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お母様についても問題だけれど、ティアンの方も無視できない。ゲーム通りなら怪我をすることになるわけだし、ゲームと差違が出てしまうとティアンが命を落とす可能性だってある。ゲームの中でお母様の身に何かあったのだとすると、ティアンを守ってと言う可能性もある。
「ロニカ。お母様たちが来るのはいつだったかしら?」
「確か今週末だったかと」
「移動も考えるとギリギリね」
「リーリスが話していたことですか?」
「ええ。お母様たちが襲われる可能性が高いと私は見ているわ」
私の中ではほぼ確定事項なのだけれど、ロニカには言えないのがもどかしい。私の焦りを理解してくれる人はこの世界にはいないだろう。両親が話を聞いてくれると言ったところだろうか。
「わかりました。旦那様にお伝えして参ります」
「任せたわ。できるだけ早く面会できるように取りはからってちょうだい」
「かしこまりました」
でも私の意図をくんでくれるロニカはとても助かる。どうして私がこんなに深刻そうにしているのかをわからずとも、理由を聞かずにまず動いてくれる。リーリスも命じたらあまり深く考えないで行動してくれるけど。
ロニカが部屋を出たところで、リーリスが不思議そうな顔をして尋ねてくる。
「疑惑程度とはいえ噂があるのですから、心配せずとも兵を出してもらえるのではないですか? 奥様方が帰ってくると言うのもあるのですから、理由としては十分だと思うのですが」
「確かにある程度は出してくれると思うわ。だけれどそれでは確実ではないのよ」
きっとお父様は今流れている噂を掴んではいるだろう。おそらくゲームのお父様も掴んでいて、兵を出すくらいはしたと思う。その上でティアンは怪我をしているし、お母様の身に何かあった。
お父様が気がついていなかった可能性もあるけれど、その可能性に賭けるというのはあまりにも楽観主義がすぎると言うものだ。
「そうなのですか? 領主である旦那様が望めばいくらでも護衛を向かわせることができると思うのですが?」
「そんなに簡単な話ではない場合があるのよ。起こった事態にあった数でなければ、問題に発展する可能性もあるわ」
わかりやすいところで、戦争だろうか? 大した意味もなく国境付近に兵を集めれば隣接している国と緊張状態になるだろう。この場合ちゃんとした理由があったとしても、戦争に発展するかもしれないけれど。
今回の場合だとそんな大きな問題はないけれど、隣町の方は囮で領都を狙っているという事も考えられなくもないし、変に刺激することでよりお母様たちの危険が増す事だってあり得る。
「だとすれば、お嬢様が話をされても旦那様の決定は変わらないのではないですか?」
「話をするだけならそうね」
今回のそれは予言のそれではなく、精霊と同じように予言から推測した可能性の話。その推測が正しいと思わせられるような、証拠がなければお父様は動かない。いや、動けないと言うのが正しいかもしれない。
領主だからと言って、何でもできる訳じゃない。王様だからと何しても良いというわけではないのと同じ事だ。
王様は何をしても法的に罰せられることはないかもしれないけれど、恨みを買えば離反するところや反乱するところが出てくるかもしれない。国内で紛争が起きれば、他国に付け入られる隙になり、国が危うくなりかねない。
とにかく何かをするには理由が必要で、何かをしたければ理由を作ればいい。
幸いリンドロースは理由と妥当性があれば、だいたいのことができるだけの権力も財力も持ち合わせている。
「一応考えはあるから何とかなるわ」
「さすがはお嬢様です!」
リーリスが相手だとこんな時に誤解を解くのができないのがもどかしい。誤解を解いちゃいけない訳ではないけれど、リーリスが私のメイドとしてやっていけている理由を考えると、あまり庶民的なところは見せない方が良いだろうし、自信がないところも見せない方が良いと思う。
リューディアは貴族だから凄いんだという認識にできるだけ、ひびを入れてはいけない。
「お嬢様ただいま戻りました」
リーリスとの話が一段落したところで、ロニカが帰ってきた。急がせてしまったのか、少し息が切れているようだけれど、今回は早めに行動してくれて助かる。
結果がどうあれ早めにわかれば、それだけ動きようがあるから。
「ご苦労様。どうだったかしら?」
「すぐにでも訪れて大丈夫だそうです」
「それならすぐに向かうわ。ロニカは……」
「一緒に参ります」
着いてきてもお父様と話すときには部屋の外で待っておくことになるのだけれど、ロニカが良いというのであれば構わない。
すぐにでも動けるように準備はできている。お父様を待たせるつもりもないので、すぐに部屋を出た。
◇
ロニカを部屋の前に待たせて、お父様の部屋に入る。王都の屋敷ではないのに、見た目はあまり変わらない。似たような作りにした方がお父様がリラックスできるのかもしれない。
そのあたりはともかく、お父様と向かい合い話をする。
「話というのは何だ?」
「お父様は王都に向かう町の噂はご存じでしょうか?」
「一応耳に入っている。ティアンとマルティダのこともあるから、明日にでも調査を派遣させるつもりだ」
「では、その調査団に私も入れてくれませんか?」
やはりお父様は知っていたらしい。それに人を派遣する段取りができているなら、便乗させてもらうのが早い。
お父様はいぶかしげな視線を向けてくるけれど、まずは私がその町に行きたいと伝えることが大事。
「事が事になるかもしれない状況だ。きちんと説明してもらうぞ?」
「もちろんです」
言い方からしてお父様には私がなぜこう言い出したのかわかっているみたいだけれど、ここからの話が一つのターニングポイントになりそうだ。ターニングポイントなんて今までに何回あったかわからないけれど。





