幕間 リーリス(上)
本編の次話が作中時間がそれなりに空く感じになりそうなので、幕間をいくつか投稿していきます。
「ロニカはどうしてリューディア様のお付きになったの?」
「お嬢様がわたしを専属にすると言ってくれたからです。それからお嬢様のことは、お嬢様と呼ぶようにしてください。
そういうリーリスはどういう経緯でお嬢様付きになったんですか? 軽くしか話していませんでしたよね」
リューディア様――お嬢様が朝からどこかに行ってしまい、同じお嬢様付きのロニカに話を聞いてみた。ロニカはお嬢様が王都にいたときからの使用人で、年下ではあるけれどあたしの先輩にあたる。そんな先輩に尋ねられてしまったので、面白味はないだろうけれどリンドロース侯爵家に来るまでの話をすることにした。
あたし――リーリスは幸いなことに、急にやめることになってしまった前の仕事場から故郷の領都に戻ってきたときに、領主家であるリンドロース侯爵家に雇われることになった。
あたしの家は街の大工で裕福でも貧困でもなくといった、普通の家だと言っていいと思う。貴族様に売れるような高品質高デザインのものを作ることができれば、裕福層の仲間入りだったのかもしれないけれど、あたしはそこまで気にしたことはない。何というか伝え聞く貴族様というのは、あたしと違う世界の人のような気がしてならないから。
お金をかけて勉強させるから、子供なのに大人よりも優秀な人がいるというのも聞いたことがあるし、逆にお金がいっぱいあるからあたしでは考えられないような我儘を言う人もいるともいうし。
とにかく無縁すぎて、貴族様ならどんな人がいてもおかしくないんだなーと、思っていた。
そんなあたしがとある貴族家の使用人に取り立てられたのは、運が良かったからとしか言えない。あたしとしては本気でなりたかったわけではなくて、年齢的に働くところを探していたし、貴族様がかかわる仕事となるとそれだけで高収入だといわれていたから。でもそんなところに受かるとは全然考えていなくて、万が一にも受かればお金に困らずに、両親にも仕送りとかできるかなと思っただけ。
そしてどうも運が良かったらしく、あたしは採用されてその貴族様のお屋敷に行くことになった。
後で知ったことだけれど、運が良かったというよりも、募集期間がとても短かったらしい。なんでも急に結婚が決まってすぐに女性の使用人が必要になったのだとか。それ以上のことはあたしにはわからないし、理解はできなかった。
一緒に採用された人たちとは、それなりに仲良くなったと思う。あたしがどうして採用されたのかわからないくらいできることが少なかったから、同期の人たちに助けを求めることが多かったからだろう。
それもあって、あたしは新しく呼ばれてくるであろう奥様付きの中では下のほうになることが決まっていたというのも、周りが優しかった理由かもしれない。あたしに教えるのは「一緒に働き始めたときに、最低限出来るようになっていないと彼女たちも困るから」と言っていた人もいたので。
そしてその奥様は結局嫁いでくることなく、婚約が解消されたと辞めるときにいわれた。だからもう雇ってはおけないと。あたしとしてはそれはそうなんだろうな、としか思わなかった。
2年くらい研修続き――こんなに長かったのは、婚約解消などに時間がかかったからかもしれない――だったので、それなりに技術は身についたと思うし、辞めさせられるときには紹介状も書いてくれたのでその家の主人は一度もあったことはなかったのだけど、良い人だったのだと思う。
研修期間中にこの「紹介状」がどういうものかは教えてもらっていた。紹介状なので、紹介状なのだけれど、簡単に言えばこれがあると次の仕事を探しやすくなる。
特に見習い以外で貴族様の屋敷の使用人になろうと思うと、今回のような急にそれなりの数の使用人が必要になったとか、紹介状を持っているかのどちらかになる。だから次も貴族様の使用人になれる可能性が高くなる。
辞めるまでに結構なお給金はもらっていたので、次の仕事を探すのもゆっくりで大丈夫だし、一度実家に戻ってみようかなと思って軽い気持ちで領都に帰った。
久しぶりの領都は出て行った時とあまり変わらず、街の人たちもあたしのことを覚えてくれていて、温かく迎え入れてくれた。それから家の仕事を手伝いつつ、次の仕事がないかなーとのんびり探していた。結婚するというのも手なのだけれど、家は兄が継ぐのが決まっていたし、手ごろな男性はあたしが領都から出て行っている間に大方結婚してしまっていたので、積極的になれなかったのだ。
なんて考えていたら、ある日リンドロース家で募集がかかっているのを見つけた。
定員が前のところに比べるとだいぶ少なく、場合によっては1人や0人という可能性もあるらしい。領主様の家、つまりここらで最も位の高い貴族様の使用人ともなれば、待遇は期待できるし、沢山の人が応募するんだろうなと思っていたけれど、せっかくだからと応募してみたらどういうわけか採用されてしまった。
紹介状を持った経験豊富な人が沢山応募したという話は聞いていたから、あたしはまずないなと思っていたので、さすがに驚いた。あたしは紹介状はあるとはいえ、実際に誰かに付き従ったことはないから、経験量は他の人に勝てないだろうし、技術だってそうだろう。基本は知っているつもりだけれど、実践したことがないのだから。
しかもどうやら、リンドロース侯爵家のお嬢様のお付きになるらしい。
確か使用人の中の序列だと、上から数えたほうが早かったはずのところへの採用で、何かの間違いではないかなとすら思った。
結局研修しか受けられず、貴族様のお付きの経験はないと正直に伝えていたはずなのに。採用されたいなとは思っていたけれど、ここで嘘ついて問題になるほうが困るから。
それからお嬢様が戻ってくるまでは研修という形で雇われて、以前のところ以上の研修が始まった。
「みたいな感じかな。『貴族をどう思うか』みたいなことを聞かれて『なんかすごいですよね』って返したんだけど、本当によく通ったなと思ったよ」
「わかってはいましたが、リーリスのほうが使用人としての実力は高そうですね」
「ロニカは見習いくらいの年齢だよね。それなのにお嬢様つきはロニカだけだったというのも不思議な感じするよ」
何せ前の屋敷だと、一人のために十数人雇っていたから。家格が上のリンドロース家なら、それこそ細かいところも合わせれば数十人規模になりそうなものだけど。
「その話ですか……旦那様に確認してこないといけないですね」
「だとしたら聞かないよ」
旦那様――領主様に聞いてこないといけないということは、それだけ大きな秘密だろうから。





