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「お嬢様、今日はいかがなさいますか?」

「今日も一日寝ていようかしら」

「昨日もそうでしたが……それがいいかもしれませんね」


 お母様を助けに行ってから、今日で3日目。ここ最近はずっと一緒だったロニカは私の部屋に姿を見せず、リーリスだけが私の部屋に入ってくる。

 お母様とティアンは怪我ひとつなく助けることができた。嫌な予感は当たってしまったけれど、最悪の結果にはならなかったことは本当に安心した。お母様に抱かれたティアンが気を失っていたのを見たときには血の気が引いたけれど、ティアンが経験するには確かに気を失いたくなるほどに、衝撃的な出来事だったかもしれない。


 それで頭が冷えたことと、ロニカがまだどうなるかわからなかったから気を緩めることができなかったことで、そこから領都に帰るまでは変に冷静でいられた。感動の再会とはならなかったけれど、お母様と話をすることもできたし――お礼を言われたけれど、同時に危険なことをしてはいけないとも注意された――、いつかのように帰りの馬車で緊張の糸が解けて眠り込むこともなかった。

 そうして屋敷に戻ると、お父様にしばらく休むようにと言われて引きこもっている。私としてもロニカのことが気になって何も手に付きそうになかったので、とても助かった。


 本当に引きこもっているため、リーリス以外とは顔を合わせていない。どんな顔をして会えばいいのかわからない。こういう時、貴族令嬢というのは便利だと思う。何せちょっと衝撃的なことが起こると、簡単に引きこもらせてくれるから。一応表向きには調査についていったら襲撃に巻き込まれて、心を休めているということになっているので、街に顔を出さずとも変に思われない。


「そういえば昨夜ティアン様が目を覚ましたそうです。はじめは混乱している様子だったみたいですが、奥様の元気な姿を見て落ち着かれたようで、お嬢様のようにしばらくは安静にしておくようです」

「それは仕方がないわ。大変な事件に巻き込まれて、命を奪われそうになったのだもの。心を落ち着ける時間は必要よ」

「お嬢様も巻き込まれたのではないですか?」

「私は巻き込まれたのではなくて、巻き込まれに行ったのよ」

「こういってしまうのは問題かもしれませんが、貴族というのは大変なんですね」


 しみじみとリーリスは言うけれど、それについては私も同感だ。貴族は楽してパーティばかりして生きているというイメージはわかるし、それで生活している貴族もいるだろうけれど、そんなことをしているといつかしっぺ返しを食らうだろう。でも甘い汁だけを啜り続けて、領民たちを苦しめ続けて、その一生を終える貴族もいるだろうから、そういったイメージが生まれるのかもしれない。


「その大変な貴族のお付きになったリーリスも、大変かもしれないわよ?」


 今現在、リーリスと同じ私付きのメイドのロニカが、大変なことになっているわけだから。

 ロニカに庇われた後、私も何かロニカの応急処置のために何かできないかとそわそわしていたけれど、私が下手に手伝おうとすると邪魔にしかなりそうになかったので、騎士たちに任せたっきりで、そのあとティアンが気絶しているのを見てしまったこともあって、以来ロニカに会えていない。

 馬車も別にされたし、話を聞くのも怖かったので、実は聞けないままでいる。大丈夫ならまた私のところにやってきてくれると信じているから。というか、たぶんロニカが亡くなったと聞いたら、私は自分を保てる自信がない。


 ロニカが私をかばって大怪我を負ったことに対して、私は後悔はしていない。リンドロース家のためを思えば、ほかに選択肢はなかったし、ロニカの犠牲でお母様とティアン――それから私の命を守れたのであれば、それはとても大きな功績になる。誇らしく思うことはあっても、後悔をすることはない。というのが、貴族としての私。そうしなければ、ロニカの献身が無駄になってしまう。だからといって、割り切れるわけでもなく、非生産的な日々を過ごしている。

