幕間 部屋を出てからの話 ※ロニカ視点
時系列的には前話の前半部分の後くらいです。
お嬢様に言われてリーリスに王都の屋敷でのことを伝えることになったので、一旦わたしの部屋に来てもらうことにした。普通使用人は自分の家から通っているか、屋敷の中に部屋をもらうにしても複数人で一部屋ということが普通なのだけれど、わたしは特別なのか一人で一部屋与えられている。おそらくお嬢様付きのメイドという特殊な立ち位置だからなのだと思う。
メイドはメイドなのだけれど、お嬢様の立場を考えるとリーリスとわたしの2人だけというのはおかしなことで、その特殊性がよくわかる。でもその本質はお嬢様があまりにも賢すぎるために、使用人の多くが気味悪がっているだけに過ぎない。だからお嬢様付きのメイドだけで話せる場というのが必要だったのだろうなと、旦那様は思ってくださっているのだろう。実際こうして役立っているわけだから。
お嬢様は確かに年齢には見合わない深い考えを持っているし、わたしたちではどう頑張っても思いつかなさそうな様々なものを作りだしている。それにわたしはもちろん誰も知らないようなことを知ってるなど普通の方ではないのはすぐにわかるけど、お嬢様の人柄を知ればそんなことを不安がる必要がないことくらいわかるのではないだろうか? でもお嬢様の近くにいながら、その人柄に触れようともしなかった人もいるから、わたしが強く言うことはできない。
ということなのだけれど、リーリスはあまりお嬢様が周りから怖がられるほどに賢いことをわかっていなかったように思う。だからこそお嬢様付きとして迎えられたのだということは、わたしでも理解できた。リンドロースのお屋敷でもお嬢様は遠巻きにされていたけれど、露骨に避けられるということはなかったので、リーリスもそこまで違和感がなかったのではないだろうか?
どうやら屋敷内でリーリスにお嬢様の異常性を伝えることを禁じられていたようだから、その辺も関係はしていると思う。リーリスがお嬢様のことを怖がるようにならないようにという、旦那様の配慮だろう。
でもお嬢様の頼みは今までリーリスが勘違いをしていることをいいことに、隠され続けてきた部分をある程度伝えないといけない。わたしの部屋について、どう話し出したものかと困っているとリーリスがわたしの悩みなど気にした様子もなく、緊張感のない声で話しかけてきた。
「ここがロニカの部屋……一人部屋なんてものすごい待遇だね」
「お嬢様付きがわたしとリーリスしかいませんから。リーリスが屋敷に住んでいたらここの部屋になっていたと思いますよ」
「だとしたら、ここはあたしの物ばかりになりそうだね」
カラカラとリーリスは笑うけれど、その言葉は否定できない。もともと2人以上の使用人が一緒に暮らすための部屋なので、身分不相応にも広い部屋を与えられているのだけれど、わたしの私物はほとんどない。着替えなどの必需品を除くと、ちょっとした小物くらいではないだろうか?
リーリスはこちらに実家があるし、私物もたくさん持ってこられるだろうから、間違いなくリーリスの私物で埋まると思う。これでも働きだす前はそれなりにこだわった部屋作りをしていたのだけれど、働きだしてからはそちらで精いっぱいで、あまり気を使えていなかった。
「仕事に真面目なのはいいことだけど、お嬢様に見られてつまらないと思われそうな部屋もどうかと思うよ?」
「それは否定できませんね。王都では少し気を使っておきましょう」
「こんどはあたしも一緒だろうから、余裕ができたら何を置くか話し合おうか」
「そうしましょう」
よほど汚いなどないかぎりは、お嬢様が否定的なことを言ってくることはないと思う。だけれどその胸の内ではそう思うかもしれないから、リーリスの提案に乗っかることにした。
なんて雑談を始めてしまったけれど、今回はその話をしに来たのではない。どう話したものか困ってはしまうけれど、はやく話してお嬢様のところに戻ろう。
「私の部屋の話は良いとして、王都でのお嬢様付きの扱いについてお話しします。ですがその前にリーリスはお嬢様をどのように見ていますか?」
「それはいつか話した『旦那様に確認しないといけないこと』だよね?」
「……よく覚えていましたね」
「えーっと、お嬢様付きの使用人がロニカしかいないって話していた時だから、印象に残っているんだよ。あたしが仕える人の話だったから」
「確かにそういう話でしたね」
確かお嬢様付きがわたししかいないのが不思議だ、みたいな話だったはず。話したのは覚えているけれど、リーリスが覚えていたことには驚いた。何せリーリスはその後まったく気にしたようなそぶりを見せなかったから。
「お嬢様は少し変わっていると言っていたけど、本当はとても変わっているんじゃないかな?」
「気が付いていたんですね」
「ほかの使用人たちのお嬢様とティアン様への対応の違いを見ているとね。それにティアン様はとても優秀な方だと思うけど、同じ年齢の時のお嬢様と比べると――ってところもあったから。ほかにも気になるところはいくつもあったけど」
「気が付いたにしては、お嬢様への接し方が変わりませんでしたね」
「気が付いたからって、お嬢様が変わるわけじゃないからね」
もしかして旦那様もルールは作っても、リーリスがいつかは気が付くことを予想していたのだろうか?
そのうえで先にお嬢様がどんな人か知ってもらっておいて今のリーリスみたいに、事実に気が付いてもそこまで気にならないようにしていたとか。事実と言っても、お嬢様が極悪人というわけでもないし、言ってしまえばとても頭がいいというだけなので、気が付かれたとして何か悪いことがあるわけでもない。
「それなら簡単にだけ話してしまいます。王都の屋敷ではお嬢様の優秀さが広まっているのか、お嬢様はさらに遠巻きにされています。得体のしれないできれば近づきたくない相手という感じでしょうか?」
「だからお嬢様専属の使用人がロニカしかいなかったんだ」
「そういうことだと思います」
思うところはあるけれど、そのおかげでわたしは王都でも領都でも平和に過ごせた部分があるのは否めない。
「そういう風に見られていますので、お嬢様付きは大変な仕事を請け負ってくれている人、といった見方をされます。積極的に近づいてくる人は少ないですが、困っていたら手を貸してくれましたし、悪くない関係だったと思いますよ」
「それなら断る理由はないかな。あたしの中ではほとんど行くつもりになっていたけれど」
「でも待遇の話をしていませんでしたか?」
「それも大事だからね」
「その分働いてくれれば、お嬢様も旦那様も何も言わないとは思いますよ」
「もちろんそのつもり。あたしはこれでも、お嬢様と話をしているのは好きだからね」
そう言って穏やかに笑うリーリスは心からそういっているのだと思った。





