57.土産
今日はお父様が王城に用事があるということで、私は王宮図書館に連れてきてもらった。特に調べたいことがあるわけではないけれど本を読むのは好きだし、考えてみたらこれまでは精霊関係の本ばかりでほかにどんな本があるのかを知らないから、連れてきてもらった。というか、お父様が一緒に行かないかと言ってくれたので、あまり何も考えずに乗っかった。
だから先ほどまでのは後付けで考えた理由だ。なんかこう、理由がないと行ってはいけない気がして、道中なんとなく考えていた。あと理由をつけるならそうだ、お土産を渡せるかもしれないから。いるかどうか、私のことを覚えているかどうかもわからないけれど、また会えたら嬉しいなと思う。
お父様は王城に呼ばれたらしいのだけれど、それがどうしてなのか詳しくはわからない。でもきっと私が王都の屋敷に戻ってこないといけない理由が、この呼び出しだったのだろうと思う。タイミング的にも、状況的にも。
何か私がしてしまったのだろうか。していないと思いたいけれど、実際のところいろいろやらかしてはいるから、もはや何が理由かわからない。せめてあえて見ないようにしている理由でなかったらいいなとは思う。
何にせよお父様が話したいと思ったときに話してくれるだろう。きっと取り返しがつかなくなる前には、話をしてくれると思うから。
さて王宮図書館なのだけれど、基本的に私一人で入ることになる。ロニカもリーリスもそもそも王宮までついて来ていない。いくつか理由はあるけれど、王宮に連れていける使用人が限られているためというのが大きいだろうか。王宮で何か事件があるとも思えないというか、事件があると思っていくわけにはいかないから、最低限だけしか連れて行かない仕来りであり、図書館に行って帰ってくるだけの私に使用人は不要ということだ。
5年ほどたったわけだけれど、相変わらず図書館はそこまで人が多くない。前まではすぐに奥のほうに行ってしまうのだけれど、今日は入り口のほうから蔵書を見ていくことにした。
入り口のほうにはここ数年の報告書というか、国内の情勢のような記録書があって、奥に行くにしたがって年代が古くなっていく。一番古いので3~40年前のものだろうか? それより古いものも保存されているかもしれないけれど、棚には並んでいない。ほかには何かの研究結果がまとめられたスペースがあったり、基本の技術が集められた技術書があったり、伝説や逸話をまとめたような本があったり。
技術書とか字を読める人が増えれば需要が増えそうなものだけれど、技術を必要としている人が読むには難しく書かれている。そもそも、王宮に入れる人には不要なもののような気がしてならない。
本はそのすべてが手書きで、だからこそどんなに簡単なものであっても高級品として扱われるのだろう。だからこそ印刷技術が――と考えていたわけだけれど。
ざっと見てみた感じ、小説の類は趣味で書いてみたみたいなものしかなく、恋愛小説の短編みたいなものや伝説をもとにして書いた冒険譚的なものが主だった。目立つ位置にあるわけでもなく、そんなにメジャーなものではないのだなというのがわかる。趣味で買うには高いものだし、何より書く側のハードルが高い。羊皮紙は高いし、時間はかかるし、文字をかけないといけないし、出来上がったとしても1冊売ってしまえばそれまでで、そもそもそんなに売れるものではない。
文字が読めずとも理解できる演劇はあるらしいので、才能がある人はそちらに流れるだろう。それはつまり物語を楽しむ土壌がないわけではないということだ。
でもこんなにも本が少ないと、クラスで特に仲がいい友人がいない人はどうやって時間を潰すのだろうか? 本を読むのが駄目ならば、寝たフリをしているしかないのだろうか?
まあ貴族の学園だから、交友関係を広げるように行動しろと言われそうだけど。
「今はこっちのほうが好みなんだね」
恋愛小説的なもの――思えば演劇の台本擬きかもしれない――を手にして考え込んでいるとそんな風に声をかけられた。聞き覚えのある話し方と、聞き覚えのある声に、私はすぐに誰だかわかってしまった。5年ぶりだというのに彼は私を忘れていなかったらしい。
「ラウフ君、お久しぶりね」
「覚えていてくれて嬉しいよ、リーデア」
「こちらこそ、覚えているとは思っていなかったわ」
5年ぶりのラウフ君は声こそそこまで変わっていなかったけれど、体は覚えていたころよりも大きくなって、どことなくカッコよさも出てきた。身長は私と同じくらいだけど、今くらいの年齢だと女子のほうが身長は高くなりやすいし、同じということは私が小さいかラウフ君が大きいのだと思う。
それから改めてみてみても、きれいな顔をしていると思う。王子たちにも負けないくらいの美形。やっぱり王族なんだろうなと、そう思わずにはいられない。ラウフ君は「忘れるわけがないよ」とその綺麗な顔でくすくす笑ってそういった。
「ボクと話せるのは君くらいなものだからね。それに何のために貸しを作ったと思ってるの?」
「まさか5年間毎日ここにいたのかしら?」
確かにそんな話はした。リンドロース領に行く前に最後にここに来た時に本を貸してもらって、その貸しがあればまた会いに来てくれるだろうと、ラウフ君は言っていた。でも私はラウフ君がいるのはここしか知らない。だから5年間は言い過ぎかもしれないけれど、結構な時間待たせていたのではないかと申し訳なく思う。
しかしながらそんなことはなかったらしく、吹き出すように笑ったラウフ君は首を左右に振った。
「まさか。王宮にいれば貴族の誰がいつ王都に来たのかとか、いつ王都を出発するとかなんとなくわかるものだよ。特に侯爵家ともなればその動向を気にしている人も少なくないし、注意していればすぐにわかるよ」
「そんなものなのね」
「そんなものだよ」
そういってお互いに顔を見合わせる。それがなんだかおかしくなって、二人して声を殺して笑いあった。





