幕間 家族たち ※三人称視点
「やはりリーデアがいなければ危なかったのだな?」
「ええ、そうなるわ。ティアンだけは命をかけても守り通すつもりではあったけれど、わたくしはどうなったかわかりませんわね」
リンドロース領のリンドロースの屋敷の一室にて、屋敷の主たちが2人だけで対面して話している。暮れかけているとはいえ、日が出ている時間帯。使用人も入れずに2人だけというのは珍しいことだけれど、この珍しいことがここ1~2年の間に度々行われていた。
もちろん使用人は、その耳で聞いた重要なこと、重大なことは聞こえていても、聞かなかったとするものだが。人が相手のことになるので絶対はあり得ない。
もしも話してしまえば、相応の罰が加えられるだろうし、場合によっては死罪もあり得る。それでも雇われた家よりも家格が上の後ろ盾を持つことで逃げられる可能性もあるし、もとより別の貴族のスパイと言う可能性もある。
そうならないために身辺調査は行うけれど、雇った当初は大丈夫でも寝返ると言うことは往々にしてあり得る。特にリンドロース夫妻にとっては他人事ではなく、実際に体験したことであるため、殊更娘の事になると慎重さが増す。
リーデアの事を知るのは極少数。むしろ少数にでも教えているということが、意外とすら言えるだろう。
「リーデアが護衛と言って連れてきてくれた騎士たちもそうだけれど、リーデアの指示と何より彼女の命がけの行動がなければ、いま無事にここに居られたかわからないわね。結果、あの娘がかばった形だけれど、あの子はわたくしたちを守ったと言うよりも、リーデアを守ったと言うのが正しいもの」
「あの傷はそのためか。よくやったと言って良いものか悩みどころだが、無事に帰ってきてくれて何よりだ、マルティダ」
「ふふ、心配をかけてしまったようで申し訳ありません」
謝りながらも、マルティダの表情は優しく柔らかい。言動から冷たく見られがちのアードルフだが、実際は家族をとても大切にしている。そのせいで今日の仕事があまり手についていないことも知っているマルティダは、口にすることはないけれど、夫のことを可愛いとすら思っていた。
その視線を受けたアードルフは反対に居心地が悪そうに顔をしかめる。
「リーデアには何か言ったのか?」
「感謝を伝えた後に、自分をもっと大切にしなさいと。だけれど、あの子がどう受け取ったのかはわからないわ。リーデアのおかげでリンドロースは窮地を避けることができたのは事実なのよ」
だからあまり強く言うこともできなかった。とマルティダが暗に伝えると、アードルフが困ったような表情を見せた。
「ティアンは今どうしている?」
「まだ眠っているわ。賊が相手とは言え、目の前でその死を見てしまったから」
「心労は想像以上の可能性もあるか。怪我無くとはいえ、無事とは言い難いかもしれんな」
「最終的な引き金は自分に死が迫ったことだと思うから、深刻な事態にはならないとは思うわ。死を恐れるのは特別なことではないもの」
盗賊の亡骸を見たティアンはそれに対して恐怖していたようにマルティダには見えたけれど、その時点では意識を失ったわけではなく、リーデアが身を挺して庇ってそのリーデアを守ろうとしたロニカが射抜かれた時に気を失った。
だから今回の事件を乗り越えてくれさえすれば、ティアンは立派な領主に一歩近づけるとマルティダは期待もしている。
それに貴族である以上、こうやって命を狙われることは少なからずあり得るから、いずれは乗り越えなければいけない壁でもあった。それがティアンの両親が考えていた時期よりも、とても早くなってしまったのは否めないが。
それから二人は短くない時間、子供たちについて話をしていた。
◇
「あの……お母さま。あのときお姉さまがやってきたのは、ぼくたちをあの怖いのから守るためですか?」
「そうでしょうね。あの子はリンドロース家のためなら、命を捨てることも厭わなさそうだもの」
「お姉さまは……」
「リディは無事よ。怪我もな――いえ、ティアンはあのとき何が見えたのかしら?」
目が覚めたティアンの部屋。何かにおびえるように身体をふるわせていたティアンをマルティダは宥めて、落ち着いたところでティアンがマルティダに問いかけた。
マルティダは言葉を選びつつティアンの言葉に応えると、あえて怪我についての言及を避けて、ティアンに尋ねることにした。
「急にお姉さまが走ってきたかと思うと、お姉さまが真っ赤に染まっていました」
「それだけなのね?」
「はい。それで……」
「もう一度言うけれど、リディは大丈夫よ。今も元気にしているのではないかしら」
「……それなら大丈夫です。それよりも命とは何ですか?」
マルティダの話に安心したティアンは、だけれどこれ以上姉の話になっても困ると思ったようで、あからさまに話を変える。ティアンからの問いかけに、マルティダは困ったように眉を下げた。
「そうね。こうやってティアンと話ができることは、わたくしに命があるからでしょうね。毎日食事をすることができるのも、歩いて回ることができるのも、すべて命があるからできることと言っていいかもしれないわ」
「命を捨ててしまうとどうなってしまうのですか?」
「命がなくなってしまうと、もう誰にも会えなくなってしまう……のでしょうね。そこから先はどうなるかは、誰もわからないの。命をなくした人は――死んでしまった人と会えた人はいないのだもの」
ティアンにもできるだけわかるように、だけれどできるだけ刺激しないように言葉を選びながらマルティダが答える。実際には死を経験した人にあったことがあるマルティダだけれど、彼女のような死が一般的ではないのは理解している。
ティアンはマルティダの言葉をあまり理解できなかったけれど、母であるマルティダが困っていることには気が付けたので、これ以上困らせないように「ありがとうございました」と答えてくれたことに対する感謝を伝えた。同時に何かの引っかかりがティアンの中に残った。





