもしれない。

 

「近くに野営を張ってるみたいですよ。」

「宿とかの方が楽だろうにね。」

「魔物や魔素?の調査らしくて。詳しくはわからないんですけど、モンテールの方に行ったり山脈の方に行ったりするんじゃないですかね。」

「大変だねぇ。ちょっとロッソにも聞いてみないといけないけど、まだ余裕があるだろうし問題はないと思う。そのバックアップ授業とやらに俺らも参加ってことになるのかな?」

「どうですかね?多分なるとは思うんですけど、もしよかったら商業ギルドの方でも聞いて見てください。キースが担当してますので。」

「キース?あのやんちゃ坊主が?」

「ピーターさん、私たちも歳をとって成長してますよ!キースも、まあ大人になってました。」

 

 ふと、昨日のアマンダの登場シーンの爆笑を思い出してしまう。

 

「…多分ですけどね。」

「そりゃ辛辣だな。」

 

 変なことせずにさっさと紹介してくれたらよかったのだ。どこかでちょっとした仕返しはしてやりたいとこっそり思っている。

 

「もしお手隙の時間があったら、八百屋のハンスさんと日用品店のラーナさんにもちょっと説明してもらえませんか。少し受注量を増やしたいと。」

「お安い御用だよ。家も近いしな。」

「また相談に伺いますって伝えてください。突然言われるよりも先に説明があるほうが心構えはできると思うので。」

「わかった。任しといて。それじゃあ家に戻るな。」

「はい、ありがとうございました。お気をつけて。」

 

 そういうとピーターさんは昨日の空き箱を持って馬車まで駆けて行った。

 色々とまだ在庫はあるが、一応大人数の食事を一食でも預かる身になるのだから、余裕を持っておいたほうがいいだろう。今日は余裕がまだあるし、残念ながら雨であまりでか蹴たいとは思わないのだが、明日晴れたら早めに連絡をしておこうと思った。

 後、冷蔵庫を作ろうと思っていたが、できれば大きいものを準備しておいたほうがいいかもしれない。

 

『ビブリア、大きいものを作らないといけないかもね。』

『小さいものよりは余裕があるほうがいいでしょうね。ナージュとたりない分準備しておくわ!』

 

 そう言ってナージュのところまでビブリアは移動していた。二人とも働き者だなぁと思う。

 


 その後、店をオープンしたがやはりいつもよりは客足は少なかった。雨が降っていると雨具とかもあるのでわざわざお店に寄る、という行為ですらちょっとハードルが上がる気がする。それでも寄ってくれるお客様にはいい笑顔と温かい食事を手渡し、ゆるゆると営業を務めた。

 

 ──カラランッ

 

 客足が落ち着くのが今日は早く、奥のテーブルの方で本を出して翻訳の仕事を少し進ませていた。それから三十分くらい経った頃に少し強めのドアのベルの音が響いた。

 

「ロルフさん、いらっしゃいませ。」

「時間は大丈夫か?」

「はい。」

 

 黒い雨具をかぶっていて、大きな影が店内に入ってきたのかと思った。が、一瞬店に入りかけて止まり、店の入り口で雨具を慎重に脱いで行った。いつもの制服が目に入る。

 

「店内を濡らしてしまってはいけないから…これを置く場所はあるだろうか。」

「あ、はい!もちろん!お預かりしますね!」

 

 本を雑に閉じると、パタパタと走って駆け寄った。少しぐらい濡れたって別に構わないのに。気にしてくれて気の利く人だな、と感じる。はたと気がつき、くるりと回れ右をしてバックヤードに向かうと、タオルを持ってもう一度ロルフさんのところへと戻っていった。雨具を受け取り、タオルを手渡す。

 

「新品とかではなくて申し訳ないのですが。洗っているので綺麗です。よければ使ってください。」

 

 少し緊張しながらそう伝えると、ロルフさんは一度目を瞬かせて

 

「感謝する。」

 

 とタオルを受け取ってくれた。顔や手のひらなど濡れているところを拭いているうちに預かった雨具をハンガーにかけて入り口付近にかけておく。ここなら少しは乾くのも早いはずだ。

 

「こちらにどうぞ。あ、隣の席散らかしてますけど気にしないでください。」

 

 そう言ってロルフさんを席に通すと、ロルフさんは一度さっきまで私が作業していたところを見て、テーブルについた。

 

「帝国文字に見えた。」

「ロルフさんわかるんですか?正解です。ここのお店と一緒に翻訳の仕事もしています。」

「そうだったんだな。」

 

 大剣を窓辺の近くに立てかけると、どっかりと椅子に座った。

 

「…雨の日に大きな剣を持って歩くの大変じゃないですか?」

「もう慣れたもん…です。いつでもこいつと一緒なので、大変ってことはないです。」

 

 自分が担いたら間違いなく押しつぶされそうな大剣だ。それなのに大変ではないとか、やはり騎士はすごいなと思う。私にはできない。体を鍛えることですら初っ端から音を上げる自信がある。

 例の大剣の付喪神さんは立てかけられた剣に座って周りをキョロキョロと見ている。剣をみる振りをして彼女を見ていると、ばっちり目が合ってしまった。キャ!?と驚いた声が聞こえた。うん。そりゃびっくりするよね。私もびっくりした感情を隠すので必死です。

 

 

「あ、朝食は食べられましたか。」

「いえ、まだ。」

「でしたら、軽いものもお出ししますね。少々お待ちください。」

 

 そう言って席を離れる時も、彼女は口をパクパクさせていた。可愛らしさ満点である。 

 

 カウンターに戻って厚切りパンをトーストしながら、ベビーリーフとトマトのサラダを準備して、チーズを散らした。ドレッシングはシンプルなものをつけ、パンが焼けたらバターを乗せた。スープは作ってみたタンシチューを乗せてみる。

 

「豪勢だな。後で料金を払う。朝から忙しくて腹が減っていたのも忘れてたよ。」

 

 そういうと、静かに食べ始めた。

 

「いえ、お代は大丈夫ですよ。新しく買った調理器具で作ってみたものなんです。味見と思って食べてください。それに、今日はちょっとのんびりしているんです。ゆっくりどうぞ。食事が終わったら話しましょうか?」

「そうしよう。少し休憩させてくれ。ボアの上司使いが酷くてな。」


遠くを見てため息をつく姿に、親近感が湧いた。


「ボアさん、副団長さんだったんですね。昨日初めて知りました。ロルフさんも団長様と知らず、無礼なことをしていたら申し訳ありません。」

「いや、無礼なんて思ったことはない。むしろこちらからかけたほどで…。逆に普段通りにしてもらえると助かる。気難しいのは騎士団対応と貴族対応だけで十分だ。」

「ボアさんも同じように言ってましたね。わかりました。もし何か無礼なことを言ってしまったら仰って下さい。」

「わかった、感謝する。」

 

 そういうと、ふっと表情を緩めた。

 

 わ、笑うと存外優しそうに見える。ギャップにびっくりした。

 

「きりのいいところまで私も作業しているので、食事が終わったら声をかけて下さいね。」

 

 そういうと、私は隣のテーブルに移動して先ほどまでしていた作業を再開した。隣では食器の音が時々するだけだった。

 


団長は所見で目付きの悪さからビビられるタイプです。

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