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55.出立

「学園を卒業するまでは、基本的に王都で過ごすことになるのだけれど、リーリスも一緒に来てくれないかしら?」

「もちろんです」


 王都から来たロニカはともかく、もともとリンドロースにいたリーリスは嫌かなと思って尋ねてみたのだけれど、特に迷うことなく頷いてくれた。ロニカは大丈夫だと言っていたけれど、本人の口から聞くまでは安心できなかった。

 だからやっと安心できたのだけれど、リーリスは何か思い出したかのようにハッと顔を上げる。


「待遇は今と変わらないんですよね?」

「変わらないと思うわ。お給金に関しては、今よりもよくなるのではないかしら?」


 待遇面は確かに大切だ。人を雇うとき特に私の近くにいる二人に対しては、忠誠心や彼女たちの事情・状況を利用しているのは否定しない。だけれどそれに見合った待遇はすべきだと思うし、お父様もそのあたりは心得ていると思う。お父様の場合貴族として、という前提がありそうな感じだけれど、受け取る側としては特に変わらないだろうから大丈夫だろう。

 とは思ったのだけれど、王都での私の扱いを思い出したので、それは伝えておいたほうがいいかもしれない。


「そうね。だけれど王都での私の扱いはここよりもよそよそしい感じだったから、向こうの使用人たちとの関係がどのような感じだったのか、ロニカに聞いておいたほうがいいかもしれないわ。それで難しそうなら早めに教えてちょうだい」

「かしこまりました。ですがお嬢様がそのような扱いをされるのですか?」

「……私は貴族でも少し変わっているのよ」

「そうなのですか。ですがあたしはお嬢様しか知りませんから、問題ないですね」


 ころころと笑うリーリスはなんだかんだと、私を慕ってくれているような気がして嬉しい。だからこういっておきながら、やっぱり行きたくないと言われたときが怖いのだけれど。

 それはそれとしてリーリスは簡単に決めてしまったけれど、家族とかは大丈夫なのだろうか? 今後年に一回も戻ってくることができるかどうか、みたいな生活が数年続くことをわかっているのだろうか?


「話を戻すけれど、簡単にはリンドロースに戻ってこられないことになるけれど、本当に大丈夫かしら? 一年に一度も戻ってこられるかわからないわよ?」

「大丈夫です。15歳で見習いとして前の職場に行ったときにも、数年は戻ってこられないだろうなと覚悟していましたから」


 確かに平民であれば見習いで住んでいる場所を出たとして、実家に帰れるだけのお金を稼げるようになるだけには一人前にならないといけないということも少なくないだろう。だとしたら、数年は戻れないし、何なら一人前として扱われるようになってから、お金を貯めて帰ることもあるだろう。そうしたら初めての帰省が家を出てから10年後とかざらにあるかもしれない。

 そこまで生まれた場所を離れる人というのが少ないのかもしれないけれど、出先で結婚すればもう二度と実家に帰らない人もいるのだろう。前世の感覚だとどれだけ離れていようと1日2日くらいで帰れそうなものだけれど、こちらの世界ではそうもいかないから。王都からリンドロースへの移動でも一泊は必要だったし、それも貴族が使う馬車を使っての話。一般的な乗合馬車であれば、もっと時間がかかるに違いない。


「それならいいわ。まずはロニカから話を聞いてくるといいわ」

「はい。わかりました」


 リーリスが頭を下げて一歩下がる。ロニカに聞いてこいと言っても、ロニカもここにいるからそうするしかないだろう。今の話でリーリスは私の前から下がる許可を得たとみていいけれど、ロニカには何も言っていない。

 面倒だけれどそこで一回一回指示を出すのがなんだかんだで早いので、ロニカに「今から頼んだわよ」と声をかける。それから下がる二人を見送って、一人机に向かうことにした。何というかティアンのために私なりの企画書を書いておきたい。リンドロースに来た時同様、移動するのは私――とお父様――だけだから。リンドロースに戻るときはまだしも、王都に行くのも私だけというのは本当に嫌な予感がする。


 ティアンには関係なくて、そのうえ学園が始まるまで――もしかしたら始まっても――王都にいないといけなくなるかもしれない事情。この話を持ってきたときのお父様の反応を見るにあまりいい話ではなさそうなのも、嫌な予感に拍車をかけていた。





 リンドロース領都を出発する朝。見送りはお母様だけで、ティアンはまだ眠っているらしい。日が昇り始めたくらいだから寝ていても仕方はないし、わざわざティアンが見送りに来るとは思えないから、やっぱり仕方がない。


「リーリス、王都でもよろしく頼むわね」

「精いっぱいお仕えいたします」


 心配していたリーリスだけれど、無事について来てくれることになった。ロニカから話を聞いた後も変わった様子もなく、無理についてくるということでもなさそうで安心した。私付きの使用人は、王都ではそんなに悪い待遇ではなかったのだろうか? それならいいのだけれど。

 リーリスと話をしていたら、スッとリーリスが話すのやめて一歩下がった。何かと思ったらお父様がやってきていた。一緒にリンドロースの屋敷の代官的立ち位置の執事もいる。


「リディ、もしも植物紙が別のところで開発された場合はどうしたらいいと考える?」


 出発前になぜお父様がこんな質問を? と思ったけれど、何か意味があるのだろう思い考える。


「どこかで開発されたのですか?」

「石鹸が出てきたのだから、植物紙が出てくるかもしれんと思ってな」

「そうかもしれませんね。もしも出てきたら、それを参考にさせてもらえばいいのではないでしょうか? それからより安価に作れる方法やより高品質のものを作れるように研究するのがいいかと思います」


 この世界にも一応特許制度のようなものが一応あるけれど、お金を払えば同じものを作れなくはないし、申請のためには作り方を提出しないといけない。だから申請せずに独占するという手段もよくとられるらしい。植物紙の作り方を完成品を見て理解できる人はほとんどいないだろうし、後者の手段をとる可能性が高いだろう。


「それから領内で消費するようにすれば、軋轢を生むこともないのではないでしょうか?」

「やっぱりそうなるか……ある程度は知識がある分、後発であってもある程度は――わかった、参考にさせてもらう」

「相変わらず硬いのね」


 何やら納得したお父様にお母様がからかうように声をかける。それから私はお母様に無理しないようにと、圧を感じ取れる笑顔で言いつけられた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 母の方はもうかなり心境に変化が出てるのが感じられますね 父の方はまだ対応が固いですけど
[一言] まさかどっかで開発されたのかな?
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