幕間 リーリス(下)
「ロニカは真面目だよね」
「わたしは、お嬢様とリンドロース侯爵家の方々に、返しきれないほどの恩がありますから。手を抜くのはわたし自身が許せないんですよ」
「そういうのが、真面目だなって思うんだよね」
もちろんどういった恩があるのかとかにもよるけれど。でも貴族様的には、一平民のことなんか気にしないんじゃないかなって思う。そういえばロニカは命を救われたって言っていたっけ。だとしたらここまで真剣になれるのかもしれない。
なんて考えていたら、ロニカが射殺すかのような視線をこちらに向けていた。
「そういうリーリスは真面目に働かないんですか?」
「お給料分は働いていると思うよ」
「……そうならいいのですが」
言いたかったことを飲み込んだようなロニカの言いたいことはわからなくもないけど、あたしはロニカのような恩はない。まったくないわけでもないけれど、ロニカほどの忠誠心を見せられるほどではない。
生きていくのに十分なお金をもらえるのであれば文句はないし、そのお金分――加えて恩義を感じている分くらい――は働くのはもちろんだと思っている。
「リーリスはお嬢様のこと、どう思っているんですか?」
「どうって言われると、貴族様ってすごいんだなってくらいには思うかな」
「すごい……ですか?」
「貴族令嬢だからこそ、お嬢様はあんなにも頭が良いんだろうし。生まれたときから、頭が違うんだろうね。
貴族様は住む世界が違うなんていうけど、お嬢様を見るたびにそれを実感するんだよね」
お嬢様の相手をするのは、子供相手というよりも大人を相手にしているときのような気分になる。
それもあたしの両親のような育ちをした大人ではなくて、もっとお上品な育ちをしているかのような大人。あたしのことも気にかけてくれるし、ロニカのことも周りの人たちのことも気にかけてくれている。接してみてわかるけど、無理は言わないし、話をしっかり聞いてくれるし、お嬢様付きになれてよかったと思う。それこそ研修期間よりも今のほうが何倍も楽しいし、体力的にも余裕がある仕事ができている。
「うん。お嬢様の下は働きやすいし、あたしはお嬢様のことは好きだよ」
「――そうですか」
「うん。ロニカのことも嫌いじゃないよ」
「それは……ありがとうございます」
照れたというか、なぜそんなことを言われているのかわからない、といった感じで応える。
だけれど、ロニカのことが嫌いじゃないのも本当のことだ。お堅いし「お嬢様、お嬢様」と本当にお嬢様のことばかりだけど、基本的にあたしに押し付けてくることはない。
とはいえ、あたしがあまりにもお嬢様を相手に話しすぎていたときには、小言くらいは言われるのだけど。
それでもお嬢様がロニカを頼りにしているのはわかるし、あたしも先輩として頼りにしている部分もある。
だから好きとは言わないけど、嫌いではない。仕事仲間としてはとてもいい部類の人だ。自分の考えをすぐに押し付けてくる人も結構いたし、その考えが正しいと思えないことも何度もあった。それとなく避けていたので、問題は起きなかったけど、ロニカが相手だとそこまで気にしなくていい。
ロニカの場合、お嬢様に意識が向きすぎていて、あたしにそこまで興味がないからというのがありそうだけど。
まあ、お嬢様に対する忠誠心とか、そういうものに対しては尊敬もしている。
「わたしはリーリスが羨ましいです」
「羨ましい?」
あたしには興味がなさそうだなと思っていたので、ロニカの返答は予想外だった。
お嬢様に信頼もされていて大切にされている様だし、お嬢様の話し相手みたいなあたしをうらやむ必要なんてなさそうなのに。
「わたしはリーリスのようにお嬢様と親しく話すことはできませんし、何よりお嬢様の役に立てている気がしませんから」
「そんなことなさそうだけど。お嬢様が頼りにしているのは、あたしよりもロニカだから」
「そうでしょうか?」
きょとんとするロニカは本当にお嬢様に頼られているとは思っていないらしい。いままで使用人がロニカしかいなかったのであれば、ロニカを頼りにするしかないだろうし……ということはなさそうだけど、はたから見ている分には信頼しているように見える。ここでロニカを納得させられなかったら、関係が悪化するかもしれないから、何とか頑張ってみよう。
「少なくとも何かあった時に最初に頼るのはロニカじゃないかな?」
「……確かにそうかもしれません。ですが――」
「お嬢様に話をするのがあたしの取り柄だから、それを取られたらあたしの存在意義がなくなっちゃうんだよね。お嬢様のお世話をするのに、ロニカだけというのもお嬢様的には良くないんじゃないかな?」
あたしの言葉を聞いて、ロニカが何やら納得したように頷く。その表情はまだまだ子供らしい。そこでふと気になることがあるので聞いてみることにした。
「ロニカは王都から来たみたいだけど、家族は良いの?」
「……わたしに家族はいませんから、大丈夫です」
「そうだったんだね」
「今の暮らしに不満はないですから、気にしなくていいですよ」
ロニカの様子は本当に気にしていなさそうだったけれど、一応年長者としてロニカを見守っていてもいいかな、なんて思った。





