61.修正力
「呼び出しの理由はわかるか?」
「正確なところはわかりません。どうして王都に連れてこられたのかもわかりませんから」
「そうだったな」
お父様に呼び出されてから尋ねられたけれど、私は何も聞かされていない。だからわかりようもないけれど、なんとなく予想ができてしまっているのが嫌なところ。
たぶん嫌なことだからこそ、お父様も自分からは言いづらいのかもしれない。そう思うとより気持ちが落ち込んでしまう。本来はそこまで落ち込むようなことではなく、むしろ喜ばしいことなのかもしれないけれど、私――ひいてはリンドロース家にとっては、嬉しくはない。きっとそんな事象。
「予想でよければ、思いつくことがないわけではありません。王族関係ですね?」
「ああそうだが――具体的には?」
「アルベルト王子との婚約が決まったんですね?」
「まぁ――そうだな」
お父様の歯切れが悪いのは気になるけれど、やはり避けられなかったらしい。侯爵家は家格としては十分だとは思うけれど、私以外にも候補はいたはず。アルベルト王子が第二王子だと考えると、侯爵家ではなくて伯爵家でも充分ではないだろうか?
わたしの悪評はそれなりに広まっていると思うし、それを陛下が知らないということはないはずだ。王子の結婚相手ともなれば、考えないといけない条件はたくさんあるはずで、悪評がある私が選ばれる要素はないと思うのだけれど。
「確認なのですが、お父様はあえて私の悪評に触れずにいましたよね?」
「悪いな」
「それは構いません。アルベルト王子との婚約を避けるためには、有用な手段であることは確かですから――いくら私の悪評が広まろうと、お父様とお母様が違うのだとわかっていてくれれば、それで」
「ティアンは良いのか?」
「どうでしょう? 私を追い落としてでもリンドロースを守るのだと思ってくれれば、とも思うのですが、今のティアンであればそんなことをしなくても大丈夫ではないかなとも思います」
すでにティアンは私のことをよく思ってはいないだろうし、今のティアンがリンドロースを没落させようとは考えることはないだろう。私を追い出したいと思うことがあるかもしれないけれど、私は時期が来れば家を出ていくことになるから強硬手段には出ないと思う。最近はティアンがやってこなければ、最低限の接触しかしていないわけだし。
出ていくときにはあの山をどうにかしないといけないのだけれど、お父様と交渉してそのままにしておいてもらうのが確実だろうか。それに精霊たちのためとは思って山を所有したわけだけれど、それは最終的にリンドロースのためと思ってやっていることなので、あの山を開発しないといけない理由を説明してもらえれば譲り渡すことも考えてはいる。
とはいえ、できるだけ死なないようにはしたいので、冗談交じりに交渉でもしておこう。
「万が一、私がリンドロースから追い出されそうになったときのために、私の山に山小屋を建ててくれませんか?」
「――いいだろう。リディが身を隠す場所があっても、無駄にはなるまい」
「そう言われるとなんだか不穏ですね」
「不穏も何も、お前はすでに何度も狙われていただろう」
「確かにそうですね」
私――ではなくて、リューディアを狙った一連の事件は、その真犯人がお父様たちにはわかったようだけれど、その相手が捕まったという話は聞いていない。捕まったのであれば一言でも教えてはくれるだろうし、こうやって言われた以上、実は捕まっていて私に情報が回ってきていないということもなさそうだ。
今でも捕まっていないのは、相手もそれなりに身分がある――リンドロースと同等かそれ以上――ということだろうか。公にはリューディアは亡くなっていないことになっているから、動きにくいのもあるだろう。
もしかすれば、お父様が手を回したことで、私が王都に戻ってくることができた、という可能性もあるかもしれない。
それにしても派手とは言わないまでも、きっとゲームのリューディアとは違うことをやり続けてきたと思うのに、流れは変わってはくれないらしい。それならいっそ――。
「リディを呼び出した理由だが、アルベルト殿下の件にも関連してもう一つある」
「何でしょうか?」
「今後お前はどうすべきだと思う?」
「それは――」
お父様の問いかけ。それはまさに私が考えていたことに近いものだろう。特にお父様はアルベルト王子との婚約を避けるために、悪評を放置する以外にもいろいろやっていたのかもしれないし、それを上回って予言の通りになったのだとしたら、次の手を考えているところだろう。
「確実な方法を一つ挙げるなら――私を切り捨てる……いえ、私を閉じ込めて外界と完全に切り離す――」
私を殺すこと。
今となっては世界の修正力があることを疑うのはナンセンス。絶対とは言えないけれど、かなり高い確率で「ある」と考えたほうがいい。そして世界の修正力から逃れた人がこの屋敷の地下牢の中にいる。
彼女は本来、私の隣に居るはずで、この世界だともう表舞台には出てくることはないだろう。そこまでしてこの世界から逃れられることができる。
「それは無理だな。今更陛下が納得はすまい」
お父様の言葉を聞いて、正直とても安心した。案として出しはしても、死にたいわけではないから。
でも確かにお父様の言う通り国王陛下からの命令で婚約者になったのであれば、その婚約者を守る義務があるのだろう。お父様はどちらかと言えば国王派の人……なのだと思う。だから国王陛下の命令に逆らうということはないのだと思う。
「そうであればここからは、流れに身を任せるというのもありかもしれません」
「確認だが……リディは今の状態が予言の通りだと思っているわけだな?」
「……? はい。その可能性が高いと思っています」
「確認したかっただけだ。それからもう一度、予言を聞かせてもらってもいいか?」
「もちろんです」
それからあたしはまた簡単にお父様に予言の話をすることにした。





