56.
懐かしの王都。こちらの世界にやってきてから一年ほどでリンドロースの領都に行くことになったとはいえ、いろいろなことがあった思い出深い場所と言えばそうなる。でも変わっているところも少なくなくて、使用人たちの中には私がいなかった数年間で多少の入れ替わりがあり、そしてもともといた人たちは確かに年を重ねていた。
中にはほとんど変わらない人もいたし、全体の印象は変わらないのだけれどいなかった年月を感じる。
考えてみればロニカもリーリスも成長したものだ。2人とも一人前と言ってよく、特にロニカは幼さが薄れて大人の女性としての魅力が増したし、リーリスは見た目はしっかりした大学生のお姉さんみたいな感じになった――中身もしっかりしているとは思うけど。
私も10歳になったので身長が伸び、お付きの2人との身長差は小さくなったけど、追いつくにはまだまだ足りず、ティアンよりは高いけれど遠くないうちに抜かれてしまうだろう。それは同時にゲームのリューディアに見た目が似てきたともいえる。何かの間違いで違った雰囲気に育たないかなと思ったのだけれど、残念ながらそうはならなかった。ゲームのリューディアは美人だから文句を言うと罰が当たるかもしれない。
だけれど私にしてみれば恐れ多いというか、似合わないと思う。リューディアは悪役令嬢らしく気が強く、デザインとしてもそのキャラに合ったものになっている。美人だけれどちょっと気が強くて近寄りがたい雰囲気を持ってしまうわけだけれど、中身の私がそんな性格ではない。
「お嬢様お加減はいかがですか?」
「ありがとう、なんともないわ」
「それなら良かったです」
「私も領都で体力をつけたのよ?」
王都の屋敷についてから一晩。疲れもあるだろうからと、屋敷についてすぐに部屋で休むことになったけれど、そこで倒れていないし、普通に夕食を食べてお風呂に入れられて眠ったはずだ。孤児院で同年代の子供と遊ぶのは疲れてしまうけれど、それ以外だと年相応に体力はあると思う。とはいっても10歳の体力と考えると、大人のロニカにはまだまだ不安なところもあるのかもしれないけど。その証拠に私の返答を聞いても観察するように私を見ている。何ならリーリスも似たような視線を向けているので、私の体力は思ったよりついていないのかもしれない。
でも領都から王都までの道行を終えても大丈夫だったということで、私的には合格点をあげたい。ロニカたちに心配されることが嫌だとは言わないけれど。
「そういえばリーリスはこちらの屋敷でもやっていけそうかしら?」
こちらに来てまだ一晩でなにをと思うだろうけれど、話を変えるためにリーリスに話を振る。とはいえ何かあれば対処しないといけないし、一晩でわかることもあるかもしれない。急に話しかけられたせいか、リーリスは少し驚いたように言葉が出てこなかったようだけれど、すぐに話し始めてくれた。
「今のところになりますが、屋敷の方々も良くしてくださいますから、やって行けそうです」
「それならよかったわ。屋敷の使用人たちは私のことを何か言っていたかしら?」
「……言っていました」
リーリスは何かを考えてからそれだけ言って、口を閉じる。つまり良くないことを言っていたということか。新しい人とかいたような気がするけれど、その辺あまり変わっていないのかもしれない。そのおかげでロニカやリーリスが周りから受け入れられているというのであれば、私はそれで構わないのだけど。領都でも似たような状態だったと思うし。
「領都の屋敷にいた時と比べるとどうかしら?」
「――こちらのほうが」
「だとしたらやっぱり、お父様の差し金なのかしらね?」
「旦那様がですか?」
「言い方が悪かったけれど、考えがあってこんな状態になっているのだと思うのよ」
驚いたリーリスにフォローを入れておいたけれど、確かにお父様が私を陥れるためにこんな風にしていると聞こえたかもしれない。でもお父様が本当に私を陥れたいと思うほど邪魔に思えば、殺してしまえばいいのだからわざわざこんな風に回りくどいことをする必要はない。
「考えですか?」
「私が普通ではないからというのは前提にあるだろうけど、いまの私には秘密がたくさんあるのよ。具体的には今リンドロースで進行している事業のことね」
「だからお嬢様のもとに近づく人がいないように、ですか?」
「おそらくは――ね。あくまで私の予想だもの。言いつけられて近寄らないようになったのでは、リンドロースが隠したい何かがあるのではないかと勘繰られる可能性があるのよ。それに比べると自主的に離れてくれれば、そんな風に勘繰られる心配も少ないわ」
だからお父様がかかわっていたとして状況を利用しているだけ、という可能性もある。そしてそうだとして、やっぱり私はそれでいいと思う。お父様がリンドロースのためにと考えてやっていることだろうし、正直今更手のひらを返されて近づいてこられても、どう対応したらいいのかわからない。ただリンドロースの使用人として仕事をしてくれるなら、私への対応は最低限でいい。
当然ながらこの話をしているロニカとリーリスには、私が何をしているのかを簡単に教えてもいいとは言われている。私はもちろんリンドロースとしても、この2人は信頼できる存在として認められているのだろう。そう思うとなんだかとても嬉しく思う。
「ところでほかには何かなかったかしら?」
「ほかにだと――お嬢様はとても体が弱いから……といった話を聞きました。今でもそうだと思われているようです」
「それは少し困るわね。できればこちらでも運動はしたいのだけれど」
「お嬢様が気を使う必要はないのではないでしょうか?」
「言われてみるとそうね」
我儘ならともかく、運動をして最低限の体力をつけるのは――貴族令嬢からすると我儘にはいるかもしれない。でも、お父様から許可をいただいているので何か言われる筋合いはないと。それで変わった令嬢だと言われることになれば、それこそお父様の思うつぼのような気がするし。
体が弱い変人。ありていに言えばそれがこの屋敷の使用人の多くが思っていることだろう。それはきっと嫁いできてもらうには良くない条件で、もしかしたらとある人たちの耳に入っているかもしれない。
とあるなんて言っても、王族なのだけど。第二王子との婚約をどうにか避けられないかということで取られた一手だと思う。
でもそれなら――。
「とりあえず住む場所は変わったけれど、生活はあまり変わりそうにないから、いつも通りやっていこうかしら」
一人で考えても仕方がないので切り替えて、今日一日を過ごすことにした。





