62.
再度お父様にゲームのストーリーを説明する。エルッキラ伯爵家に迎え入れられた元平民の令嬢。彼女が学園の令息と恋に落ち、最終的に結婚して幸せに暮らすシンデレラストーリー。
リンドロース家で見ると、娘が婚約者と恋仲になった平民上がりを虐めて、命まで奪おうとしたことを王子にとがめられ、婚約を破棄される。同時にリンドロース家の罪が明るみになり家は没落、一家そろって路頭に迷う……可能性があるというところ。エルッキラ令嬢――主人公が王子かティアンと恋に落ちるとリンドロース的にはアウト。リンドロースが悪いことをしていなかったとしても、罪を擦り付けられるなどして没落する可能性は否定できない。
「つまりリディは婚約破棄をされて破滅する――と」
「予言の通りであれば、そうなります」
「言ったようにお前を表舞台から降ろす選択は選べない。そのうえでどうするのが良いと考える?」
「様子見を兼ねてリンドロースの評判が落ちない程度に、予言の流れ通りに行動するのがいいかと思います」
「そうすることで流れが読めるようになるというわけか」
お父様の言う通り、ゲームのシナリオ通りに進めれば最終的に破滅してしまう可能性は高くなるものの、先は読みやすくなる。流れが変われば何かあったのだとわかるだろうし、変わらないままであるなら私を切り捨てればリンドロース家は助かるのではないだろうか。結局のところリンドロース家とはゲームでは、悪役令嬢の実家ということで断罪されたのだろうから。その令嬢と縁を切っておけば、いくらでも言い逃れはできると思う。タイミング次第だけれど、お父様がそのタイミングを間違えることはないだろう。
婚約破棄されて行き場が無くなったら、それこそあの山に住むのもいいかもしれない。あの山は私のものである意味私の国のようなものだから国外追放されても、一応大丈夫。戦力もなければ何もないところなので、国と言って攻め込まれたらどうしようもないけれど。リューディアも死刑にまではならなかったはず――私の知らない裏エンドでそうなっていなければ――なので、下手な行動をして死刑を言い渡される事態になることを避けたいというのもある。
「エルッキラ令嬢がアルベルト王子と恋に落ちなければ、という期待もありますし、表立って何かをして刺激しないほうがいいかもしれません。ただ一つ問題がありまして……」
一旦ゲームの流れに従うという手を使うとすると、一つ大きな問題がある。
私からストーリーを聞かされたお父様もそのあたりはわかっていたようで、言いよどんだ私に「学園での動きだな?」と返ってきた。
「はい。予言のままのリューディア様の行動は、決して褒められたものではありませんでしたので……」
「それをしてしまえば、リンドロースの評判に関わる可能性があると」
「決してリューディア様の行動すべてが悪かったとは思いませんが――」
思い返せばリューディアの行動はこの世界の基準では、悪いことばかりではない。婚約者に近づくなと言うのはまっとうなことだし、貴族社会において多少の嫌がらせや派閥争いはある。いや、リューディアがそうされたように、命を狙われることだってあるのだ。法がないわけではない。貴族が貴族を殺せば、王宮が動き贖罪させることもできる。
その善悪はさておき、リューディアがエルッキラ令嬢の殺害を依頼したことで、彼女が罰せられたのはより高い地位の者がエルッキラ令嬢についていたからというのが大きい。婚約破棄までは言い渡されても仕方がない。気に入らないからと人を殺すような人間を王族にするのは、普通に考えれば恐ろしいことで、認められないだろう。
だけれどそれ以上の罰――例えば国外追放など――を私個人に与えるのは難しい。なぜならリンドロース家のほうが家格が上だから。ゲーム中にそれができたのが王族であるアルベルト王子が背後にいたため、ということになる。
だからと言って、やっていいものではない。やれば悪評が広まる。貴族内の評判が悪くなれば、それはそのまま発言力の低下につながり、リンドロース家の勢いを殺すことになる。
「予言の通りになるのであれば、殿下との関係において許される範囲内で同じ行動をすればよかろう。大きな問題となるのは卒業が近くなってからであろう?」
「……それでよろしいのであれば、そのようにいたします」
「リンドロース家のことは私がどうにかするから、気にしなくていい」
「はい。何かするときには相談するようにします」
確かに入学当初の動きだけでは、リンドロースの評判が落ちることも、私の破滅につながることもない……と思う。いや、確か最初のパーティでジュースをかけるんだっけ。そこまでするとさすがに問題になりそうだから、やめておこう。
それにしてもやはりお父様は頼もしい。私は私の行動にだけ注意していればいいというのは助かるけれど、一応シナリオと異なることをするときにはお父様に相談するようにしたい。報連相というやつだ。
「そうだな。先にいっていてくれたほうが、こちらも対応しやすくなる。予言のことは今後継続的に見ていくとして、リディの今後の動きだがしばらくしたら殿下と顔合わせをして、それから王宮に通ってもらうことになる」
「ああ! 確かにそうなりますね。王子妃になるための教育ということでしょうか?」
アルベルト王子と婚約するということは顔合わせをするし、王子妃としての教育も始まる。当たり前だけれどすっぽ抜けてしまっていた。シナリオ通りと言っても、シナリオが始まるのは学園に入学してからの話。それまではリーデアとしてリンドロースのために動きたい。
「教育は王妃殿下自ら行ってくれるそうだ」
「それは……とても光栄ですね」
「緊張はするだろうが、殿下相手に慣れればほかの人を相手にしても大丈夫だろう。それに本来めったにない機会だ」
「承知しています」
とはいったものの何かしてしまわないか気が気ではない。子供ということで目溢ししてくれないだろうか。なんだかゲームのストーリーが――というのも忘れてしまいそうだ。ちょっと眩暈すらしてしまいそうだなと思っていたら、お父様がさらに情報を追加してくる。
「それから王宮でグールロサ家の者に会うことがあれば、気を付けるように」
「グールロサ家ですか?」
「お前を――そしてリューディアを害そうとした可能性が高い家だ」
「――――かしこまりました」
グールロサ家、決して忘れないようにしなければ。





