6.精霊
お父様との話が終わって自分の部屋に戻ると、メイドのラウリアが「お帰りなさいませ」と出迎えてくれた。
ラウリアはリューディアが生まれるときに、彼女の専属として据えるために見習いとして働き始めたメイドらしい。リューディアが今5歳なので、15歳から働いている彼女は今20歳になる。
平民の出らしいが5年間鍛えられた所作は美しく、地味ながらも愛嬌のある顔は前世ではひそかに人気だったらしい。
ゲーム本編では30歳のラウリアだけれど、リューディアのお付きとしてスチルにも度々登場する。一応名前もゲーム中で登場するネームドキャラの一人になる。
正直見た目はスチルのものとほとんど変わらない。少しだけスチルのほうが年を取ったかなと思うくらいで、普通に20代前半といわれてもうなずけるほど。
強気な見た目のリューディアとの対比もあったのか、男性人気が結構あるという話を聞いた時には、まず男性でも乙女ゲームってやるんだなと思った。
そんなラウリアは私が椅子に座ろうとすると、手を貸してくれる。
「ありがとう」
「いいえ、これくらいなんでもないですよ。お茶をお入れしますね」
ラウリアがお茶を入れている間に、改めてリューディアの体を見る。
髪はお母様譲りの赤。手も足もまだ小さく、何をするにも一苦労だ。椅子もベッドも高いので、きれいに座ろうと思うと人手を必要とする。
前の世界で大人として生きてきた人間としては、少し思うところもあるけれど、必要だから補助がいるわけで、ある種これもラウリアの仕事なのであきらめた。
最初なんて抱き上げて座らせようとしていたから、それに比べれば今のほうがまだマシというのもある。
「旦那様には甘えることはできましたか?」
お茶を入れたラウリアがそんな風に尋ねてくる。甘えるとか、わがままを言うとか、家族の時間を作るとか、そういったもののためにお父様に呼び出されたわけではないのだけれど、はたから見ると病気から回復した娘と話したいから呼び出したとか思われているのだろうか?
「いいえ。そのために呼び出されたわけじゃないもの」
「それはあまりにお嬢様が……」
「そんなこと言うものではないわ」
ラウリアが悲しそうな顔をするけれど、説明をするわけにもいかないし困ってしまう。
リューディアのことを思ってのことでも、お父様を批判するのは問題になるだろうし、リューディアっぽいというか5歳相当の話し方はわからないし、私の頭はてんてこ舞いだ。
とりあえず、ラウリアには別に私が今の状況をなんとも思っていないことを知ってほしい。
◇
「精霊の恵みに感謝を」
この世界では「いただきます」の代わりに食事の前にはこういってから、食べ始める。
そう「精霊」に感謝をする。ゲーム内では精霊なんて影も形もなかったのに、と思うのだけれど、何か引っ掛かって頭をひねっていたら、わずかにそういった設定があったことを思い出せた。
舞台となるここヒュヴィリア王国は大きくないながらも1000年以上の歴史を持つ国で、この繁栄は精霊の祝福のおかげだといわれている。
またおとぎ話の中に、1000年前にこの国の王女と精霊の王が恋に落ち、国王が結婚を許したことで精霊たちがヒュヴィリア王国を祝福したのだというのもあったような気がする。
攻略キャラの一人が宗教関係の子で、確か精霊を信仰していたような記憶もある。
私の記憶力が悪いのは否定できないけれど、ゲーム中ではそんなに印象に残らないくらいの設定だったはずだ。
だけれどここは現実。フレーバーのような設定だったとしても、実際は国に根付いた大きな存在かもしれない。
「お父様、お聞きしたいことがあるのですが良いでしょうか?」
夕食中、せっかくなのでお父様に精霊について聞いてみようと思い声をかける。
その時、向かいに座っている赤茶色の髪で大きな目で一生懸命に食事を見つめて、悪戦苦闘しているティアンが不思議そうな顔でこちらを見たけれど、気が付かないふりをする。
「どうした?」
「精霊はどこにいるのですか?」
「目には見えないが、そこら中にいるといわれているな。精霊がどうにかしたのか?」
「いえ、食事の度に感謝をしていますが、見たことがないなと思っただけです。一度会ってみたかったのですが、残念です」
「そうか。一説には精霊は自然が多いところを好むという。もしかしたら、森に行ってみればいるかもしれないな」
まるで子供に言い聞かせるような言い方をしているのは、仕方がないか。ここにはティアンもいれば、使用人もそれなりにいるから。
万が一を考えて、最初の問いは言葉を選んだのだけれど、この分だと大丈夫そうなので続けて問いかける。
「精霊は本当にいるんですか?」
「外ではその質問をしてはいけない。いいな?」
「はい」
少し声が強くなったお父様の言葉に素直にうなずいて返す。
「そうだな、精霊を信じているものも少なくないといえばわかるか?」
「わかりました。ありがとうございます。お父様」
つまり文化として精霊に関することが根付いてはいるけれど、形骸化している面も多いというところだろうか?
仮に精霊が本当にいて、目に見えない存在を1000年も信じ続けられるかといわれると、難しいのかもしれない。でも本当に形だけなのか、私にはちょっと納得できない。
調べられればいいのだけれど……一応この家にも書庫はあり、たくさんの本が収められていたはずなので、後で調べてみよう。
「お姉様の話は難しくてわかりません」
私が小難しいことを話していたせいで、ティアンが不満そうに頬を膨らませる。
その様子はまるで女の子かと思えるほどに可愛らしく、なんとも年相応な反応だなと微笑ましい。
でも心を鬼にして「ティアンも勉強しなさいな」と突き放す。
4歳にそんなこと言ってどうするんだと思うけれど、これで少しでも勉強してやろうと思ってもらえれば儲けもの。これで勉強嫌いになられると困るけれど、それはお母様がうまくフォローしてくれると嬉しい。そんな思いを受け取ってくれたのか、お母様が呆れたように「ティアンにはまだ早いわよ」と私をたしなめる。
それからティアンが難しい顔になったけれど、食事も終わったので「申し訳ありません、お母様」と謝るだけ謝っておいて、ダイニングを後にした。