58.
声を殺していたとはいえ、子供が二人で笑いあっているのは目立ってしまうので、私たちはすぐに場所を移動することにした。とはいっても、図書館を出ることはできないので前まであっていた、精霊関係の本が置いてあった奥のほうに行くだけだけれど。目を合わせただけで、ラウフ君が私の言いたいことを察してくれたのは良かったのだけれど、手をつかんで引っ張っていくものだから、なんだか少しドキドキしてしまった。見た目は幼いけれど、話をしているとまったく中身の年齢差を感じさせないものだから、私の中でのラウフ君の立ち位置がふわふわしているのだ。
ティアンは年の離れた弟という感じだし、ほかの同年代の男の子も年下にしか見えないのに、ラウフ君だけは何かが違う。
図書館の奥にたどり着き、ようやく手を解放された私にラウフ君は「長く見ない間に、君はとても美しくなったね」なんて言い出した。真剣な目でこちらを見ているはずなのに、その瞳の奥が笑っているような気がして、手をつかまれたときよりは何も感じなかったけれど。
「口説いているのかしら?」
「どうだろうね。でも早ければもう婚約者がいてもおかしくはない年齢だから。もしかして君ももう婚約者がいるんじゃないかと思ってね」
「そうね。素敵な人が婚約者になってくれていたら良かったのだけれど」
そうしたら、よほどがない限りゲームの進行通りには進まないだろうし。リューディアの見た目と同年代の男性と結婚するのであれば、ラウフ君だと嬉しいなと思わなくもない。消去法で悪いけれど、一緒にいて最も素で居られると思うから。どう転ぶにしても、相手はお父様が選ぶわけだから私の意思を話すことはないけれど。そもそもラウフ君は素性がはっきりしないから、婚約者候補にも入らない。
「いないようならよかったよ。婚約者ができてしまうとこうやって会うのも難しくなるからね」
「確かに学園に入学するまでならまだしも、入学してからは厳しくなってしまうわね……」
異性と二人だけで会うというのは、例え本人たちにその気がなかったとしても噂を立てられかねない。二人で話す機会、話さなければいけない機会があるときには、密室を避けて別の誰か――使用人可――の同席が望まれる。ゲーム通りに話が進行してしまった場合、ラウフ君と話すにはロニカかリーリスを連れておく必要がある。
「寂しいけれど仕方がないわ」
「そもそも頻繁に会っている仲ではないから、疑われる可能性は低いと思うけどね」
「そう言われると、元も子もないわね。でも今のままというわけにはいかないわ」
今も5年あっていなかったわけだし、それ以前も数か月に1回とかそのくらいの頻度。知り合いとたまたま出くわしてちょっと話した、と見せることも難しくはないかもしれない。
でもこうやって気兼ねなく話せるということはないと思う。まあ、それが大人になるというものだ。前世でも結婚したら異性の友達とはあわなくなるみたいな、それだけの話と言ってしまえばそうなのだから。半ばあきらめにも似た感情で息を吐くと、ラウフ君が何故か嬉しそうに笑っていた。
「何かしら?」
「やっぱり君は変わらないと思ってね」
「だいぶ身長は伸びたと思うのだけれど。さっきの言葉は嘘だったのかしら?」
「見た目は確かに変わったよ。こういうのは大人っぽくなったと言えばいいのかな? でも中身というか、雰囲気は昔と変わらないよ。変わらないと言っても怒らないあたりも想像通りだ」
ラウフ君に言われてどきりとした。私はこちらで約5年の月日を過ごしてきた。だから中身の年齢としては27歳ほどと言ってもいいだろう。だけれどそんなに変わったのかと言われると頷けない。20歳を超えてから、私は自分がどんどん大人になっていると自覚できない。私という自己は大人というところである程度固定されてしまって、月日ではなくて、経験でもって成長していくようになったのだと思う。
何が言いたいのかと言えば5歳から10歳になった時のような、精神的成長はしていない。ティアンが年齢とともにしっかりしていくように見える中、私はこちらに来た時の私とあまりかわっていない。
もしも普通の子供であれば、変わらないと言われたら怒るのかもしれない。子供のままだねと言われているようなものだから。でも私にはそれがない。
ある意味で私という存在に係わってくるかのような言葉に、一瞬固まってしまったけれど、動揺を悟られないように気を付けながら言葉を返す。
「ラウフ君は気障っぽくなったわね」
「そうかな。ボクもそこまで変わってないと思うんだけど」
「ええ、変わっていないわね。雰囲気も話しやすさも」
「ボクもそれが言いたかったんだよ」
それが本当だったらいいのだけれど。でも私が変わらないことを悪しからず思っているのは間違いないらしい。
「ところでこの5年間のことを聞かせてくれないかな?」
「そういう話なら私も聞いてみたいわね。ラウフ君は私のことを知っているけれど、私は貴方のことをあまり知らないもの――というか、ラウフ君は私のことをいつ知ったのかしら?」
話しながら気が付いた。リーデアと名乗りはしたものの、私がリンドロース家の者だという話はしていなかったと思う。それなのに私が侯爵家であることは間違いなく知っていたし、何なら私がリンドロース家であることもわかっていたのではないだろうか? 私が疑いのまなざしを向けると、ラウフ君は珍しく焦ったように口を開いた。
「それは――街で君と使用人が一緒にいただろう?」
「偶然出会ったときね。覚えているわ。確かにロニカと一緒だったわね」
「そのメイドがリンドロース家のメイドだって話は、割と有名だったからね。そしたら一緒にいた君はリンドロース家の子になるだろう?」
「――それは……否定できないわ。こちらの不手際ね、疑ってごめんなさい」
「いやある意味、不幸な事故だったから構わないよ。だけどボクが誰かというのは教えられないけどね。教えたら今の関係ではいられなくなるかもしれないから」
確かにロニカはリンドロース家のメイドとして、わざと目立たせていた時期がある。それは例の事件が明るみに出ないための措置ではあったし、当時はほかの選択肢はなかった。あの時はお忍びとはいえ、リンドロースの娘だと絶対に隠したかったわけでもなかった。だからラウフ君が言う通り、会ってしまったのは不幸な事故かもしれない。
ラウフ君の正体についての釘さしも、結果的にこちらの不手際で知らせてしまった以上、同じく教えろと言える立場ではないし、ラウフ君の立場によっては今のようなかかわり方はできなくなってしまうだろう。私を侯爵家だと知ったうえで変わらず接してくるあたりその身分の想像はつく。きっと聞いてしまえば、私は二度と気軽には話さないだろう。
「わかってるわ。でも私のことは誰にも教えないでくれるかしら?」
「もちろん。家族にだって教えてはいないよ」
私はそのラウフ君の言葉を信じることにした。
「30.図書館」で矛盾があったので修正しました。
たぶん前回のサブタイトルの「土産」は次話とかに渡します。





