59.
ちょっといろいろあっていました。
「植林――なるほどね。そういう考え方もあるんだ」
「野菜も小麦も自分たちで作っているもの。木も自分たちで育てても罰は当たらないと思うのよ」
「でも木なんていくら切っても、森にはたくさんあるよね」
「そう思っていられるうちに対処しておかないと、気が付いたら国から森が消えるんじゃないかしらね。何十年、何百年先になるかはわからないけど」
「それでよく認められたね」
会っていなかった5年間の話を話せる程度にしているのだけれど、ラウフ君は植林に興味を示した。
確かにこの世界だと新しい考え方かもしれないけれど、あまり興味を持つ人は少ないところではないかなと思っていたので、少し驚いた。
乱暴な言い方になるけれど、木なんてその辺で切ってくればいいだろう、というのがこの世界の基本的な考えだから。リンドロースの植林もようやく形になり始めてきて、形になってようやく評価が決まるので、もしかしたら植林という考えは一度ここで消えてしまうかもしれない。私はそうならないように祈るだけだし、心配せずとも順調に進んではいる。
「初期費用はそれなりにするけれど、価値が高い木を植えればそれなりに利益を得られるのはすぐに分かったもの」
「さすがは侯爵家、と言ったところかな」
「実行に移せたのは精霊たちのおかげというのも大きいとは思うのよね。安定して育てられるのは農作物と同様に、精霊たちの加護があるからなのでしょうから」
「ところでそんなところまで言って良かったのかい? ボク以外に聞いていないとは思うけど、重要なことだろう?」
「どうせリンドロースに行けばわかるもの。そこまで積極的に隠してはいないわ。今更真似されても、成長するまでの数年はリンドロースが好きにできるもの。あとはその間に主導権を握れば、リンドロースが損することはないのよ」
「なるほど。精霊のためにそんなところまで考えるんだね」
なんだかラウフ君の視線が生ぬるく感じるのは気のせいだろうか?
確かに植林に関しては精霊のためというのが大きい。精霊たちに見捨てられないように、でもリンドロースの発展に貢献できるように。そうなると植林くらいしか思いつかない。
というか、リンドロースだけではなくこの国にとって精霊は必要不可欠な存在だと思うから、無視しろというほうが無理なのだ。
「でも精霊のためにとやっていることが、精霊の力を借りないとできないというのは、微妙な感じなのよね」
「確かにそう見えるかもしれないね。でも今までは精霊のためには何もやっていなかったわけだから、良いんじゃないかな?
精霊の力が借りられないとできなくても、借りられるうちに始めることができたというのは意味があると思うよ」
「そうかしらね」
「問題は精霊にどう見られているのか、そもそもやっていることをわかってもらえているかってところだと思うけど」
「そう言われると、言葉もないわね。精霊と話ができればよかったのだけど」
「普通は難しいんじゃないかな」
「できれば今その存在を怪しまれないものね」
こればかりは、今やっていることが正しいと思ってやるしかない。少なくとも無意味にならないように、いろいろ考えて始めたわけだから、やって損ということでもないし。
でも認識されていなくても、木々が多いからなんとなくここが好き、と集まってくれたらそれでもいい。過程がどうであれ、結果が出ればひとまずは良しとできる計画だし。
「そういえば、ラウフ君にお土産を持ってきたのよ」
「ボクは今の話でも充分楽しかったけど、何をくれるのかな?」
「最初はリンドロースで作られた石鹸にしようかと思ったのよ。お土産は特産品がやっぱりいいかなと思って。
ラウフ君は化粧品よりも石鹸のほうが使うでしょう?」
「確かに化粧品を使う予定はないね。でもどうして石鹸にしなかったの?」
「さっきも話したけど、遠からずリンドロースのものよりも質が良い石鹸が出てくるもの」
「そういえば言っていたね」
この辺りもラウフ君には話しておいた。どうせそのうちわかることだから。調べたらわかるようなことは、基本的に隠さなくていいと言われている。逆に隠しているのは、リンドロースの事業の発案者とかリンドロースの内部事情とか。
相手がラウフ君でも――というか、王族の可能性があるラウフ君だからこそ言えない。この辺の話を深めても仕方がないので、早くお土産を渡すことにする。
「だからこれを持ってきたわ」
「これは……本?」
「ええ、私の手書きで悪いけれど――そうね、物語を書いた本、と言えばいいかしら? 演劇の台本とは違うけれど、そういったものね」
「この図書館にも少しあるやつかな?」
「イメージとしては間違っていないかしら」
こういうわけで、ラウフ君に持ってきたお土産は私がこちらの世界に合わせて読みやすくした前世の小説。ハードカバーくらいの大きさのものと、その半分くらいのものを持ってきた。大きいほうは普通に小説だけれど、小さいほうは絵本チックな文章が簡単なもの。
ほかにも何冊もあるけれど、単純に持ってくるのが大変だったので、この2冊にしておいた。
「どうしてこれにしたんだい?」
「ラウフ君がいつも図書館というか本の近くにいるから、好きなのかなと思ったのだけれど、違ったかしら?」
「本は嫌いじゃないよ。ありがとう」
「喜んでもらえたのならよかったわ。良かったら読んでからどう感じたのか、教えてくれないかしら?」
ラウフ君にそういうと、いぶかしげな目を向けられた。頭がいいというか、勘が良いというか。
私がこれをお土産だといった本当の理由に気づかれてしまったようだ。
「つまりボクを実験台にしたいんだね」
「そこまではいわないけれど、単なるお土産ではないのは確かね」
前世の物語が果たしてこちらでも受け入れられるのか、もしかしたら受け入れられないかもしれない。
植物紙ならびに印刷技術が生まれたときに、スムーズに小説や絵本のようなものを受け入れてもらえるか、ラウフ君にはその試金石になってもらいたい。植物紙についてはティアンが頑張っているし、上手くいったときに次につながるような一つの武器として準備しておきたいのだ。
「まあ、でもせっかくのお土産だし読ませてもらうよ。いろいろ話してもらったしね」
「それならよかったわ。だけれど私もラウフ君が5年間何をしていたのか気になるのだけれど」
「ボクの話は面白くないよ。ここに遊びに来たり、街まで下りてみたり、まあそんな感じだよ」
気軽に何かできる身分ではないということだろうか? 私に言えないこともあるだろうし、そうでなくても話のネタとして面白くなりそうな経験はそんなにしないのかもしれない。
その先を聞いていいのかわからなかったというのと、時間がそろそろ良い感じだったので、話はそこまでにしてラウフ君と別れることにした。





