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8.本

 お父様がベルを鳴らすと、数十秒のうちにノックがなされて、老齢のメイドが姿を見せた。優しそうな人で私相手でも比較的普通に接してくれる使用人の1人で、メイド長のシャルアンナ。

 深々と頭を下げるシャルアンナが「何の御用でしょうか、お坊ちゃま」というとお父様が苦い顔をする。


「もう俺はここの主人なんだが」

「この婆にとっては、お坊ちゃまはいつまでもお坊ちゃまですよ」

「客がいるときは止めてくれよ」

「それはもちろんでございます。旦那様」


 そんなやり取りがなんだか微笑ましいと感じてしまうのは、私がリューディアではないからだろうか。仲のいい主従というか、親子のようにすら見えてくる。


「リディにクニーガを紹介してやってくれ」

「かしこまりました。それでは参りましょうか、お嬢様」

「ええ、ありがとう」


 シャルアンナの後について書斎を出て、ラウリアと合流してから書庫に戻る。


「ここでお待ちくださいね」


 シャルアンナがそういって、どこかに行くのを見送ってから、ふとラウリアに尋ねてみた。


「ラウリアは他の使用人とは仲がいいの?」

「悪くはないです。仲がいい人もいますし、あまり話さない人もいます」

「それなら、クニーガは知っているの?」

「はい。彼とはほとんど話したことはありませんが、話に出ることはありますので」

「それほどに書庫に詳しいのね」

「なんでも書庫の本をすべて暗記しているそうですよ」

「それは凄いわね」


 確かにそれは凄いけれど、何かが引っ掛かる。

 その違和感が何かを探ろうとしたのだけれど、すぐにラウリアから「旦那様とはお話しできましたか?」と尋ねられた。


「……。ええ、話せたわ」

「それはようございました。旦那様もお喜びだったでしょう?」

「そうかもしれないわね」


 誰がどう聞いても業務的な話だったと思うけれど、あえてラウリアに乗っかってみると、ラウリアが満足そうな顔をする。

 きっとこういっておかないと、いつまでたってもお父様に甘えるようにと勧めてくるだろうし。

 そこでシャルアンナが、二十歳になるかならないかくらいの男性を連れてやってきた。


 身長はこの中で一番高いが、男性にしては線が細く、気の弱そうな顔で緊張している。

 見るからにガチガチで、私と視線を合わせようとしないので、私が原因らしい。


「お、お嬢様。何か御用でしょうか?」

「書庫の中で読むのが難しくない本を集めてくれないかしら。あとは辞書と精霊に関するものもお願いするわね」

「かしこまりました」


 指示を出すとクニーガが書庫の中に入っていくので、一緒に入って邪魔にならないところで待つ。

 ラウリアの話通り、書庫の本をすべて覚えているらしく、迷うことなく本の中を進むと何冊か取り出し、次に行く。それを何度か繰り返してから、私のところに戻ってくると持ってきた本を3つに分けた。


「こちらがよく読み聞かせなどで使われる本です。それから真ん中が精霊について書かれている本、一冊だけ分けたのが辞書になります」

「クニーガ、ありがとう。シャルアンナ、これは私の部屋に持って行ってしまっていいのかしら?」


 そういえば本を探してみて、どこに置いておくべきなのかとか考えていなかった。自分の計画性のなさに、恥ずかしくなってくる。顔に出ていないといいのだけれど。


「ええ、構わないと思います。旦那様には婆が伝えておきますから、どうぞご自分のお部屋にお持ちください」

「頼んだわ。それじゃあ、クニーガとラウリア、この本を私の部屋に運んでもらえるかしら」


 貴族としてのイメージでしかないけれど、こういった場面で自分で持っていくということはしないのだと思う。今の私ではどう頑張っても2冊か3冊までしか持てないだろうし、私が働くと何のためにラウリアたちがいるのかということになりそうだから。

 使用人の仕事を奪わないようにと頼むようにしはしているけれど、一度お父様かお母様にそのあたりのさじ加減を聞いておいたほうがいいかもしれない。





「それではこれで失礼します」


 両手に持った本を机の上に置いたクニーガが頭を下げてから退室していく。

 結局持ってきた本は全部で10冊。1冊が辞書で6冊が読み聞かせ用、3冊が精霊について書かれた本らしい。試しに読み聞かせ用を1冊手に取って、中を見ていくと絵のない絵本みたいな内容だった。

 悪者につかまったお姫様を助ける騎士の話、威張ってばかりいた貴族が領民たちの批判を買い没落する話、この大地は神が捏ね上げて作ったみたいな神話的な話など。バリエーションは豊かだけれど、どれも今の私でもなんとか読めるくらいの難しさで、中には精霊が出てくる本もある。


 ヒュヴィリア王国の繁栄について書かれたもので、精霊の王と恋に落ちたヒュヴィリア王国の王女が何とか彼と結婚しようとする恋愛もの。最終的に時の国王が2人の愛を認め、感謝した精霊の王がヒュヴィリア王国に永劫の精霊の加護を与えたというもの。

 それが今の精霊への信仰に繋がっているという、宗教的なものでもある。


「ラウリアは精霊についてどれくらい知っているの?」

「精霊ですか? 国を豊かにしてくれている存在ですよね。昔から感謝するようにと今は亡き両親に教えてもらいました」

「両親が亡くなっていたのね……」


 いきなりの情報にそれだけしか返せなくなる。

 もしかして、両親がいないからこそ、私とお父様を接触させようとしているのだろうか?

 ラウリアは普段と変わらない声で「だいぶ前のことですから」と笑った。


「妹もいますし寂しくはないですよ」

「そうなの?」

「はい。両親が亡くなった頃にここで雇ってもらえることになって、感謝しているんです」


 ラウリアはリューディアが生まれたころに雇われたはずなので、5年ほど前になるのか。吹っ切れるかどうかといわれたらわからないけれど、忙しくしていたらそれどころではなかったのかもしれない。

 本人が大丈夫だというのであれば、何も知らない私が下手に立ち入ることはせずに、話してくれることだけ聞いておけばいいと思う。

 亡くなったといえば、日本での私はどうなったのだろう。事故で死んで、きっと両親には連絡がいったに違いない。


 悲しんでいてほしいと思う自分と、悲しまないでいてほしいと思う自分がいて、心がごちゃごちゃしてしまう。

 でも今のリーデア()には関係のないことなので、物思いにふけることもできない。


「精霊についてでしたね。罰当たりな言い方かもしれませんが、精霊っているのかもしれないなー、って感じです」

「皆そんな感じなのかしら?」

「農業に携わっている人は特に信仰心が強いと聞きますが、それ以外だとこれくらいかもしれません」


 やはり精霊については形だけの存在になりつつあるということだろうか。

 前世のことを頭の中から追い返すように、本に目を落とした。

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2020/5/29から第一巻が配信中です。
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― 新着の感想 ―
[一言] しうさんの小説で精霊関係の話題を見る度に「この世界はちゃんと精霊が寿命伸ばしてくれてたらいいな……」って思ってしまう……
[一言] 精霊の話よく出てくるけど根幹には関わってくるのかな
[一言] やっぱり同じ5歳でもシエルとリディとでは本との出会い方が真逆だなぁ。
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