44.
「お嬢様、ご存じですか?」
「何かしら?」
お父様にティアンとお母様が領地にやってくると言われて、数日。朝の一番に私が今日は何をしようかと考えていると、リーリスに話しかけられた。こういったときに、リーリスは比較的気さくに話しかけてくるけれど、ロニカは遠慮しているのかあまり話しかけてこない。
話しかけてこないからと言って、嫌われているという感じでもなくて、職務に忠実であろうとしているのだと思う。私の体調を真っ先に気にかけてくれるのはだいたいロニカだし、話をしなくても気まずくならないのはロニカと一緒にいけるときだ。あとリーリスにはできるだけ屋敷を出て、情報を集めてきてもらうように頼んでいるので、ロニカと一緒にいる時間の方が長い。
「領都から王都方面に1日ほどいった町が、なんだかおかしいみたいなんです」
「おかしい?」
「その町に行った人が帰ってこないと言う話でした。正確にはいつもならもう帰ってきているはずなのに、今回はまだ帰ってきていない、そんな人がいると小耳に挟みました」
「それがリーリスの知り合いだと言うことは?」
「あたしとの関係性については、知り合いの女性の友人の友人の父親ですね。結構歳らしいですから、そのせいじゃないのかと思われているようですが」
「それならそこまで急がなくて良さそうね」
冷たいようだけれど、未確認の曖昧な情報だけでたった一人のために人は動かせない。領民を守るのが領主の役割の一つであることには違いないけれど、大々的に動くには何かしらの証拠が必要になる。
そうしなければ、あちらこちらから要請が届くようになりかねないから。
仮にリーリスの知り合いだった場合には、私のできる範囲で証拠を集めて、お父様に人を出してもらえるように頼むつもりでいた。何かあってリーリスが働けなると、困る部分も少なくないから。
「とはいえ気になるから、リーリスはこの事についての噂で良いから集めてきてくれないかしら? でもリーリスの安全が第一。無理に情報を集めてくる必要はないし、無事に戻ってくるように、命令するわ」
「かしこまりました。早速、町に出て知り合いに話をきいてみます」
「ええ、頼んだわ」
リーリスを見送って、今回のことについて少し考えてみる。
町と町は街道でつながっているため、迷子になると言うことは考えにくい。
だとしたら、戻ってこないのは、行った町で何か困ったことや、夢中になることがあって帰るに帰れないとか、帰りたくないか。
街道で事故にあって立ち往生という可能性もあるし、誰かに襲われた可能性もある。
◇
「ただいま戻りました」
「何かわかったかしら」
情報を集めにいかせていたリーリスが夕方くらいになって 帰ってきた。
何もわからなかったとしても仕方がないし、ろくな噂が無くても気にしない。ひとまず無事に戻ってきてくれたので、私の命令はしっかり果たしているのだから。
「いくつかわかったことがあるのですが、まずいなくなったというのが、今朝あたしが伝えていた方以外にも数人いるようです」
「全員がその町に行ったということで良いのね?」
「はい。一番長い人で二週間ほど前に出て行ってから、戻ってきていないようです。その人の場合5~6日あれば帰ってくるはずと言うことでしたから、すでに一週間は連絡がないわけですね」
一週間の行方不明。前世で有れば当事者の周りくらいは大騒ぎになりそうなものだけれど、この世界だとそこまで騒ぎにはならないらしい。単純にその騒ぎが私の耳に入ってきていないだけの可能性もあるけど、少し何かあればそれくらいは簡単に遅れるから。リーリスの言葉に耳を傾けながら、相づちを打つ。
「それから、いなくなっているのは、リンドロース領からやってきた人たちの方が多いみたいです。中には昨日件の町を出て、今日領都に着いたと言う商人もいました」
「リンドロースを狙っているのかしら?」
それも気になるところだけれど、より気になるのはこの失踪事件の裏には誰かしらの意志があるのだろう。王都側の人を狙わないのは、王家の介入の阻止だろうか?
裏とは言ったけれど、失踪事件を起こしている主体が計画して実行している可能性もあるけれど。頭が良い盗賊か、リンドロースに敵対している存在か。わからないけれど、人為的であることは考えておいた方が良さそうだ。
何せ近々お母様とティアンがやってくるわけだから不安要素はない方が良い。確定情報ではないとは言っても、警備の強化くらいはしておいた方が良いかもしれないと、お父様に進言しておこう。
「あ……! ――え!?」
頭の中でお父様にどう伝えようかと文言を考えているときに、まるで点と点がつながるように、ゲームのティアンのとある台詞を思い出した。
確かリンドロースの領地について主人公と話しているときだったはず――いや、先に主人公がティアンの傷に気がついたのだ。普段は制服に隠れていて見えない左肩あたりにある、古傷。
好感度が高いとその傷がどうしてできたのかを教えてくれる。「唯一馬車で領地に帰ったときにできた傷なんだ」と自嘲気味に笑いながら言っていた。たぶん話に出てきたのはこのときだけで、好感度が足りなくても「小さいときに一度だけ領地に行ったことがある」と言う情報は手には入ったので、物語的には一度だけというのが大切なのだと思う。
実際はミスリードで、リンドロースを陥れるために何度もこっそり領地に行って、証拠探しをしていたと言うのが真相ではある。ティアン推しの人であれば、ほかの台詞だと「一度だけ」としか言っていないのに、好感度が高いときには唯一「馬車で」と嘘は言っていないような描写になっていて、盛り上がっていた。
そして私は気がついてしまった。リンドロース家については、ゲーム内で情報が出きったわけではない。ティアンルートであっても、敵対する相手であり、細かい情報は無かったように思う。出てくる情報の断片をつなぎ合わせて、推測することはできる。しかし私の思い出せる限りの情報をつなぎ合わせても、ゲーム本編でお母様――リューディアとティアンの母親が生きているという確証が無いことに。





