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嫌そうにこちらを見ているアルベルト王子だけれど、その気持ちはわからなくもない。私目線――というかリンドロース目線としては婚約を押し付けられた形になるわけだけれど、アルベルト王子としても親が勝手に決めた婚約ではあるだろうから。年齢で考えると小学生男子であることを考えても、女子と仲良くしろと言われても反発したい年頃のような気もするし、そうでなくても親が決めた結婚相手というだけで嫌だと思う。前世の私だったら両親には悪いけれど、結婚相手を親が勝手に決めたら逃げ出しただろう。まだ社会に出たばかりだったこともあって、そこまで結婚願望があったわけでもないし。
どっちもどっちではあるわけではあるのだから、一方的に嫌がられるのも気分がいいものではない。というか、王子より年下のティアンのほうが表情を隠すのがうまいのではないだろうか?
ともかく私のことをよく思っていない様子なので、基本は政略結婚の婚約者として振る舞いながら、距離を近づけられないかやってみるのがいいだろうか? それとも結局ゲームの主人公のことを好きになるのだから義理は果たしながら程々の距離を保ち続けるのがいいだろうか。可愛さ余って憎さ百倍なんて言葉もあるくらいだし、変に親しくなるとゲームの時よりもひどい仕打ちを受けるような気もする。
予言通りに動くという話だったので、リューディアがどう行動していたのかを考えるのがいいか。だとすると、王子のことを好きで好きでたまらない……みたいな感じになりそうだ。もしくは王子はもう自分のものと考えて、好き放題に振り回すか。目の前の王子を相手に好き放題振る舞っていたら、たぶん婚約が破綻するし、ゲームの王子を思いだしてもリューディアのことをうっとうしがっている感じだったので、前者なのだろう。
できる自信がないなーと心の中でため息をついていたら、お父様に挨拶をするようにと目で訴えかけられたので、内心慌ててカテーシーをする。
「陛下、それからアルベルト殿下。お初にお目にかかります。私はアードルフ・リンドロースが娘、リューディア・リンドロースです」
こう言うときにリューディアと名乗らないといけないのは仕方がないのだけれど、少々心が痛い。申し訳なくなる。ちらりとお父様を見ても気にした様子はないけれど、なぜか陛下が私の挨拶に表情を変えたように見えた。
どうしてだろうかと思ったのだけれど、その答えはすぐにクックックとおかしそうに笑った陛下の口から語られる。
「確かに普通の子供ではないようだな、リンドロース侯爵」
「そう思われるのであれば、この話はなかったことにしてもらっても構いませんが」
「そう怒るなアードルフ。原因はお前にもあろうに。自慢の娘を手元に置いておきたいなんて父親になったものだな」
「なんとでも」
陛下が「確かに」と言ったのはおそらく私の噂を知っているからだろうけれど、それは別に構わない。それよりも思いの外にお父様と陛下が親しげなのが気になる。お父様の言葉自体は丁寧な感じがするけれど、陛下を相手に暗に婚約を撤回するように言うようなお父様ではないと思うし、陛下もそれで気分を害している様子もない。
そしてそんなお父様が陛下の「自慢の娘」と言う言葉を否定しなかったのが、なんだかじわじわ嬉しく感じる。きっとお父様的には否定するまでのことではなかったのかもしれない。でも前世だったら、すぐに「そんなことないですよ」と謙遜されていただろう。それが文化でこちらとは違うわけだから、良い悪いで判断するつもりはないけれど、お父様に自慢だと思ってもらえているのだと感じられるようで、嬉しいとは思う。
「アルも挨拶を」
陛下が短くそう告げると、アルベルト王子はぶっきらぼうに「アルベルトだ」とだけ言ってそっぽを向いてしまった。これには陛下も苦笑いでお父様に「すまんな」と伝える。お父様は「構いません」というが、年齢を考えればこれも仕方がないだろう。でも王族と考えると、少々よろしくないとは思う。
「突然のことで混乱している部分もあるだろう。しばらく二人で話してみると良い。その間大人はあちらで大人の話をするとしよう」
陛下からそんな提案があったわけだけれど、陛下の提案だから誰も異を唱えることができない。子供同士まずは様子を見てみようということなのだけれど、できれば私も大人の話とやらについて聞きたい。この婚約の真意とかわかるのではないだろうか? お父様が漏らしていたことを踏まえるとアルベルト王子を守るためだとは思う。リンドロースはそれなりに大きな家だし、アルベルト王子の後ろ盾になれなくもないと思う。
でも普通は王妃様の家が後ろ盾になるのではないだろうか?
なんて現実逃避は止めて、アルベルト王子と話をしなければ。話すといってもアルベルト王子くらいの年齢の男の子が好む話とは何だろうか? 前世ならテレビとか、アニメとか、あとはおもちゃとか。思いつかなくもないけれど、こちらの世界だとわからない。ティアンが相手だと企画書の書き方とか教えれば興味深そうに聞いてくれると思うのだけど、王子にそんなことを話してもといった感じだし。本格的に困ったので、アルベルト王子のことを聞くことから始めようかなと思ったところで、いまだ不機嫌な王子が口を開いた。
「お前との婚約なんて認めないからな。この変人」
「その噂をどこでお知りになったのですか?」
第一声が明らかにあれだったので、あたりを付けてみると王子は「調べたらすぐにわかる」とだけ教えてくれた。まあ、確かに調べたらすぐにわかるだろう。何せ別に隠していなかったのだから。
そうすることでこの場ができあがらないようにしていたはずなのに、そうなっていないのだから私はとても困っているし、できれば白紙に戻してほしい。
「リンドロースの娘は普通ではない。頭がおかしい。化け物なのではないか。そんな噂があるような者は王族の婚約者に相応しくない」
大人たちに聞かれないようにそれでもって、この時までため込んでいたものを吐き出すように言われて、なるほどだから初対面なのにこんなにもあたりが強いのかと理解した。
前評判が悪すぎる。うん、そんな婚約は確かに嫌かもしれない。それで私はどう返すべきなのだろうか?
「そうですか……今後は殿下に少しでも気に入っていただけるように、努力いたします」
した手に出て、王子のためにこれから頑張っていきますよ。といった感じの無理やりひねり出したにしては、私的には及第点の返答だったのだけれどアルベルト王子は気に入らなかったらしく、私を突き飛ばして「知るか」と部屋中に響く声を上げてから出て行ってしまった。突き飛ばされて、しりもちをついてしまった私にお父様が手を貸してくれる。
「ありがとうございます」
「大丈夫か?」
「はい。怪我はしていないように思います」
派手に転んだわけでもなく、強いて言うならお尻を打った程度。驚いたけれど痛みはほとんどないし、大丈夫だと思う。
お父様に続いてやってきた陛下は今すぐにでも頭を抱えたいとばかりに苦い顔をした。
「アルが悪かったな、アードルフ。それからリディ嬢。立場上気難しい性格になってしまったようでな」
「子供のやることですから、そこまで目くじらを立てる必要もないでしょう」
「私もお父様と同意見です。怪我もありませんし、まだ出会ったばかりですから」
ですがやはり相性が良くないので、婚約は考えなおしていただけませんか? という言葉は飲み込んだ。ゲームの時がどうだったのか、私は知らないけれどきっとこんな風に初めからアルベルト王子からの印象が良くなかったんだろうなと思うと――たぶん我儘な娘だという噂をゲームでは聞いていたのではなかろうか――今後がとても心配になってきた。





