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※流血表現があります
「賊の人数にもよるけれど、調査員は周りに伏兵がいないかの調査。騎士はお母様たちについている護衛の加勢、可能なら危険のない場所に案内。最終的な人数配分はアダイルが決めてちょうだい」
「お嬢様はどうなさるおつもりで?」
「放っておいてくれたらいいわ。適当に木の陰にでも隠れているから」
「さすがにそれはどうかと思いますよ」
アダイルが呆れたように言うけれど、木の陰に隠れるのも含めて、それが最善というか確実だと私は思う。お母様の身に何かがあったのだとすれば、確実に加勢は必要だし、最悪を考えれば周りの警戒は必要。優先順位を考えれば、私の為に戦力を残しておく必要はない。
「優先順位を間違えてはいけないわ。貴方たちは私の護衛ではなくて、お母様たちの護衛なのだもの。私に人を残したことで、お母様たちに何かあったとなってはいけないのよ」
「まだ確かな情報はなかったはずなのに、まるでそうなると知っているかのような口振りですな」
「残念ながら私も予測しかできないわ。確定した情報だったら、こんなに焦らないわ」
わかっていたらもっと確実な対処ができたと思う。わからなかったからできるだけ沢山の人を連れていって数で解決をすると言うとても非効率的な手段を選ばざるを得なかったのだから。
「その予測をできるだけの情報は持っていた、そう言うことですかな?」
「アダイル、貴方が何を心配しているのかも予測するしかないけれど、今回の件はお父様が決めたの。そう言う事よ。お父様はすべて知った上で、私を使っているわ」
「承知いたしました。お嬢様のお言葉通りにいたしましょう」
「そうしてちょうだい」
私としては杞憂で終わってほしかったのだけれど――というのは止めておいた。すでに事は起こっているので言うだけ無駄だ。
いっそ私を切り捨てやすいような言動をすれば良かったかもしれない。それをして騒動に乗じて殺されては元も子もないので、やらないけれど。
「お嬢様の身はわたしが守りますから、騎士団の方々はご自分たちの仕事に注力してください」
「そうだったな。ロニカがいればある程度は安心か」
私を援護するようにロニカが私を守ると宣言するけれど、アダイルが思いの外にそれを受け入れた。もしかしなくても、訓練とか受けていたのだろうか。いつの間にか一人で馬にも乗れるようになっていたし、ロニカができない事ってあるのだろうか?
でも「ある程度」と言っているように、あくまでメイドとしては護衛にも使える位のものなのだろう。
それでも私にはすぎたメイドだと思うけれど。
そんな話をしていると、馬車が止まった。それから騎士の一人が窺うように中に顔を入れてくる。子供とはいえ貴族女性が乗る馬車を断りもなく覗くのは普通なら許されない行為だけれど、状況が状況だけにだれも何もいわないし、私も何もいわない。
「前方にてリンドロースの紋章を付けた馬車と謎の集団が交戦中。賊は20を超えており、ギリギリ持ちこたえている状況です。急ぎ指示をお願いします」
「馬車はここに。護衛騎士はすぐに助けに入れ、調査員は周囲に怪しい者がいないかを調べるように。後は状況を見ながら判断をする」
「はっ。お嬢様の護衛は――」
「不要よ。早くお母様とティアンを助けてきて」
アダイルが答えるよりも早く、私が答える。やってきた騎士は困ったようにアダイルを見て、彼はうなずくだけで返した。
それからあわただしく、人々が動き出す。周囲を探ってくれているから、この馬車は安全だと思うのだけれど、戦っているような音がここまで聞こえてくるので、かなり近いところまでやってきたのだと思う。
