幕間 メイドたち ※リーリス視点
あたし――リーリスが仕えるお嬢様は、とても頭が良い方で話をしていても子供だとはとても思えない方だ。話に聞いていた感じだと貴族の子供というのはなかなか屋敷の外に出してもらえないから、護衛もつれずに外に出て遊んでみたがるものらしい。あたしとしてはそういった気持ちはわかるのだけれど、どうもお嬢様はそういったタイプではない。
何かの予定が入らないと屋敷の外に出ようとはしないし、出たとしても護衛はしっかりと連れていく。聞いた話になるけれど、外に出た後も無茶はせず、何かあれば護衛の話をちゃんと聞いて安全を第一に考えているのだとか。護衛の騎士たちが仕事をしやすくて助かると、褒めていたことを思い出す。
何というかお嬢様は自分の価値をちゃんとわかって行動しているような気がする。リンドロース侯爵家の長女であり、それだけで命を狙われることもあれば、誘拐されることもある。実際お嬢様は命を狙われたことがあるらしいので、その反動なのかもしれない。あたしが詳しく調べていないというか、調べる気もなかったので、命を狙ってきたのがお嬢様の関係者だということくらいしか知らない。
あたしの採用でも疑問に思ったところではあるけれど、お嬢様に係わる使用人が極端に少ないのもこの辺りが原因で、あたしが採用されたのも無害そうに見えたからなのかもしれない。
まあ、あたしは採用されたから良いのだ。仕事に不満はないし、お嬢様も良い子だし。
そんなお嬢様が焦ったように行動し始めたのは、あたしが街で聞いてきた情報を話してからだろうか。いろいろあってお嬢様は、自ら調査団を率いて噂の出ていた町に行ってしまった。メイドであるあたし――とロニカ――もついていかないといけないのかなと思っていたけれど、どうやら屋敷で待っておいていいらしい。というか、危険そうだからついてくるなといった感じだった。 それでもロニカは旦那様の許可を得て、ついていったけれど。ロニカが付いていくのに、あたしが付いていかないことに対しては、お嬢様がフォローしてくれた。
そしてお嬢様が行ってしまうと、屋敷内でお嬢様が付いていったのは、領都にばかりいて飽きてしまったからだなんて話が持ち上がっていた。確かに領都に来て結構経つけれど、お嬢様が活動している範囲は限られていて、その活動も大体は勉強か仕事で飽きてしまうのはわかる。でもお嬢様がそんなことで危険かもしれないところに行くのかなと、疑問に思った。
そうしてお嬢様たちが帰ってきたとき、また屋敷が騒がしくなった。奥様とティアン様が乗った馬車が襲われたのだから当然のことで、あたしもそれを聞いた時は冷静ではいられなった。
だけれどお嬢様が調査団に付いていったことが幸いして、リンドロース家の方々にはお嬢様含め怪我ひとつなかったので、話は大きくならずに済んだ。このことが分かった時、だからお嬢様はついていったのだと腑に落ちた。
領主家の方々に怪我はなかったとはいえ、ティアン様はあまりのことに気を失ってしまっていたらしく、しばらくお部屋でおやすみになるというし、お嬢様についていったロニカが大怪我をして帰ってきたという話を聞いて、あたしはそちらのほうに動揺してしまった。
帰ってきた日、お嬢様は疲れていたのもあってすぐに寝てしまったので、あたしはすぐにロニカのもとへと急いだ。お嬢様は毅然としている様子だったけれど、無理しているのを隠しきれていなかったから。一緒に行ったはずのロニカについて一言も触れなかったのも、ロニカに何かあったのではないかと思わせて、あたしも気が気ではなかった。
だけれど――兵舎の医務室で――ベッドに寝かされていたロニカは意外にも元気そうに「リーリスですか。申し訳ありません」と謝ってきた。
「怪我は大丈夫?」
「一応今のところは大丈夫です。ですがしばらくは動けそうにないですね」
「それなら良かったけど、なんで謝ったの?」
「しばらくお嬢様のお世話を任せてしまうことになるからです」
確かにロニカがこんな状態では仕方がないだろう。我儘ばかりの主ならともかく、お嬢様ならそんなに大変なこともないだろうし、一人でもやっていける自信はあるから問題ない。怪我をしてしまったのだから、ロニカにはちゃんと休んでいてほしいので「気にしないでいいよ」と返事をしておく。
「でもどうしてロニカが怪我をすることになったの? お嬢様が危険なところに近づくとは思えないのだけれど」
「わたしもはっきりとは覚えていないというか、状況がよくわかっていなかったのですが、安全なところにいたのは間違いないですね」
「それならどうして?」
「奥様とティアン様が安全であるこちらに避難しようとして姿が見えたあたりで急にお嬢様が走り出して、奥様方をかばおうとしていたので、とっさにわたしがお嬢様をかばいました。それから気が付いたら脇腹に痛みが走っていた……という感じでしょうか。今思うとお嬢様は奥様方を狙っていた賊が見えていたんですね」
なんてことないようにロニカは言うけれど、そんな簡単な怪我ではないだろう。明言はしなかったけれど、脇腹に剣か槍かもしくは矢が刺さったのだろうから。とはいえ、ロニカがしたことは客観的見れば褒められることだ。主を守ってみせたのだから。
「それは良くやったわね」
「ええ、お嬢様が怪我をしなかったようで良かったです」
「でも、もっと自分を大切にしないといけないよ」
褒められることかもしれないけれど、ロニカを見守ると決めた身としては、あまり危ないことをしてほしくはないから小言も言っておく。お嬢様の命よりも自分の命を、とまでは言えないけれど、簡単に命を投げ出さないでほしい。
あたしが言いたいことが分かったのか、それとも言われるまでもなくわかっていたのか、ロニカはバツの悪い顔をした。
「そうですね。ですが、今回は仕方がなかったんですよ」
「走り出したお嬢様を止めることもできたんじゃない?」
ロニカもお嬢様も無事に済むには、お嬢様を止めるのが最も簡単だったと思う。いかにお嬢様が頭がいいと言っても、体はまだまだ小さく、走れば簡単に追いつけるし、力で負けることもないだろうから。
だけれどロニカは首を左右に振った。
「お嬢様を止めて、それで奥様かティアン様に万が一のことがあれば、人一倍ご家族を大切に思っているお嬢様は気に病んでしまうでしょうから。今考えても、今回の行動に後悔はありません」
「そうかもしれないけど……次は自分も怪我をしないようにしてね。そうしないとあたしの仕事が増えるから」
無茶を言っているのはわかるけど、ほかに言いようもなかった。冗談交じりに仕事が増えると言ってはみたけど、どれくらい効果があるかはわからない。どれくらい分かったのかロニカは苦笑しながら「気を付けます」といったけれど、あたしはこういった事件がもう起きないことを祈るしかなさそうだった。