 このままではだめだと思いつつも、気持ちが付いてこない。


「お嬢様のお世話は大変ではないですよ。奥様方を助けに行ったときもついていくことを強制されたわけではないですし、訓練しているときのほうが大変でした」

「侯爵家の使用人になるのだから、私がある程度は気にしないとは言っても相応の能力は必要だものね。ところで賊について、リーリスは何か知っているかしら?」


 そういえば結局襲撃者が何者なのかを私は知らない。直接見たのは矢を撃ってきた一人だけだし、その人も矢の行く末のほうに気がいっていてはっきりと姿を覚えているわけではない。せめて服装でもわかれば、ならず者だったのか、どこかの兵士だったのか推測できそうなものだけれど。

 お母様たちを無事に助け出すことができて、気にするのが遅くなってしまった。本来ならすぐにでも手を付けたほうが良い案件のはずなのに。


「基本的には盗賊の一団だったそうです。リンドロースにいた盗賊ではなくて、別のところから流れてきた人たちらしいという話も聞きました」

「基本的にというのは?」

「盗賊団にしてはやっていることが狡猾だったらしいので、知識がある人が紛れ込んでいたのではないかと言われていますね。具体的に誰とはわかりませんが」

「ありがとう。助かるわ」


 可能性としては、リンドロースの政敵となりうる相手、リンドロースを目の敵にしている相手が入れ知恵をしたか、知識人が何かのきっかけで盗賊にまで落ちこぼれたか。仮に前者だったとしても、簡単には真犯人にはたどり着かないだろうけれど。どの貴族かはわからないけれど、直接盗賊団に入れ知恵をしたのではなくて、何人か人を介しているだろうし。

 政敵であれば、候補は絞れても証拠は出てくることもないだろう。と、考えてみたけれど、考えたところで私にどうにかできる問題ではない。それでなんだかやる気をなくしてしまって、リーリスに「もう今日は寝ておくわ」と声をかける。


「かしこまりました。それではしばらく、あたしは部屋を出ておきますね」

「頼むわね」

「それではごゆっくりお休みください。お嬢様」


 リーリスが部屋を出て行ったのを見届けてから、倒れこむようにベッドに横になる。そしてそのままふて寝でもするように目を閉じた。





 いつの間にか眠っていたらしい。寝る前は掛布団もかけずに、足がベッドの外に出るような形で横になっていたと思うのだけれど、目が覚めた今はちゃんと掛布団をかけてちゃんとした姿勢をしていた。


「お嬢様、お目覚めになりましたか?」


 すぐ隣から聞きなれた声が聞こえてきて、ゆっくりと目を開けると、ベッドの真横で椅子に座っているロニカがいた。


「ロニカなの?」

「はい。お嬢様」


 ぼやけた頭で確認するように問いかけると、よどみのない返事が返ってきた。だんだん頭が覚醒していって、確かに隣にいるのがロニカだとわかっても「ロニカなのね?」と問いかけることをやめられない。

 ロニカは律義にも私の言葉一つひとつに反応を返してくれて、私の中にしみわたるようにロニカの存在を実感していく。


「ああ、ロニカ。良かったわ。生きていたのね」

「ご心配をおかけしました。ですがちゃんと生きていますよ」


 起き上がり縋り付くようにロニカを捕まえると、ロニカもそっと腕を背中に回してくれる。

 10歳にも満たない私には、細いロニカの体も大きく感じられて、でも女性らしい柔らかさを持つ彼女が私を守ってくれたのだと思うと、涙がこみ上げてきそうになる。ロニカにはいろいろと言いたいことがあったけれど、それらをどういっていいのかわからなくなってしまって「ロニカ。お願いだから、ずっと一緒にいて」とだけ口に出た。

 ロニカは少し困ったような顔をして、それでも「かしこまりました」と頷いてくれた。

これで7歳編を終えて、次本編に入るときには10歳からになります。

その間に幕間を挟むかと思います。

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作者別作品「クラスメイトに殺された時、僕の復讐は大体達成された」が「第一回スターダストノベル大賞」で優秀賞を受賞し電子書籍化が決定しました。
2020/5/29から第一巻が配信中です。
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― 新着の感想 ―
[良い点] 素晴らしき主従愛 [一言] ロニカさん生きててよかった。
[一言] このご褒美でお姉ちゃんに恩赦を! とかなりませんかねぇ。 姉妹揃って忠心になりそうですけど。
[一言] キマシ? 更新お疲れ様です。応援してます。
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