ばたばたと人々が動き出して周囲に人の気配がしなくなったときに、ちらっと外を見てみる。しかし道のはずれの森にでも入ったのか、襲われているところを見ることはできず、どうなっているのかわからない。それが怖いような、見えなくて良かったようなそんな何ともいえない気持ちに沈む。戦いがあるという事は、大けがをしている人くらいいるだろう。もしかしたら誰かが死んでいるかもしれない。
それを見て冷静でいられるのか、自分ではわからない。でも死というものをまざまざと見せつけられたとき、冷静でいられる自信はない。
「不安ですか?」
「……ええ」
ロニカに問われて、今私が震えているという事に気がついた。
深呼吸をして、全身に意識を集中させて震えを止める。こんな事で震えていては、逃げないといけないときに逃げられなくなる。
私が逃げないといけない状況なんて考えたくもないけれど、そういう考えたくもない状況を考えた結果、私がここにいるのだから考えないわけには行かない。死にたくないから。
不安はあるけど、騎士たちを信じて一心に音がする方を見る。
それからどれくらいたっただろうか。音が小さくなってきたかな、と思ったところで「くそ、こいつらどこから沸いて出やがったんだよ。もう無理だ、逃げるぞ」と大きな声が聞こえた。どうやら賊が諦めてくれたらしく、これから掃討戦――となればいいのだけれど、気は抜けない。窮鼠猫を噛むとは違うかもしれないけれど、最後に何かしてこないとも限らない。
そのうちに騎士に引き連れられたお母様の姿が見えた。ティアンを抱っこしていて、怪我をしている様子もない。大丈夫だったのだと安心して緊張を解こうとしたとき、遠くに男性の影が見えた。弓を持っていて、お母様たちの方を狙っている。それを理解した瞬間。考えるよりも先に足が動いた。
「お嬢様!」とロニカが制止する声もも無視して、走り出す。あの矢が射られてしまったら、お母様とティアンが死んでしまうかもしれない。私が割ってはいるにしても、小さな私の身体ではお母様たちの壁になるには足りないかもしれない。
少しでも助けるために何ができるのか、何をしないといけないのか。
私に気がついたらしいお母様が驚いた表情を見せるのとほぼ同時。弓が引き絞られる様が見えた。「お母様伏せてください」とあらん限りの声で叫んで、お母様の前に躍り出た。男がいる方を向いたので、お母様が指示に従ってくれたのかはわからない。
矢が男の指を離れたのが見えた瞬間。目の前が暗くなった。私を守るように誰かが私の前に立ちふさがった。
理解が及ばなかった一瞬の間に矢がその人の――ロニカのわき腹に刺さり、衝撃でロニカが私の方に倒れてきた。
押しつぶされてとても痛かったが、今はそれどころではない。手にぬるっとした感覚があり、見てみると真っ赤な血がべったりと付いていた。目眩がするのを堪えて、感情のままに口を動かす。
「ロニカ、なんでっ」
「お嬢様。無事みたいですね。奥様方もご無事なようで何よりです」
「そんなことより、は、早く止血をしないと」
こういうときはどうしたらいいんだっけ? 矢を抜いて、清潔な布で押さえればいいんだっけ?
平気そうに話しているロニカも、額は脂汗だらけだし、顔は痛みを隠し切れていない。矢をどうにかしようと思ったら、すでに駆けつけていた騎士たちがロニカに布を噛ませて、矢を抜きにかかっていた。抜くときにロニカがうめき声を上げるのがとても痛そうで、でも目をそらすこともできなくて。
「何か布はないか?」
「布があればいいのね。だったらナイフを貸して、早く」
困惑する騎士をせかしてナイフを借りると、着ているスカートを切り裂いて渡す。動きやすい服を着ているとはいえ、貴族令嬢として動く為に布が沢山使われたものを着ているので、結構な量を切り落としても大丈夫。貴族令嬢的にはアウトだけれど、前世的には普通に町を歩けるレベル。今まで着ていたもので、清潔かと言われると首を傾げるけれど、今すぐ入手できる中だと一番マシだとは思う。
渡された騎士はやっぱり困惑していたけれど、すぐに応急処置に戻ってくれた。





