7.書庫
今日は朝からラウリアの「旦那様のところに行かれませんか?」というおせっかいを受け流しつつ、書庫へと向かう。リンドロース家の書庫は小さな図書室くらいの広さがあり、壁一面に並んだ本棚には所狭しと本が並べられている。今は誰もいないらしく、中から音が全くしない。
精霊関係の本がないかなと棚の本に目を向けてみたのだけれど、見たことがない文字でタイトルが書かれていた。
もしやと思って、適当に1冊本を取り出しパラパラとめくって見ると、中身も似たような文字で書かれている。
話すことは普通にできたので、読み書きも行けるのではないかと思ったのだけれど、そうではないらしい。幸いなことに、よくよく見てみるとまったく何も読めないわけではなく、タイトルくらいなら普通に読めた。
たぶんもともとリューディアができたことは、無意識にできるのだと思う。
それに加えて前の世界での記憶と徐々に結びついていく感じ。分かる単語から推測して、少しずつ理解できる単語が増えていくような不思議な感覚。
便利だから助かるけれど、ここの本をきちんと読めるようになるには、一から学ぶよりはだいぶ短いだろうけど、それなりに時間がかかりそうだ。絵本レベルから始めて、徐々に難易度を上げていき、ようやくここの本を読めるようになると思う。
「ラウリアはこの中で簡単な本がわかる?」
「いえ、入るのも初めてです」
「わかったわ。ありがとう」
リューディア専属となるために来たメイドが、知るはずもないか。何でもできるメイドなんていうのは、そうそういるものではない。
メイドとしての仕事はある程度全てできる人でも、書庫の本は把握していないだろう。
かかわるとしても、掃除するときくらいだろうし。
「それならお嬢様。旦那様に相談なさってはどうでしょうか? 使用人の中には書庫に詳しい人もいるでしょうから、紹介してもらえるかもしれませんよ」
名案だとばかりにラウリアが声を上げる。確かにお父様に話を通すのが確実な方法かもしれないけれど、お父様の邪魔になることは避けたい。
とはいえ、ずっとラウリアの提案を流し続けていたので、またスルーするのはさすがに気がとがめる。仕方がないので「お父様に時間が取れるか確認してきてくれる?」とお願いすると「かしこまりました」と嬉しそうに行ってしまった。
ラウリアに置いて行かれてしまったので、ひとまず自分の部屋に戻ることにした。
◇
部屋に戻ってしばらくしてから、ラウリアが帰ってきた。妙に笑顔で怖さすらある。
「リューディア様! 旦那様がすぐにでもあってくれるそうです」
「そうなの。それなら待たせないうちに行かないといけないわね」
「せっかくですから、お洒落をしていきませんか?」
「そんな時間はないわ。お父様を待たせるわけにはいかないもの」
なぜそんな悠長なことができるのだろうか? 何としてでもリューディアを父親に売り込もうという意思すら感じられる。
ラウリアの顔を立てるか、お父様に迷惑をかけるかのどちらかであれば、間違いなくお父様に迷惑をかけないほうが優先されるのでラウリアの提案は却下して、お父様が仕事をしている書斎に向うことにした。
木で作られたひときわ高級そうな扉を前にして、一呼吸おいてからノックする。
私とお父様は普通の親子でないのは言うまでもないし、おそらく実の父親だとしても仕事中にこうやって部屋に入ろうとすると緊張すると思う。ましてや侯爵だ。前世での私では到底会うことはなかったであろうタイプの人。
だけれど、臆していても仕方がないので、ノックもする。
「リューディアです」
ノックの後に名前を言えば「入ってこい」と促される。
恐る恐る扉を開けて中に入ると、お父様が一度こちらを見てから「適当に座って構わない」と促す。
書斎にはお父様が使っている仕事用の机とは別にソファとテーブルが設置されていて、私はソファに座ってからお父様のほうを見る。
こういったとき、ラウリアは中に入ってきてはいけないので、今も扉の外で待っていることだろう。
少ししてお父様の仕事がひと段落したのか、書類を束ねて隣に置いたところで、改めて声をかけてくる。
「緊急の用があるという話だったが、何かあったのか?」
「? い、いえ。お父様に頼みたいことはありましたが、緊急というほどでは……」
「そうか。お前のメイドが一刻も早くと、言っていたのだがな」
「ラウリアは私のことを知りませんから、病気から快復したばかりなのに放っておかれていると思っているのかもしれません。そうではないといっているのですが……」
どうにもこれだけは話を聞いてくれない。
ほかの使用人たちだと私にあまり近寄ってくれないので、聞いてくれなくても近くに来てくれるラウリアの存在は私にとって悪いものではない。うんざりするところもあるけれど。
お父様は何か考えたように目を伏せると、少ししてから顔を上げた。
「ラウリアはお前と普通に接しているんだな?」
「はい。ほかの人からは遠巻きにされているようですが、ラウリアだけは普通に接してくれます」
「なぜ遠巻きにされているのかは、わかっているのか?」
「私がリューディア様らしくない――というよりも、5歳児のようではないからでしょうか?」
「そうだな。事情を知る私たちはリューディアのように扱う気はないし、真似をするのはお断りだ。
だが事情を知らなければ、お前の行動は奇異に映るだろう」
それは仕方がないことだ。そのせいで虐められているわけではないし、両親と――おそらく幼いから――ティアンは遠巻きにするなんてことはない。だからそこまで苦ではない。
寂しさがないわけではないけれど、生きていくうえで何か問題があるわけではない。
そのうち距離感も近くなっていくかもしれないし、今は私にできることをするしかないだろう。
「それで頼みとはなんだ?」
「書庫に詳しい人はいませんか? 簡単な本がどこにあるのか教えてほしいのですが」
「……文字が読めるのか?」
「どうやらリューディア様が読めていたくらいは読めるようです」
「なるほどな。それならクニーガがいいだろう」
そういってお父様が手元にあったベルを鳴らした。